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16世紀のヨーロッパ


  16世紀のヨーロッパ

16世紀のヨーロッパ
 憲政史研究家・倉山満さん。(ちなみに香川県出身)

 わたしはほとんどの本を持っている。

16世紀のヨーロッパ
 『ウエストファリア体制』 (PHP新書)

 最新刊 まだ購入していない。近日中に購入予定。「ウエストファリア体制」を理解することなく近現代のヨーロッパを語ることはできない

16世紀のヨーロッパ
 岡田英弘・宮脇淳子ご夫妻。岡田英弘さんは昨年亡くなられた。わたしは大ファン。

16世紀のヨーロッパ
 『歴史とはなにか』 (文春新書) 大変な名著、目からウロコぼろぼろ。
 われわれは、嘘ばかりの世界史を教わった!

16世紀のヨーロッパ
 『岡田英弘著作集』を読むのが老後の楽しみのひとつ。

16世紀のヨーロッパ
 宮脇淳子さんは、岡田英弘さんの弟子でもある。倉山満さんとの共著もある。

16世紀のヨーロッパ
 毎日新聞2019年10月28日「風知草」 特別編集委員・山田孝男さん。

 「王岐山に聞いてみたい」

 「王岐山(おうきざん)中国国家副主席。元は歴史学者。独創的な歴史解釈を示した異端、孤高の学者、岡田英弘(一昨年死去)を評価するという」「岡田はモンゴル史を重視し、中国共産党の公式史観とは全く異なる史観を著した。その岡田に共鳴するというから、懐が深い」。

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16世紀のヨーロッパ
 わが家の棒樫。時間が取れないので9月末に剪定してもらった。少し早すぎたか?
 それがこのところの小春日和で、新緑が出てきた。まさかこの季節に!!
 これが枯れ葉となってまた落ち葉掃除かよ~!

16世紀のヨーロッパ
 近所のおばあさんの孫が喜ぶということで、ドングリを見つけたら郵便受けの下に置いておくという約束ができている。
 1日後になくなっていた。






 世界史は好きであったが、16世紀ヨーロッパに〝国〟という概念はなかったとか、ハプスブルグ家とか、ローマ教皇とか、神聖ローマ帝国…だとか言われても、全く概念がつかめなかった。特に、日本人は宗教に疎い。

 ネットサーフィンをしていて、WEB VOICEの倉山満さんのブログを見つけた。ヨーロッパ理解に役立つ。転載いたします。


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「人殺しが日常」だった16世紀ヨーロッパ…権力者は何を奪い合っていたのか?
2019年11月18日 公開 WEB VOICE 倉山満(憲政史研究家)


憲政史研究家の倉山満氏は、今こそ日本は16世紀オランダの法学者、フーゴー・グロティウスの思想に学ぶべきと提唱する。

教皇、皇帝、国王、貴族という一握りの特権階級が支配者だった時代のヨーロッパは「人殺し」に明け暮れており、「戦争」とは異なる、単なる殺し合いの日々を続けていた、と倉山氏は自著『ウェストファリア体制』にて語っている。

そんな状況において「戦争にも掟(ルール)がある」という英知を著す信じ難い学者がグロティウスだったのだ。彼の思想はのちにウェストファリア体制として実り、国際法の原型となる。

そんなグロティウスが生まれた時代の「殺し合いが日常」だったヨーロッパの情勢について触れた一節を倉山氏の著書より紹介する。

※本稿は倉山満著『ウェストファリア体制 天才グロティウスに学ぶ「人殺し」と平和の法 』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです


「殺し合い」の合間にあった束の間の平和
フーゴー・グロティウスは1583年生まれ、約440年前の人です。

この年、日本では賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いが行われました。羽柴秀吉が柴田勝家を破り、織田信長の後継者の地位を確固としました。長く続いた戦国時代が、終わりを告げようとしている頃です。

日本の戦国時代は、割と平和です。平和が日常で、合戦は非日常です。今の国際社会で紛争が絶えませんが、日本や欧米は何十年も戦火に巻き込まれていません。日本の戦国時代も同じようなもので、慢性的に戦いが続いている地域はあるけれども、全体的には平和が日常なのです。

一方、ヨーロッパでは慢性的な戦争が続いていました。グロティウスが生まれた頃のヨーロッパは、戦争が日常です。裏を返せば、平和が非日常です。より正確に言えば、「戦争」なんて立派なものではなく、ただの殺し合いです。殺し合いの合間に、束の間の平和があるのです。

西ヨーロッパは1945年を最後に、戦火に巻き込まれたことはありません。この地域で平和が続いた、史上最長記録を更新中です。欧米の国々は、自分たちの国の外で毎年のように戦いを繰り広げていますが、自分の国は安泰です。ヨーロッパの歴史を見ても、戦乱か圧制が日常なのです。

しかし、この数百年かけて「平和が日常」の地域になりました。その起源をたどれば、グロティウスに行きつきます。


スペインのハプスブルク家の所領地に生まれたグロティウス
グロティウスはネーデルラントのホラント州デルフトに生まれました。つまりは、オランダです。しかしその当時、まだオランダという国はありません。

本当はネーデルラントと呼ばなければいけないのでしょうが、混乱すると困るので、本稿ではオランダで通します。

オランダは、しばしば「ベネルクス(Benelux)」で一括りにされます。ベルギー(Kingdom of Belgium)、オランダ(Kingdom of the Netherlands)、ルクセンブルク(Grand Duchy of Luxembourg)です。

現在のベネルクス三国の領域に加え、フランス北東部のはずれの地域を含む所は、「ネーデルランデン」と呼ばれていました。オランダ語で「低地地方」を意味する語の複数形です。

