コリアは国の制度・考え方に問題がある

コリアは国の制度・考え方に問題がある
 産経新聞16年11月15日
コリアは国の制度・考え方に問題がある
 四国新聞16年11月17日
 韓国は凄まじいコネ社会。コネがない人は、日本に留学して専門性を身につけ、日本企業に就職した方がいいのではないか。実力のある人は政府、企業ともウエルカムである。
コリアは国の制度・考え方に問題がある
 2016年11月12日韓国・朴槿恵退陣要求デモ。警察発表26万人、主催者発表100万人。実数は中間の60~70万人か?日本を見習ってゴミ拾いしていたのには驚いた。昔を知る者にとっては、ほとんど暴力的にもならず、成熟を感じた。
コリアは国の制度・考え方に問題がある
 (講談社学術文庫) 1782年
 英国人女性旅行家イザベラ・バードは1894年、62歳の時、朝鮮を訪れた。以後3年余、バードは4度にわたり朝鮮各地を旅した。当時は李朝末期で、日清戦争、東学党の乱、閔妃暗殺などの歴史的事件が続発していた。朝鮮を知るには必読の書。
コリアは国の制度・考え方に問題がある
 高松市国分寺町のイチョウ並木。10年前に高松市と合併した。鬼無町とともに盆栽の町として全国的に有名。





 コリアは国の制度・考え方に問題がある

 
 北朝鮮は、李氏朝鮮の朱子学と共産主義の悪いところをミックスしたような国なので論外世界最悪の国。それが核とミサイルを持っているから始末が悪い。

 韓国の今については、産経新聞11月15日の「産経抄」が上手に描写している。抜粋してご紹介します。

............ ............


 昨年から韓国の若者の間で、「ヘル(地獄)朝鮮」という言葉が流行している。彼らの多くは、幼い頃から受験勉強に明け暮れてきた。もっとも難関大学を卒業しても、財閥系の有名企業に入社できるのは一握りの学生にすぎない。

 経済不振が続いて、高止まりした若年失業率は深刻な社会問題となっている。学歴に加えてコネがないと、豊かな生活を送れない。身分が固定されていた朝鮮王朝時代のように、地獄のような国だというのだ。

 怨嗟の声が広がるなか、朴槿恵(パク・クネ)大統領の長年の友人、崔順実(チェ・スンシル)容疑者による国政介入スキャンダルが発覚した。

 崔容疑者が私物化したとされる財団には、財閥企業などから多額の資金が流れ込んでいた。その娘にも、名門女子大学への不正入学の疑惑が持ち上がっている。大統領の友人や取り巻きが、権威をかさに着て甘い汁を吸い、協力した財閥は見返りを期待する。若者が怒りを爆発させるのは当然である。

 先週、大統領の支持率はついに若年層でゼロまで落ちた。ソウルで12日に行われた大統領の退陣を求めるデモは、数十万人が参加する今世紀最大の規模となった。とりわけ、若者の姿が目立っていた。


 (日本では)今年7月の参院選の出口調査では、20代の若者の4割以上が、自民党に投票していた。そんな日本で、就職を希望する韓国の学生が増えているという。


........... ........... ..........


(感想・意見など)

 韓国の男性には2年程度の兵役の義務がある。そのうえ、財閥系か公務員以外はロクな就職口がないので、就職浪人が多く、実際に就職するのは30歳近くになることが多いという。さらにその上、運よく財閥系大企業に就職できたとしても、40代半ばまでに一定の職位(日本でいえば統括部長?以上)についていない者は「名誉退職」せざるを得ないという。退職して小さな自営業を営む者が多いが、1年で約半数が潰れる。極めてストレスフルな社会である。

 私は脱サラして15年ほどになるが、20年以上前から、私がいた会社には韓国系、中国系の人たちがいたが、それぞれに優秀な人たちであった。また、秋田の国際教養大学、早稲田大学・国際教養学部、立命館アジア太平洋大学などには多くの留学生がいて、人口減少の日本から外に打って出ようとする企業の引く手あまただという。日本企業に就職するのもひとつの手である。


 彼らは個人としてはよく勉強しているし、優秀な人も多い。しかし、国の制度、コネ社会、身内偏重、賄賂体質、物事を正しく見ようとしない態度、情緒社会、体を使う仕事を低く見ることなど、李氏朝鮮以来の愚劣な考え方・慣習が邪魔をしている

 「今日の我々の生活が辛く困難に満ちているのは、さながら李朝史(韓国史)の悪遺産そのものである」 (朴正凞韓国大統領)に、深く深く同感する。


 バードの『朝鮮紀行』から、それを立証する部分を抜粋してご紹介します。


.......... ..........


