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考え方を変えることによって何とかなる。

安倍の葬式はうち(朝日)で出す
 (東洋経済新報社) 1512円 ★★★★★

考え方を変えることによって何とかなる。
 「こだわり麺や」 カレー玉子うどんが390円(税込)!
 営業時間にも注意。
考え方を変えることによって何とかなる。
 地場スーパーのお弁当の例 398円(税別)
 パプリカ、カボチャ、ナスなどでカラフル。

考え方を変えることによって何とかなる。
 フイットネスクラブのプールから、100m先に巨大ショッピングセンターが見える。水中ウォーキングをしながら、あのSCには何万種類もの商品やサービスがあるが、どうしても欲しいものは特にないなぁ、などと考える。

 木曜日の夜、NHKの番組で「世界はほしいモノにあふれてる」という番組があるが、1分と見る気にならない。どうでもいいこと。

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考え方を変えることによって何とかなる。
 昨日の本津川。カラカラだったが、このように流れる本津川は久しぶり。
考え方を変えることによって何とかなる。
 本津川堤防などに咲いている黄色い花。日本中で嫌われているオオキンケイギク(特定外来生物)か?
 今年はそれほど見ない。2・3年前はいたるところで咲いていた。
考え方を変えることによって何とかなる。
 本津川近く(鬼無町)の耕作放棄地の一角に咲いている花。
考え方を変えることによって何とかなる。
 その近くの水路に咲いているドクダミ
 日曜日は自治会の春季大掃除。わが班は朝8時から溝掃除をした。田植えが始まった。





 考え方を変えることによって何とかなる。


 「老後の資産2000万円」問題で姦(かしま)しい
 第三の道として、「考え方を変える」という方法がある。

 それを実践中の元朝日新聞編集委員の稲垣えみ子さんの例をみてみたい。

 『魂の退社』から適宜抜粋してご紹介したい。


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 うどん県に流される

 当時38歳。人生の折り返し地点を目前に控えた私は、大阪版デスクから、四国は香川県の高松総局デスクへの異動を命じられた。正直なところ、まったく寝耳に水であった。

 私はまず物理的に、そして非常にネガティブな理由で、それまでの「金満生活による幸福の追求」を諦めざるをえなかった(それまでの彼女は、高給もあり、洋服・化粧品・飲食等々、めちゃくちゃなお金の使い方をしてきた。「金満生活」とはそのことを指す)。

 私がまず通い詰めたのが、農産物の直売所だった。
 ワイルドである。面白い。そして何よりこんな場所は都会ではありえないというのが嬉しかった。
 洋服を買うのに(あんまり)劣らぬ楽しさなのにこの価格!

 直売所は私にとって、お金がなくても楽しめる場所であったばかりか、「ない」ことの方が「ある」ことよりもむしろ豊かなんじゃないかという、それまでまったく考えたこともない発想の転換を迫る場所となったのだ。


 そして高松で見つけたもう一つの楽しみが「山歩き」

 季節ごとに、また天候によってまったく違った表情を見せる自然、その中を一人そっと分け入って行くと、一歩先に何があるのか想像がつかないことばかりである。

 こんな驚きと苦労と感激の連続を知ると、テーマパークやゲームなど、高いお金を払って楽しむ人工の娯楽がしょぼいものに見えてくる。


 そんな日々の中で、今も忘れられない出来事がある。

 せめて休日だけはと必至で早起きして山道をせっせと歩いていた時、歳の頃は70前後だろうか、ある遍路姿のおじいさんとすれ違い、いつものように「こんにちは」と挨拶を交わした私は、まったく予期していなかった激しい感情に襲われた。

 そのままテクテクと一人で歩きながら、突然ワーーーッという勢いで涙が出てきて出てきて、どうにも止まらなくなったのである。
 悲しいとか嬉しいとか、そいうことじゃないのだ。
 あえて言うならば「無」であった。
 しかし非常に激しい無。何だかわからないが、ただひたすらに、とめどなく何かが熔けていく感じなのである。
 原因は、はっきりしていた。おじいさんの笑顔に、やられたのだ。


