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李登輝 秘録

李登輝 秘録
 李登輝(り・とうき)・元中華民国総統

李登輝 秘録
 産経新聞2019年4月30日
 写真:台湾先住民の男と肩を組む後藤新平
 (この時代の台湾には首狩り族もいた)

李登輝 秘録
 週刊エコノミスト2019年10月8日号


李登輝 秘録
 朝日新聞2019年10月3日

 私は大学は関西(京都)であった。関西は実にヤヤコシイところ同和、在日、ヤクザ、左翼など。京都・奈良はこれに寺社が加わる。それを取り締まる警察なども、しょっちゅう不祥事を起こしている。何か新しい制度ができて、それをかいくぐるやり方を始めるのはたいてい関西。中国人の言う「上に政策あれば、下に対策あり」みたい。

 そういえば、私の父(3度応召)も、中国兵は不利と思えばすぐ逃げると言っていた。「またも負けたか八連隊(大阪)」という俚諺(りげん)があったなぁ。

 今回の関西電力の件にしても、新聞・テレビを見ていても、関電の幹部がどうしてこういうことをしたのか、どうもしっくりこない。ネットで、高浜町元助役の森山栄治氏(故人)が同和のドン(部落解放同盟?)であったと書かれているのを見て、「やっぱり」とある程度納得した問題は根深く、関電を叩いただけでは解決しないと思われる。

 新聞やテレビはこういうことを報道しない

 沖縄・辺野古埋め立て反対運動過激派が潜り込んでいるのは確実なのに報道しない。「関西生コン」の違法行為もほとんど報道しない(立憲の辻本清美議員からの圧力?忖度?)。JR東日本労組が極左・革マル派に支配されていることもほとんど報道しなかった(そういえば立憲の枝野幸男議員は支援されていたなぁ)。JR北海道は?最近、極左・中核派の拠点「前進社」が警察の手入れを受けたが、これらのことと関係しているのか?

 新聞・テレビなどで分からないことは非常に多い朝日新聞、毎日新聞、テレビ朝日、TBSなどは意識的に誤導する都合の悪いことは報道しない(例えば、朝日新聞はこう言う。「事実を伝えるだけでは報道にならない」「角度をつける」)。読者を愚民視している。そのくせ、満州事変以降、国の重大な局面では間違えてばかりいる。共産主義を信じるし、慰安婦問題では30年以上嘘をつき続けるし。

 韓国でいま現在、数百万人規模の反文在寅(ムン・ジェイン)政権デモが行われているが、ネット以外ではほとんど報道されていない。反朴槿恵(パク・クネ)ロウソク・デモの時と大きく異なる。

 今回も消費税軽減税率でおかしなことをするし(それはそうと、軽減税率という面倒なことを推進したのが公明党だということは忘れずにおこう)。ロクなもんじゃない。

李登輝 秘録
 四国新聞2019年10月3日

 警察は、江戸川区の中核派の拠点「前進社」を約160人態勢で家宅捜査した。ここは要塞のようになっており、扉をエンジンカッターで切って踏み込んだ。飛行弾8発が発見された。

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李登輝 秘録

今年は早めに庭木の剪定をしてもらった。男性4人で夕方までかかった。ケヤキなど4本は根元から切ってもらった。





  李登輝 秘録


 産経新聞2019年4月30日の「李登輝 秘録」の「第2部 日本統治下に生まれて ⑥」をご紹介します(強調は引用者)。

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 後藤新平(ごとう・しんぺい)の生き方を追う


 台湾の元総統、李登輝は耳まで紅潮させながら、うれしさを隠せずにいた。

 2007年6月1日に東京の国際文化会館で行われた「後藤新平賞」授賞式のときだ。李はこの日、「私がこの光栄に浴し得たことを、一生の栄誉と深く感謝しております」と述べた。

 同賞は、日本統治時代の民生長官を務めた後藤新平(1857~1929)のように幅広い業績を挙げた人物を国内外から選んで顕彰するものだ。

 後藤は南満州鉄道(満鉄)の初代総裁や日本の外相などを歴任している。李は同賞における最初の受賞者に選ばれた。

 李は授賞式で「後藤新平と私」と題して行った講演の中で、後藤の台湾での業績として公衆衛生の改善や教育制度の整備などを挙げた。なかでも、中国大陸から持ち込まれ、台湾でも蔓延していた麻薬のアヘンを専売制にし、中毒患者を減らした行政手腕を評価した。


