『メディアの驕り』★★★★★③

メディアは事実を伝えているか?②
 (新潮新書) 著者の廣淵 升彦さんは、テレビ朝日ニューヨーク、ロンドン両支局長、報道制作部長、国際局国際セミナー専任局長などを歴任。その後、複数の私大で教授・講師を務める。ジャーナリストであった時代、外から日本のメディアを見ていて、また海外のそれと比べて、非常に違和感があったらしい。
『メディアの驕り』★★★★★③
 衆議院の解散が噂されて以降、羽鳥モーニングショーでは、「解散の大義」がないと批判一色。戦後約20回解散している。特別なことではない。
『メディアの驕り』★★★★★③
 特に、テレビ朝日社員の玉川徹氏(画面右端)の偏向はひどい。
『メディアの驕り』★★★★★③
 朝日新聞17年9月20日一面。
 明示的であれそうでないにせよ、「9条に自衛隊」が、「解散の大義」であることは間違いない。朝日新聞は、かつて世界中を探して、中米の小国コスタリカ(人口500万人弱)を「平和主義」と持ち上げたことがあった。しかし、それはそれなりの特殊な理由がある。世界に約200カ国あるが、経済規模で世界3位の国の軍隊が「まま子」であっていいわけがない。自衛隊を憲法にキチンと位置付けるべきである。
 朝日新聞は、かつて満洲事変を煽り、戦後は北朝鮮・中国・ソ連を称揚するなど、ほとんど常に間違えてきた。
 慰安婦問題では、1982年9月から誤報に誤報を重ね、1989年8月には韓国の済州新聞は吉田清治の本を否定、1992年3月、歴史家の秦郁彦氏が済州島を現地調査、「慰安婦狩りはなかった」と発表。朝日自身も1997年にやっと記者を済州島に派遣し、そのような事実はなかったことを確認するも、うやむやにしてしまった。2014年8月になって、32年ぶりにようやく取り消した。しかし、福島瑞穂、高木健一、戸塚悦朗などの「ジンケン派」弁護士、吉見義明・中央大教授などと共に、虚偽により日韓関係を悪化させ、世界中に慰安婦像を建てさせ、誤解を広めた責任は、極めて重い。落とし前は全然ついていない。
『メディアの驕り』★★★★★③
 コサギ、中サギ、アオサギが戻ってきた(本津川)。
『メディアの驕り』★★★★★③
 朝起きてすることは、庭の落ち葉掃きと蜘蛛の巣を払うこと。
『メディアの驕り』★★★★★③
 夕方帰ってくると、アゲハチョウ3羽がひらひらと出迎えてくれた。猫にマタタビ、アゲハにミカン科の木。本当に嬉しそうである。





つづきです。


 『メディアの驕り』★★★★★③


 ■民主党がまだ政権を握っていたころの話である。
 2012年2月のこと。イスラエルの副首相兼国防相エフード・バラク氏が来日した。
 このころの世界の最大の関心は、イスラエルがイランの核開発施設を攻撃するのではないか、ということだった。

 私自身も、親しいイスラエルの学者から「このままではイスラエル人はイランの核の恐怖に、脅えつづけなければならない。攻撃するのなら早いほうがいい」という言葉をじかに聞いた。

 そこへ行くと、日本人の危機意識の薄さはどうだろうか。北朝鮮が数次にわたり核実験を行い、ミサイルまで発射しているというのに、日本国民の大多数はこれに対する恐怖をあまり感じていない。

 日本政府を代表してバラク氏と会談したのは、玄葉光一郎外務大臣だった。玄葉氏は次のようにバラク氏に要請したという。
 「緊張をはらんだ軍事オプチョンは、イランに口実を与えるのみならず、アラブによる反イスラエルの団結を招くおそれがあり、イスラエルにとっても非常に危険なため慎重にしてほしい」と。

 なんとまた度胸(?)のある発言ではないか!もう何十年も前から、「アラブについて学びたければイスラエルに行け!」というのが、世界の常識である。

 イスラエルは日本人には想像もつかないようなインテリジェンス(情報収集・諜報)能力を駆使して、イランを研究しつくしている。そうしたインテリジェンスのかたまりのような国の要人に向かって、前記のような要請をするとは!まさに「中東音痴」そのものではないか?