 私はそれまでずっと、何かを得ることが幸せだと思ってきた。しかし、何かを捨てることこそが本当の幸せへの道なのかもしれない……。

 そんなこんなをああでもにこうでもないと考えているうちに、何が起きたか。
 そう、どんどんお金を使わなくなった。いや使わないというより、別に「使いたい」と思わなくなってきた。
 そしてその結果として、少しずつ、しかし着実にお金が貯まり始めたのである。


 うどんと貯蓄の深い関係

 「島流し」にあったおかげで人生における一つの知恵を獲得し、その結果としてお金を使わなくなり、さらにその結果としてお金がたまり始めたのだが、それではこれが果たして全国に数多ある他の地方に行ったとしても同じことが起きていたかというと、そうはいかなかったかもしれないと思うことがある。

 というのも、香川県というのは、実は「お金」に対して全国的にもユニークな、独特の哲学を持つ場所なのだ。

 あまり知られていないことだが、香川県が誇る2つの「日本一」がある。

 一つは、言わずと知れた「うどん」。一世帯当たりのうどん・そば消費量が、ご想像通りダントツで日本一。全国平均の2倍以上だ。私も新人時代に香川県にいた時は、警察の記者クラブで昼は必ずうどんの出前をいただいていた。

 もう一つの日本一が、一世帯当たりの平均貯蓄額が日本一なのである(2008年当時)。
 四国の経済活動というのは日本全体から見ればかなり小規模なものだ。県民だってそんなに儲けているわけではない。しかし、貯蓄率が高い。すなわち、香川県の人はお金を使わないのだ。

 で、この「うどん消費量日本一」と「貯蓄高日本一」の間には、実は密接な関係があるのではないかというのが私の仮説である。で、この仮説そのものが、私のお金に対する考え方に、実に大きな影響を与えている。

 何しろ香川県のうどんは本当に安い。「セルフ」系の店の場合、素うどんであれば1杯100円台。ここに何をのっけるかで値段は違ってくるが、めいっぱい奮発しててんぷらを3種類のっけても500円を超えることは難しい。

 なので、香川県の人は、都会で当たり前の、ランチに1000円以上取る店には行きたがらない。なぜなら、彼らが必ず言うセリフが「それやったらうどん〇〇杯食べられる」。つまり、うどん1杯というのが、彼らのものの値段を考える際の「単位」となっているのだ。「円」ではなく「うどん」


 兎にも角にも、私も讃岐という地に縁を得て、お金を使わぬ暮らしがすっかり身につき、まさに人生の折り返し地点において「お金を使わなくてもハッピーなライフスタイル」を着実に身につけていくことになったのである。


 会社員生活と50歳

 そして、思えばこの頃、私は記念すべき一言を発したのでした。
 それは高松の親しい友人と話をしていた時のこと。

 新聞社という会社には頻繁な転勤がつきもので、たまたまそんなことが話題にのぼり、彼女が「えーっ、いややわー、寂しいわあそんなん。もう会社辞めて高松に住んだらええのに」と言った。

 こちらも、本来なら軽く受け流すべきところであった。
 しかしその時、私の頭の中で彼女の言葉は妙に引っかかったのである。
 会社を、辞める?
 そんなことは。それまで考えたこともなかった。せっかく安定した会社に就職し、その中でそれなりに戦って、何とかかんとかここまでやってきたのだ。

 この時、ほんのチラリとだが、心の中で「それ…もしかして…アリかも……」という思いが点滅したのだと思う。なぜなら私は、気づけばこんな風に考えていたからだ。
 「いや、50までは辞められない。50になったら、考える」

 で、なぜこんなことを言ったのか。今振り返ると、一つはやはり、当地にて「お金がなくても幸せに生きていく方法」を発見しつつあったことがなんといっても大きかったと思う。


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(感想・意見など)

 ここまでで約3分の1。長くなり過ぎるのでここでやめる。

 このあと彼女は50歳で朝日新聞社を辞め、本格的なエコ生活(例えば電気代月数百円)に入っていく。その様子は、朝日新聞の週刊誌AERAに連載している。

 私も30台の半ばまでシンプルライフをモットーにしていた。2度目の松山勤務のとき、仕事が忙しいので借上げ社宅(民間マンション)を見に行かず前任者のあとに入ったため、広過ぎて、自然にモノが増えていった。だからといって、それでハッピーになったわけではない。逆にモノにとらわれるようになった気もする。