 1869年は朝鮮北部で大飢饉のあった年で、食糧不足から4500人の朝鮮人が(ロシアの)沿海州に移住したが、そのうち3800人ほどが全くの貧窮者だった。


 男たちの態度はわずかながらも確実に変わってきており、また女たちは、表向きは蟄居(ちっきょ:家にこもって外出しないこと)の習慣を守ってきてはいるものの、朝鮮本国でよく目にするあのおどおどした態度が消えている。

 本国朝鮮人の特徴である猜疑心、怠惰と慢心、目上への盲従は、きわめて全般的に、アジア的というよりイギリス的な自主性と男らしさに変わってきている。きびきびした動きも変化のひとつで、両班(ヤンバン)の尊大な歩き方や農夫の覇気のないのらくらぶりに取ってかわっている。

 金を儲けるチャンスはいっぱいあり、儲けてもそれを搾り取る官僚や両班はいない。ゆとりのあることが外見からばれても、強欲な役人に見つかることもない。儲けがあっても、それは不安材料ではなく人の信用となるのである。


 朝鮮にいたとき、わたしは朝鮮人というのはくずのような民族でその状態は望みなしと考えていた。ところが沿海州でその考えを大いに修正しなければならなくなった。みずからを裕福な農民層に育て上げ、ロシア人警察官やロシア人入植者や軍人から勤勉で品行方正だとすばらしい評価を受けている朝鮮人は、なにも例外的に勤勉家なのでも倹約家なのでもない。

 彼らは大半が飢饉から逃げだしてきた飢えた人々だった。そういった彼らの裕福さや品行のよさは、朝鮮本国においても真摯な行政と収入の保護さえあれば、人々は徐々にまっとうな人間となりうるのではないかという望みをわたしにいだかせる。


..........................................................................................


(蛇足)

 沿海州の朝鮮人は、1860年代の大飢饉から逃れて食うや食わずでロシア領に移住してきた。しかし、日ソ間の緊張が高まり、1936年スターリンの命令で17万人が中央アジアのカザフスタンやウズベキスタンに強制移住させられた。その後1991年にソ連邦が崩壊、中央アジア各国が次々独立したことによって、再び沿海州に戻った朝鮮族も多いという。


以上
 
 

『シン・ゴジラ』★★★★★

『シン・ゴジラ』★★★★★
 パンフレット 850円
『シン・ゴジラ』★★★★★
 長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ、大杉漣など。
『シン・ゴジラ』★★★★★
 高良健吾、柄本明、余貴美子、國村準、平泉成など。
『シン・ゴジラ』★★★★★
 その他そうそうたるメンバー。
『シン・ゴジラ』★★★★★
 朝日新聞16年9月22日
 ジャパネットのチャレンジデー第2弾は東芝の全自動洗濯機。これは朝日新聞にも広告が入っていた。主要紙中、日経にはなし。私の仮説は崩れたか?朝日は、紙面上「寄り添う」ことが大好きだが、反朝日には陰で酷い仕打ちをする。その例は近日中にブログにアップ予定。上手にシカトするべし。
 ルンバは昨晩佐川急便で届いた。運転手さんいわく、「よく売れていますよ」。




  『シン・ゴジラ』★★★★★


 今日、予定していた10月末の文化祭出展申込書が上がってこなかったので、時間ができた。そこで世評の高い映画『シン・ゴジラ』をイオンシネマ高松東に観に行った。

 ゴジラに戦闘ヘリの機関砲やミサイル、戦車砲や榴弾砲が効かないという設定には無理があるが、ゴジラが中国や北朝鮮、自然大災害のカリカチュア(戯画)と考えれば納得がいく。

 実際、村山内閣時代、首相の村山富市(社会党委員長)は、1995年1月17日の阪神淡路大震災時、自衛隊の出動要請を躊躇し、恐らく何十人かを見殺しにした。社会党の党是は「非武装中立」。自衛隊を認めていなかった。瓢箪から駒であったため腹が据わっていなかったのだろうが、それなら首相を引き受けるべきではなかった。国民が迷惑する。先日も、「中国が攻めてくるはずがないじゃないか」とノーテンキなことを言っていた。