 まず「イランを叩けば、アラブはイスラエルに怒りを抱く」という思い込みについて。イランのミサイルは、イスラエル、イラク、サウジアラビア、クウェート、UAEなどの、二千キロ圏内に届く。これらの国々は、イランがこのミサイルに搭載できる核兵器を完成した場合の脅威を強く感じている。

 だからこれらの国々は、イスラエルの攻撃により、イランの核の脅威が取り除かれれば、「一様に安堵する」。

 次はアラブ各国間の「団結」「連携」の実態について。
 エジプト、シリア、ヨルダンなどのアラブ諸国は過去に何度もイスラエルと戦争をしているが、1967年の「六日戦争」でも、73年の「十月六日戦争」でも、アラブは団結したことはないのである。

 そうした歴史の現実を踏まえないで、玄葉氏は「イランを叩けばアラブは団結する」と断言したのだ。

 この大失言からおよそ半年が経って、日本の領土を侵す事件が相次いで起こった。尖閣諸島近辺への中国艦船の侵入である。彼らの行動の背後に「これだけ阿保なことを言う外務大臣がいる日本は大したことはない」という侮りがあったことは否めない。正確な国際認識の欠如や失言は、大きな国難を招くのが常である。

 マスコミは依然として情緒的であり、外務官僚や学者の硬直した思考は続いている。世界を見る目を根本的に変え、日本独特の「癖」や「価値観」を変えないかぎり、危機は続いてゆくだろう。いい加減で宮本武蔵に剣の極意を説くような真似はやめてほしい。



 ■2015年に、SEALDs(シールズ)と名乗る大学生の一団が、マスコミに重宝がられた。彼らは安倍政権が推進する安保法案に反対であり、それゆえに一部のメディアから大事に扱われた。

 9月のある日、その代表3人が、日本外国特派員協会で記者会見した。彼らの頭の中にある「戦争と平和」というものが、地球的な広がりを持っていないことに気付いた。私は聞いた。
 「第二次世界大戦を引き起こす原因を作った最大の責任者はだれだと思うか?彼は演説が非常にうまく、ラジオを使って全国民の好戦ムードを掻き立てる天才だった」

 ドイツのアドルフ・ヒトラーだというくらいの知識は「常識」だろう。少なくとも日本政府の安保法案を批判し、それが戦争に繋がるという論を張るくらいの者にとっては、これは欠かせぬ知識のはずである。

 だが私の質問に対する彼らの答は、「知りません」だった。「ヒトラー」と答えたものは皆無であり、それを知らないことを恥ずかしいとも思っていなかった。こういう若者たちを英雄扱いにし、自社の主張を彼らに代弁させるメディアは、彼らが先の世界大戦について、最も基本的な知識さえ持っていないことを知らないのだ。



 ■リベラルという言葉を、日本ではいまだに「進歩的」のイメージで見ている人や、「好ましいこと」として捉えている人がいる。いまより60年以上も前のアメリカでは、この言葉は肯定的な響きを持っていた。だがいまでは、実現不可能な理想(というより幻想)を口にする人々、行政能力がないのに理念だけで国家や組織を動かせると信じている人々という、ネガティブな響きのほうが強いのである。彼らが政治の実権を握った場合、社会は大きな停滞に陥ることが多いのだ。

 こうしたリベラル信仰が、2008年および2012年の大統領選でバラク・オバマを後押しした。その結果、国際社会でのアメリカの影響力は格段に低下した。オバマは「イスラム国(IS)を殲滅する」などと、大衆受けする大見栄を切ったが、はかばかしい成果は挙げられぬまま、大統領としての任期を終えた。