 取材で李は、後藤の業績に関し「台湾社会の基礎を作った」と強調した。わずか8年余りの民生長官の間に、それまでの台湾では1世紀近くはかかるであろう「近代化を成し遂げた」とたたえている。

        ◆        ◆      

 総統時代に台湾の民主化に腐心した李は、後藤の仕事ぶりに「強いつながり」を感じていた。

 山岡淳一郎の著書「後藤新平 日本の羅針盤となった男」(草思社)にこんな場面が紹介されている。

 日本本土の内務省で衛生局長だった医師出身の後藤が、第4代台湾総統の児玉源太郎(1852~1906)に民生長官に抜擢されたときの出来事だ。

 児玉から施政方針演説の起草を命じられた後藤は、「そんなもんは、やらんほうがいいでしょう」と返事をした。

 そして「皆が演説しないのを不審に思って訊きにきたら、俺は『生物学の原則でやる』とお応えください」と言ったという。

 「生物学の原則」とは、台湾の人々の習慣や生き方を重視して政策を考え、日本的な手法を押しつけないとの意味だ。後藤は「ヒラメの目が横についていて、それを鯛のようにしろといっても、できるものじゃない」とも訴えた。


 1988年に総統となった李は、国民党による独裁的な体制の変革を目指す中で、こうした後藤の理念が頭の中にあった。

 既得権益層だったヒラメ(独裁体制)をいきなり追いつめるべきではない。網を徐々にかけてヒラメをすくい上げ、鯛が泳げる民主社会を静かに築いていくという考え方だ。

        ◆        ◆          
 
 後藤を尊敬していた李は、満鉄総裁を務めた後藤と同じ道を歩もうと「京都帝国大学(現・京大)を出たら満鉄に就職したいと考えていた」という。ただ、その目標は日本の敗戦で実現しなかった。

 世代は異なれど、台湾という同じ空間で李は後藤の生き方を追い求めていた

 八田與一(はった・よいち)や新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)に限らず、李は日本統治時代の台湾に尽くした日本人に深い関心を抱き、それぞれの業績に学ぼうとしていた。  (敬称略)


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 * 週刊エコノミスト2019年10月8日号に載っていた「台湾の基礎知識」


 先史時代から16世紀前半まで複数の民族集団が暮らす島だった台湾には、16世紀後半に中国大陸から漢人が移入し始めた。

 17世紀にはアジアの植民地をもくろむオランダ、鄭成功(てい・せいこう)一族が相次いで台湾を占拠。1683年に清朝が制圧し統治下に入った。

 1895年、日清戦争に敗れた清は下関条約により台湾を日本に割譲1945年の第二次世界大戦終結までの約50年間、日本が統治した。

 終戦後、台湾は当時の中国である中華民国の1省として編入された。

 戦後、中国大陸では政権にある蒋介石の国民党毛沢東率いる中国共産党との内戦が本格化し、1949年10月1日に共産党が中華人民共和国成立を宣言すると、国民政府(国民党政権)は12月8日、台湾・台北遷都を決定した。

 その後、二つの政治実体が固定化している。


以上


日本企業「アヒルの水かき」

日本企業「アヒルの水かき」
 日経新聞2019年4月28日「私の履歴書」

 2019年4月は、三井住友フィナンシャルグループ名誉顧問の奥 正之(おく・まさゆき)さん。奥さんは住友銀行系。

日本企業「アヒルの水かき」
中国と日米のGDPの推移

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日本企業「アヒルの水かき」
 香東川の郷東橋南側の「河床整理」は終わった。「河床整理」とは何ぞや?

日本企業「アヒルの水かき」
 アオサギが鯱(しゃちほこ)を据える場所にいたのでカメラを向けたが、動かれ…
日本企業「アヒルの水かき」
 飛び立たれてしまった。







  日本企業「アヒルの水かき」


 日本企業は、奥床しいのか守秘義務ゆえか、他国から頼まれてこのようなことをしたということを表に出したがらない。
 
 それらしい例を2019年4月28日日経新聞の「私の履歴書」で見つけた。2019年4月「―履歴書」は、三井住友フィナンシャルグループ名誉顧問の奥 正之さん。奥さんは住友銀行に入行、その後の合併を経て、三井住友フィナンシャルグループの代表取締役を務めた。抜粋してご紹介します(強調は引用者)。