ネーデルランデンはドイツ地方にありながら、スペイン・ハプスブルク家の所領でした。

ネーデルランデンの北部が独立をめざし、単数形で「ネーデルラント」を名乗ります。ネーデルラントは1588年に事実上独立し、1648年、ウェストファリア条約が締結されたときに正式に独立します。

オランダ連邦共和国です。ちなみに、ネーデルランデンの南部はスペイン・ハプスブルク家の領地として残ります。一旦、1815年にオランダに併合され、ベルギーとして独立するのは1831年です。


"国"という概念はなかったヨーロッパ
グロティウスが生まれた頃、オランダはスペイン・ハプスブルク家に対し独立戦争を挑んでいました。

ただ、この時代のヨーロッパには、現在と同じような意味での"国"という概念がありません。教皇、皇帝、国王、貴族という一握りの特権階級だけが支配者で、それぞれがモザイク状に所領を持っているだけでした。

特権階級は宗教貴族と世俗貴族の二つに大きく分けられます。宗教貴族の最大権威がローマ教皇です。片や、世俗貴族の最大勢力はハプスブルク家です。

ハプスブルク家は神聖ローマ皇帝とスペイン国王を輩出していました。本家のオーストリア・ハプスブルク家が皇帝を世襲していましたが、羽振りは分家のスペイン・ハプスブルク家の方が良かったのです。

スペイン・ハプスブルク家は新大陸に植民地を持ち「日の沈まない国」と称され、莫大な富を得ていました。さらに、ポルトガルを併合し同君連合を組み、イベリア半島全体を支配していました。

ヨーロッパの中心のドイツ地方を本家が、西の端のイベリア半島を分家が支配する様子は「双頭の鷲」に例えられます。ややこしいのは、本家のすぐ傍のオランダは分家の持ち物、というように、領地が飛び地だらけなことです。

分家の方はイベリア半島をがっちり抑えた上で、低地地方や新大陸を領有しています。それに対して、本家は皇帝とは名ばかり。ドイツ地方に、「三百諸侯」と言われる貴族がひしめき合っていました。

同時代の日本で、室町将軍家は存在するものの、全国に大小三百くらいの大名がひしめき合っているのと似ています。

戦国時代の日本を訪れた宣教師は、天皇をローマ教皇に、将軍を神聖ローマ皇帝に例えていました。似て非なる存在です。

足利将軍家の正式滅亡は、1858年です(通説は1573年ですが、最後の将軍の足利義昭が幕府再興をあきらめて引退するのは、この年です)。ただ足利将軍家は、最後の90年はマトモな軍事力を持っていませんでしたから、周りの実力者に振り回され続けました。

それに対しハプスブルク皇帝家は、ヨーロッパ最大の軍事力を持っています。言わば、皇帝自身が実力者なので、末期足利将軍のような哀れな存在とは違います。他の諸侯と対等以上に戦っています。

また、日本の天皇は自らが政治の渦中でプレーヤーとなることはありませんが、ローマ教皇は違います。独自の所領と軍隊を持ち、独自の発言権があります。それどころか、常に政争の中心に位置します。


宗教が殺し合いを日常にする
ヨーロッパで戦争が日常なのは、宗教問題で争っているからです。これにが絡みますから、常に命がけの殺し合いになるのです。

1517年、マルチン・ルターが宗教改革をはじめ、ローマ教皇に喧嘩を売ります。そしてルターと支持者たちは、カトリックに対しプロテスタント(抗議する者)を名乗ります。

世の中、最初から敵だった相手よりも裏切り者の方が憎いのが人情です。両者は、比喩ではなく血で血を洗う抗争を繰り返すこととなります。

カトリックの信仰を維持した地域は、西から今の国名で、スペイン、ポルトガル、フランス、ベルギー、ルクセンブルク、イタリア、ドイツ南部、オーストリア、ポーランド、エストニアです。

プロテスタントが主流の国となったのは、東から今の国名で、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、スロバキア、チェコ、ドイツ北部、スイス、オランダです。

ちなみにバルカン以東はギリシャ正教が多数派ですが、この時代は異教徒であるイスラム教のオスマン=トルコ帝国に支配されていました。

正教、旧教(カトリック)、新教(プロテスタント)が、今ではキリスト教三大宗派です。この中で仲が悪いのがカトリックとプロテスタントです。

バチカン(ローマ教皇)はプロテスタントの存在を許さず、徹底的に弾圧します。バチカン千年の歴史では、逆らった者は皆殺しにするまで戦うのが常です。

イスラム教相手の十字軍は連戦連敗で、最後は叩きのめされて終わりましたが、弱い相手には徹底します。たとえば、バチカンの教えに疑いを抱いたカタリ派などは、彼らの拠点の南仏のアルビジョアに十字軍を差し向け、本当に皆殺しにしました。プロテスタントも皆殺しにされては堪らないので、徹底抗戦するわけです。

プロテスタントのオランダが、カトリックのハプスブルクに対して独立運動を仕掛けた理由は二つです。

一つはもちろん、宗教問題。もう一つはです。オランダは経済力をつけたので、もうハプスブルクの支配を受けたくない、つまり自分で儲けた金を巻き上げられたくない、と戦いを挑んだのです。

1568年、オランダがスペインに仕掛けた独立運動は、のちに「八十年戦争」と呼ばれるようになります。最初から「80年戦うぞ」と始めたわけでもなければ、毎日連続して休みなく80年間戦っていたわけでもありません。結果として、オランダがスペインから正式に独立するまで80年間かかったので、名付けられました。

1588年にオランダ連邦共和国が成立し、事実上は独立しても、スペイン・ハプスブルク家は独立を認めません。オランダの独立運動が終わらないうちに、1618年に三十年戦争に突入してしまいます。