 批判的な読者や視聴者の厳しい目を意識し、緊張感と謙虚さ、それになによりフェアな心を持って仕事に励むメディア人間は、健全な社会のためには不可欠なのである。

 日本が平和と自由を享受し、無事に生き延びるためには、国民がメディアに対してもっと賢くなり、煽動に惑わされないだけの判断力を身につけた層が拡大することが必要だ。


以上


『メディアの驕り』★★★★★②

メディアは事実を伝えているか?②
 (新潮新書) 廣淵 升彦さん著 842円 偏った日本のメディアに騙されないために有益な本です。ぜひお読みください。
メディアは事実を伝えているか?②
 讀賣新聞17年8月22日 意見広告
 1~2年関わった人(前川喜平氏)の証言に2時間33分(153分)を費やし、地域の発展のために10数年間獣医学部を誘致しようと奮闘(その間15回申請)してきた人(加戸守行氏)の証言はたった6分。原英史氏にいたっては2分半。新聞も全く同様。朝日新聞、毎日新聞、テレビ朝日、TBS、(NHKも?)などは、安倍内閣打倒の目的のため、平気でこういうことをやる。騙されるべからず!
『メディアの驕り』★★★★★②
 四国新聞17年9月17日
 四国の水がめ早明浦ダムの貯水率は危機的な36%台だった。
『メディアの驕り』★★★★★②
 台風18号の雨で香東川の潜水橋は通行禁止の状態に。恵みの雨(左奥の建物は国立香川高専)。
『メディアの驕り』★★★★★②
 ペットのヤモリが蛾を食べている図。台風以降、ペットの姿を見ていない。まさか、ヘビに食べられたのでは?
『メディアの驕り』★★★★★②
 アサガオと百日紅(さるすべり)。長い間楽しませてもらっている。





 『メディアの驕り』★★★★★②


 先日の続きです。


 ■2008年、民主党の大統領候補としての指名を受けるべく運動中のバラク・オバマは、かつての西ベルリンを訪れ、群衆に向かって演説した。これは明らかにケネディの真似であり、私は彼のパフォーマンスの中に、一種の詐術のにおいを感じた。しかし多くのアメリカ人は、一度ならず二度までも彼を大統領に選んだのである。

 2014年になって、オバマがケネディとは似ても似つかぬ人物であることを、アメリカ人および世界の人々は骨身にしみて悟った。「アメリカはもはや世界の警察官ではない」などと言わずもがなのことを言い、国際感覚のなさと優柔不断さを世界中に示した。

 ロシアのプーチン大統領がクリミアを併合するという、暴挙ともいえる行動に出たのは、オバマの弱さを見抜いていたからだ。「イスラム国」(IS)が台頭してきても、オバマはなんの手も打てなかった。

 ベルリンの壁を崩壊させたのも、冷戦を終わらせたのも、平和を願う人々の「祈り」ではなかった。冷厳なリアリズムに徹し、信念に支えられた者たちの意思と行動であった。

 日本を取り巻く国際環境がこれほど厳しくなった今でも、相変わらず自分たち好みの平和論を唱えている日本は本当に危ないと思う。理想主義や幻想に基づいて世界平和を語ることをやめよう。ありのままの現実を冷静に受け止める賢明さのみが平和をもたらす道なのである。



 ■マスコミ人間に特有の変なエリート意識は、社旗を立てた車が象徴するような精神風土だけが生み出したものではない。もっと深い原因がある。

 ずばりと言えば、それは「社会の木鐸(ぼくたく)意識」だ。新人記者たちは、上司や先輩から「諸君は社会の木鐸にならなければいけない」ということを徹底的に叩き込まれていた。素朴な大衆に正しい道を示すのが記者の役目だというのである。

 記者たる者は、ただ事実を伝えるだけでは足りない。大衆に対して「正しい道」を解き明かす使命があるというのが、マスコミ各社の精神的な「芯」の部分を占めているのである。

 だが、この意識はいまやまぎれもなく有害と化しつつある。使命感が昂じると、独善に陥り、自分の好みに合わせて報道する危険が増すものだ。

 ベテランの新聞記者で、テレビのニュースキャスターに起用された人たちは、ほぼ例外なしにニュースに自分の意見を入れたがる。自分はジャーナリストであり、ただ渡された原稿を読むだけのアナウンサーとは違う、と言いたいのだ。



 ■ドバイで経験した新鮮な驚きをご紹介したい。それは空港で見た「赤い三日月社」(赤新月社)の看板だった。この組織は、ほぼ世界中に広がった「赤十字社」のイスラム版ともいえる存在である。

 多くの日本人は、この赤い十字架が、キリスト教のシンボルマークだということすら気付いていない。だがイスラム文化圏では、このマークは使えないのである。

 中東のイスラム教徒(ムスリム)がキリスト教徒に対して抱く恨みつらみは、ここ百年や二百年のヨーロッパ人による支配なんかより、ずっとはるか昔に発している。ご存知「十字軍」による侵略である。


 日本の若い女性の間には、金銀の十字架のペンダントを身につけることを、「カッコイイ」と思っている人がかなりいる。しかし外国旅行の際にそうしたペンダントを身につけて出かけるのは考えものである。
 
