韓国よ 生死賭す判断誤るな

韓国よ 生死賭す判断誤るな
 産経新聞17年8月25日「正論」
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 今日の本津川。久しぶりにコサギの群を見た。
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 本津川の堰。今は下げているが、堰の仕組みがよく分からない。ゴム製のようだが。アオサギが1羽乗っている。
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 堰を上げるとこのようになる。
韓国よ 生死賭す判断誤るな
 家に帰ってきたらトンボが出迎えてくれた。アゲハも。






 産経新聞8月25日「正論」欄、拓殖大学学事顧問(前総長)・渡辺 利夫さんのコラムを抜粋してご紹介します。



 韓国よ 生死賭す判断誤るな

 問題を蒸し返す文大統領発言

 どうしてこの期に及んで、というのが、文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の元徴用工に関する発言を聞いて、多くのの日本人が抱いた偽らざる疑念であろう。

 一触即発の半島に身をおいて自国の安全をどう確保するか、国家の生死を賭した大事を前に「事の軽重」の判断に狂いが生じていないか。

 一昨年末の日韓外相会談において慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」が両者間で合意された。日本側は合意に誠実に対応する一方、韓国側にはこれを守る意思が薄い。

 ソウル日本大使館前の慰安婦像の撤去に韓国政府は関心を示さず、釜山の日本総領事館前に像の新たな設置を許し、設置は全国的な規模で広がりつつある。

 
 日本側は1965年の日韓請求権・経済協力協定において両国間の賠償請求権は「完全かつ最終的に解決された」という原則を順守、慰安婦問題を含めすべての個人請求権問題は解決済みという態度を一貫させてきた。

 同時に、韓国の民意にも配慮し、「アジア女性基金」を1995年に設置して「償い金」を、さらに一昨年の日韓合意に沿い10億円の拠出を閣議決定しすでに支払い済みである。

 しかし、文大統領はこの合意をよしとせず、日本に再交渉を要求しようという意向を貫き、合意過程の再検証を進めているという。

 文大統領は就任100日目の記者会見において、日本統治時代に半島から動員された元徴用工には日本企業への個人請求権があると述べた。韓国政府は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権以来、慰安婦、原爆被害者、サハリン残留韓国人の3つは日韓請求権・経済協力協定の例外として個人請求権をもつとし、元徴用工については言及を避けてきたものの、今回の文大統領の発言である。


 日本糾弾にのめり込むときか

 北朝鮮の核ミサイル恫喝、中国による不徹底な北朝鮮制裁、高高度防衛ミサイル(THAAD)追加配備への逡巡(しゅんじゅん)、米韓同盟の将来の不透明化など、韓国を取り巻く現下の諸状況は、韓国という国家の存続に関わるマグニチュードをもつ。韓国内の左派勢力、親北勢力の跳梁(ちょうりょう)を許し、その勢力の分厚い支持により政権を手にしたのが文大統領であることに疑問の余地はない。

 あろうことかこの危機の最中で、連携を強化すべき日本への糾弾のレベルを上げるというのはどう考えても理性的な姿勢とは思われない。半島危機の当事者意識の無残なまでの欠如である。


 顧(かえり)みるべき歴史がある。「朝鮮国ノ完全無欠ナル独立自主ノ国タルコト」(日清講和条約第1条)を求めて、朝鮮の宗主国たる清国に挑んでこれに勝利した日本が、朝鮮の近代化を期し政治改革に打って出たことがある。

 「甲午(こうご)改革」(1894~1895)である。しかし、日清戦争後の三国干渉により遼東半島の清国還付をのまされた日本を朝鮮は「恃(たの)むに足らず」とみてロシアに急接近。親露派が力を得て国王高宗をロシア公使館に移し、国王はロシア公使館から詔勅(しょうちょく)を発するという屈辱を余儀なくされ(露館播遷:ろかんはせん)、朝鮮はロシアにより自在に操(あやつ)られる事態となって改革は頓挫した。


 情緒が政治決定を左右する怖さ

 親日派、親露派、中国・日本・ロシア、国の内外にかかわらず強い社会的勢力、大なる国家になびいて、自らの危機の陥穽(かんせい)にはまっていくという構図は、現在も往時と変わっていない。