そして、1648年、ウェストファリア条約でオランダの独立戦争も終わりにしようとなった時、ちょうど80年が経過していたので、「八十年戦争」と呼ばれたのです。

グロティウスが生まれた時代のヨーロッパは、日本の戦国時代など平和としか思えないような、殺し合いが日常の世界だったのです。


以上



日本企業の問題点


  日本企業の問題点

日本企業の問題点
 冨山和彦さん ㈱経営共創基盤 代表取締役CEO。企業再生のスペシャリスト。

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日本企業の問題点
 朝日新聞2019年11月14日

 「桜を見る会」1952年から70年近く続いてきた民主党政権の時にも民主党支持者を中心にたくさんの人々を招待して開かれた毎回、主要メディアの幹部も招かれている

 確かに安倍内閣は長期政権になったため人数が逓増(ていぞう:次第に増える)しているのは問題.。だが違法ではない。この機会にルールを明確にして、改めればいいだけの問題

 皇族、大臣、衆参両議長・副議長、最高裁判所長官、各国大使・公使、各界の代表者等を除けば一般人は数千人で、予算にしても1千万円か2千万円ほど。いつまでもわあわあ言う問題ではない。ウォッチドッグ(番犬)の役目は重要ではあるが、大切な問題から逃げ、あげ足取りばかりの野党にはウンザリする。

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日本企業の問題点
 ニッカ・ピュアモルトウイスキーの瓶。
日本企業の問題点
 容器のデザインでモノを買ってしまうことがある。
 左:ファミリーマートのグレープフルーツ
 右:日本酒(まだ飲んでない)

日本企業の問題点
 ゆめタウンに行ってつい余計なモノを買ってしまった。
 手前:箸置き@330円
 奥:無印良品のアラームクロック@990円





 日本は今後人口がどんどん減り、国内市場はシュリンクする。外へ向かって出ざるを得ない。その際重要なのは教育人材である。教育は、加計「問題」をみても分かるが、既得権益層と族議員、文科省、農水省など官僚が癒着していてなかなか変われない。

 会社・企業もこれまで成功してきただけにガラパゴス化してなかなか変われない。海外で日本人についてよく言われるのが「日本人の4L」である。Look,Listen,Learn,Leaveである。「見て、聞いて、学んで、帰るだけ」。会議に参加したり視察にはよく来るが、それから物事がスピーデイに進展することがない。

 そうこうしているうちに、いい人材やM&Aで有望な企業を海外にさらわれたりする


 ネットサーフィンしていて、かねてから尊敬している冨山和彦さんのブログを見つけた。冨山さんは企業再生のスペシャリスト。多くの企業の社外取締役などもしている。転載いたします。


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日本企業を蝕む"上から目線"という深刻な病気
2019年11月12日 15:15 PRESIDENT Online 冨山和彦


東大のトップ層は大企業よりスタートアップに就職するほうが圧倒的に多いという。なぜ日本企業には優秀な人材が働きたいと思う会社が少ないのか。中西宏明経団連会長との共著『社長の条件』(文藝春秋)で日本復活の鍵を示した経営共創基盤CEOの冨山和彦氏に聞いた——。

■東大生が大企業よりスタートアップを選ぶ理由

ホームページの「役員一覧」を開くと、並んでいるのは男性の顔写真ばかり。しかもほとんどが60代、70代の「ザ・日本人」といったおじさんたち。この会社は、役員のなかに女性も、外国人も、30代もいない。

たとえば、ハーバード大やMITで勉強している外国人女性が、就職先探しで日本企業のサイトを開いたら、唖然(あぜん)とするでしょう。「この会社では、いくら頑張っても、数年で高いポジションに就くのは無理だわ」とおそらく瞬時に判断します。

その役員一覧は「わが社は女性、外国人、若者を差別します」と全力でアピールしている。グローバルに通用する優秀な学生たちの目にはそう映ります。

優秀な人材が働きたいと思う会社が少ない。
これも“平成30年間の後れ”を生んだ理由の1つです。

たとえば、東京大学の学生たち。東大生といっても、毎年3000人も入学すればピンきりですから、グローバルな活躍が期待できるほど優秀な学生は数百人でしょう。

その数百人は、どこで働こうとしているか。日本の大企業を挙げるのは少数派です。

とくに、天才と呼ぶべき“知的ギフテッド”な若者たちは、いまやスタートアップしか考えていません。そのほかは、ほぼ眼中にない。自分で起業する、もしくは、設立数年のスタートアップ企業に入る。「自分の才能を確実に活かせるのはどこか?」と考えていけば、自然とそうなるはずです。

■大谷翔平に球拾いをさせるような仕組み

日本の大企業に就職したら悲惨なことになる、と先輩たちから聞いている学生もいます。大学院で人工知能のものすごい論文を書いた新入社員でも、「まずは現場を知ることが大切だから」と、地方の工場に配属される。朝礼では社是や社歌を唱和し、上司に報連相を叩(たた)き込まれ、TQC(統合的品質管理)などの管理技術を学ぶわけです。

せっかく大谷翔平くんが入団してきたのに、「野球がうまいのはわかるけど、まずは球拾いとバット片づけからやって」と、いわゆる雑巾がけからスタートするようなもの。何の疑いもなくそう進む現実を知っています。

東大のトップクラスだけではありません。冒頭で紹介したように、外国のギフテッドな人材はもっともっと厳しく判断します。たとえば中国出身の女性がMITにいて、専門のガスタービンで最先端の研究論文を書いたとします。もちろん、中国語と英語はペラペラ。さて、自分の能力や研究成果を活かせる就職先はどこだろう、と考える。

アメリカのGEにしようか、ドイツのジーメンスにしようかと迷うなかで、日本の重電メーカーも頭に浮かんで調べてみる。すると、ホームページで、さっきの役員一覧を見てしまうわけです。

■上から目線では、優秀な人材に見向きもされない

さらに、外国人の採用に「日本語が話せること」と条件がついたらナンセンスです。エンゼルスだって、大谷翔平に専属通訳をつけています。ガスタービンの事業で成功するためなら、最先端の研究者に通訳をつけるのは当然でしょう。