 是非、元の本を読んでみて下さい。「50歳で辞める」という覚悟をしたためか、その後、彼女は朝日新聞社内で「改革」に励み、爪痕を残したようです。

 今日、稲垣さんのフランス・リヨンでの生活を綴った『人生はどこでもドア』(東洋経済新報社)を馴染みの宮脇書店に注文した。


以上


死ぬまでにいくらかかるか?

死ぬまでにいくらかかるか?
 朝日新聞2019年6月7日

 金融庁がまとめた人生100年時代に向けた資産形成を促す報告書で、「老後の蓄え2千万円必要」としたことが、反発を呼んでいる

 私は、極めて当然のことを言っていると受け止めた。様々なアンケートでも日本国民は「中福祉中負担」を望んでいる。「高福祉低負担(≒フリーランチ)」はあり得ない。国民は「高福祉高負担」も望んでいない。

 池田信夫さんは、「野党は『貯金ゼロで95歳まで生活できる年金制度』を具体的に提案してほしい」と言っているが、まさにその通り。そんなものあるはずがない批判するなら具体的な対案を提示してほしい。野党もある種のマスコミも相変わらず無責任!

死ぬまでにいくらかかるか?
 江川紹子さん。わたしは1995年のオウム事件以来江川さんのちょっとしたファンであった。

 その江川さんがトランプ大統領来日時、「明日の国技館、せめて心ある相撲ファンの方による短くていいから力強い『Boo!』の一声が出るよう祈りたい」とツイートしたらしい。愚かとしか言いようがない!わたしもトランプ大統領には思うことはあるが、そんな腹いせのようなことをして何になる!見損なった。

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  死ぬまでにいくらかかるか?


死ぬまでにいくらかかるか?
 先日、わが家の35年目の定期診断を受けた。中年の女性がみえた。その報告書。30数枚ある。

死ぬまでにいくらかかるか?
 排水桝。これだけきれいなところは珍しいらしい。浄化槽管理会社の担当者に礼を言っておいた。
死ぬまでにいくらかかるか?
 基礎の水平・傾斜測定。異常なし。
死ぬまでにいくらかかるか?
 床下点検。合羽のようなものを着て床下にもぐった。問題なし。
 シロアリはいない。防蟻処理をするとしたら20万円くらいだという。
死ぬまでにいくらかかるか?
 屋根の点検。これが面白かった。梯子をかけて屋根に登るのかと思っていたら、大きな三脚を立て、10mほど先には雲台付きのカメラが。下でiPadのようなものでカメラを操作し何枚も写真を撮っていた。「再塗装」を勧められた。

死ぬまでにいくらかかるか?
 目地の劣化。異常なし。
死ぬまでにいくらかかるか?
 灯油ボイラー。私は35年のうち半分は高松にいなかったのでよくは分からないが、1回も換えていないのではないか?そうだとすると日本の工業力を尊敬するのみ。

 あと20年~25年住むとすれば、換えどきではある。エコキュートにすると50万~70万円だという。

死ぬまでにいくらかかるか?
 水回り。どこも特に異常なし。
死ぬまでにいくらかかるか?
 風呂場。バスタブだけでも換えたいと言うと、ユニットバスになっており無理だとのこと。バスタブ、洗い場、壁、天井など一式を換えて200万円ほどだと言う。

 風呂場、キッチンとも、あと20年使おうとおもえば使えないことはない、とのこと。使えるものは使おう。



 ■家関係でまとめると、

 あと、20年住むと仮定、合計550万円は必須。

①灯油ボイラー⇒エコキュートに交換 70万円

建物再塗装(次が3回目で最後) アクリルシリコン塗装 150万円orフッ素塗装 180万円

解体・更地化費用 300万円

 (近所の人の話だが、築50年の木造家屋を潰して建て替えたいのだが、解体費用に300万円かかると聞き、そのままあばら家に住み続けている。余計な話だが、戸建て住宅は自己責任で済むが、今後、マンションの建て替えが大量発生するが、どうするのだろう?)