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  一衣帯水
  忘れられない「北国の春」
  人民銀と協力、北京へ講師団


 「平家・海軍・国際派」――共通項は「滅びの美学」。一見、華やかでも当時の国際部門は非主流派。だが、1990年代初頭、こんなレッテルを払拭する好機が訪れた。

 米国企業はすでに動き出していた。私も米国から帰任後、「潮目は変わり、今後はアジア、とりわけ中国の時代になる」。そう確信していた。

 天安門事件からまだ4年しかたたない93年秋。中国人民銀行の朱鎔基(しゅ・ようき)総裁(のちの首相)と巽外夫(たつみ・そとお)会長のトップ会談が実現した。「貴行に我が国の金融制度改革へ力を貸してほしい」。その場で巽さんは「全面協力」を約束した

 私が事務局長となり25名の講師団を編成して北京を訪問したのは翌年3月。四大国有銀行や政府機関の幹部ら150人を集め「商業銀行改革セミナー」を催した。3日間の熱のこもった質疑のあと、最後の夕食会で皆で肩を組んで合唱した「北国の春」。その後の曲折はあっても、あの一体感を私は今も忘れない。


 韓国とのつながりは副頭取になってから深まった。サムスン電子や現代自動車など有力製造業とは対照的に、韓国の金融機関のグローバル展開は遅れている。だから、邦銀に対する期待は強かった

 サムスン電子を躍進させた李健煕(イ・ゴンヒ)さんには2008年夏、ソウル市内の同社迎賓館「承志園」での昼食会に招かれた。早大卒の彼は「私は日本を大変尊敬しています」。私に日本語で静かに語りかけられた。日本の財閥史に関する知識にも舌を巻いた。

 ソウル支店を起点にニューヨークやロンドンに韓国人行員を派遣し、その地域の韓国企業を支援する「グローバルコリア営業部」を立ち上げた。成長著しいアジア圏と欧米をつなぐ、韓国人行員が発案した優れたアイデアだった。


 先日、私は京都に出向いた。左京区鹿ケ谷の「住友有芳園」で執り行う住友家の法事の祠堂祭には白水会を構成する住友グループ各社(現在19社)の社長とOB夫妻が一堂に会する。江戸期から連なる住友の歴代家長と各社の物故者の冥福を祈り、今は17代目の住友家長の訓話に耳を傾ける。

 「信用を重んじ確実を旨とする」「浮利を追わず」。経営者たちにとっては、住友の事業精神を思い起こし、自省する貴重な機会となる。

 戦後の財閥解体もあり、白水会は精神的な結びつきに転じている。それでも変わらないのは社会貢献活動の連携だ。1つだけ紹介したい。

 1980年代、安宅産業を処理する過程。同社が所有していた中国後漢~明朝および高麗・李朝時代の珠玉の陶磁器コレクションの散逸を防ぐため共同で買い取り、大阪市に寄贈した。今の東洋陶磁美術館(北区)だ。国宝を含む約千点の逸品を是非ご鑑賞いただきたい。

 3年ほど前、中国の程永華大使、韓国の柳興洙大使と福田元首相夫妻をお招きし、有芳園と、隣接する泉屋博古館(せんおくはくこかん)をご案内する機会に恵まれた中国青銅器のコレクションがこの美術館の目玉でもある。


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(感想・意見など)

 日本は、鄧小平が1978年から始めた改革開放政策を大いに助けた

 中国と日本の関係は、この4半世紀の間に劇的に変わった。日本はバブル崩壊、デジタル革命に乗り遅れたこともあって沈んだが、中国は隆々たる発展をみせてきた。とはいえ、あまりにも露骨に野心を露わにし、卑劣な手段も用いてきたためアメリカの逆鱗に触れ、この先の困難が予想されている。

 中国の主導する 「一帯一路」やAIIB(アジアインフラ投資銀行)も必ずしもうまくいっていない。中国の権威主義的なやり方は世界の警戒心を呼び起こしている。日本は、アメリカと友好関係にあり、資金もあり、世界的にも信用はあり、ADB(アジア開発銀行)などの長年の経験もある。

 そういうこともあって中国は何とかして日本を引き込もうと懸命であるが、「自由」「民主」「法の支配」「人権の尊重」「平和主義」の基本線は譲るべきではない


以上


コリアンの宿痾(再)

