困った人たち

困った人たち
 讀賣新聞16年8月29日
困った人たち
 今日の香東川潜水橋。今朝未明の雷を伴う大雨で、涸れかけていた川が渡れなくなった。早明浦(さめうら)ダムの貯水率は35%くらいであったが、幾分回復する模様。今年は台風がすべて北に逃げていく。もう少し雨を!





 困った人たち


 所在不明児というのがいるらしい。基本的には親の責任である。今日の讀賣新聞に載っていた事例などはため息しか出ない。新聞は「警察・行政 窮状見落とす」と書いているが、保護すればしたで窮屈な生活を嫌がり逃げ出し、無責任な親から子供を引き離したら、ジンケン派(あるいは名を売りたい)、無責任なメディアや弁護士、大学教授、評論家などが騒ぎ出す。

 地方公務員の人件費は@年間900万円くらい(首都圏なら@1000万円)。1対1でかかわるわけにもいかない。親も兄弟も見放したような人たちを警察・行政はどうすればいいのか。しばりつけておくわけにもいかない。本人はともかく、無責任に子供をつくり出生届も出さなかったりして、無知・貧困・犯罪の連鎖が続いていく。子供だけでも救い出すべきだが。

 讀賣新聞8月29日の記事を抜粋してご紹介します。


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所在不明児 流転の果て
埼玉・祖父母殺害の元少年


 埼玉県川口市で2014年、祖父母を刺殺したとして、強盗殺人罪などで懲役15年の判決が最高裁で6月に確定した元少年(20)が、讀賣新聞の取材に応じた。小中学校に通わず、母親(43)に連れられて各地を転々とした日々。元少年の言葉からは、所在不明児を救い出せなかった行政のほころびが浮かぶ。  (稲垣 信さん)


 ■小5から迷走

 「親に言われ、あちこちついて行き、着いた先がここという気持ちです」。東京拘置所で記者の面会に応じた元少年は、そう話した。

 一家の迷走は、小学5年生の頃に始まった。養父と母親に連れられ、07年10月に埼玉県から静岡県に転居したが、3か月後には埼玉県に戻った。養父が日雇いの仕事で稼ぎ、ラブホテルに泊まった。母親はパチンコなどで浪費を重ね、宿泊代がなくなると、ホテルの敷地にテントを張って寝た。

 妹が生まれた10年、一家4人は横浜市に移った。公園などで野宿し、生後数か月の妹の出生届は出されなかった。

 〈外で生活していたときに何度もあった職務質問〉〈居所不明児童の疑いが持てたかもしれない〉。少年刑務所に移された後、取材への回答を記した手紙では、警察や行政が元少年の窮状に気付く機会があったことを明かした。

 横浜市ではいったん生活保護を受給し、市内の簡易宿泊所に移ったが、母親が窮屈な生活を嫌がり、11年に別の場所に転居。さらに同年秋に無断で埼玉に移った。生活保護は打ち切られた。

 12年には義父が失踪し、生活は一層困窮。17歳だった14年3月、母親から「祖父母を殺してでも金を借りてくるように」と指示され犯行に及び、現金約8万円を奪った

 同年12月のさいたま地裁の裁判員裁判判決は、「殺害の決意は母親の養育や言動に大きく左右された」と指摘した。


 ■一時保護断る

 一家は住民票を残したまま転居を繰り返し、行政上、元少年の存在が長期間消えることにつながった。

 元少年が静岡県から埼玉県に戻った際、静岡の自治体は転校先を把握できなかった。1年後に静岡の小学校から除籍され、住民票も抹消されたという。元少年は埼玉で学校に通わなかったが、行政がそれを知るすべはなかった。

 横浜市では住民登録したものの、再び埼玉に移った際には13年秋まで届を出していなかった。このため、横浜市の児童相談所が11年3月と9月、元少年の所在を全国の児相に照会したが、消息は分からなかった。

 一家が横浜で保護された際、同市は児相での一時保護を提案している。だが、母親らが「子供と暮らしたい」と希望したため、実現しなかった。〈子供が(親の前で)本音を出して助けを求めるのはかなり難しい〉。元少年は、手紙で子供が持つ心理もつづった。

 国は11年以降、所在不明児について、自治体間で情報共有の確認を徹底するよう繰り返し通知している。だが、親が行政との関わりを避けていた元少年のようなケースは、「所在の把握は困難を極める」(横浜市)のが実情だ。


以下略


目指すは、元気な多数派

目指すは、元気な多数派
 産経15年8月29日
目指すは、元気な多数派
 日経15年8月24日
目指すは、元気な多数派
 今日の本津川(この数百㍍下流で、あばあさんがどんぶらこどんぶらこと流れてくる大きな桃を拾った)




 健康で長生きをするには、食べ物運動生きがいが大切。私の家の周りでは、80代、90代で元気に一人住まいしている高齢者が結構いる。おばあさんが多いが、車で20分以内くらいのところに、息子夫婦、娘夫婦、あるいは孫などが住んでいて、それなりに目配りしていて、幸せそうに暮らしている。