 ■  あと1回買い換え 200万円

 ■ 病気に備えて 300万円

 ■ 葬儀代 100万円(直葬もしくは香大医学部献体)

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 以上総合計  1150万円


 ところで、わたしは一体いくら持っているのだろう?


以上


困った人たち

困った人たち
 讀賣新聞16年8月29日
困った人たち
 今日の香東川潜水橋。今朝未明の雷を伴う大雨で、涸れかけていた川が渡れなくなった。早明浦(さめうら)ダムの貯水率は35%くらいであったが、幾分回復する模様。今年は台風がすべて北に逃げていく。もう少し雨を!





 困った人たち


 所在不明児というのがいるらしい。基本的には親の責任である。今日の讀賣新聞に載っていた事例などはため息しか出ない。新聞は「警察・行政 窮状見落とす」と書いているが、保護すればしたで窮屈な生活を嫌がり逃げ出し、無責任な親から子供を引き離したら、ジンケン派(あるいは名を売りたい)、無責任なメディアや弁護士、大学教授、評論家などが騒ぎ出す。

 地方公務員の人件費は@年間900万円くらい(首都圏なら@1000万円)。1対1でかかわるわけにもいかない。親も兄弟も見放したような人たちを警察・行政はどうすればいいのか。しばりつけておくわけにもいかない。本人はともかく、無責任に子供をつくり出生届も出さなかったりして、無知・貧困・犯罪の連鎖が続いていく。子供だけでも救い出すべきだが。

 讀賣新聞8月29日の記事を抜粋してご紹介します。


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所在不明児 流転の果て
埼玉・祖父母殺害の元少年


 埼玉県川口市で2014年、祖父母を刺殺したとして、強盗殺人罪などで懲役15年の判決が最高裁で6月に確定した元少年(20)が、讀賣新聞の取材に応じた。小中学校に通わず、母親(43)に連れられて各地を転々とした日々。元少年の言葉からは、所在不明児を救い出せなかった行政のほころびが浮かぶ。  (稲垣 信さん)


 ■小5から迷走

 「親に言われ、あちこちついて行き、着いた先がここという気持ちです」。東京拘置所で記者の面会に応じた元少年は、そう話した。

 一家の迷走は、小学5年生の頃に始まった。養父と母親に連れられ、07年10月に埼玉県から静岡県に転居したが、3か月後には埼玉県に戻った。養父が日雇いの仕事で稼ぎ、ラブホテルに泊まった。母親はパチンコなどで浪費を重ね、宿泊代がなくなると、ホテルの敷地にテントを張って寝た。

 妹が生まれた10年、一家4人は横浜市に移った。公園などで野宿し、生後数か月の妹の出生届は出されなかった。

 〈外で生活していたときに何度もあった職務質問〉〈居所不明児童の疑いが持てたかもしれない〉。少年刑務所に移された後、取材への回答を記した手紙では、警察や行政が元少年の窮状に気付く機会があったことを明かした。

 横浜市ではいったん生活保護を受給し、市内の簡易宿泊所に移ったが、母親が窮屈な生活を嫌がり、11年に別の場所に転居。さらに同年秋に無断で埼玉に移った。生活保護は打ち切られた。

 12年には義父が失踪し、生活は一層困窮。17歳だった14年3月、母親から「祖父母を殺してでも金を借りてくるように」と指示され犯行に及び、現金約8万円を奪った

 同年12月のさいたま地裁の裁判員裁判判決は、「殺害の決意は母親の養育や言動に大きく左右された」と指摘した。


 ■一時保護断る

 一家は住民票を残したまま転居を繰り返し、行政上、元少年の存在が長期間消えることにつながった。

 元少年が静岡県から埼玉県に戻った際、静岡の自治体は転校先を把握できなかった。1年後に静岡の小学校から除籍され、住民票も抹消されたという。元少年は埼玉で学校に通わなかったが、行政がそれを知るすべはなかった。