コリアンの宿痾
 日本周辺の地図

コリアンの宿痾
 産経新聞12年10月17日
 半島国家の地政学的困難について書いている。

コリアンの宿痾
 
 李朝末期(1890年頃?)のソウル中心部。ほとんど古代のまま。道は凸凹で糞尿だらけ。
 韓流ドラマでは色彩豊かな服装をしているが、あれはファンタジーで、実際はほとんど白色

 それより130年ほど前に朝鮮通信使の一行として来日した金仁謙さんが書いた『日東壮遊歌』では、大阪、京都、名古屋、江戸などの街の規模、壮麗さ、繁華さに驚き、女性の美しさを賛美し、揚水車の便利さに驚嘆している。そのくせ華夷秩序丸出し。

コリアンの宿痾
 恐らく数百冊の朝鮮モノを読んできたが、コリアのあり方に否定的な本がほとんど

コリアンの宿痾
 朴槿恵(パク・クネ)のお父さんの朴正凞(パク・チョンヒ)大統領は最も清廉で偉大であった。国の在り方を何としてでも変えたがったが、志なかばで部下に暗殺されてしまった。
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コリアンの宿痾(再)
 週刊ポスト2019年10月4日号

 作家の葉真中 顕(はまなか・あき)なるもの(私は知らない)が、週刊ポスト9月13日号の特集「韓国なんて要らない」にわけの分からないイチャモンをつけている

 私は約30年間、外国人の書いたものを含め幅広く数百冊のコリアものを読んできたが、件のポストは見出しは多少過激ではあるが、内容は特に目新しいものではなく、虚偽情報もなく、問題はないと思っている。

 むしろ、これだけ問題だらけのコリアンを戦後長い間、蒸留水の如くに報じて、事実を全く報じず、「善隣友好」「一衣帯水」「話せばわかる」としか言ってこなかった朝日新聞、毎日新聞、岩波書店、テレビ朝日、TBS,NHKなどや大学教授、言論人などの罪は非常に大きいと思っている。事実は事実として報じるべきである。


 下に百数十年前に欧米人がコリアについて書いたものを挙げる。ダレ、ハルバート、グレブスト、イザベラ・バード、ケナンである。彼らはコリア以外に何か国も見聞している。相対的な比較ができる。事実と考えていいと思われる。

 フランス人宣教師のシャルル・ダレやアメリカ人宣教師のホーマー・ハルバートは、コリアンの有名な「火病(かびょう、ファビョン)」について書いている


 中でも、それまでのコリアの歴史、習俗、考え方などに最も否定的だったのが、朴正煕大統領

コリアンの宿痾(再)
 
 何か月か前に『家(チベ)の歴史を書く』を読んだ。良書である。

 この本の中に著者の朴沙羅さんの親戚の話が出てくる。祖父が亡くなったとき、どこの墓に入れるかで親戚同士がもめ、霊前で殴り合ったという。また、親戚が集まり京都・嵐山で花見をした時も喧嘩になり、ビール瓶だか一升瓶だかで殴り合ったという。

 そういえば、私は大学は京都であったが、ゼミ生の約半数は関西出身で、コリアンの話が出たとき、「気性が激しい人たちだ」と言っていた。ちなみに、私がいっていた大学は本名を名乗ることを奨めていて、朴くん(男)と金さん(女)の2人がいた。他に通名(つうめい)を名乗っていたコリアンがいたかもしれないが、それは分からなかった。




 2016年11月13日のブログ「コリアンの宿痾」を再録します。

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  コリアンの宿痾(再)


 朝鮮半島は日本列島に突きつけた刃(やいば)のようなものである。世界的に明治維新前後は帝国主義の時代。日本は世界中が欧米の植民地になっているのを見て、「ご一新」を起こした。徳川慶喜は、戦えるだけの武力を持っていたにもかかわらず、内戦を外国勢に利用されるのを恐れて、矛を収めたとも言われる。

 朝鮮は、ロシアが狙っていた。特にロシアは、シベリア鉄道をどんどん延伸して南下していた。朝鮮半島の地形は、東側が山脈で、西側はフラットである。西側からロシアないし清が攻め込めば、満洲から釜山まで数日で征服できる

