「毎日かあさん」卒母…残念!!

毎日かあさん」卒母…残念!!
尊敬する西原(さいばら)理恵子さんの「毎日かあさん」は、第14巻「卒母(そつはは)編」でフィナーレ。月曜日の毎日新聞で見、本になっても買っていた。非常に残念!!人生の真理、教訓が詰まっていて、しかも面白い。
毎日かあさん」卒母…残念!!
 P5 西原さんは、自立するとき月収20万円、将来に備えて10万円貯金、計30万円が目標だったとか。30年後の今と価値観が違わないのが悲しい。「お金を稼ぐということは自由を手に入れることだった」は至言。
毎日かあさん」卒母…残念!!
 P22 西原さんは武蔵野美術大学(ムサビ)卒業。芸術的天才・秀才がゴロゴロしている。彼らと同じ土俵で戦っても勝ち目がないことを早くから自覚し、独自のポジションを築いたのが成功につながった。
毎日かあさん」卒母…残念!!
 P29 高度成長期は専業主婦でもどうにかなった。今後はAI、IoTなどで変化はますます激しくなることは間違いない。「人生百年時代」にもなる。「手に職をつける」ことは重要である。看護師などはいい選択。「大きく変えることは出来なくても少しずつ良い方向へ」。
毎日かあさん」卒母…残念!!
 P36 「底辺校の先生たちの『何とかせにゃ』の物語」「工業高校のおじいさん先生の口グセが『この子らあを食べていける人にせんといかん』」…泣ける。
毎日かあさん」卒母…残念!!
 P57 「息子が中学の時ダチョウ牧場で働いた時の作文」…「どんな仕事でも必ず面白いとこがあって」「そこを早くみつけるのがコツと思います」…中学生でそれが分かるとはスゴイ!
 私はわりと小さい時から父親が何かするとき強制的に一緒に仕事をさせられた。そのときは嫌々だったが、終えたときのすがすがしさを教えてもらった。学生時代にいろいろ(20種類くらい)アルバイトしたのも良かった。社会人になってから、嫌々仕事をする人がいるのを知った。その人は不幸そうに見えた。周りも迷惑する。
 ほとんどの人は、泣いても笑っても生きていくために、何十年間は仕事をせざるを得ない。どうせなら懸命に仕事をしたほうがいい。西原さんの息子さんが言うように、「どんな仕事にも必ず面白いとこがある」。時間が経つのも早い。人生をハッピーに送るコツのひとつである。