 甲午改革の失敗を目の当たりにした福澤諭吉は、明治30年10月7日付の『時事新報』の論説「事実を見る可し」にこう綴った。

 朝鮮人は「上下一般、共に偽君子の巣窟にして、一人として信を置くに足るもののなきは、我輩が年来の経験に徴するも明白なり。左れば(か)かる国人に対して如何なる約束を結ぶも、背信違約は彼等の持前にして毫も意に介することなし。既に従来の国交際上にも屡(しばし)ば実験したる所なれば、朝鮮人を相手の約束ならば最初より無効のものと覚悟して、事実上に自ら実を収むるの外なきのみ

 福澤の思想的影響を受けた金弘集を総理衙門(内閣総理大臣)とし、朴永孝、兪吉濬などを要職に配して進められた甲午改革の挫折は、福澤の朝鮮近代化の夢を最終的に打ち砕くものとなった。金弘集は総理衙門の職を追われるや、光化門外で民衆により撲殺され、屍(しかばね)は市中に晒されたという。

 韓国には国民情緒法がある。成文法を超越して、行方定めず揺らぐ国民の情緒が政治決定のありようを左右するという恐ろしさが確かにこの国にはある

 福澤は明治18年の「脱亜論」の正当性を10年余を経て見定め、以来、朝鮮論の筆を折った。朝鮮研究を志す学究が急速に細やぎつつある日本の現状は、その再現なのかもしれない。


以上


「約束は破ってもよい」韓国の中華意識

「約束は破ってもよい」韓国の中華意識
 週刊東洋経済17年9月2日号
「約束は破ってもよい」韓国の中華意識
 2017年9月10日21時~ NHKスペシャル「沖縄と核」をながら見した。
 「衝撃の初告白」とか女性アナウンサーが低音でおどろおどろしくナレーションしていたが、ほとんどが既知のことであり、また軍事戦略的に考えたら当然推測できることばかり。明らかにNスペの力が落ちている。つまらない。
「約束は破ってもよい」韓国の中華意識
 GEO(ゲオ)ミラクルタウン郷東(ごうとう)店の一部を解体してスーパーを誘致するとか。マンションにするという声もある。この200㍍南に「マルナカ郷東店」があり、500㍍西に最近「新鮮市場きむら香西店」ができた。
「約束は破ってもよい」韓国の中華意識
 ミラクルタウンの東600㍍に「マルヨシセンター(昭和町店)」を建設中(後ろはJR四国が建設中の分譲マンション)。この東200㍍に「コープ扇町店」がある。他の地区でも食品スーパーが何店も進出中。岡山・広島の地場スーパーと入り乱れ、それでなくとも全国有数の小売激戦地区が、お互いののどをかき切るような競争をしている。
「約束は破ってもよい」韓国の中華意識
 よく行くカフェの庭のハイビスカス。次から次へと長い間咲いている。





 「約束は破ってもよい」韓国の中華意識


 前回に続いて、週刊東洋経済「歴史の論理」9月2日号第37回、京都府立大学文学部・岡本 隆司(たかし)教授のコラムを抜粋してご紹介します。


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「約束は破ってもよい」韓国の純な中華意識


 先月下旬の報道に、韓国の慰安婦財団理事長が辞意を表明し、財団は活動終了へ向かったとあった。最近では、ソウルに徴用工像が設置され、文在寅(ムン・ジェイン)大統領も元徴用工の賠償請求を支持している。

 かねて予想がついていた蒸し返しもううんざりというのが日本人一般の所感であろう。

 韓国の社会では、約束を守らない、破ってみせられる立場こそ地位が高く、尊敬を受ける。そういう観察もあって、これを聞いた当初、やや極端ではないかと思っていた。けれどもここまでくると、一理ありそうに映る。


 約束を守らない立場とは

 「合意」の無視・反故・破棄というのは、日本に対する韓国の定番行為となった。そんな「反日」パフォーマンスは、日本が加害者だからという意見もある。それならいささか歴史的なみかたになる。

 しかしあらためて、同じ歴史的な観点からみなおすと、それもややおかしい。植民地化した日本に対する「反日」に劣らず、韓国では「反米」もごく一般的な感情だからである。朝鮮半島を侵略したり、植民地化したりした過去が米国にあるわけではない。「反米」はそのロジック、理由づけでは理解できない。

 たとえばTHAAD(サード:地上配備型ミサイル迎撃システム)の配備がある。やはり韓国政府が米国との間で合意したことだが、その約束・合意を守っていない。日本のケースとまったく同じである。

 朝鮮/韓国のナショナリズム分析に「用日」「用米」という概念を用いた説明もある。嫌い、不本意だけれども、当面困るから利用するのであって、利用されるほうはいい面の皮である。