 産経新聞8月29日作家の久田 恵さんが「家族がいてもいなくても」というコラムを書いている。抜粋してご紹介します。


 目指すは、元気な多数派


 目下、高齢の方々の取材にあちこち出かけている。67歳の私もすでに高齢者にカウントされる身なので、話を聞いたり、調べたりすることが、自分のためになる。

 というよりは、ようやく、自分の人生が落ち着き、1人で、あちこち行けるようになったのが、うれしくてたまらない。今が、人生で一番、いいときだわ、と思う

 でも、油断は禁物。いつまで元気でいられるか分からないしなあ、とも思っていた。

 ところが、10年後は私も77歳で、20年後は87歳で…と、考えているうちに、あれれ?と思った。

 四国で仲良くなった85歳の彼女も、「今が、人生で一番、いいとき」と言っていたなあ、と。いやいや、北海道の97歳の彼も「今が一番、いい」と言って、一緒にドライブをたのしんだしなあ、と。

 どの方も別にお金持ちでもない。年金も高くない。これまでの人生が安楽だったわけでも、ずっと健康であったわけでもない。

 でも、自立して楽しそうに暮らすこの方たち。なぜか、特別な方たちなんだ、と思い込んでいた。

 
 ところが、である。
 介護保険の利用状況の行政データを、よくよく眺めてみたら、75歳以上の要介護者は23%ですって。

 これって、視点を変えれば、77%の人が介護のいらない方々なのね、ということになる。しかも、要介護って5段階あって、1とか2とかは、1人でもなんとか暮らせそうだし。

 認知症の発症率も、85歳以上で27.3%ほど。それも、1人で暮らせる軽度の人から重度の人まで、かなり幅がある。

 つまりは、80代以降の70~80%の方々が、まずまず元気に暮らしておられる、ってことなのだ。

 私が取材をして、すごい、と感動していた人たちは、実は多数派。
 なんとフツウの方々だったのだ。

 そうか、ちょっと頑張れば、70~80%の元気な高齢者の側に私も行けるかも。20年後にも「今が、一番いいときよ」と言えそうかも。


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 日本経済新聞8月24日の「経済教室」に国際医療福祉大学の高橋 泰たい)教授が介護難民について書いている。その論文の最後の部分を抜粋してご紹介します。


 北欧型の老い方や死に方を一つの手本に


 若年人口の急速な減少と膨大な債務を抱える国家財政を考えると、「提供側の構造改革」だけでは不十分である。

 筆者は、1人当たりの医療・介護資源消費量を減らすための「利用者の意識改革」のお手本が「北欧型の老い方・死に方」にあると考えている。

 北欧では自らの口で食事をできなくなった場合、嚥下(えんげ)訓練は徹底的に行われるが、それでもダメならば無理な食事介助や水分補給を施さず、そのまま自然な形でみとることが一般的である。その結果、寝たきりになる前に亡くなることが大半であり、北欧には寝たきり高齢者はほとんどいない

 北欧では昔から、日本の施設のようなオムツ交換や食事介助はほとんど行われていない
 
 フランスでは、90年ごろまで高齢者に対して胃に直接栄養を入れる胃ろうが広く行われていたが、今日ではほとんどの人が食べられなくなったら諦めるというように劇的に終末医療が変わった


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(感想・意見など)

 私は、管をいっぱい着けてまで、ひとに多大な努力を強いてまで、延命したくはない。生き物は致死率100%が宿命である。そのことを肝に銘じて、生きている間は楽しく有意義に、ダメな時は自然な形であっさりと死にたい。ピンピン・コロリが理想である。


以上


 

小奇麗、こざっぱりと生きる

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 (幻冬舎) 1404円
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 女性誌に通常サイズと縮小(プチ)サイズがあるのは知っていた。内容、値段は同じ。
 集英社のMOREは付録つき730円と付録なし600円があるのを発見。表紙のデザインは異なるが、内容は同じ。
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 私はイザベラ・バードの大ファン。幕末・明治初期に1人で世界中を旅行した英国婦人。そのバードのコミック版が出た!
 (KADOKAWA) 670円





 小奇麗、こざっぱりと生きる


 先日15年7月23日にブログ「スティーブ・ジョブズのタートルネック…」を書いた。人さまざまではあるが、シリコンバレーで働く経営者には、自分のスタイルを決めたらそれを貫く人が多いらしい。要するに、ファッションにあまり気を使いたくない、本来の仕事に打ち込みたい、また、自信があるということだろう。

 今朝仕事をしながら何となくテレビをつけていたら、フジテレビ系の「ノンストップ!」で「ホントに10着!?パリマダムのクローゼット」というのをやっていた。よくは見ていないが、内容は何となく分かる。

 私もファッションにあまり気を使いたくない。ただ、臭いとかフケだらけで不潔そうだとか、鼻毛が出ていたり、髪の毛が寝癖のママ、無精ひげだらけ、というのもイヤである。小奇麗、こざっぱりがテーマ

