ロボアドバイザー投資

ロボアドバイザー投資
 日経新聞17年7月10日「人間発見」
ロボアドバイザー投資
 讀賣新聞17年8月19日
 個人資産「現金・預金」日本51%、米13%、ユーロ圏33%。
ロボアドバイザー投資
 9月3日(日)のテレビ東京系19時54分~2時間特番は、「池の水ぜんぶ抜く」。第4弾は千葉市の自然公園と日比谷公園。視聴率でNHK「直虎」を抜いたらしい。
ロボアドバイザー投資
 それにしてもテレ東は低予算のためか、いろいろなアイデアを思いつく。私も、太田池の傍らにアパートを借りていたことがあり、ゆる抜きを見たことがある。みるみる水位が下がり、1㍍以上もある鯉がのたうち回り、何十羽もの鳥が集まってきてワクワクした。第5弾もあるらしい。
ゆる抜き
太田池ゆる抜き2
 2011年11月太田池ゆる抜きの風景。白っぽいのは錦鯉。





 ロボアドバイザー投資


フィンテックということが盛んに言われ出した。「Finance(金融)」と「technology(金融)」を組み合わせた造語。ロボアドバイザーはその一部であるらしい。

 日経新聞の「人間発見」17年7月10日から7月14日は、ウェルスナビ社長・柴山 和久(しばやま・かずひさ)さん。7月10日分を抜粋してご紹介します。


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 普通の人をリッチに
 発端は金融資産の日米格差
 コンピューターに任せ運用


 日本人は世界で一番働き者なのに、お金に働いてもらう投資となると、世界で一番下手かもしれない。多くの人が投資と聞くと腰が引け、資産の大半を金利ほぼゼロの預金に寝かせたままだ。資産は増えず将来への不安は募る。このままではいけない。働く世代の資産作りを応援したい。そんな気持で柴山和久氏(39)が立ち上げた会社がウェルスナビ(東京・渋谷)だ。


 きっかけは私の両親と妻の両親の金融資産に、がくぜんとするほど格差があったことです。米国人の妻の父は公務員、母は石油会社に勤務していました。私の父は大手保険会社、母は銀行勤務でした。学歴も年収も勤続年数もほぼ同じなのに、妻の両親の金融資産は数億円と、私の両親の10倍ありました。

 米国の多くの企業は、若い社員に資産運用をさせます。専門家の助言を受け、給与から毎月積み立てで世界の株式や債券に分散投資をします。年間の利回り目標は3~5%程度ですが、30年、40年と長期間、積み立て投資を続けると、リタイアする時には、億を超える資産を手にします。だから老後の不安も少なく、幸福な第二の人生を迎えることができるのです。

 日本でも若い世代の将来不安を軽減するため資産形成を応援したい。なるべく楽に、低コストで。そんな思いから2016年7月、ウェルスナビを起業した

 預かった資産の運用手段は妻の両親と同様、米国では一般的な上場投資信託(ETF)です。米国市場に上場しているETFから、その人にあったものをコンピュータ―が自動的に選んでくれます。ロボットアドバイザーと呼ばれる仕組みです。

 顧客の大半は20代から50代の勤労者です。年収、資産額、運用期間、取れるリスクの大きさなどの条件を入力し、平均して3~4%程度の年利回りが確保できるようなETFの組み合わせを提案します。

 なぜ運用先の選択をコンピューターに任せるかというと、その方がうまくいくからです。人間が投資すると感情や思い込みが入り、結果として冷静な判断ができないことがあります。

 ロボットに任せれば、こうした失敗は防げます。発足して1年ですが、この間の年利回りは円換算で19%と、予想を大きく上回るいい数字となりました。ここまで3万口座、運用資産総額は175億円になりました。目標は20年に1兆円です。 (担当:鈴木亮編集委員)


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(感想・意見など)

 日本の際立った特徴は、現金取引が圧倒的に多いということと、個人金融資産の大半が預貯金(概ね金利は低い)だということ。年利回りが1~2%の差でも30年、40年の長期では複利ですごい差になる。

 ロボットアドバイザーは何社もが手掛けているし、今後ますます増えると思われる。


以上


秘伝のタレ

秘伝のタレ
 讀賣新聞17年7月12日
秘伝のタレ
 郷東橋近くのネコバス。「こだわり麺や」のコバンザメ商法。ソフトクリームのようなものに色々トッピングしたものを売っている。
秘伝のタレ
 ネッツトヨタで咲いている花(青と白)。いまだに名前が分からない。