 2011年3月11日の東日本大震災時は、民主党の菅内閣であったが、菅直人首相は役人を信用せず、防災の素人が官邸主導と称して事に当たったため、問題を大きくした。

 『シン・ゴジラ』は、当時の官邸を風刺しているかのようである。


 現在、日本は、まさに中国、北朝鮮と一触即発の状況にある。それは「想定内」の事態。しかし、朝日新聞や毎日新聞の社説を読んでも「対話」の重要性について書かれているだけで、武力強化に関しては触れられていない。それは、津波の恐れのある地域の人に対して、高台移転はするな、防潮堤は作るなと言っているに等しい。彼らの妄言に与するわけにはいかない。ある程度の武力と関係諸国との「同盟」は必須である。


 個人的には、舞台が大田区(中でも呑川(のみかわ)、蒲田)、品川区、、川崎、鎌倉などよく知っている所がほとんどなので親しみがわいた。

 是非お薦めします。


以上


胡さん、習さん、李さんの「健さん」

胡さん、習さん、李さんの「健さん」 毎日14年11月27日
胡さん、習さん、李さんの「健さん」 吉野家 牛カルビ丼490円、豚汁160円
 来週からの値上げでどうなるか?





 
 胡さん、習さん、李さんの「健さん」


 俳優の高倉 健さんが先日亡くなった。文化勲章受章者ということもあってか、新聞・週刊誌・TVなどはいささか異例の扱いである。菅原文太さんも、反戦・反原発ということもあってか、思ったより大きく扱っている。

 それはそれとして、中国の各メディアが高倉健さんの訃報を大きく扱っていたのが不思議であった。毎日新聞11月27日「木語」欄、中国通の客員編集委員・金子 秀敏さんのコラムを読んで納得がいった。「健さん」は現在の中国の幹部クラス人たちの青春時代のスターであった。抜粋してご紹介します。


 
 春風のような健さん


 健さんは、中国人にも「1つの時代」の記憶を残した「世界的スター」なのだ。

 「北京晩報」紙は1面トップに健さんと映画監督、張芸謀(チャン・イーモウ)氏が並んだ大きな写真をのせた。「杜丘(ときゅう)去る」の短い見出し。杜丘――40歳以上の中国人なら誰でも知っている日本人の名前

 無実の罪で追われる元検事、杜丘(もりおか)冬人。映画「君よ憤怒(ふんど)の河を渉(わた)れ」(中国では「追捕」)の主人公だ。

 1978年冬、鄧小平が権力を握り改革開放の号令をかけた。暗い文革の時代が終わった。その翌年、公開された外国映画が「追捕」。中年以上の中国人は高倉健と聞くと「不器用ですから」ではなく、春風が吹いてきたような明るい記憶がよみがえる。

 そのころ、中国でいちばん知られた日本人は高倉健さんと女優の中野良子さんで、次が東条英機元首相だといわれた。中野さんは「追捕」で健さんの相手役だった。

 「追捕」公開の2年後、歌手の芹洋子さんが日中文化交流音楽大使として北京で日本人初の音楽公演をした。そこで歌った「四季の歌」(中国では「四季之歌」)が中国全土で大流行した。

 芹さんの公演に感動したのが当時、一介の文芸兵でいま習近平国家主席夫人となった彭麗媛ほうれいえん)さん。翌年、「希望の田野」のヒットで人気歌手になり、84年の芹さんの北京公演では芹さんといっしょに「四季之歌」を歌った。

 芹さんは幼い娘をつれていた。芹さんがホテルに戻るまで1時間、ロビーで待ち続け、女の子用の綿入れ服をプレゼントした芹ファンが当時、中華青年連合会主席の胡錦濤前国家主席だった。

 次の年、胡氏は青年交流代表団を率いて来日するが、団員に彭(麗媛)さんがいた。今の李克強首相もいた。健さんで幕開けした鄧小平時代、日中関係は明るかった


............................................................................................................


(感想・意見など)

 上記金子さんのコラムに「1978年冬、鄧小平が権力を握り改革開放の号令をかけた。暗い文革の時代が終わった」とあるが、この少し前の10月に鄧小平は日本を訪れている

 新日鉄や日産、松下電器の工場を視察し新幹線に乗った鄧小平は、戦後焼け野原からわずかの間に世界第2の経済大国になった日本に驚嘆し、改革開放路線に自信を深めた。日本もよくその路線を支えた。隔世の感がある。

 
以上


想像絶する過酷な現場

想像絶する過酷な現場 愛媛14年6月4日
想像絶する過酷な現場 週刊新潮14年5月29日号
想像絶する過酷な現場 喫茶店に飾っていた花




 想像絶する過酷な現場

 いわゆる芸能界といえば、チャラチャラしたイメージを持ちがちであるが、実態はそんななまやさしいものではなさそうである。有馬 稲子さんの話が愛媛新聞6月4日に載っていた。抜粋してご紹介します。