むしろ、日本語が堪能な人を選んで採用したら、研究者として世界トップクラスではない可能性のほうが高い。

経営者がいくら「企業は人なり」「人材でなく人財」といったところで、グローバルに戦える人材はちっとも採用できません。日本の大手企業には、いまだに「採用してやる」という上から目線のところがあります。

人気企業は、採用試験にエントリーしてくる学生の数だけはたしかに多い。だから、優秀な人材の採用で外国企業に負けている自覚はないのでしょう。

これは学卒一括採用、終身雇用、年功序列で維持してきた“連続性と同質性が高い組織”の体質でしかありません。「入社後に育てる」が通用しない時代は、はじめからギフテッドな若者を採用するほかないのです。

■新卒年収1000万円は高すぎるか

日本の大手企業、とくに製造業であれば、新入社員でいきなり年収1000万円というのは異例なことでしょう。先輩たちの新人時代に比べたら2倍、3倍です。

しかし学生の側から見れば、驚くに値しません。AIのエンジニアは、20代で1000万円、2000万円を稼ぐのは当たり前。GAFAや中国企業を調べれば、それがグローバル水準だとわかります。NTTが、シリコンバレーでスター研究者を採用するのに年1億円を出すというのも世界標準なのです。

ギフテッドな才能がある若者は、世界中の企業から引っ張りだこ。それなのに、日本の大手企業は「うちで採用してあげようか」と上から目線の態度で接する。見向きもされないのは当然でしょう。

ギフテッドな若者たちは、年収よりも自分の才能をフルに発揮できるかどうかに最も関心があります。ボール拾いやバット片づけより、メジャーリーグの打席に立ちたい。だから、スタートアップを選ぶ。自由に働ける、仕事の成果が認められる、最新のスパコンが使える、といったことのほうが年収よりも大切なのです。

この若者たちは「大きな組織はとにかく面倒くさい」と考えています。ムダな会議が繰り返される。稟議書にハンコが多い。何かはじめようと計画すれば「それはいかがなものか」と横やりが入る。ちょっと炎上すれば、責任問題だと大騒ぎになる。出張規定なども細かくて融通がきかない。それらがものすごいストレスを生むことが、大企業のほうはわかっていません。

■日本企業のトップは、正しい時間の使い方を知らない

日本企業に“相手目線”がないのは、ベンチャー企業との資本提携や技術提携でも同じです。「わが社が出資してやろう」「キミの技術を使ってやろう」と、自分たちはやはり採用する立場だと勘違いしている。

優れたベンチャーは、世界中の企業からオファーを受けていることに考えが至らない。グローバルの視点からは、自分と相手のどちらが希少で、価値が高いかという問題です。

しかも多くの日本企業は、話し合いの場にCEOが出てこない。部長か本部長がシリコンバレーへ出かけ、交渉の結論は日本に持ち帰って、常務のハンコをもらい、専務のハンコをもらい……と意思決定に時間をかける。

相手のベンチャー企業にとって、これはものすごいストレスです。「この大企業は意思決定が遅い」と判断すれば、「株主になられたら、あとでIRが大変だぜ」と敬遠されます。

おそらく、Facebookがどこかと提携するときはザッカーバーグが出てくるでしょう。日本企業でも、ソフトバンクなら孫さんが出てくる。優れた経営者は、みんなそういう大事なところに時間を使っている。日本企業のCEO、CTOたちが正しい時間の使い方を身につけるだけでも、時価総額の世界ランキングなどで、日本企業の名はもっと上位に出てくるはずです。

人材についてもそれと同じ。「採用してやろう」という勘違いはすぐに改めて、相手目線で考える癖をつけたほうがいい。

■アメリカで「転職経験なし」はリスクでしかない

私がいま学生の立場なら、やはりスタートアップをめざすでしょう。そもそも東大に入るとしても法学部は選ばず、人工知能や生命科学の最先端を勉強しようと、理工系学部に進んだはずです。すぐに起業できなければ、ビジネスの勉強だと思って、いったんコンサルティング業界に入るコースもあります。

35年前に私がボストン コンサルティング グループ(BCG)に就職したのも、ほぼそれに近い理由でした。いまは人気商売の1つになった経営コンサルタントも、80年代半ばの日本では、なおさら最終ゴールになりませんでした。戦略系コンサルタントといえば、マッキンゼーが40人ぐらい、BCGが20人ぐらいの時代です。

プロフェッショナル・ファームに身を置いて、当時よくわかったことがあります。世界のエリートたちは、巨大サラリーマン企業に自分の人生を委ねるという生き方は選択しない、ということ。一社で勤めあげるのが日本だけの特殊な働き方だと知って驚きました。

アメリカで40年も同じ会社にいたら「キミ、よその会社から一度も声をかけられなかったの?」と能力を疑われます。現在は、上海やシンガポールでもそうなっている。3年ごとに転職して、また以前いた会社に戻ってくることもある。もちろん、給料はどんどん上がっていきます。

■「これはもたない」と感じた

その頃は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と日本的経営がおだてられた時代です。しかし詳しく見れば、それは生産システムなどオペレーションに限った話で、経営戦略やマネジメントではなかったわけです。

学卒一括採用、終身雇用、年功序列、企業別組合などで維持された“閉じた企業”のモデルが、このまま世界を席巻しつづけるはずはないと、当時から予想できました。

実際、日本企業をコンサルティングすると、すぐに撤退すべき事業を抱えているのに、事業の撤退や売却、リストラは一切できない。合理的な意思決定からほど遠く、選択肢がものすごく狭い。完全に身動きがとれなくなっていました。

そこでやむを得ず、ドラスティックな改革を避けて戦略シナリオを描きます。効果は小さいとわかりながらも、合理的に戦略を組み立てる。しかし、それさえも実行されない。この業界に入って数年で「これはもたない」と確信しました。