  秘伝のタレ


 讀賣新聞7月12日「ロングセラーの理由」は、エバラ食品の「黄金の味」。秘伝のタレには違いない。原材料をみて驚いた。抜粋してご紹介します。


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 果物でとろみと甘み


 タレを焼きたての肉に付けると、独特のとろみがよく絡む。かみしめると肉汁と一緒にほどよい甘みが口に広がる。

 発売された1970年代は高度成長を経て、日本の食卓が豊かになった時代。ホットプレートの普及も追い風となり、食べ方はそれまでのつけ込み焼きから今のスタイルと同じ素焼きに。そうした変化をとらえ「子どもでも素焼きの牛肉をおいしく食べられるタレ」を目指し開発された。

 味の秘訣はふんだんに使用した果物だ。なんとタレの原材料の3分の1はリンゴが占めている。香りの良いモモや後味がすっきりするウメも使い、とろみと甘みを表現している。

 発売39年となる今年は、初めて大幅リニューアルを行った。近年人気が高まっている赤身肉のうまさをより引き出すため、とろみを従来製品の2倍にアップさせた。工場での試作は20トンに及んだという。さらに、重い瓶からペット素材に変えた。使い切り用や小さめのサイズなどラインアップも豊富だ。

 人々のライフスタイルの変化への敏感さが、いつの時代も食卓に並び続ける理由なのだろう。


以上


手打ちうどん

手打ちうどん
 讀賣新聞17年5月12日(香川版)
手打ちうどん
 釜揚げうどん
手打ちうどん
 冷やしうどん
手打ちうどん
 牡丹。何も手入れしないのに今年も咲いてくれた。





  手打ちうどん


 ウン十年前浪人時代に、1カ月ほどうどん屋(川福 本店)でアルバイトをした。仕事は主として、タライのようなものに小麦粉を入れ、それに塩水を入れながら捏(こ)ね、4等分し、それぞれを球状にし、ビニールシートをかぶせ、足で踏み、うどんの生地を作ることである。

 うどんは、小麦粉と水と塩だけでできている。塩加減が大事で、これは「土三寒六常五杯(どさん・かんろく・じょうごはい)」といい、土用の頃は塩一杯を水三杯に溶かした水で小麦粉を練り、寒中は六杯の水で溶かした薄めの塩水で…、というもので、気候・季節によって加減が変わるので、店主の仕事であった。

 足でよく踏んで、耳たぶくらいの硬さになったらまた球状にし、小麦粉と塩水がよく馴染むようビニールに包んで三時間以上寝かせていた。

 店頭で職人が麺棒で延ばし、手打ちするのはこれからである。私に言わせれば、ここまでで7割以上は出来上がっている。


 それを実証するかのような記事が5月12日の讀賣新聞(香川版)に出ていた。抜粋してご紹介します。


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 うどんのはなし


 山内うどん 山内鉄也さん


 練りに悪戦苦闘する毎日だが、時々、うどんの神様がいたずらするのか、びっくりするほど、できの良い麺が仕上がることがある

 しっとり具合、硬さ、色つやどれをとっても「完璧」という。

 良い麺が出来ると分かるのは、生地を延ばしている段階だ。麺の出来上がりを均一にするため、延ばす段階で調整することがある。ところが、素晴らしい生地の場合だと、そんなことを、必要としないのだ。

 「これ、何もせんでいいというのがあります。うどんにすると、明らかに歯切れが違うのです」

 だが、どうして、良い生地が出来るのか、その理由は分からない。「多分、練りの段階で、いつもと違うことがあるのでしょう。それとも足踏みの回数かな……。とにかく、どうしてこんなに良い生地になったのか、前日の作業を思い出しては考えています」

 同じ日に練り、足踏みした生地が、全て同じ品質になるとは限らない。「うどんづくりは、毎日同じ作業の繰り返し。ですが、出来上がるものは毎日違っているのです。それが楽しいというのか、もっと良いものを作りたいなと思うのです」


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(感想・意見など)

 「うどんづくりは、毎日同じ作業の繰り返し。ですが、出来上がるものは毎日違っているのです」…これ、実によく分かる。

 ウン十年前「さぬきうどん」はいまほど有名ではなかった。しかし、私の「忘れられない味」は、この時の何杯かのうどんである。釜からそのままどんぶり鉢に入れたいわゆる「釜揚げ」は、つゆなどつけずともそのままで美味い!釜から上げて、冷水でしめた「冷やしうどん」は、これはこれでこしがあって実にうまかった!釜からそのままあげて、大きな海老の天婦羅を乗せ、薄口しょう油を少しかけただけのうどんもめっちゃうまかった!「世の中、こんなにうまいものがあったのか!!」

 しかし、それがなかなか再現できない。同じように作ったつもりでも、なにか少し違う。ただ言えるのは、釜から上げて、時間の経ったうどんはうまくないということである。だから、味にこだわるうどん屋は、「20分過ぎたら廃棄する」とか、ルール化している。