 などなど、面白くためになる本である。【毎日新聞出版 980円】 是非買ってお読みください。


以上


讃岐民具連とその時代展

讃岐民具連とその時代展
 今日1時間くらい時間がとれたので、サンクリスタル高松(1・2階:高松市立図書館、3階:菊池寛記念館、4階:歴史資料館)に行った。4階で、「心を豊かにするデザイン―讃岐民具連とその時代―」展が開催されている。9月4日(日)まで。
讃岐民具連とその時代展
 ブックレット 400円(入場料は200円、65歳以上は無料) 
讃岐民具連とその時代展
 松平頼重公(よりしげ:家康の孫、水戸光圀の兄)をはじめとする高松藩主はさまざまな工芸品を保護奨励したため、江戸時代から工芸が盛んであった。香川漆器、丸亀うちわ、庵治(あじ)石などが有名。
讃岐民具連とその時代展
 現在の香川の建築・工芸を語る際、1950(昭和25)年から6期24年務めた金子正則知事の功績に触れないわけにはいかない。デザイン知事と言われたが、前職は裁判官。友人の猪熊弦一郎(いのくま・げんいちろう:三越の包装紙〝華ひらく〟などで有名)の助言で、香川県庁舎(丹下健三設計)を完成させたが、これが画期となって、世界的な建築家、芸術家、職人が県内で活躍することとなった。
讃岐民具連とその時代展
 香川県庁舎には剣持勇猪熊弦一郎などの芸術作品・民具などがゴロゴロしている。大江宏(ひろし,香川県文化会館)芦原義信(あしはら・よしのぶ、旧香川県立図書館=現アイパル)浅田孝(たかし、五色台山の家)山本忠司(ただし、瀬戸内海歴史民俗資料館)などの有名建築家による公共施設が沢山ある。
讃岐民具連とその時代展
 高松市東部の庵治(あじ)牟礼(むれ)地区は名石の産地である。石材業者、職人も多い。流正之(ながれ・まさゆき)は1965年から庵治にスタジオを構え世界的な仕事をしている。その流が発起人となって讃岐民具連が発足した。民具に洗練されたデザインを施し、製品化し、広く世に出そうとした。その一例がブックレットの表紙になっているミングレンチェアジュージ・ナカシマデザイン、桜製作所製作)である。
讃岐民具連とその時代展
 イサム・ノグチは母が米国人、父が日本人。1969年から牟礼にアトリエを構えていた。世界的な彫刻家で、ニューヨークと日本を行き来しながら活動した。庭や公園のランドスケープ設計、AKARIシリーズの照明器具のデザインでも有名。牟礼のアトリエは現在イサム・ノグチ庭園美術館となっている。
讃岐民具連とその時代展
 香川県出身の芸術家として、猪熊弦一郎川島猛(たけし)和田邦坊(くにぼう)中川幸夫(ゆきお、前衛いけ花作家、芸術家)などが挙げられるが、今回の展示会で香川県立高松工芸高校の存在も見逃せないと思った。工芸高校として全国3番目に古く、間もなく創立120周年を迎える。多数の芸術家、デザイナー、職人などを輩出している。
讃岐民具連とその時代展
 朝日新聞16年8月27日
 香川県立ミュージアムで讃岐漆芸展が開かれている。9月19日(月)まで。行きたいが、18日が敬老会で、準備に忙しく行けそうもない。それが終われば次は文化祭。その間にいろいろな会議があるし、自治会長さんは大変だぁー。
讃岐民具連とその時代展
 よみうり時事川柳に「一日にひとつ熊本産を買う」(大阪 押尾伸子さん)とあった。一日にひとつは無理だが、1週間に2つは買っている。


以上


コーピングとしての読書

コーピングとしての読書
 讀賣新聞16年6月28日
コーピングとしての読書
 庄野潤三全集(講談社) 巻末の解説は阪田寛夫さん。大学生時代苦学生(本人は苦ではなかった)であったが、こういう全集を買っていた。
コーピングとしての読書
 朝日新聞16年7月1日  「あぁ大阪」
 庄野潤三さんは、大阪住吉区の人であるが、父は初代帝塚山学院長、兄も学院長で児童文学者の英二さん、弟も織田作之助賞をもらった至さん。大阪のええしのボン。良質な大阪もある。
コーピングとしての読書
 テロップは同級生の女の子のこと。テレビ東京系・鶴瓶の「巷の噺(ちまたのはなし)」より。
コーピングとしての読書
 マックで隣に座っていた小5くらいの男の子2人女の子2人。食べたり、飲んだり、しゃべったり、ゲームをしたり、勉強したり。女の子2人は、男の子の頭を叩いたり、手を洗ってきた水をかけたり、しつこく靴紐を引っ張ったり、次々ちょっかいを仕掛けている。男の子は慣れている様子。面白い。
コーピングとしての読書





 コーピングとしての読書


 完全に個人の趣味の話であるが、先日の讀賣新聞に懐かしい名前が出ていた。作家の庄野潤三さん。学生時代家族に病人が多かったので欝々とすることが多かった。先日のNHKスペシャル『キラーストレス』で、ストレスの対処法として①運動、②コーピング(自分なりのストレス対処法、リラックス法)、③マインドフルネス(瞑想)が挙げられていた。

 ①と②は経験的に自然にやっていた。②のコーピングの1つとして読書をしていた。中でも庄野潤三さんの本が好きである。『ゆうべの雲』『ザボンの花』『ガンビア滞在記』などは繰り返し読んだ。


 讀賣新聞6月28日「間奏曲」欄を抜粋してご紹介します。


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 勤務先退社「無謀極まる」
 庄野潤三 阪田寛夫に翻意促す


 大阪市住吉区に生まれ育った芥川賞作家、庄野潤三阪田寛夫(さかた・ひろお:「サッちゃん」「ねこふんじゃった」などの作詞で有名)の半世紀にわたる書簡群を取材する機会に最近、恵まれた。