 有馬 稲子「夜の鼓(つづみ)」
 OK出るまでに1週間


 数多くの名監督の下で、日本映画の一時代を築いた女優有馬稲子。最も印象に残っている作品として今井 正監督の「夜の鼓」(1958年)を挙げた。


 これほどむちゃくちゃにしぼられた作品は他にありません。決して忘れられない映画です。

 撮影は想像を絶する厳しさでした。脇差を手にした男に関係を迫られ、「待って」と男を思いとどめようとするシーン。何度「待って」と言っても、監督は納得しません。どこが悪いかは絶対に語らず、たばこを吸いながら「違うなー」と言うばかり。

 翌日も、その翌日も全てNG。待って。待って。待って…。恥ずかしくて顔を上げられず、いっそ宿泊先のホテルから飛び降りようかと考えることさえありました。

 OKが出たのは1週間後。その間、カメラは1ミリも回りませんでした。何が悪かったのかは今でも分かりません。

 試練はそれだけでは終わりません。不倫を知った夫(三国 連太郎)から殴りつけられるシーンでは、リアリズムに徹する三国さんがテストから本気で殴ってきます。「テストだから堪忍してよ」と懇願しても、三国さんは「ごめん、ごめん」と言いながら、また本気で殴ってくる。

 本番。監督の要望通り、三国さんのグローブのような大きな手がすごい勢いで飛んできました。頭がしばらく真っ白になって何も分からなくなりました。

 監督は一言。「落ち着いたら、もう一回やろうか」。耳の中に血の塊ができ、腫れ上がった顔を2時間かけて氷で冷やしました。テストと本番で計30発くらい殴られたのではないでしょうか。

 苦しい思いばかりでしたが、精神的に鍛えられ、少々つらいことがあっても平気になりました。できあがった映像は素晴らしかったし、自分で言うのも変ですが、スクリーンの中の私は、女の色気にあふれていて、美しかった。


....................................................................................


 ◆ 週刊新潮14年5月29日号、『村上海賊の娘』の著者和田 竜さんと女優の綾瀬 はるかさんの対談の一部を抜粋します。


 和田 大河ドラマって、どんなスケジュールで撮影するんですか?

 綾瀬 基本的に月曜がリハーサルで火曜から金曜が収録、土日はお休みなんです。だいたい朝7時半にスタジオ入りでメイクが始まって、9時ごろスタートで終わりはマチマチですね。

 和田 終了時間はないんですか。この時間に照明が落ちるとか。

 綾瀬 ないんです。だから朝の4時とかまでできちゃう。「八重の桜」の撮影が始まったときは、朝スタジオへ行くと「平清盛」の撮影をしていて、みんな「お疲れさまでした」と帰っていくんです。昼夜逆転して大変だなと思って。


....................................................................................


 ◆ 2000年のTBS日曜ドラマ「ビューテフルライフ」。美容師役の木村 拓哉さんと車椅子の図書館司書役の常盤 貴子さんで最高視聴率40%以上を取った。

 その常盤 貴子さんが言っていた「連続ドラマは二度とごめんです」と。事実、その後常盤さんを見かけることはほとんどなくなった。

....................................................................................


 ◆ 最近のTBSドラマ「MOZU」で人気上昇中の西島 秀俊さんが言っていた「今までで最もハードな現場です」と。想像できる。


 単なる憧れで出来る仕事ではなさそうである。昔から「親の死に目に遭えない」仕事だとも言われてきた。大変な仕事である。


以上

朝日新聞は相変わらず親北朝鮮だ。

朝日新聞は相変わらず親北朝鮮だ。 朝日14年1月24日
朝日新聞は相変わらず親北朝鮮だ。 (朝日新聞出版)2415円
朝日新聞は相変わらず親北朝鮮だ。 四国14年1月27日



 
 朝日新聞は相変わらず親北朝鮮だ。

 
 朝日新聞は戦前・戦中、戦争を翼賛し国民を煽った。そのほうが新聞がよく売れたからである。朝日新聞自身そのことは認めている(「新聞と戦争」)。

 戦後、朝日新聞、毎日新聞などは、北朝鮮を「地上の楽園」と喧伝し、在日朝鮮人の帰還事業を後押しした。現在、それに乗せられ北朝鮮に帰還した人々の多くは、塗炭の苦しみの中にある。日本に残った縁者も、帰還者を人質に取られ金品をせっせと北に送らされている。あるいはスパイ活動を強要されている。いうことを聞かないと、帰還した縁者がどんな目に遭わされるか分からない。北朝鮮は、51もしくは64段階かの出身成分にもとづく酷い差別社会。