 世界は10年前、20年前とは大きく変わっている。十字架を身につけてはいても、自分はキリスト教信仰などとは何の関係もないと心では思っていても、テロリストはそうは思わない。

 十字架ならまだ危険は少ないかもしれない。だが中には「カッコイイ」と思って「ダビデの星」(正三角形を2つ逆にくっつけたもの)のペンダントを身につけている女性もいる。それはムスリムたちが、キリスト教徒に対してよりももっと憎み軽蔑しているユダヤ人(ユダヤ教徒)たちのシンボルである。イスラエルの周囲の圧倒的に多くの国が、ダビデの星を仇敵と見なしているのだ。

 それにつけても思うのは、日本人の異文化・異教徒に対する警戒心・気配りの薄さである。


つづく


 

『メディアの驕り』★★★★★①

メディアは事実を伝えているか?②
 (新潮新書) 廣淵 升彦さん著
『メディアの驕り』★★★★★①
 いつも行くガソリンスタンドに置いていた。ホンダモンキーより小さい。目がかわいい。
『メディアの驕り』★★★★★①
 このバイクでのレースがあるという。
『メディアの驕り』★★★★★①
 台風18号がくるというので久しぶりに雨戸を閉めた。ヤモリがいると思っていたら、小さなヘビがいた。ヤマカガシ?まさか私のペット(ヤモリ)を食べていないだろうね?
『メディアの驕り』★★★★★①
 いつも行っている喫茶店が台風で臨時休業していたため、別の店に行った。そこのテーブルにあった花。
 私も経験があるが、台風直撃のとき店をどうするかが悩ましい。今回で言えば、16日(前日)19時ごろの台風情報より実際は3時間ほど遅れ、進路は南にとった。高松市最接近は21時ごろ。スタッフの問題があるため昨夜のうちに休業に決めたのだろうが、結果的には今日の18時ごろまで営業は可能であった。





 『メディアの驕り』★★★★★①


 『メディアの驕り』は大変タイムリーでいい本である。いくつかを抜粋(一部編集)してご紹介したい。
 本当は他にもいい話(特に海外の話)が多いのだが、ブログという性格上長い話は載せられない。是非本を読んでください。


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 ■マスコミは、好きか嫌いかで人間を分類する。人間だけではない。思想や理念まで、自分たちの好みに合わせて報道する。

 諸外国では文句なしに「プラス」とされていることを、日本のメディアは「マイナス」と伝える。逆に圧倒的に多くの国や地域で「マイナス」とされている価値や服装や習慣を「プラス」と伝えている場合が多い。

 かつて日本に水玉のネクタイが大好きな総理大臣がいた。この人が首相として登場した時、マスコミはいっせいに氏の政治家としての「清潔さ」を称えた。そして彼の水玉のネクタイを「クリーンな人柄を象徴する」ものと持ち上げた。
 海部俊樹さんである。「海部さん好きなら水玉まで好き」ということになった。

 間もなく海部氏の力量が試される大事件が起きた。1990年8月、イラクのサダム・フセイン大統領が、隣国のクウェートに軍隊を送り込んだのだ。サダムはあっという間にこの産油国を併合すると発表した。

 このニュースをどう思うか、と取り囲んだ記者団に聞かれた海部総理は、「うーん」としばらく絶句したあとで、「でも日本には大したことはないんだろ?」と逆に聞き返した。

 一つの主権国家が、白昼衆人環視の中で他国に乗っ取られたのだ。この暴挙を国際社会が見逃すわけがない。

 この失言は海部氏にとって致命的だった。一国の宰相としての能力がないことが次第に明らかになり、やがてさらに決定的な失言を重ねたことで、首相の座を降りなければならなくなった。

 私が最も憂慮したのは、水玉のタイをクリーンな人柄の象徴として、まるで申し合わせたように持上げた日本のマスコミのあり方だった。



 ■1980年代の半ばから終わりにかけて、日本は好景気に沸いていた。土地も株も空前の高値をつけていた。円の対外価値は力強く上昇した。

 だがこうした状況を面白くないと感じる人々がいた。これを行き過ぎと見、さらには不健全と見る勢力だった。
 主勢力はマスコミの内部にいた。彼らは高騰する地価を見て、「なにがなんでもこのバブルをつぶさなければならない」と思い込んだ。

 「持つ者と持たざる者」という図式は、大衆の支持を得やすい。人々はメディアに煽られて、昔風の道学者先生みたいな気持ちに駆り立てられていった。「清貧の思想」などという本が売れた。