 横浜市では住民登録したものの、再び埼玉に移った際には13年秋まで届を出していなかった。このため、横浜市の児童相談所が11年3月と9月、元少年の所在を全国の児相に照会したが、消息は分からなかった。

 一家が横浜で保護された際、同市は児相での一時保護を提案している。だが、母親らが「子供と暮らしたい」と希望したため、実現しなかった。〈子供が(親の前で)本音を出して助けを求めるのはかなり難しい〉。元少年は、手紙で子供が持つ心理もつづった。

 国は11年以降、所在不明児について、自治体間で情報共有の確認を徹底するよう繰り返し通知している。だが、親が行政との関わりを避けていた元少年のようなケースは、「所在の把握は困難を極める」(横浜市)のが実情だ。


以下略


目指すは、元気な多数派

目指すは、元気な多数派
 産経15年8月29日
目指すは、元気な多数派
 日経15年8月24日
目指すは、元気な多数派
 今日の本津川(この数百㍍下流で、あばあさんがどんぶらこどんぶらこと流れてくる大きな桃を拾った)




 健康で長生きをするには、食べ物運動生きがいが大切。私の家の周りでは、80代、90代で元気に一人住まいしている高齢者が結構いる。おばあさんが多いが、車で20分以内くらいのところに、息子夫婦、娘夫婦、あるいは孫などが住んでいて、それなりに目配りしていて、幸せそうに暮らしている。


 産経新聞8月29日作家の久田 恵さんが「家族がいてもいなくても」というコラムを書いている。抜粋してご紹介します。


 目指すは、元気な多数派


 目下、高齢の方々の取材にあちこち出かけている。67歳の私もすでに高齢者にカウントされる身なので、話を聞いたり、調べたりすることが、自分のためになる。

 というよりは、ようやく、自分の人生が落ち着き、1人で、あちこち行けるようになったのが、うれしくてたまらない。今が、人生で一番、いいときだわ、と思う

 でも、油断は禁物。いつまで元気でいられるか分からないしなあ、とも思っていた。

 ところが、10年後は私も77歳で、20年後は87歳で…と、考えているうちに、あれれ?と思った。

 四国で仲良くなった85歳の彼女も、「今が、人生で一番、いいとき」と言っていたなあ、と。いやいや、北海道の97歳の彼も「今が一番、いい」と言って、一緒にドライブをたのしんだしなあ、と。

 どの方も別にお金持ちでもない。年金も高くない。これまでの人生が安楽だったわけでも、ずっと健康であったわけでもない。

 でも、自立して楽しそうに暮らすこの方たち。なぜか、特別な方たちなんだ、と思い込んでいた。

 
 ところが、である。
 介護保険の利用状況の行政データを、よくよく眺めてみたら、75歳以上の要介護者は23%ですって。

 これって、視点を変えれば、77%の人が介護のいらない方々なのね、ということになる。しかも、要介護って5段階あって、1とか2とかは、1人でもなんとか暮らせそうだし。

 認知症の発症率も、85歳以上で27.3%ほど。それも、1人で暮らせる軽度の人から重度の人まで、かなり幅がある。

 つまりは、80代以降の70~80%の方々が、まずまず元気に暮らしておられる、ってことなのだ。

 私が取材をして、すごい、と感動していた人たちは、実は多数派。
 なんとフツウの方々だったのだ。

 そうか、ちょっと頑張れば、70~80%の元気な高齢者の側に私も行けるかも。20年後にも「今が、一番いいときよ」と言えそうかも。


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 日本経済新聞8月24日の「経済教室」に国際医療福祉大学の高橋 泰たい)教授が介護難民について書いている。その論文の最後の部分を抜粋してご紹介します。


 北欧型の老い方や死に方を一つの手本に


 若年人口の急速な減少と膨大な債務を抱える国家財政を考えると、「提供側の構造改革」だけでは不十分である。

 筆者は、1人当たりの医療・介護資源消費量を減らすための「利用者の意識改革」のお手本が「北欧型の老い方・死に方」にあると考えている。

 北欧では自らの口で食事をできなくなった場合、嚥下(えんげ)訓練は徹底的に行われるが、それでもダメならば無理な食事介助や水分補給を施さず、そのまま自然な形でみとることが一般的である。その結果、寝たきりになる前に亡くなることが大半であり、北欧には寝たきり高齢者はほとんどいない