 もし、朝鮮半島の付け根付近にアルプスのように3千㍍級の山脈が横たわっていれば、朝鮮や日本の歴史は大きく変わっていた。朝鮮はチャイナの属国のようになることはなかっただろううし、日本も日清・日露以降の戦争もなかった可能性が高い。

 日本の安全保障上、朝鮮半島のもつ意味は大きい。しっかりしてもらわねば困る。

 日本人としてコリアンに多くは望まない。「もう少し独立心を持て!」「約束は守れ!」の2点のみ。


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百数十年前に欧米人が書いた朝鮮に関する本から抜粋してご紹介します。


①感情的
■フランス人宣教師シャルル・ダレ「朝鮮事情」より抜粋

韓国人は怯えながら生きる生活を続けていたので、感情の安定を失った民族になった。
おそらく韓国人は世界一怒る事を好む民族だろう。
怒る事が不安や焦燥感を解決するのだ。
代償行為になるし、自尊心を守る手段にもなる。
その自尊心も、虚飾によって作られた自尊心である。

だから、ちょっと触れただけで傷つき、怒りの感情が爆発する。


②精神異常
■1886~91年に朝鮮で布教したアメリカ人宣教師ホーマー・ハルバート「朝鮮亡滅」より抜粋

韓国人は本当に怒ると、正気を失う。
自分の生命すら見えないような状態になり、牙のある動物になってしまう。

口の周りに泡が溜まり、更に動物のような表情になる。
悲しい事だが、この怒りの衝動で理性を忘れる悪弊は、男だけではない。
女は立ち上がって酷い大声で喚くので、最後には喉から声が出なくなり、次には強烈に嘔吐する。

精神錯乱になった女を見る度に私は思う。
「どうして脳卒中で倒れなかったのか?」と。
韓国人は子供の時から、自分の気持ちを制御する術を学ぶ事がないらしい。
子供も親を見習って、自分の気に入らない事があると、狂人のように大暴れする。
結局、欲望を達成するか、あるいは長時間の後、鎮静に戻るか、そのどちらかに落ち着く。
 
後に火病という朝鮮にしか存在しない精神病が同じ症状だといわれている。


③依存心
■スウェーデン人の記者アーソン・グレブスト「悲劇の朝鮮」より抜粋

将来性がなく、中国人以上に酷い民族である。
1000年前に眠った場所に留まり続けている。

更に良くないのは、その眠りから覚めようとしない事だ。
韓国人は独立が嫌なのだ。できれば他者に依存して責任回避をしたいのだ。
彼らの望むことは、何の心配もなく平和に暮らす事だけだ。

「独立」と言う言葉は、彼らにとって恐怖を意味し、不信や無法と同じである。


④不潔
■イギリス人女性イザベラ・バード「朝鮮紀行」より抜粋

ソウルを描写するのは非常に憂鬱だ。
北京を見るまで私はソウルこそ、この世で一番不潔な町と思っていたし、

紹興へ行くまではソウルの悪臭こそ、この世で一番酷い匂いだと考えていた。
都会であり首都であるが、その粗末な様子は表現が難しい。

礼節から二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は
迷路のような細い道の「地面」で暮らしている。

道の多くは荷物を積んだ、牛が通りにくい程の狭い道で、
家々から出た小便と大便を受ける穴か溝で更に狭くなる。

悪臭が酷い。 

その穴や溝の横に好んで集まるのが、土の埃で汚れた半裸の子供たち、
皮膚病と眼病を患った大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわり、日光の中で瞬きしている。
ソウル名物は水路である。