当時は、NHKスペシャルで「電子立国 日本の自叙伝」が放送され、半導体では日本は負けないとみんなが思っていた頃です。しかし産業の歴史を冷静に振り返れば、20年から30年でパラダイム転換が起きなかったことはありません。同じビジネスが40年も50年もつづくことはないのです。

■目を疑うほど生産性が低い“エリートサラリーマン”

BCGを辞めてコーポレイトディレクション(CDI)設立に関わったあと、私はスタンフォード大学のMBAプログラムに留学して、帰国後はデジタルツーカーグル―プの創業に参加します。デジタルツーカーは、旧国鉄が設立した日本テレコムと日産の合弁企業で、新日鉄、丸紅などからも出向者がきていました。

私はこのケータイ事業を通して、いくつもの驚きと感動を味わいました。

なにしろ部課長以上は、目を疑うほど生産性が低い。朝から会議を開き、1日かけて何も決まらない。やっとプランニングしたと思ったら、こんどは誰も営業に出かけない。みんな大企業から出向してきた高学歴のエリートサラリーマンたちです。

計画や人事は、会議とはちがう場所、たとえばタバコ部屋や夜の高級クラブで決まっていく。事業計画に、数万円のブランデー代は必要ないでしょ。

この経験があるから、のちに産業再生機構で手がけた大企業の経営再建では、管理部門の大胆なリストラが実施できました。大企業の管理者は半分に減らしても、事業にまったく支障がないと確信していたからです。むしろ人数が多いほど、調整業務が増えていく。企業の根回し文化が変わらないとすれば、根回しの相手を減らしたほうがいいということです。

■どれだけ相手目線に立てるか

そんな部課長以上とは対照的に、現場の若い社員たちは実によく働いていました。「バブル崩壊で会社が潰れました」と不動産、証券、アパレルなどの業界から転職してきた若者たちです。有名大学の出身者はほとんどいません。それでも「もうあとはない」と、必死に働いて成果をあげていました。

ギフテッドな若者を求める専門領域を除けば、ビジネスの世界はおおむね“ストリート・スマート”の勝負です。お勉強ができることより、実践経験が豊富で知恵があるほど強い。そのことがよくわかりました。5年間のケータイ事業で、私自身もストリート・スマートになれたと思っています。

いまだに学卒一括採用が主流の企業は、ギフテッドな若者がいないだけでなく、ストリート・スマートな若者も少ない。ダメなエリートサラリーマンを量産してきた結果です。

そんな会社が、本当に貢献してくれる優れた人材の目に、はたして魅力的に映るかどうか。経営トップは、自ら相手目線に立ち、その重要性を社内に伝えていくべきでしょう。


以上


毎日新聞と森ゆうこクソ〇〇ア議員がタッグを組んだ?


 毎日新聞と森ゆうこクソ〇〇ア議員がタッグを組んだ? 


 毎日新聞が2019年6月11日以降、連日のように一面トップで国家戦略特区ワーキンググループを叩きだし、私は「毎日新聞が発狂した」とのブログを何回か書いた。特に、原英史座長代理を個人攻撃している。余程確実な証拠がない限り、このようなことはできないはずである。しかし、連日のような報道を見ている限り、そのようなものはない。ひどいものである。

 さらにひどいことに、国民民主党の森ゆうこ参院議員が毎日新聞とタッグを組み、国会で蒸し返している印象操作したり、ありもしない情報漏洩だと騒いだり、間違いだと分かっても謝らず、原氏の個人住所をさらしたりもして、免責特権を振りかざしてやりたい放題。クソ〇〇アというしかない。

 世界は急速に変化し続けている。世界を見渡し、30年先、50年先を見通して、国家や企業や組織のあるべき姿を描き出し、岩盤規制や既得権益層を打破するための組織が絶対に必要である。毎日新聞や森ゆうこ議員はそれを阻止しようとしている。


 以下に2019年7月14日のブログ「毎日新聞が発狂した④」の一部を再録します。

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毎日新聞が発狂した④

 加計「問題」でもそうだが、毎日新聞は腐った既得権益側についた


毎日新聞が発狂した④
 毎日新聞・東京本社ビル(千代田区一ツ橋1-1-1)。

 毎日新聞はドエラソーなことを言っているが、皇居そばの一等国有地を時の政権に羽織ゴロぶりを発揮して安く購入した
 朝日新聞、讀賣新聞、日経新聞、産経新聞もこの点に関しては同類消費税の軽減税率適用に関しても、全国に恐らく何百とある記者クラブの便宜供与に関しても同様押し紙問題もある。系列放送局の電波問題もある。

毎日新聞が発狂した④
 毎日新聞2019年6月11日一面トップ記事。

 この記事を皮切りに毎日新聞は連日(6/11,6/12,6/13,6/15等々)のように一面に関連記事を載せ続けた。ここまで個人攻撃を続けるのだから、毎日は余程有力な証拠をつかんだのだろうなと思っていたら、どうやら違うらしい。

 言うことがフラフラ変わる。また、原英史(はら・えいじ)氏の反論によると、関係者への取材が酷いという。目的を偽ったり、自宅や実家まで上がり込んだり、誘導尋問のような質問を繰り返したり、記者が求める答を得るまで執拗に質問を繰り返したりするという。答えを都合よく切り取ったり、記事をでっちあげるようなことさえあるという。羽織ゴロの所業

毎日新聞が発狂した④
 上記記事の一部拡大。

 私はサラリーマン生活の後半は経営企画部門にいた。原英史氏については多少は知っている。大変優秀な人。ちょっとましな企業はどこでも優秀な経営者や社外取締役を求めている。原氏クラスだと年収数千万円~億単位を払う企業は数多(あまた)ある。原氏は、そういうこと以上に、日本の旧態依然たる腐った岩盤規制を何とかして、日本を元気にしたいのだろうと思っている。

 「日本を今一度、せんたくいたし申候」といったところか。

毎日新聞が発狂した④
 毎日新聞2019年7月7日は今までの記事の総集編のような記事

 今までの記事の根拠が薄弱なためか論点が次々に変わっている。明らかに騙し、捏造、印象操作と思われる記事が溢れている。まともな記者の書く記事ではない。参院選狙いか?
 