 政治家たちはおびえた。このままでは世論を敵にまわし、自民党は政権を失うと思ったのだ。87年の総裁選びの際、外国人記者クラブでの三者共同記者会見で、有力候補の一人が「とにかく地価はなんとしてでも下げなければいけません」と明言した。

 おそろしい発言だった。このころ土地や家屋を買ったのは、投機家ばかりではない。なけなしの金をはたき、ローンを組んで住宅を手に入れた善良な庶民も多数いた。

 しかし世論におもねった政治家と官僚は、あらゆる政策手段を動員して、地価の下落をはかった。大蔵省は不動産に対する「融資の総量規制」を発動した。自治体は民間の不動産取引をいちいち届け出させるようにした。マスコミは三重野康日銀総裁を「バブル退治の旗手」と持ち上げ「平成の鬼平」とはやした。

 かくて株価も地価も暴落につぐ暴落をつづけた。

 その後20年以上も続いた大不況は、ほぼ全面的に株価と地価を下げさせた官製不況、いわゆる「資産デフレ」に発している。
 しかも政府もマスコミも、つい最近まで資産デフレの恐怖に気付いていなかった。

 不況は大方の予想をはるかに超えて長く続いた。その間に借金が返せず、事業に行き詰まり、人生に絶望して自殺した人は、年間に3万人を越えている。
 よほど利口に立ち回った人々を除いて、日本人の多くは20年前にくらべてずいぶん貧しくなった。

 いつの世にも国民の幸せ・国家の繁栄よりも、自説の正統性の方が大事と考えている輩がいる。最も多く彼らが巣食っている場所は、マスコミ内部と大学である。彼らの説がどんなに間違っていても、いまの制度の下では彼らの振りまく迷妄を阻止できない。



 ■1983年8月アメリカから帰国して、次のフィリピン大統領選挙でマルコスに戦いを挑もうとしたベニグノ・アキノ上院議員が、マニラ空港に降り立ったとたんに背後から銃撃され死亡した。この一部始終をタラップの上からテレビカメラが撮影していた。世界中に配信されたこの映像は、人々を憤激させた。

 1986年、アキノ夫人のコラソン・アキノ(コリー)は、亡き夫の遺志を継いで、大統領選挙に立候補した。

 大統領に就任したコラソン・アキノは、華々しく外交活動を展開した。富裕な階層の出身で、洗練されたマナーと教養を身につけ、アメリカ東部の知識階級の英語を話し、かなりの美貌の持ち主であった彼女は、各国のマスコミや政府から大事にされた。

 しかし、コリー・アキノは、大組織を動かす術も知らず、国の運命を左右する外交の舞台で生きていくだけの知恵も能力も備えていないというのが私の診断だった。

 懸念は的中した。彼女はフィリピン経済を立て直せず、行政能力のなさを露呈し、民衆の支持を失ったまま退陣した。

 しかし、彼女の判断ミスは、この程度ではおさまらなかった。国の安全の根本にかかわる米運基地問題で、彼女は大きな判断ミスを犯した。大統領としての任期が残り少なったころ、フィリピン国内では「米軍基地はもう要らない」「アメリカに引き上げてもらおう」というムードがたかまっていた。

 最高指導者というのは、大衆に迎合してはいけないのである。米軍が自国内にいることのメリットと、いなくなった場合にどれほどのマイナスが生じるかを、忍耐強く大衆に説いて聞かせるのがトップの役目というものだろう。

 しかし、フィリピンはアメリカに対して、「1年以内に撤退せよ」と通告した。
 かくて米軍はフィリピンから撤退した。いま中国海軍は南シナ海を我がもの顔にに動きまわり、岩にすぎないものを島だと言い張って軍用機の滑走路を建設している。

 国のトップに立つ者は、国民感情をはるかに越える見識と外交哲学を持っていなければならないのである。時には世論の反対側にこそ、国の安全を守るべき道が隠されているものだ。



 ■日本人のほとんどが「これは絶対に正しい」と思い込んでいる価値観がいくつかある。「庶民的というのはよいことだ」という考え方はその代表的なものだ。

 土井たか子氏が社会党の委員長に就任して間もなくのころ、「ラーメンが好きだ」と発言したことがあった。マスコミは大々的にこの発言を取り上げた。庶民=善、ラーメン好き=庶民的、故に土井たか子=善、社会党=庶民の味方=善という、きわめて単純な等式が日本の大衆の間に広く深く浸透していった。