蓋の無い広い水路を黒く汚れた水が、川の底に堆積した排泄物やゴミの間を悪臭を漂わせながら、
ゆっくりと流れていく。

もはや水とは呼べない混合物を桶に汲んだり、小川とは呼べない水溜りで洗濯している女達の姿・・・


⑤文化が無い
■イギリス人女性イザベラ・バード「朝鮮紀行」より抜粋

ソウルには芸術品は全く無い。
公園も無い。

見るべき催し物(イベント)も無い。
劇場も無い。
日本や中国の都会にある魅力がソウルには全て無い。

古い都ではある。
しかし、旧跡も無い。
文献も無い。

宗教に無関心だった為、寺院も無い。


⑥怠惰
■アメリカ人のジャーナリストのジョージ・ケナンの報告より抜粋

日本から朝鮮に行った旅人がまず驚くことは、
日本の清潔、秩序、勤勉、繁栄に対して、
朝鮮の不潔、混乱、怠惰、荒廃との間の著しい差異である。


⑦嘘つき
■アメリカ人のジャーナリストのジョージ・ケナンの報告より抜粋

韓国人の大部分は2つに分類される。
大袈裟な事を言う人間。
恥を知らずに、平気で嘘を言う人間。
この2つである。

これは遺伝と教育が原因だ。
だから韓国人が話す「日本人の悪行」を信じるな。


⑧残酷
■1886~91年に朝鮮で布教したアメリカ人宣教師ホーマー・ハルバート「朝鮮亡滅」より抜粋

動物がとても苦しがっていても、一般の韓国人は完全に無関心である。
道路に病気になった猫や犬、怪我をした鳥などがいると、子供も大人も老人も石や棒で、
この哀れな動物をいじめ殺してしまう。

路上で不運な犬が首に縄をつけられ、犬肉店に牽引されていく時、子供の群れが騒ぎながら、追跡する。
子供達は可哀相な犬が首を絞められ、 最後の抵抗をするのが見たいと期待している。
そして興奮している。


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 朴正凞(パク・チョンヒ)大統領語録


 日本の朝鮮統治はそう悪かったと思わない。自分は非常に貧しい農村の子供で学校にも行けなかったのに、日本人が来て義務教育を受けさせない親は罰すると命令したので、親は仕方なしに大事な労働力だった自分を学校に行かせてくれた。
 すると成績がよかったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれた。さらに軍官学校を経て東京の陸軍士官学校に進学し、首席で卒業することができた。卒業式では日本人を含めた卒業生を代表して答辞を読んだ。
 日本の教育は割りと公平だったと思うし、日本のやった政治も私は感情的に非難するつもりもない、むしろ私は評価している。

 — 金完燮 日韓「禁断の歴史」p.212 小学館 2003年10月



我が半万年の歴史は、一言で言って退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった」

姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会の一つの縮図に過ぎない」

 — 朴正煕選集2 国家・民族・私 p.234



わが民族史を考察してみると情けないというほかない

「われわれが真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあっても、この歴史を改新しなければならないこのあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史は、むしろ燃やして然るべきである」

 — 朴正煕選集2 国家・民族・私 p.238



 李氏朝鮮について次の言葉を遺している。

「四色党争、事大主義、両班の安易な無事主義な生活態度によって、後世の子孫まで悪影響を及ぼした、民族的犯罪史である」

今日の我々の生活が辛く困難に満ちているのは、さながら李朝史(韓国史)の悪遺産そのものである」

今日の若い世代は、既成世代とともに先祖たちの足跡を恨めしい眼で振り返り、軽蔑と憤怒をあわせて感じるのである」

 — 朴正煕選集1 韓民族の進むべき道 p.92


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(感想・意見など)

 出鱈目ばかり言っているテレビ朝日の玉川徹やジャーナリストの青木理(おさむ)に読ませたい。
 



以上


何度でも言う 李朝は最悪の国であった



 何度でも言う 李朝は最悪の国であった


朝鮮・韓国2題
 『朝鮮紀行』
朝鮮・韓国2題
 李朝末期のソウル(糞尿だらけ)
朝鮮・韓国2題
 『連合国戦勝史観の虚妄』
朝鮮・韓国2題
 日韓併合後、韓国の工業伸長率は世界一
朝鮮・韓国2題
 日韓併合後、人口は急増

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何度でも言う 李朝は最悪の国であった
 毎日新聞2019年9月16日

 「韓国除外 支持64%」

 戦後74年、朝日新聞や毎日新聞、岩波書店など左翼陣営のプロパガンダの魔法がやっと熔けようとしている。それにしても長かった。


 2013年12月30日のブログ「朝鮮・韓国2題」を再録します。これが事実です。


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  朝鮮・韓国2題

 
 ★ 英国夫人イザベラ・バードは1894年1月から1897年3月の間に4度朝鮮半島の各地を旅行『朝鮮紀行 英国夫人の見た李朝末期』(講談社学術文庫)を著した。日清戦争が1894年~1895年だから、その戦中戦後にあたる。抜粋してご紹介します。



 北京を見るまでわたしはソウルこそこの世でいちばん不潔な町だと思っていたし、紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世でいちばんひどいにおいだと考えていた。都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい

 
 (朝鮮)国民のエネルギーは眠ったままである。上流階級は愚か極まりない社会的義務(儒教)にしばられ、無為に人生を送っている。中流階級には出世の道が開かれていない。下層階級はオオカミ(両班・官僚階級)から戸口を守るのに必要なだけの労働しかせず、それには十二分な理由がある。首都ソウルにおいてすら、最大の商業施設も商店というレベルに達していない。朝鮮ではなにもかもが低く貧しくお粗末なレベルなのである。

 
 朝鮮の重大な宿痾は、何千人もの五体満足な人間が自分たちより暮らし向きのいい親戚や友人にのうのうとたかっている、つまり「人の親切につけこんでいる」その体質にある。そうすることをなんら恥とはとらえず、それを非難する世論もない。

 ささやかながらもある程度収入のある男は、多数いる自分の親族と妻の親族、自分の友人、自分の親族の友人を扶養しなければならない。それもあって人々はわれがちに官職に就こうとし、職位は商品として売買される。居候をおおぜいかかえている男にとって、そこから逃げだすひとつの道は官吏になることなのである。官吏になれば、公金で居候たちを養っていける。であるから官職がどんどん新設される。目的は、国を治める者たちの親戚や知り合いを食わせるため、にほかならない。だからこそ朝鮮では政治の内紛や暴動が頻繁に起きる。

 
 朝鮮には階級がふたつしかない盗む側と盗まれる側である。両班(ヤンパン=貴族から登用された官僚階級は公認の吸血鬼であり、人口の5分の4をゆうに占める下人は吸血鬼に血を提供することをその存在理由とする


 宗主国中国の影響のもとに、朝鮮の両班たちは貴族社会の全体的風潮である搾取と暴政をこれまで事実上ほしいままにしてきた。この点について日本は新しい理論を導入し、庶民にも権利はあり、各階級はそれを尊ばなければならないということを一般大衆に理解させる路線をとった

 
 わたしは朝鮮人の前途をまったく憂えてはいない。ただし、それには次に掲げたふたつの条件が不可欠である。

 1.朝鮮にはその内部からみずからを改革する能力がないので、外部から改革されねばならない

 2.国王の権限は厳重かつ恒常的な憲法上の抑制を受けねばならない


 日本たいへんなエネルギーをもって改革事業に取りかかったこと、そして新体制を導入すべく日本が主張した提案は特権と大権の核心に切りこんで身分社会に大変革を起こし、日本がなみなみならぬ能力を発揮して編みだした要求は、簡単で自然な行政改革の体裁を示していたことを指摘すればこと足りる。

 わたしは日本が徹頭徹尾誠意をもって奮闘したと信じる。日本には朝鮮を隷属させる意図はさらさらなく、朝鮮の保護者としての、自立の保証人としての役割を果たそうとしたのだと信じる。

 1年有余、失敗はままあったにもかわらず日本は前進をつづけ、有益かつ重要な改正を何件かなしとげ、またその他の改革を始動させた。



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 ★ 英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』 ヘンリー・S・ストークス著(祥伝社新書)から抜粋。


 日本が韓国を併合したのは、日露戦争の5年後(1910年)だった。日本は韓国を近代化するために、膨大な労力と費用を投入した。日本の努力はたいへんなものだった。義務教育、大学教育、医療、警察制度、軍隊まで、今日の韓国社会の基礎をつくった。

 イギリスの植民地支配と異なって、日本は自国の持ち出しで、韓国を建設するために投資をした

 日本の統治は欧米の植民地支配のように、人種的な優越感によるものではなかった。朝鮮人も同じ国民として処遇した。

 イギリスのインド統治と比較すると、インドでは白人が優越した。インド人に限らず、アジア人は劣等人間として扱われた。

 イギリス統治では、植民地の人々に対する教育は否定され、まったく行なわれなかった。日本は台湾と朝鮮に、それぞれ帝国大学をつくった。イギリスの植民地には、大学がひとつもなかった。いまでも、台湾、韓国では、帝国大学の延長である台湾大学とソウル大学が、最高教育機関となっている。

 
 韓国は反日教育によって、日本へ反発を強めている。私が韓国を取材していた頃は、みなが日本に憧れ、日本を師として韓国が発展することを望んでいた経営者は誰もが日本を手本にしていた