 少し前の毎日新聞外信部長もそうだが、記者の質がめちゃくちゃ落ちている
 こんなしょうもないことをやっているようでは、毎日新聞は遠からず潰れる

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 以下は、原英史氏から森ゆうこ参院議員及び毎日新聞社にあてた公開質問状です。転載いたします。

毎日新聞と森ゆうこクソ〇〇ア議員がタッグを組んだ?
 国民民主党・森ゆうこ参院議員

毎日新聞と森ゆうこクソ〇〇ア議員がタッグを組んだ?
 野党の3バ〇議員(左から柚木道義(ゆのき・みちよし)衆院議員、森ゆうこ参院議員、今井雅人(まさと)衆院議員)



森ゆうこ参議院議員と毎日新聞社への公開質問状
2019年11月13日 20:30 原 英史


森ゆうこ参議院議員と毎日新聞社に、本日(11月13日)、質問状を送付したので全文公開する。

森議員は10月15日の参議院予算委員会で、私が「国家公務員だったらあっせん利得、収賄で刑罰を受ける」と発言した。私のどの行為がそれにあたるのか、事実に基づく説明を繰り返し求めているが、いまだ回答いただけない。

また、11月7日の参議院農水委員会では、私の自宅住所を掲載した資料を配布した。さらに質疑終了後、ホームページで公開・ツイッターで拡散した。私が抗議したのち、住所部分の黒塗りはなされたが、その後、謝罪も、資料配布・公開に至る経緯説明もない。
当たり前だが、説明責任は、政府やその関係者だけが負うわけではない。
野党の国会議員も、その発言や行動について、説明責任を果たさなければならない。

すでに記事やSNSで説明を求めてきたつもりのことばかりだが、念のため、森議員に質問状として送付した。

もしどうしても国会外では答えられないならば、ぜひ国会において、森議員と私双方の証人喚問を実現いただきたい。
証人喚問ならば、虚証も、正当理由のない証言拒否も認められない。私の疑問点も明らかにされると思う。

毎日新聞社にも質問状を送付した。

11月7日の森議員の国会質問は、状況からみる限り、毎日新聞社から、記事になっていない取材過程の情報が提供された可能性がある。
社内で調査して、回答をお願いしたい。

もちろん、毎日新聞社から情報提供があったか否かは、森議員に回答いただければ、すぐ明らかになることだ。

速やかに、すべてが明らかになることを願っている。

森ゆうこ議員への公開質問状

2019年11月13日
参議院議員  森ゆうこ殿

10月15日参議院予算委員会及び11月7日参議院農水委員会での質疑に関して、以下の質問にご回答ください。いずれも、ご自身の国会での発言などに係る確認ですので、可及的速やかにご回答ください。

<「国家公務員だったら刑罰を受ける」発言について>
1、 森議員は10月15日参議院予算委員会で、私が「国家公務員だったらあっせん利得、収賄で刑罰を受ける」と発言しました。私のどの行為がこれにあたるのか、事実に基づき、具体的に説明してください。
2、森議員は11月7日参議院農水委員会で、私が「(国家公務員だったら)第三者供賄罪」にあたるかのような発言もしました。私のどの行為がこれにあたるのか、事実に基づき、具体的に説明してください。

<住所情報の資料配布について>
3、森議員は11月7日参議院農水委員会で、私の自宅住所を掲載した資料を配布しました。さらに、質疑終了後、この資料をそのままホームページで公開し、ツイッターで拡散しました。私が代理人を通じ、森議員及び国民民主党に抗議書を送付し、8日夕方、自宅住所部分を黒塗りして再公開されました。
自宅住所情報を国会で配布することが必要と考えた理由を説明してください。

4、配布された自宅住所掲載の資料は、一般社団法人外国人雇用協議会の法人登記情報を登記情報提供サービスで取得したものと考えられます。この資料について、
・森議員は誰からどのように入手しましたか。
・資料には「10月1日17:42」時点と記載されています。登記資料を取得したのは誰ですか。どのような目的で取得しましたか。

<一般社団法人外国人雇用協議会に関する質問について>
5、森議員の11月7日参議院農水委員会での一般社団法人外国人雇用協議会に関する質問は、毎日新聞社から私に9月30日付で送付された質問状の内容と酷似しています。しかし、この質問状に関する記事は、11月7日までに掲載されておらず、森議員が公開情報を通じて質問状の内容を知ったことは考えられません。
質問内容に関して、毎日新聞社の役職員から情報提供を受けましたか。

<特区ビジネスコンサルティング社会社案内とされる資料について>
6、森議員の10月15日参議院予算委員会及び11月7日参議院農水委員会での配布資料のうち「出典:特区ビジネスコンサルティング会社案内より森ゆうこ事務所」とされるものには、髙橋洋一氏の氏名・顔写真などの記載があります。これについて、
・もとの資料は誰からどのように入手しましたか。
・資料の信ぴょう性をどのように確認しましたか。

<質問通告について>
7、10月15日参議院予算委員会の質疑に関して、10月11日に、質問要旨を何時に誰に手交または送付しましたか。

8、10月15日参議院予算委員会の質疑に関して、森議員は、質問内容が事前に漏洩していたと指摘しました。根拠のひとつとして、髙橋洋一氏が質問の前のツイートで、森議員の配布資料(上記6)に言及したことをあげていました。しかし、これはツイート時刻の変造(サンフランシスコ時間で表示されたもの)であり、日本時間では質問後のツイートだったことが判明しています。