 元は、小麦粉と水と塩だけ。うどんに限ったことではないだろうが、実にディープである。


以上



アスリートの苦悩②…円谷幸吉さん

 
  円谷幸吉(つぶらや・こうきち)さんは、私にとって決して忘れることのできないアスリートである。

 2012年8月20日のブログ「円谷幸吉さん」をそのまま再録します。

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円谷幸吉さん


 今日8月20日午前11時から東京・銀座でロンドンオリンピック・メダリストたちの凱旋パレードが華やかに繰り広げられた。集まった人たちは50万人という。

 12年8月日本経済新聞の「私の履歴書」欄はマラソンの君原健二さんである。1964年の東京オリンピック8位、68年のメキシコオリンピックの銀メダリストである。私は通常スポーツ選手の「―履歴書」は見ない。しかし、君原さんの「履歴書」にサッと目を通し、「円谷つぶらや)」の文字を見た時、目が釘付けになった。

 私が歴代オリンピック選手で最も気になる人は、ダントツで円谷幸吉さんである。高校生の時に受けた衝撃はいまも忘れられない。

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 日経新聞12年8月18日君原健二さんの「私の履歴書」から一部抜粋します。

 
 円谷さんの死


 「会社の電話で非報を耳にした。マスコミからの知らせだった。1968年1月9日、円谷幸吉さんがカミソリを首にあて、命を絶った」

 「訃報を聞いた瞬間、胸にせり上がってきたのは『悔しい』という思いだった。私には苦しんでいる円谷さんの心中を察することができなかった。私は円谷さんを救えたかもしれない人間の一人だったと思う。にもかかわらず、何もしてあげることができなかった」

 「東京五輪のゴールを目前にして、ベイジル・ヒートリー(英国)に逆転を許し、メダルの色が銀から銅へと変わった。円谷さんは国民の前でぶざまな姿をさらしてしまったと恥じた(注1)。そして、メキシコでの再度のメダル獲得が自分に課された責務なのだと自分に言い聞かせ、公言もした。私は言ってあげるべきだった。『そこまで自分を追い詰める必要はない』と」

 「メキシコ五輪が刻々と迫る中、円谷さんの故障は長引き、まともに走ることができなかった。椎間板ヘルニアの手術に踏み切ったが、回復はしなかった」

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 円谷さんは自衛隊に所属していた。上官が代わり、その上官は円谷さんの婚約を「次のオリンピックの方が大事」と認めず、結局破談になった。このことの影響を指摘する人もいる。因みに、東京オリンピック8位の君原さんは、結婚を機に復活(注2)、メキシコでは銀を獲った。


 私には、人生いろいろあるが、よほど極悪非道の人でない限り、プラスマイナスで言うと少しはプラスであった、生きてきてよかったと思って人生を閉じてほしい、という思いがある。ましてや、オリンピックに出るほどの人であれば、どれだけ凄まじい努力を重ねてきたことか。


 円谷さんの遺書は涙なくして読めない。


父上様、 母上様、
三日とろろ美味しゅうございました。
干し柿、もちも美味しゅうございました。

敏雄兄、姉上様、
おすし美味しゅうございました。

克美兄、姉上様、
ブドウ酒、リンゴ美味しゅうございました。

巌兄、姉上様、
しそめし、南ばんづけ美味しゅうございました。

喜久造兄、姉上様、
ブドウ液、養命酒、美味しゅうございました。
又いつも洗濯ありがとうございました。

幸造兄、姉上様、
往復車に便乗させて頂き有難うございました。

正男兄、姉上様
お気をわずらわして大変申し訳ありませんでした。

幸雄君、英雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、
みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、
裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になってください。

父上様、母上様、
幸吉はもうすっかり疲れ切って走れません。
なにとぞお許し下さい。
気が休まる事もなく、
御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。

幸吉は父母上様のそばで暮しとうございました。


(以上)


(注1)君原さんは8月17日の「―履歴書」でこうも書いている。「しかし、少しも恥じることなどなかったのだ。陸上競技での日本人選手のメダル獲得は28年ぶりの快挙だったのだから」

注2)君原さんは東京オリンピック後の1966年ファンの女性と結婚。8月19日の「-履歴書」にはこのように書いている。「そのころ、私はとにかく誰かと結婚したかった。何しろ東京五輪までの厳しい練習と、メダルを期待する周囲からのプレッシャーで精神的に疲弊していた。そのすさんだ心を癒やしてくれる相手が欲しかった」「私は結婚で癒やされ、救われた」


 8月18日の君原さんの「-履歴書」は最後にこう書かれている。「故郷の福島県須賀川市では83年から、秋に円谷幸吉メモリアルマラソンが催されており、私は毎年、足を運んで出場している。前日には円谷さんが夜学に通っていた中央大学の学友の方々と酒を酌み交わす。墓前で手を合わせ、『おかげさまで、私は元気にしております』と報告する」