 北欧では昔から、日本の施設のようなオムツ交換や食事介助はほとんど行われていない
 
 フランスでは、90年ごろまで高齢者に対して胃に直接栄養を入れる胃ろうが広く行われていたが、今日ではほとんどの人が食べられなくなったら諦めるというように劇的に終末医療が変わった


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(感想・意見など)

 私は、管をいっぱい着けてまで、ひとに多大な努力を強いてまで、延命したくはない。生き物は致死率100%が宿命である。そのことを肝に銘じて、生きている間は楽しく有意義に、ダメな時は自然な形であっさりと死にたい。ピンピン・コロリが理想である。


以上


 

小奇麗、こざっぱりと生きる

小奇麗、こざっぱりに生きる
 (幻冬舎) 1404円
小奇麗、こざっぱりに生きる
 女性誌に通常サイズと縮小(プチ)サイズがあるのは知っていた。内容、値段は同じ。
 集英社のMOREは付録つき730円と付録なし600円があるのを発見。表紙のデザインは異なるが、内容は同じ。
小奇麗、こざっぱりに生きる
 私はイザベラ・バードの大ファン。幕末・明治初期に1人で世界中を旅行した英国婦人。そのバードのコミック版が出た!
 (KADOKAWA) 670円





 小奇麗、こざっぱりと生きる


 先日15年7月23日にブログ「スティーブ・ジョブズのタートルネック…」を書いた。人さまざまではあるが、シリコンバレーで働く経営者には、自分のスタイルを決めたらそれを貫く人が多いらしい。要するに、ファッションにあまり気を使いたくない、本来の仕事に打ち込みたい、また、自信があるということだろう。

 今朝仕事をしながら何となくテレビをつけていたら、フジテレビ系の「ノンストップ!」で「ホントに10着!?パリマダムのクローゼット」というのをやっていた。よくは見ていないが、内容は何となく分かる。

 私もファッションにあまり気を使いたくない。ただ、臭いとかフケだらけで不潔そうだとか、鼻毛が出ていたり、髪の毛が寝癖のママ、無精ひげだらけ、というのもイヤである。小奇麗、こざっぱりがテーマ

 村上龍さんのエッセイ集 『 おしゃれと無縁に生きる 』 の冒頭エッセイを抜粋してご紹介します。


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 男性雑誌で、ファッションに関する記事は非常に多い。わたしは、1998年に中田英寿がペルージャというチームに移籍してからイタリアに行くことが増え、いつしか、男はシャツを着ればいいのだということに気づいた。周囲のイタリア人の男を漫然と眺めるうちに、例外なく、全員がシャツを着ていることに気づいたのだった。

 タクシー運転手のおじさんから、ブティックの店員、高給レストランで食事をしているエリートビジネスマン、企業家、政治家に至るまで、とにかく全員シャツを着ていた。しかも、ブルー系のシャツばかりだった。濃淡は別にして、青の無地のシャツ、青のストライプ、チェック、とバリエーションはあるが、とにかくブルー系だった。

 イタリア人の友人に聞くと、「ネクタイが合わせやすく、白だとフォーマルすぎてつまらないから」と、素っ気なかった。よく、ファッション評論家みたいな人が、「イタリア人のおしゃれ」として、赤いパンツやピンクのシャツを紹介したりしているが、あれは、だ。イタリア男ほど、ファッションに関して保守的な人々はいない。

 ところで、わたしの周囲の、著名な文化人とか、仕事ができるメディア関係者の中には、「おしゃれ」な男がいない。わたしも自分がおしゃれだと思ったことは一度もない。その理由は簡単で、充実した仕事をしていて、当然のことながら忙しく、ファッションに気をつかうような時間的余裕がないからだ。

 みんな、経済力に応じた「ごく普通の格好」をしている。凝ったものは着ていない。他人や、女性から、「おしゃれですね」などと言われたいと思う男はいない。普通でも十分に人気があるので、そんな努力は不要なのだ。


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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