 当たり前の話だが、ラーメン好きなことと国民が幸せに暮らせるための政治的見識や力量との間には何の関係もない。土井氏は経済についても外交についても、安全保障の根幹についても、日本の利益になるような哲学はお持ちではなかった。「北朝鮮は日本人を拉致などしていない」と言い切ったのもその一例だった。

 1991年、湾岸戦争が今にも始まりそうな矢先に、バクダッドまで出かけてゆき、イラクのサダム・フセイン大統領に直談判をして、戦争が起きるのを防ごうとしたことも、大きなマイナスだった。「そんな説得で戦争が避けられるわけがない。なんでもかでも『話し合い』で解決できると思い込む日本人の悪い癖だ」というのが、世界の良識派の一般的な見方だった。


つづく


メディアは事実を伝えているか?②

メディアは事実を伝えているか?②
 産経新聞17年8月26日「産経抄」
メディアは事実を伝えているか?②
 讀賣新聞17年8月22日「放送法遵守を求める視聴者の会」意見広告。
 「加計問題」国会閉会中審査を扱ったテレビ時間:前川喜平氏2時間33分(153分)⇔加戸守行氏6分、わずか3.9%。
 新聞報道も同じようなものである。大学を誘致するため十数年間苦闘してきた前愛媛県知事・加戸氏の証言は実質的に黙殺!視聴者・読者に事実を伝える気がない。極めて恣意的でアンフェアである。
メディアは事実を伝えているか?②
 上記の主要部分を拡大したもの。
 朝日新聞、毎日新聞、その系列のテレビ朝日、TBSなどは、事実をありのまま伝えるのではなく、自分たちの思う方向に大衆を誘導しようとして(今回の場合は安倍内閣打倒)、こういうことをよくやる。気をつけねば。
メディアは事実を伝えているか?②
 (新潮新書) 842円 ★★★★★
 著者の廣淵升彦(ひろぶち・ますひこ)さん(84歳?)はテレビ朝日ニューヨーク、ロンドン両支局長、報道制作部長、国際局国際セミナー専任局長、複数の私大で教授などを務め、海外事情に詳しい。日本のメディアのあり方に強い危機感を抱いている。
 1993年9月に「椿事件」というのがあった。テレビ朝日の椿 貞良(つばき・さだよし)取締役報道局長が、日本民間放送連盟の会合の席で、「自民党政権の存続を絶対に阻止する」「共産党以外で、反自民の連立政権を成立させるような報道をしようとの方向でテレ朝内部をまとめた」、と発言した。当時、放送法違反だとして問題になった。廣淵氏は、テレビ朝日でこの椿氏の3年先輩。
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 どんな花を咲かすのか楽しみで放っていたら、小さな小さな白い花を咲かせた。
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 これも小さな小さな紫色の花を咲かせたが、何カ月も咲いている。





 メディアは事実を伝えているか?②


 2017年2月6日ブログに「メディアは事実を伝えているか?」を書いた。この疑念はますます強まっている。

 ■産経新聞8月26日の「産経抄」を抜粋してご紹介します。


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 「いま、社内は安倍(晋三首相)を叩くためなら、どんなことでもするという空気になっている」。作家の門田隆将(かどた・りゅうしょう)さんは最近、知り合いの毎日新聞記者からこう聞いたと、26日発売の月刊誌『Hanada』(10月号)で明かしている。朝日新聞記者にも同様のことを言われたという。

 学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題をめぐり、内閣支持率が下落した安倍内閣をこの機に打倒しようと盛り上がっているということか。門田さんは7月23日付小紙朝刊の新聞時評欄で、そうした新聞を「倒閣ビラ」と呼んでいる。

 民進党を離党した長島明久元防衛副大臣も5月に、自身のツイッターに記していた。「昨日たまたま話した朝日新聞のある幹部の表情には、社運を賭けて安倍政権に対し総力戦を挑むような鬼気迫るものがありました」。

 実は小欄もかつて知人の東京新聞記者から、こんな打ち明け話を聞いたことがある。「上司に『安倍なんか取材しなくていいから、とにかくたたけ』と号令された」。同僚記者も、別の東京新聞記者から同趣旨のことを聞いている。