 拉致問題での約束や核・ミサイルの協議も考え合わせれば、北朝鮮も韓国と同じである。南北そろって、約束を破ることに情熱を燃やしている観すらある。


 中華意識が純化された国

 では、なぜそうなのか。筆者なら、その深層心理は中華意識に由来すると考えたい。朝鮮半島は世界で最も純化されたそれを有する地域だったからである。

 「中華」とは、自尊・自己中心の意識をイデオロギー化したもので、教義として他者・他国に対する蔑視をともなう軽蔑する相手だから、強大な時は心ならずも妥協、利用し、弱くなれば、騙(だま)しても約束を違(たが)えてもかまわない

 韓国・北朝鮮に最も深く関わるその相手が日本と米国なので、「反日」「反米」となっているだけ、別の国でも十分に起こりうる。

 ただ、韓国にとって他国でありながら、北朝鮮と中国は例外である。前者は同じ民族、つまり同じ自分・自尊・中華の片割れ、だから融和的なのである。後者の中国はオリジナルの「中華」にほかならず、しかも経済的にも軍事的にも強大化したから、好悪にかかわらず、いよいよ尊重せざるをえない。

 だとすれば、「反日」「反米」は韓国にせよ北朝鮮にせよ、歴史的に普遍的な心情・信条なのである。それなら容易に変わらない。むしろそうした思考・行動様式なのだと割り切って、隣国との交際のしかたを考えるほうが得策であろう。


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(感想・意見など)

 福澤諭吉は、朝鮮を独立させようといろいろ頑張った。しかし、朝鮮・中国の頑迷ぶりに絶望し、「時事新報」紙に「脱亜論」を書いた。1885(明治18)年である。いまから130年以上前に知っていた。朝日や岩波の言うように「話せば分かる」人たちではない。日本人はいい加減、歴史に学ぶべきである。

 彼らは息を吐くように嘘をつく。約束を破ることを何とも思わない。彼らは何百年前からそうしてきた。体質と化している。
 「それなら容易に変わらない。むしろそうした思考・行動様式なのだと割り切って、隣国との交際のしかたを考えるほうが得策であろう」。


以上


韓国の美しくも悲劇的な自画像

韓国の美しくも悲劇的な自画像
 週刊東洋経済17年7月22日号 「歴史の論理」
韓国の美しくも悲劇的な自画像
 サンデー毎日17年7月30日号
 文在寅(ムン・ジェイン)は大統領に就任し、各国首脳と会談して初めて、夜郎自大な韓国の姿を思い知らされた。自国の本当の歴史、等身大の姿を知らなさすぎる。韓国の閣議で、「肝に銘じることは、韓国にとって最も切実な朝鮮半島問題を解決できる現実的な力は、我々にはないことだ」と(珍しく正しいことを)言った。
 韓国歴代大統領は、日本に向かって、「正しい歴史認識を持て」と言ってきた。学者同士の「日韓歴史共同研究」の席では、日本側が資料を突きつけて論破すると、韓国人学者は「お前には韓国に対する愛情がないのか!」と怒り出す(古田博司・筑波大学大学院教授)。学者でさえこれ。始末に負えない。
韓国の美しくも悲劇的な自画像
 林町を走る循環バス。遠景に香大工学部が見える。
韓国の美しくも悲劇的な自画像
 県立盲学校前を走るまちなかループバス。このバスに出会うと思わず笑みが浮かぶ。何かいいことがありそうな…。上のバスと同じような大きさであるが、デザインと色使いで与える感じが全く違う。
韓国の美しくも悲劇的な自画像
 ネコバス。ちゃんと足がついている。欲しくもないのに買ってみようかという気になる。
韓国の美しくも悲劇的な自画像
 ベンツのバス。後ろを走りながら、風が吹けばコケるんじゃないかと気が気でなかった。
韓国の美しくも悲劇的な自画像
 紫雲山ハイキングコース。ハゼノキが色づき出した。





 韓国の美しくも悲劇的な自画像


 週刊東洋経済に京都府立大学文学部の岡本 隆司(たかし)教授「歴史の論理」を連載している。岡本教授は、東アジアの歴史が専門。7月22日第32回分をご紹介します。


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 韓国の特使外交に見る美しくも悲劇的な自画像


 小欄第29回では、韓国の文在寅政権の特使外交、とりわけその中国との関係を論じてみた。読んでくれた知人から伝え聞いた話が、とてもおもしろい。
 
 韓国の知識人がその事件に痛く憤慨していた、というのである。かれ曰(いわ)く「特使をありえない下座に座らせた。米国と2国で朝鮮半島を分けようという意図が見える」と。