 日付は1962年5月1日。勤務先の朝日放送を辞めようとする36歳の阪田に、41歳の庄野〈君は思ひ切ったことをやるので心配です。(略)客観的に云って無謀極まるものです〉と翻意を促す内容だ。切羽詰まった調子に驚かされる。

 庄野もかつて同じ会社に在籍したが、芥川賞を受賞して退社した。専業作家の大変さをよく知っていたのだろう。〈朝日放送でもらってゐるだけの月給をいったいどこがくれますか〉とたたみかける。

 元文藝春秋編集者の高橋一清さん(71)は「2人の間には、兄弟愛を思わせる深い絆があった」と振り返る。

 この証言通り、書簡には、弟に向けるような生々しいくだりもある。〈文壇で生きていくには、厚顔無恥で、下品で、いやらしくないと駄目なのです。(略)さうでない人は草むらのコホロギみたいにかぼそく、みじめにすがりついてやっとイキしてゐるだけです〉

 「第三の新人」として脚光を浴び、文壇の裏側にも接した庄野の実感は、かくも厳しいものだった。

 引き留めにもかかわらず、阪田は翌年退社。10年後に芥川賞を受賞し、児童文学や評伝でも活躍した。今となっては、専業作家になった選択を「無謀」と思う人はいないが、成功の陰に、親身になって助言し、見守り続けた庄野の存在があった。  (中さん)


以上


瀬戸内国際芸術祭【春】

瀬戸内国際芸術祭【春】
 毎日16年3月31日
瀬戸内国際芸術祭【春】
毎日16年4月20日
瀬戸内国際芸術祭【春】
 (現代企画室) 1400円 表紙は草間彌生作 直島・宮浦港の「赤かぼちゃ」
瀬戸内国際芸術祭【春】
 草間彌生作 直島・ベネッセハウスビーチの「南瓜」
 瀬戸内国際芸術祭【春】
 草間彌生さんは、このたび「TIME」誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。
瀬戸内国際芸術祭【春】
 瀬戸内国際芸術祭2016は、【春】3月20日~4月17日、【夏】7月18日~9月4日、【秋】10月8日から11月6日の108日間。
瀬戸内国際芸術祭【春】
 雨が近そうな気配。ヨットにはいい風かもしれない。
瀬戸内国際芸術祭【春】
 数年前に撮った海王丸。これ1枚で13000円or18000円也。
瀬戸内国際芸術祭【春】
 英国船籍のカレドニアン・スカイ号 オーストラリアからやって来たという。
瀬戸内国際芸術祭【春】
 赤灯台に至るボードウォーク。よくジョギングしたり散歩したりしている。左は女木島、右は男木島。
瀬戸内国際芸術祭【春】
 サンポート高松の西側にはマンション群がある。瀬戸内海に面し絶景。市民プール、マリーナ、広大な庭、ジョギング・散歩コース、フィットネスクラブ、JR高松駅、ことでん高松築港駅、バス乗り場、フェリー乗り場、スーパーなどが近くにある。
瀬戸内国際芸術祭【春】
 リン・ションロン作 「国境を越えて・海」
瀬戸内国際芸術祭【春】
瀬戸内国際芸術祭【春】
瀬戸内国際芸術祭【春】
 大巻伸嗣(おおまき・しんじ)作 「Liminai Air ―core―」 遠景は屋島。
瀬戸内国際芸術祭【春】
 ジュリアン・オピー作 「銀行家、看護師、探偵、弁護士」 後ろは高松城(玉藻城)。
瀬戸内国際芸術祭【春】





 瀬戸内国際芸術祭【春】


 自治会会長に選ばれたり、OB会の打ち合わせがあったり、母が階段から落ちたり、私自身も左足首を捻挫して何日も病院通いをしたりして、瀬戸内国際芸術祭・春会期を見逃してしまった。

 今日、昼過ぎに2時間ばかり時間が取れたので、サンポート高松に行ってきた。2年近く前か、思いがけず帆船の「海王丸」が入港していたので、道脇にクルマを止めて写真を撮りに行って帰ってきたら、駐車違反の切符を貼られていた。13000円か18000円かの罰金を払った。それではかなわないので、駐車場にクルマを入れて、40~50分ぶらぶらした。