森議員は、ツイート時刻の変造された資料を、誰からどのように入手しましたか。

なお、以上の質問は、送付と同時に公開します。また、ご回答は、当方にて公開いたしますので、その前提でご回答いただきますようお願いいたします。
原 英史


毎日新聞社への公開質問状

2019年11月13日
株式会社毎日新聞社
代表取締役社長 丸山昌宏殿

森ゆうこ議員が11月7日参議院農水委員会において、一般社団法人外国人雇用協議会に関する質問をしました。質問の内容は、毎日新聞社から私に9月30日付で送付された質問状の内容と酷似しています。しかし、この質問状に関する記事は、11月7日までに掲載されておらず、森議員が公開情報を通じて質問状の内容を知ったことは考えられません。
これに関して、以下の質問にお答えください。

1、 今年6月1日から11月6日までの間に、毎日新聞社の役職員が森議員に接触し、国家戦略特区、一般社団法人外国人雇用協議会または私に関わる情報提供を行ったことがありますか。もしあれば、いつ誰が接触し、どのような情報提供を行いましたか。
2、 森議員が11月7日参議院農水委員会で配布した資料のうち、一般社団法人外国人雇用協議会の登記資料は「10月1日17:42」時点と記載されています。これは、毎日新聞社から私に質問状が送付された翌日です。
・10月1日17:42に、毎日新聞社の役職員が登記資料を取得したことはありますか。
・この資料を森議員に提供しましたか。
3、以上で、森議員への情報提供があった場合、情報提供の目的は何ですか。報道のためですか、あるいは、政治活動に対する支援のためですか。
4、毎日新聞社は、役職員が、取材過程で得られた情報を、特定の政治家や政治勢力に提供し、その活動を支援することを認めていますか。

ご回答は、本質問状の到達から7日以内にお願いします。以上の質問は、送付と同時に公開します。また、ご回答は、当方にて公開いたしますので、その前提でご回答いただきますようお願いいたします。
原 英史


............................................................................................


【追伸】

 森ゆうこ参院議員の懲罰と対策の検討の要望に電子署名し、クレジットカード決済で5000円を寄付しました。この時点で65000人以上が賛同しています。このようなことを許すわけにはいきません。


以上


「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感

「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感
 朝日新聞2019年11月9日

 「旧東ドイツ発展と失望」「2級市民」

「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感
 讀賣新聞2019年11月9日

 「独 消えぬ東西格差」「『2級市民』不満」

「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感
 讀賣新聞2019年11月9日

 「旧東独の平均給与 西の8割」

「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感
 旧東ドイツの国民車トラバント
「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感
 現在のフォルクスワーゲン・ポロ

「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感
 ドベネックの桶

 3万点のパーツを組み立ててできる自動車は、そのすべてがある一定以上の水準にないとキチンとしたものは作れない。

 また、社会主義下のちんたらちんたら9時-5時の働かない役所のようなところで30年も40年も過ごしたほとんどの人が、激烈な資本主義の競争社会に簡単に適応できるとは思えない。

............................................................................


「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感
 香川県立図書館から庭を望む。紅葉しているのはハナミズキか?
「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感
 同上。
「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感
 香東川(こうとうがわ)。イチョウの葉が色づいて散りだした。





 「ベルリンの壁崩壊30年」報道に違和感


 1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊して30年、このところ、「ベルリンの壁崩壊30年」報道が多い。新聞やNHKのニュースをみても、「旧東ドイツ発展と失望」「2級市民」と極めて画一的

 一面の事実には違いないが、違和感が残る。押し寄せる移民の問題は想定外であったが、私は統一しても旧西ドイツと同じようになるには最低50年はかかると当初から思っていた。そんな簡単なものではない。

 讀賣新聞には「旧東独の平均給与 西の8割」とあるのを見て、むしろ驚いた。もっと差があると思っていた。

 なぜなら、一国を代表する産業である、3万点の部品を組み立てつくる自動車産業の30年前の実情を知っていたからである。30年程度で追いつけるようなものではなかった


 約8年前の2012年1月3日のブログ、「変化対応とトラバント」の一部を転載します。

........... .......... ..........


  変化対応とトラバント(一部)

 社会主義体制、官僚主義の象徴といわれるのが東ドイツの国民車トラバント。大きさは日本の軽自動車より少し大きい程度排気量は約600CC。初期は綿繊維強化プラスチックボディ。末期には紙の繊維が使われていた。時代遅れの直列2気筒2ストローク・エンジン。

 ヘッドライトを上向きにしたり下向きにするのは、一旦車外に出て、手で操作しなければならない。燃料計がないので、給油口から針金などを入れて確認するしかない。4速のギアチェンジは固く、ダブルクラッチが必要。すごい騒音、真っ黒な黒煙、燃費も最悪

 官僚は変化を嫌う。前例踏襲、一貫性と継続性を重視する。自分たちの都合ばかりを優先し、使い手(住民・国民)のことは考えない競争がないから30年間ほとんどモデルチェンジなし、進歩なし。西側では、この間数えきれないほど改良し、フルモデルシェンジは4回~7回は行った。

 そんな車でも西側の国民車よりもずっと高価で、国営企業がつくる唯一の東独車。これしかないから注文してから10年は待たされたという。国民に選ぶ自由はない。

 トラバントは、ベルリンの壁が倒された途端、アッという間に消滅してしまった。当然といえば当然だが、象徴的な話である。


.............................................................................................