 これらのエピソードは新聞業界の「不都合な真実」を示す。事実をありのままに伝えることよりも、自分たちの主義・主張や好みを広めることに熱心な習性があるのは否めない。「権力の監視」を隠れみのにしてて、時に暴走を始める。

 マスコミは、行政・立法・司法の三種と並ぶ「第四の権力」とも呼ばれる。政治家からは、真顔で「本当は第一の権力だろう」と指摘されることも多い。ならば、自制心と自浄作用を失ったマスコミ権力は誰が監視するのか。


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『メディアの驕り』(廣淵升彦さん)より

 ①「はじめに」より

 日本は日常生活を送っているぶんには、世界で最も便利で安定し、快適な国です。
 しかし、日本には、他の先進国にはない弱点があります。その最大のものが政治であり、マスコミです。このふたつがもう少し成熟しないかぎり、日本は危ないというのが、良識ある人々の実感だと思います。

 テレビ局に勤務していたころから、私は「日本のマスコミ報道はなぜこんなに大きく歪むのだろう?」と考えてきました。特派員として、ニューヨーク、そのあとロンドンに住んでみて、自分が見聞きするアメリカ・ヨーロッパ・中東と、日本の新聞が伝えるそれとの実態のちがいが、いやでも目につくようになりました。

 「メディアがこのままでは世界が見えない、世界が見えないと本当に日本は危ない」という思いです。

 ここ数年の間に、日本のマスコミは大きく変わりました。言論の一元化が進み、自分たちの思う方向に大衆を誘導しようとする姿勢が目立つようになりました。日本人が最も恐れ、排除しようとしてきた「全体主義」がメディアの内部で頭をもたげてきたとさえ思えるのです。


 ②第3章から

 最近のテレビニュースを見て、腹を立てている人が多い。キャスターが自分の主観を語りすぎることがひとつ、もうひとつは番組制作者の意見を代弁する論客を、あたかも良識の代表のように扱って起用しすぎることである。どう考えてもこれはフェアではないと、思う人々がいても無理はない。


 ③「あとがき」より

 この本を書く根底にあったのは、「このままでは日本は危ない」という思いです。
 戦後72年、日本が最も大切にしてきたもののひとつが、多様で柔軟な価値観でした。さらに権力や周囲の圧力をはねのけて、自分の考えを表現できる「自由」でした。その自由が、いま失われそうになっている、と私は感じています。

 一方で「このままでは日本は危ない」と訴えつづけている人々がいます。いわゆる「リベラル」と呼ばれる人々です。しかし広く世界を見渡した上で日本を見た場合、その主張には相当に無理があります。

 ことごとに政府を攻撃している野党の皆さんも、本当に政権が取りたいのなら、とっくに色あせてしまったイデオロギーはひとまずしまいこんで、もっと世界の現実を見てもらいたいものです。

 今、私がひたすら願うことは、日本が侵略されたり、自由を奪われて、強大な軍事国家の属国にならないで生き延びてほしいということです。日本の周辺で起きている事を見れば、この悪夢が明日にでも現実になる可能性が高いことが、おわかりになると思います。日本が平和に生き延びるためには、皆さんがマスコミに対してもっと賢くなり、疑い深くなる必要があります。


以上


韓国よ 生死賭す判断誤るな

韓国よ 生死賭す判断誤るな
 産経新聞17年8月25日「正論」
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 今日の本津川。久しぶりにコサギの群を見た。
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 本津川の堰。今は下げているが、堰の仕組みがよく分からない。ゴム製のようだが。アオサギが1羽乗っている。
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 堰を上げるとこのようになる。
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 家に帰ってきたらトンボが出迎えてくれた。アゲハも。






 産経新聞8月25日「正論」欄、拓殖大学学事顧問(前総長)・渡辺 利夫さんのコラムを抜粋してご紹介します。



 韓国よ 生死賭す判断誤るな

 問題を蒸し返す文大統領発言

 どうしてこの期に及んで、というのが、文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の元徴用工に関する発言を聞いて、多くのの日本人が抱いた偽らざる疑念であろう。

 一触即発の半島に身をおいて自国の安全をどう確保するか、国家の生死を賭した大事を前に「事の軽重」の判断に狂いが生じていないか。

 一昨年末の日韓外相会談において慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」が両者間で合意された。日本側は合意に誠実に対応する一方、韓国側にはこれを守る意思が薄い。