 ……円谷幸吉さんは、多くの人々の心の中に生きている。


負の側面から見る米の大学

メディアは事実を伝えているか?
 讀賣新聞17年2月6日
 讀賣新聞の文化面に「負の側面から見る米の大学」という記事があった。竹内洋(よう)京大・関西大名誉教授の娘さんのアキ・ロバーツ・ウィスコンシン大ミルウォーキー校准教授の話。こういう情報はほとんど聞いたことがないので、新鮮。抜粋してご紹介します。
負の側面から見る米の大学
よく行くマックの店長が、新たに取り付けた薄型テレビの調整を一生懸命やっていた。帰る時見たら、「クルー募集」のCMを繰り返しずっと流していた。
負の側面から見る米の大学
 24時間営業のそこそこ大きい店なので、アルバイトが何十人も必要だと思われる。間もなく3月。高校生や大学生で卒業してアルバイトも卒業する人も相当いると思われる。店長にとっては頭の痛い季節である。今後、人手不足で、営業時間を短縮したり、廃業する店も出てくると思われる。




負の側面から見る米の大学
 不透明入試/学生ローン100兆円


 アメリカの大学は先進的で優れていると称賛されることが多い。だが実態はどうなのか。ウイスコンシン大ミルウォーキー校のアキ・ロバーツ准教授は『アメリカの大学の裏側』(朝日新書)を著し、知られざる負の側面を明らかにしている。  (文化部 小林佑基さん)



 ロバーツ氏は教育社会学者の竹内洋氏を父に持つ。専門は犯罪学・統計社会学で、アメリカの大学教員の終身在職権「テニュア」を持つ。

 日本では、アメリカの大学のいい面はたくさん紹介されているとして、父との共著である本書では、あえて問題点を多く指摘
 
 例えばテニュアは教員の地位を保障し学問の自由を守る制度として名高いが、取得した途端、研究活動をやめてしまう教員も多く、何もせずに居座り続ける「枯れ木」の教授がはびこっているという。
 逆に審査を受ける若手は研究でも委縮する傾向にあり、薄給の非常勤教員が増やされて酷使されている実態もある。

 このため保守派政治家らはテニュアを目の敵にして大学を批判、公的な補助金は削減される傾向にある。ロバーツ氏は「各大学で再審査制度を機能させなければならない」と話す。

 運営面では、管理職が増え、教授よりもはるかに高い給与で遇されるという問題が生じている。経済的恩恵をもたらすはずの大学スポーツも、実際には「金食い虫」になりがちで、アメリカンフットボールの監督の年俸が数億円と、教授の10倍に上るケースもある。

 入試方法を巡っては、不透明さを指摘。大半の名門大で行われている、AO入試に似た「「ホリスティック入試」では、親や親戚に卒業生がいる受験生が非常に有利とされている。もともと支配層がユダヤ人らの入学を減らそうと始められた制度だが、最近は増加するアジア人を減らすためにも使われているといい、「選考過程も隠されていてアメリカらしくない」と嘆く。

 この入試は高校の成績やボランティアの経験なども判断基準となるため、「試験で一発逆転ができない分、日本より不公平かもしれない」とロバーツ氏。黒人などマイノリティー人種を優先入学させる制度も、裕福で学歴のある少数人種に恩恵をもたらす一方、白人貧困層の不満を高めていると指摘する。

 学生側の問題はどうか。高い授業料の見返りを考えるのか、高い成績評価を求めて教員に交渉してくるという。また快適さを求めるため、いまや学生寮は高級ホテル並みとなり、ビュッフエでロブスターヤステーキを毎日出したり、流れるプールを設置したりする大学も出現している。

 補助金削減、管理職などの給与高騰、過剰な学生サービス――。これらに対処するため、各大学は授業料を値上げせざるをえない。その結果、学生ローンの借入総額は100兆円を超えている。


 アメリカの大学を巡る現状について、竹内氏は、消費者(学生・保護者)の権利意識の高まりや、グローバル化などの急速な社会変動が背景にあると指摘。少子化による大学間生き残り競争や、人文社会系軽視の傾向などは普遍的な広がりを持つ問題として、「今後、日本を含む各国の大学も、同じような危機に直面する可能性がある」と述べる。

 ロバーツ氏も、アメリカの大学はそれでも教育と研究が世界最高水準だとしつつ、今のままでは世界中の留学生をひきつけられなくなると危惧。「日本でもアメリカの大学の裏側に目を向けるべきで、日本の大学がそのまま真似ればいいわけではない」と訴えている。


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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