(感想・意見など)

 ドイツ政府は何もしなかったわけではない。東独振興のために1991年に「連帯税」を導入し、インフラ整備に注力した。そのためドイツ経済は落ち込み、「欧州の病人」と呼ばれた時期もあった。

 旧東ドイツのツウィッカウでは「トラバント」がつくられていたが、現在では世界最大手のフォルクスワーゲン(VW)の電気自動車(EV)の製造拠点となっている。最初から最低でも50年以上かかる話であった。

 ほとんど血を流すことなく、ここまでこれたこと自体奇跡的な話である。


 余談ではあるが、朝鮮半島統一ということがあるとすれば、あの国のこれまでの歴史からすると、大量の血が流れ、大勢の国民が国外に逃がれ、百年はかかるものと思われる。


以上


結局、車検をした。


 結局、車検をした。

結局、車検をした。

 わたしの3代目マイカー・ホンダ初代フィットの車検はこの11月の末だった。私は1つのクルマを長く乗るほうである。
 1代目の三菱ミラージュは10年弱、2代目ホンダ・アコードは17年半、現在の3代目が15年、走行12万キロ弱。
 あと10年もしたらクルマはCASEの時代になるはず。だからマイカーは次の4代目が最後になると考えた。そうすると替え時かなと。

 現在のマイカー、初代フィットの最大の弱点はAピラー(柱)が太すぎること。視認性に問題あり。あと私のクルマ固有の症状としてジャダー(発進時の振動、異音)が挙げられる。ほとんど1人で乗り、川沿いの雑草・雑木の生い茂った狭い道や山道を走るのが好きなので、小さいクルマがいい。そういう意味ではぴったり。現状で点数をつけるとしたら80点。

日本再生のヒント
 
 4代目ホンダ・フィット。Aピラーが細くなっている。実車を見て、少し走ってみて気に入れば、これにするつもりであった。
 当初10月発売予定であったが、電動パーキングブレーキの不具合で来年2月の発売に変わった

結局、車検をした。
 
 今回車検時の代車、ホンダN-BOX。前回定期点検時代車はN-BOXターボであったが、一般道をちんたら走っていたので違いは感じられなかった。月販2万~3万台売れるベストセラーカーだけある(26か月連続1位)。車幅が狭い以外ほとんど文句のつけようがない。一般道を少人数で50キロや100キロ走るぶんにはこれで十分。公的な試験でもホンダの軽は衝突安全性が高かったし。

 車検が終わりマイカーに戻ったとき、軽といえども200万円近くするものがあるのに納得した。15年間の変化には凄いものがある。ありとあらゆる装備が付いている。装備に関しては500万円の高級車とほぼ同じ。候補車ナンバー2。

日本再起のヒント
 
 候補車ナンバー3のホンダN-WGN(ワゴン)。発売してすぐに電動パーキングブレーキの不具合がみつかり現在は生産見合わせ中。N-BOXはファミリーカー。N-WGNはパーソナルユース。N-BOXより車高が低く、後席ドアがN-BOXの(電動)スライドドアに対し、普通のヒンジ式のドアのため、車重は軽く、価格が十数万円は安いはず。

日本再起のヒント
 
 第4候補のスズキ・スウィフト。クルマ評論家が全員「走りがいい」と言う。フィットに比べて後席は狭い。スズキのディーラーに聞くと、受注してから納車は約2か月後とのこと。乗る機会があり、「これはいい!」となると買うかも。

結局、車検をした。

 第5候補のスズキ・ジムニーシエラ(1500cc)とジムニー(660cc)。ディーラーに聞くと、納車は1年後くらいになるとのこと。世界的にヒットしている。セカンドカーとしては十分あり。

結局、車検をした。

 つい先日発売された12代目トヨタ・カローラ。12代目にして初めてグローバルサイズになった(車幅1745ミリ)。3ナンバー車。私は車幅の大きな車は買う気はないが、これは売れそうな予感がする。

結局、車検をした。

 来年2月発売予定のトヨタ・ヴィッツ改めヤリス。ヤリスは世界ラリー選手権で善戦している。同じく2月発売になったホンダ・フィットといい勝負をすると思われる。車内はフィットが広い。

 クルマのデザインは難しい。美しいデザインのクルマが売れるとは限らない。トヨタ・シエンタのデザインはどう見ても「奇」である(私も面白いとは思う)が、売れている。ヤリスも売れそうな予感がする。

結局、車検をした。

 マイカーのフィット。10月に買い替える予定であったが、4代目フィットとN-WGNが現在販売されていないことから車検をすることにした。

 当初車検費用見積額は12万円であったが、1年以内に買い替えるという条件で10万円にしてもらった。バッテリー等は交換した。嬉しかったのは、ジャダーがなくなったこと。まだ2年以上乗れるんじゃないかな?点数は87点。15年も乗っているので手足のように操れるし。

結局、車検をした。

 近所にある初代ホンダ・ライフ。40数年前の軽自動車。こういう乗り方をしたいのだが…。

結局、車検をした。

 つい10年ほど前まで、3代目日産ブルーバードP510型のファンがあちこちにいて、何十年と乗っていたのを見かけた。当時の最先端の技術、装備をしていた。サファリラリーでも総合優勝した。50年ほど前になるか、日産が最も輝いていた時代だった。最近は、トヨタが頑張っている。

結局、車検をした。
 日経新聞2019年6月2日 <こういうクルマの楽しみ方もある>

 千葉県の元会社経営者の島影さん(70)。10年ほど前にスズキの小型4WD「ジムニー」を手に入れ悪路走破にはまってしまった。日本には自由に走れる場所があまりないため山を購入し、重機を使い自分で専用コースを作ってしまった。18人の仲間に無料で開放し一緒に楽しんでいる。写真は(恐らく)先代のジムニー。改造してほとんど面影はない。車体は転倒などしてボコボコ。

結局、車検をした。
 四国新聞2019年9月6日

 「運転やめた高齢者 要介護リスク倍」
 「外出減、健康に悪影響か」 ⇍⇍⇍ これは真理!


以上



プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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