 村上龍さんのエッセイ集 『 おしゃれと無縁に生きる 』 の冒頭エッセイを抜粋してご紹介します。


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 男性雑誌で、ファッションに関する記事は非常に多い。わたしは、1998年に中田英寿がペルージャというチームに移籍してからイタリアに行くことが増え、いつしか、男はシャツを着ればいいのだということに気づいた。周囲のイタリア人の男を漫然と眺めるうちに、例外なく、全員がシャツを着ていることに気づいたのだった。

 タクシー運転手のおじさんから、ブティックの店員、高給レストランで食事をしているエリートビジネスマン、企業家、政治家に至るまで、とにかく全員シャツを着ていた。しかも、ブルー系のシャツばかりだった。濃淡は別にして、青の無地のシャツ、青のストライプ、チェック、とバリエーションはあるが、とにかくブルー系だった。

 イタリア人の友人に聞くと、「ネクタイが合わせやすく、白だとフォーマルすぎてつまらないから」と、素っ気なかった。よく、ファッション評論家みたいな人が、「イタリア人のおしゃれ」として、赤いパンツやピンクのシャツを紹介したりしているが、あれは、だ。イタリア男ほど、ファッションに関して保守的な人々はいない。

 ところで、わたしの周囲の、著名な文化人とか、仕事ができるメディア関係者の中には、「おしゃれ」な男がいない。わたしも自分がおしゃれだと思ったことは一度もない。その理由は簡単で、充実した仕事をしていて、当然のことながら忙しく、ファッションに気をつかうような時間的余裕がないからだ。

 みんな、経済力に応じた「ごく普通の格好」をしている。凝ったものは着ていない。他人や、女性から、「おしゃれですね」などと言われたいと思う男はいない。普通でも十分に人気があるので、そんな努力は不要なのだ。


以上


可能性を断念する

可能性を断念する
 山田太一さん


 私の机の前の壁に古い雑誌の切り抜きが貼ってある。タイトルは「自分の中のいろいろな可能性を断念する―本当にやりたいことを見い出す第一歩だね」脚本家の山田太一さんの言葉である。ご紹介します。


(本文抜粋)

 「今の時代は、誰でもいろいろな仕事に就ける可能性があります。特に若い人たちには限りない可能性があるように見える。可能性がありすぎて、みんな可能性地獄に陥っているんじゃないかな」

 「可能性」に振り回されているうちに、自分を見失い、結局は何の願望も実現しないはめになるのです。

 「どこかで自分の中にあるいろいろな可能性を断念して、そこに踏みとどまって、がんばる。あえて何かを選び取るべきです。自分はこの道でがんばるんだと決心すること―それが修行の第一歩です。自分の運命を受け入れ、仕事の中で飽き飽きするほどの反復を繰り返し、そんな仕事を呪ったり、もうやめようかなどと悩みながら続けてみる」

 
「『自分の感情に忠実に生きろ』とよく人は言いますが、そんなことをしていたらまとまったことは何もできない。感情なんて、あてになりません。自分の運命を選ぶことに、すべての出発点があるのです」


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(感想・意見など)

 「個性を大切にしろ」「自分らしく生きろ」「学ぶのに遅すぎることはない」とよく言われる。一面の真理である。しかしその言葉に安易に従って、いつまでも「自分さがし」を続けて、可能性地獄に陥っているもう若いとはいえない多くの人も見かける。

 なんの仕事であれ、一人前になるには十年はかかる。日本では昔から芸事を学ぶのに「守・破・離」ということが言われる。これはという仕事・師匠を見つけ、十年は愚直に懸命に頑張る。十年やっていれば、個性など出したくなくても自ずと出てくる。

 山田太一さんの言うように、「どこかで自分の中にあるいろいろな可能性を断念して、そこに踏みとどまって、がんばる。あえて何かを選び取るべき」だと思う。


以上

人の想い

人の想い
 (紅梅)


 昨日、今日あたりの新聞各紙の「ひと」欄で、このたび最高裁判事に就任した山浦 善樹(やまうら よしき)さん(65)が紹介されている。

 
 山浦さんは最高裁判事としては異例の〝庶民派〟だと思われる。自分と2人の事務員だけの東京・神田にある事務所の「マチ弁」からの転身。

 
 7年間、法科大学院でも教えてきた。学生に必ず伝えたのは約20年前バブルの頃の、古いビリヤード店が不動産業者に立ち退きを求められた案件。経営していたのは「頑固」と評判だったおばあさん

 おばあさんは移転を拒む理由を言わなかった。山浦さんは「廃業しない理由があるはず」と思った。3か月後やっと話が聞けた。出征した恋人の「きっと帰る。それまでこのキューを置いておくから」との約束を信じ、待ち続けていたのだ

 約束から40年が過ぎていた。山浦さんは説得した。「もう約束は十分果たしました。彼もきっと分かってくれます」。

 数日後、「あんたに任せた」と連絡がきた。




 
プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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