 1970年代、朝日新聞や岩波書店などは、朴正煕(パク・チョンヒ)軍事政権批判一色であった。その一方、北朝鮮については各種テロ行為・不法行為にもかかわらず寛容であった。共産主義に対する幻想が支配的であった。

 現在、北朝鮮による拉致は、十数か国、何百人にも及ぶと言われている。また、ドル紙幣を偽造したり、麻薬・覚せい剤取引などの国家犯罪も明らかになっている。

 世界各地にいる戦地売春婦に過ぎないいわゆる「従軍慰安婦」問題を執拗にデタラメ報道し、日韓間の対立要因を作り出したのも朝日新聞である。

 
 そうしたことで流石の朝日新聞も多少は変わったのかと思いきや、相変わらずであることが分かった

 14年1月24日朝日新聞「韓国軍事政権下で弾圧被害」「保安法と秘密法 独り歩きの余地」のタイトルで大きく在日韓国人客員教授の例を取り上げている。この人は70年代「民主化要求運動」をしていたという。たまたまこの教授は無実かもしれない(*)。

 しかし、「虫の目」だけでこの記事を書いた佐藤達弥という記者は、よほどのバカモノか北朝鮮のシンパに違いない。「鳥の目」「歴史の目」も必要である。残念ながら、韓国で「民主化」とは、ほぼ「容共」「親北朝鮮」と同義である。金大中キム・デジュン)や盧武鉉ノ・ムヒョン)が「民主化」の名のもとに何をしてきたかを見れば明らか。

 おかげで、韓国の公務員、裁判官、マスコミなどありとあらゆる層に浸透した北朝鮮の草(スリーパー)は12万人とも言われている。どこにいるか分からない。現在の朴槿恵パク・クネ)大統領もいつ暗殺されるか分かったものではない。

 北朝鮮が休戦ライン付近に作った南進トンネルは4本見つかっている。20本以上あるとも言われている。


 以下に北朝鮮によるテロの例を掲げる。

・1968年 朴正熈暗殺未遂事件 北朝鮮ゲリラ30数名が青瓦台(大統領官邸)襲撃

・1974年 文世光事件 在日韓国人の文世光が朝鮮総連にそそのかされて朴大統領を銃撃。弾はそれて夫人の陸英修が射殺された。

・1983年 ラングーン事件 北朝鮮工作員によるビルマのアウンサン廟爆破事件。韓国人閣僚、ビルマ人閣僚など21名が爆死、47名負傷。全斗煥大統領は危うく難を逃れた。

・1987年 大韓航空機爆破事件 乗客・乗員115名爆殺。北朝鮮工作員の金勝一、金賢姫2名が実行犯。

・1996年 江陵(カンヌン)浸透事件 特殊小型潜航艇に乗っていた北朝鮮工作員26名が、韓国軍と銃撃戦を展開。工作員を回収しようとして失敗したと言われている。

・2010年 天安号撃沈事件 3月朝鮮半島西方の黄海上の北方限界線近くで韓国の哨戒艦が爆発・沈没した。46名が死亡・行方不明。韓・英・米・豪・スウェーデンの合同調査団は、北朝鮮の魚雷攻撃によるものと発表。

・2010年 延坪(ヨンピョン)島砲撃事件 11月23日朝鮮人民軍が韓国大延坪島に向けて砲弾約180発を発射。韓国軍は80発の対抗射撃、戦闘機8機を出撃させた。韓国側は4名死亡、19名負傷、家や山が焼けた。


・1980年 光州事件 デモ隊が銃撃により200名以上死亡したとされる事件。謎の黒ずくめの集団が発砲したとされ、北朝鮮工作員の関与が疑われている。


 件の朝日新聞記事は、こういう背景(「鳥の目」「歴史の目」)を全く無視したもので、ナンセンスとしか言いようがない。読者を馬鹿にしているとしか思えない。



(*)韓国の労働運動・学生運動は一般的に言って過激である。火炎瓶が飛び交うことは珍しくない。暴力行為で逮捕された仲間を助けるために、交番勤務の警官を拉致し「人質交換」を要求したりもする。騒乱状態を作り出す役目の北朝鮮の草が混じっている。当然、制圧する側もそれなりの対応をする。


以上

プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

最新記事
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
リンク
カウンター