 怒るところまでは、よくわかる。何より礼節と面子を重んじるかれらのこと、「ありえない」と叫びたい気持ちは理解できなくはない。

 中国は韓国を軽んじている。そこはまちがいない。何しろ香港の行政長官と同じ席次で、「中国の一部」とみなされたのである。

 ポイントはそこではない。そのように韓国を冷遇した中国が、米国と朝鮮半島を分割しようと考えている、というのはいかがであろうか。


 韓国の小中華意識

 中国が史上、朝鮮半島を分割支配したのは、はるか唐以前、ようやく半島に国家らしい国家ができる頃の話である。それ以後は、自らの利害に反しない勢力・政権であれば、存在を認めるようになった。たとえば、かつての朝鮮王朝、現在の北朝鮮がそうである。

 中国に対してばかりではない。周囲が虎視眈々と自分たちを狙って、あわよくばわがものにしようとしている。そんな半島の人々の自己認識・情勢判断は、周囲にいる当のわれわれからみると、かなり違和感を覚える。

 たしかに朝鮮半島は東アジアで、重大な地政学的地位を占めている。その住民は歴史的に中華思想、「小中華」意識を有していた。自らの徳義に矜持をもちながら、しかも周囲の圧迫を受けやすい。そこから美しくも悲劇的な自画像を描きがちである。

 自尊心はあっていい。しかしあまりに客観情勢から乖離した自尊自大は、人間関係であろうと、国際関係であろうと、迷惑である。

 強大な勢力に囲まれた朝鮮半島の政権は歴代、艱難の歴史を歩んできた。そこは情状酌量の余地もある。だからといって、近隣に迷惑をかけたり、欺いたりしてもよいことにはならない。


 党派争いばかりの国

 かつて朝鮮王朝時代の政治は、党派争いばかりだった。エリートは徒党を組み、民生をほとんど意に介しないまま、イデオロギーを弄(ろう)し、国家の行く末に頓着せず、権勢の掌握に没頭していたといってよい。

 やがて国際関係の比重が増すと、そうした政争に外国を巻き込み、自他に損害を与えてきた。それが韓国併合にいたるまでの東アジアの近現代史なのであって、引き込まれた外国こそ、いい面の皮である。

 今の韓国も依然として、そうした歴史を見つめなおそうとせず、美しくも悲劇的な自画像を追い求めているかに見える。朴槿恵(パク・クネ)前政権はかつて、日本を貶(おとし)めて自尊に耽(ふけ)る「告げ口外交」や、米中のバランスをとったと自賛する「二股外交」に勤(いそ)しんだ。その結果、どの国からも相手にされなくなりつつある。

 政権交代があっても、本質はかわらない。国連で制裁対象となった北朝鮮への接近という、いよいよ独り善がりの行動に移ろうとしている。

 最も近い日本人には、多大な迷惑にちがいない。しかし自国を美しく悲劇的だと思いたい韓国人の歴史的思考法に事態が由来するのなら、いっそう心配なのは、当の韓国の行く末である。


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(感想・意見など)

 100%AGREE(同意)である。

 私はここ30年弱の間にコリア関係の本を数百冊読んできた。コリアの動きを見ていると、民族の思考・行動には特有のパターンがあるのでは…と思うようになった。岡本教授も指摘しているが、それぞれの大統領・政権のある言動・行動は、百年前の誰それとそっくり、ということがあまりにも多い。

 恐いことである。私は、日本は憲法を改正して、自衛隊をきちんと位置付け、拡充すべき(非武装中立は中朝露などを見ていると寝言)だと思っているが、満州事変以降の歴史は絶対に繰り返してほしくない。歴史を正しく分析して、悪いパターンに陥らないよう、歯止めを掛ける必要がある。


以上


(再掲)朝鮮総督府の歴史

朝鮮総督府政策
 併合前のソウル(南大門)
朝鮮総督府政策
 併合前のソウル
朝鮮総督府政策 
 併合後のソウル
朝鮮総督府政策
 併合後のソウル(京城駅)
朝鮮総督府政策
 併合後(肥料工場)
朝鮮総督府政策
 併合後(水豊ダム)
朝鮮総督府の政策 
 水間政憲さん (PHP研究所)
(再掲)朝鮮総督府の歴史
夾竹桃(きょうちくとう)。遠くから見ると百日紅(さるすべり)と見分けがつきにくい。坂岡真(さかおか・しん)さんの時代小説「鬼役」(光文社文庫)だかで、夾竹桃は有毒であることを知った。