 ソウル日本大使館前の慰安婦像の撤去に韓国政府は関心を示さず、釜山の日本総領事館前に像の新たな設置を許し、設置は全国的な規模で広がりつつある。

 
 日本側は1965年の日韓請求権・経済協力協定において両国間の賠償請求権は「完全かつ最終的に解決された」という原則を順守、慰安婦問題を含めすべての個人請求権問題は解決済みという態度を一貫させてきた。

 同時に、韓国の民意にも配慮し、「アジア女性基金」を1995年に設置して「償い金」を、さらに一昨年の日韓合意に沿い10億円の拠出を閣議決定しすでに支払い済みである。

 しかし、文大統領はこの合意をよしとせず、日本に再交渉を要求しようという意向を貫き、合意過程の再検証を進めているという。

 文大統領は就任100日目の記者会見において、日本統治時代に半島から動員された元徴用工には日本企業への個人請求権があると述べた。韓国政府は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権以来、慰安婦、原爆被害者、サハリン残留韓国人の3つは日韓請求権・経済協力協定の例外として個人請求権をもつとし、元徴用工については言及を避けてきたものの、今回の文大統領の発言である。


 日本糾弾にのめり込むときか

 北朝鮮の核ミサイル恫喝、中国による不徹底な北朝鮮制裁、高高度防衛ミサイル(THAAD)追加配備への逡巡(しゅんじゅん)、米韓同盟の将来の不透明化など、韓国を取り巻く現下の諸状況は、韓国という国家の存続に関わるマグニチュードをもつ。韓国内の左派勢力、親北勢力の跳梁(ちょうりょう)を許し、その勢力の分厚い支持により政権を手にしたのが文大統領であることに疑問の余地はない。

 あろうことかこの危機の最中で、連携を強化すべき日本への糾弾のレベルを上げるというのはどう考えても理性的な姿勢とは思われない。半島危機の当事者意識の無残なまでの欠如である。


 顧(かえり)みるべき歴史がある。「朝鮮国ノ完全無欠ナル独立自主ノ国タルコト」(日清講和条約第1条)を求めて、朝鮮の宗主国たる清国に挑んでこれに勝利した日本が、朝鮮の近代化を期し政治改革に打って出たことがある。

 「甲午(こうご)改革」(1894~1895)である。しかし、日清戦争後の三国干渉により遼東半島の清国還付をのまされた日本を朝鮮は「恃(たの)むに足らず」とみてロシアに急接近。親露派が力を得て国王高宗をロシア公使館に移し、国王はロシア公使館から詔勅(しょうちょく)を発するという屈辱を余儀なくされ(露館播遷:ろかんはせん)、朝鮮はロシアにより自在に操(あやつ)られる事態となって改革は頓挫した。


 情緒が政治決定を左右する怖さ

 親日派、親露派、中国・日本・ロシア、国の内外にかかわらず強い社会的勢力、大なる国家になびいて、自らの危機の陥穽(かんせい)にはまっていくという構図は、現在も往時と変わっていない。

 甲午改革の失敗を目の当たりにした福澤諭吉は、明治30年10月7日付の『時事新報』の論説「事実を見る可し」にこう綴った。

 朝鮮人は「上下一般、共に偽君子の巣窟にして、一人として信を置くに足るもののなきは、我輩が年来の経験に徴するも明白なり。左れば(か)かる国人に対して如何なる約束を結ぶも、背信違約は彼等の持前にして毫も意に介することなし。既に従来の国交際上にも屡(しばし)ば実験したる所なれば、朝鮮人を相手の約束ならば最初より無効のものと覚悟して、事実上に自ら実を収むるの外なきのみ

 福澤の思想的影響を受けた金弘集を総理衙門(内閣総理大臣)とし、朴永孝、兪吉濬などを要職に配して進められた甲午改革の挫折は、福澤の朝鮮近代化の夢を最終的に打ち砕くものとなった。金弘集は総理衙門の職を追われるや、光化門外で民衆により撲殺され、屍(しかばね)は市中に晒されたという。

 韓国には国民情緒法がある。成文法を超越して、行方定めず揺らぐ国民の情緒が政治決定のありようを左右するという恐ろしさが確かにこの国にはある

 福澤は明治18年の「脱亜論」の正当性を10年余を経て見定め、以来、朝鮮論の筆を折った。朝鮮研究を志す学究が急速に細やぎつつある日本の現状は、その再現なのかもしれない。


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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