 瀬戸内海には晴天が似合うが、雨が近そうであった。4月29日~30日このサンポート高松を中心に「G7 情報通信大臣会合」が開催されるので警察の警備が厳重かと思われたが、まだのようであった。

 それにしても水の近くというのは落ち着く。高校時代から家族に病人が多かったので、高校生の時は毎晩のように高松港までよく歩いた。大学生の時は嵯峨野の広沢の池や嵐山によく行っていた。


 毎日新聞3月31日「経済観測」欄は第一生命経済研究所特別顧問の松元 崇(まつもと・たかし)さん。元内閣府事務次官で、『持たざる国への道―あの戦争と大日本帝国の破綻』(中公文庫)に感銘を受けた覚えがある。ご紹介します。


 地域活性は日常にヒント


 香川県などで開催されている瀬戸内国際芸術祭に行ってきた。直島を中心に、高松市小豆島を回った。外国人を含む多くの旅行者が瀬戸の島々に点在する作品を巡っていた。地域住民も自宅の表札を屋号札やのれんにするなどの工夫で芸術祭の来訪者を歓迎していた。

 そこには、インバウンドと言われ爆買いと言われるのではない、日々の生活の延長戦上の国際交流、そして地域活性化の姿があった。

 国際芸術祭は3年に1度の開催で、今回が3回目。直島には、第1回、第2回とも数十万人の来訪者があった。人口3500人ほどの島での数字である。人口6600万人のフランスの観光客が8300万人余りと聞いて驚いていたが、それをはるかに上回っている。

 宿泊施設が少ないため、多くの観光客はフェリーで渡る。そして、島内では自転車を利用する。坂道が大変なので、最近は電動自転車が人気とのこと。

 島にはモネの作品などを、ゆったりとしたスペースで展示する地中美術館という常設施設もあり、芸術祭が終わった後にも訪れる人が多い。人びとは、そこに、瀬戸内海の自然という地域資源にグローバルな美術が融合した姿を見いだす。

 地域活性化には、苦労している自治体が多い。もはや、中央から工場を引っ張ってくればよいという時代ではないからである。直島のケースは、ベネッセという大企業が地中美術館を設けているという特殊な条件がある。しかしながら、どの地域にも特殊な条件はあるはず。それを生かしていくことが、今日の地域活性化の王道といえよう。

 なお、香川県は、企業立地にも力を入れている。「うどん県」でも売り出している。さまざまな試みが、地域活性化には必要なのである。


以上


わが永遠の西鉄ライオンズ

わが永遠の西鉄ライオンズ
 四国新聞16年3月22日
わが永遠の西鉄ライオンズ
 四国新聞16年3月24日
わが永遠の西鉄ライオンズ
 フェリーからみた瀬戸大橋





 わが永遠の西鉄ライオンズ


 私がプロ野球のファンだったのは小学3年生から6年生ぐらいまでである。それは西鉄ライオンズの黄金期と重なる。西鉄ライオンズはその後さまざまな変遷を経て、西武ライオンズに繋がっている。西鉄が下り坂になったころ、私の興味は本に移っていった。

 先日まで四国新聞の「香川のリーダーたち」は、現在野球解説者の中西 太さん。読んでいるうちに当時の興奮を思い出した。四国新聞3月24日の該当部分を抜粋してご紹介します。


 数々のタイトル獲得、3年連続日本一も


 私が現役生活を語る上で欠かせないのが、1956年からの(西鉄ライオンズ)3年連続日本一。中でも神懸かっていたのが58年だ。

 ペナントレースでは、オールスター戦まで11ゲーム差をつけられていた1位南海を終盤に追い詰めて優勝し、「奇跡」と呼ばれた。

 さらに(巨人との)日本シリーズでは3連敗からの4連勝。シーズン通してのこんなドラマは、そうざらにはない。

 西鉄は「かど番」で迎えた第4戦が雨で順延となったことが幸いした。「鉄腕」稲尾はそれからの4試合中、3試合に先発して完投。残る1試合も3番手で勝ち星を挙げ、4勝全てに絡む活躍を見せた。

 私も第5戦で1点差に迫る2ラン、第6、7戦は続けて先制本塁打を放つなど大暴れ。十分に満足のいく日本シリーズとなった。


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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