 恐らく「正しい歴史観」はこうである。30年くらい前に父から聞いたことに近い。

 2014年4月7日のブログを再掲します。

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  朝鮮総督府の政策(再掲)


 図書館で借りた朝鮮ものの本の中からいいと思った本は書店に注文した。しかし、どうしても欲しいシャルル・ダレ神父の『朝鮮事情』(平凡社・東洋文庫)が絶版のためか手に入らない。中古本でも手に入れたいと思い「朝鮮事情」でネット検索した。

 すると、「日本併合前後の朝鮮の写真―日本の現在」というブログがあった。大変興味深い。日本でいえば奈良時代のようであった朝鮮が、日本の資本・技術・情熱などで一気に近代国家に変貌した。それにもかかわらず、現在の韓国・北朝鮮を見る限り、残念ながら、李氏朝鮮の悪しき伝統を引きずっていると言わざるを得ない。

 一部を転載します。興味のある方はネット検索してみて下さい。


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【朝鮮総督府政策一覧】
併合時(1910)~終戦時(1945)

■ 教育の普及 ほぼ皆無 → 小学校5,213校建設、生徒数2,389,135人。
■ 京城帝国大学創設(1924)、旧ソウル師範学校(現ソウル大学)、梨花女子大など1000校以上建設
■ 朝鮮国民に教育を実施し、就学率を61%まで高めた(1944)
(ハングルを整備し体系化させ、漢字、日本語と共に普及させた)
■ 識字率  3-8% → 80%
■ 人口 1313万人 → 2,512万人(1944)
■ 平均寿命 24歳 → 56歳
■ 鉄道 3,827km敷設
■ 耕地面積 246万町歩 →449万町歩
■ 水田面積 84万町歩 →162万町歩(1928)
■ 石高(米の生産量)約1千万石 →2千万石(1930)
■ 反当たり収量 0.49石 →1.49(3倍)
■ 植林 禿山に30年間で5億9千万本を植林
■ ため池(韓国国内のため池の半分は、いまだ日本帝国謹製)
■ 朝鮮の不統一な度量衡を統一し、貨幣価値の安定と物資の流通に資した
(モノを受けるときは大きなマス、売るときは小さなマスを使っていた両班ヤンバンの特権剥奪)
■ 地籍の整備 耕地を耕作者の所有とみなし、朝鮮の大多数を占める農民の地位と生活を向上させた
■ カオスな朝鮮半島に、人身の自由、私有財産の保障、法のもとの平等を導入
■ 幼児キーセンと呪術的医療の禁止
■ 李氏朝鮮の残虐な拷問を廃止
 (日本人相手に殺人を犯した金九でさえも一年半で刑期を終えるように罪刑法定主義を徹底)
■ 家畜階級にあった朝鮮女性に対して名前をつけるように要求し、家長の権限を制限
■ 洪中将、金ウンソン少将など、朝鮮人を分け隔てなく扱い、軍の高位に抜擢

■ 強盗件数
昭和2年   1771件
昭和7年   1261件
昭和12年  727件
昭和17年  394件
 ( 強盗件数:朝鮮総督府『統計年報』より)


日韓併合後、日本は朝鮮半島を日本本土と同じと考え、日本国民の莫大な税金(国家予算の約2割)を注いで、朝鮮を近代化させた。
日本の敗戦後、韓国はアメリカによって独立し、結果的に日韓併合は日本に莫大なな経済的損失をもたらした。

 (イギリス、フランス、オランダなどは、植民地が独立する際、残していくインフラなどの資産価額を請求した)


(以上)


江戸時代、時の鐘

江戸時代、時の鐘
 佐藤雅美(まさよし)さん久々の「八州廻り桑山十兵衛」シリーズ。(文春文庫)734円。
佐藤さんの本は時代考証の正確さに定評がある。
江戸時代、時の鐘
 「超高速!参勤交代」シリーズ。(講談社文庫)各810円。完全なエンタメ。映画化もされた。体調不良で睡眠を優先していたので、読んでは寝、読んでは寝していた。そういう時に最適。「リターンズ」は要らなかった気もする。
江戸時代、時の鐘
 今日、近くの神社の夏越祭(なごしまつり)だった。茅(ち)の輪をくぐり、体代(かたしろ)にお金を添えてお参りしてきた。案内役の人がいて色々説明してくれた。
江戸時代、時の鐘
 神社の猫。人懐っこい。
江戸時代、時の鐘
 セミの抜け殻が庭のあちこちに見られる。喧(やかま)しくなるぞ。





  江戸時代、時の鐘


 佐藤雅美さんの本は時代考証に定評がある。江戸時代の人々の生活がよく分かる。『関所破り定次郎 目籠(めかご)のお練り』から抜粋してご紹介します。


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 「ここいらはもともと時の鐘がなく、遠く多摩川を渡ってくる目黒不動尊の鐘や池上本門寺の鐘で時刻を知るという塩梅でした。とはいえ、聞こえるのはたまにですから当てにはなりません。時の鐘がないというのは不便なものです」

 「当村は矢倉沢街道の御伝馬の継立場(つぎたてば)で、何刻に馬何匹、人足何人を手配しろと先触(さきぶれ)がしょっちゅうあります。ですが、時の鐘がないものですから、刻限どおりに手配するのがとても難しい」

 「またたまに〝刻付(こくつき)の御用状〟が送られてくることもあります」

 「ですが、そもそも時刻が分からない。当て推量で時刻を書くものですから、後で、いいかげんに書くものではない、不届きであるとお叱りをこうむることもあります。当村はまた川崎宿の助郷(すけごう)村でもあります」
 川崎宿で人馬が不足するとき、川崎宿から馬を何匹、人足を何人だせといってきて、それに応じるのを助郷といった。

 「こちらを夜明け前に発たねばならないような助郷を命ぜられることもしばしばあります。ですが、夜明け前となるといよいよ時刻が分からない」
 助郷は無料。代価は払われない。百姓にとって助郷は年貢につぐ苦役(くえき)だったのだが、そのうえあれこれ文句をつけられるほど間尺に合わないことはない。

 「幸いというか、光昌寺に梵鐘(ぼんしょう)がございました。そこで、八年前に中村八太夫様にお願いし、曾我豊後守の御下知(ごげち)があって時の鐘を撞かせていただくことになりました」
 中村八太夫はここいらを支配する代官。曾我豊後守は十兵衛も直接指示を受けることのある公事方(くじかた)勘定奉行の1人。

 「時の鐘というものは夜中でも一刻おきに撞かねばならず、鐘撞人を常雇いしたりしなければならないから、とにかく金がかかる。鐘楼堂(しょうろうどう)を設け、鐘撞人を住まわせる鐘撞家(かねつきや)を建て、鐘撞人を常雇いして給金を払わねばなりません。また時刻を知るには時計を買い、季節に合わせて時計を調節しなければありません」

 この時代は日中も夜中も六等分して時間を決めた。おなじ一刻でも長日(ちょうじつ)のときは昼は長く夜は短く、短日(たんじつ)のときは昼は短く夜は長くと大きく違った。時計は時計師によってのべつ調節してもらわねばならなかった。

 「それらもろもろにかなりの金がかかります。とくに給金、時計の調節費などは毎年かかるものですから、年々相応の金を工面しなければなりません」

 「そこでわたしが世話役になって、〝永代(えいたい)時の鐘相続講(そうぞくこう)〟なる講をくわだてました」

 「講の仕法(仕組)は?」 
 「子(講員)は五百人。一回の掛け金は一人一分(四分の一両)。年に四回の開催で、十回で満期というものです」 
 「一回に集まる金は百二十五両。総額で千二百五十両」
 「講元の懐にはいくら入った?」
 「四百四十両です」
 「ほぼ三割五分を撥ねたことになるわけだ」

 「一等はいくらにした?」
 「十八両です。スカはありません。誰でも最低一朱(いっしゅ)は当たるようにしておきました」(一朱は一分の四分の一)。
 「ですから、講には毎回、ほぼ全員が参加し、参加できないものは代(代理)を寄越しました。時の鐘ができてみんなが恩恵をこうむることでもあり、界隈の者は喜んで参加しました」

 「鐘撞人の給金や時計の調節費など、毎年相応に金がかかります。そこで、八十両を本堂の修復に充て、鐘楼堂と鐘撞家をそれぞれ三十両と十五両とをかけて建て、五十両を予備費として残し、あとの二百六十五両で一町六畝(せ)五歩の田を買いました」

 「鐘撞人の給金や時計の調節費などは一町六畝五歩の田から作徳(収穫)を当てるわけですから、事は順調に運びました」


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(感想・意見など)
 
 現代のわれわれが、いかに恵まれているかが分かる。


以上

 
プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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