 サムスンの李健煕(イ・ゴンヒ)会長も、その一人だった。会長とは40年来の友人だ。会長とその父が、韓国財界を牽引してきた。二人とも早稲田大学出身だった。
 私が会った韓国政財界のトップは、全員が日本に憧れていた

 
 「慰安婦」問題は、完全なナンセンスだ。なぜ「慰安婦」問題がこれほど俎上に上るのか、理解できない。「邪悪な日本」というものを設定し、それを宣伝するプロパガンダになっている。

 韓国にはアメリカ軍を中心とする国連軍のための慰安婦が、大勢いる。日本男性のセックス・ツアーの相手をする女性たちは、外貨稼ぎのために、ホテルに自由に出入りできる身分証明書を、国が発行していた。


 韓国は力をつけている。しかし東アジアの大国は、何といっても、日本、中国、インドだ。韓国は日本とよい関係を結ばないかぎり、いくら背伸びしてみても及ばない。

 韓国人は劣等感を癒すために、日本を苛めて、快哉を叫んでいるが、劣等感はネガティブなものだから、やがてはマイナスに作用する。そのうちに、日本という大切な財産を活用できなくなるだろう。


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(感想・意見など)

 朝鮮総督には、寺内正毅、斎藤実、小磯国昭などのちに総理大臣になったような一流の人材を充てた。朝鮮名のまま陸軍中将にまでなった人もいた。日本は朝鮮王族を日本の華族に列し、日本の皇族との婚姻を進めた。韓国人で貴族院議員、衆議院議員になった人もいた。当時としては、かなり公正な社会だったはずである。

 イギリスなどは、植民地の王妃を兵の慰みものにしたりした。旧約聖書のモーゼの『民数記』31章には「男は子どもでも殺せ。男を知っている女も殺せ。ただ処女はお前たちの慰みに残していい」とある。収奪、収奪、収奪、これが欧米標準だった。その富で繁栄し、仲間うちの白人だけで「民主的な」社会を作った。それをひっくり返したのが日本である。

 李朝末期の朝鮮は、日本の奈良時代のようなものであった。道らしき道もなく、物々交換が主流を占める旧い社会。酷い差別社会で奴隷もいた(北朝鮮を見れば推測できる)。日本統治で8割以上の人々の生活は向上したはずである。極端な身分制を排し、多くの人が教育を受け、医療の恩恵にあずかり、人口を増やし、インフラを整備し、農業・工業生産額を飛躍的に伸ばし、生活を改善した。それまでの朝鮮はそのま逆であった。事実に立脚した正しい歴史認識を持ってもらいたい

 
以上


『韓国併合への道』(再)

 
 私の学生時代(50年近く前)は、ベトナム戦争が行われ、全共闘運動が盛んでもあり、学校、マスコミ、言論界などは左翼全盛時代であった。例えば、東京都、大阪府、京都府(ついでに言えばわが香川県も)など、横浜市(高松市も)などの首長は、朝日・岩波文化人や野党政治家であり、「革新自治体」と呼ばれた。今思えば、「言論の自由」はあるようで、なかった

 あるとき、自民党の国会議員が、「日本の朝鮮統治には良い面もあった」と発言しただけで、袋叩きにあった。そのニュースをみていた私の父は、「この人の言ってることは本当だ」といって、いくつかの例を挙げてくれた。

 呉 善花さんの『韓国併合への道』には、その時父の言っていたことが書かれている。当たり前の事実が言えるのに約半世紀の時間が必要であった。今でも、事実を述べるだけで、30年以上嘘の報道をしてきた新聞・テレビ・雑誌などから「ヘイト!」「人権無視!」と言われるが…。

 それから約20年、このところの隣国のゴネ、イチャモン、ユスリ、タカリ、ムシリなどの連発により、さすがにお人好しの日本人も6割以上の国民が分かってきたようである。いまだに、「善隣友好」「一衣帯水」「話せば分かる」と言って国民を騙し続けることができると思っている人たちがいるようであるが…。もう遠慮は必要ない。遠慮しているとお互いにいい方向に向かわないことは分かった。何事も「事実」から出発すべきである。


 呉 善花さんも、韓国の「反日教育」により日本に来た当座は「反日」であった。しかし、日本で暮らすうち、韓国で教えられたことが事実とは異なることに気付き、苦闘の末、「親日」に変わっていった。1988年に日本に帰化している。

 『韓国併合への道』が出版されて私はすぐに買って読んだ。その後何年かして、『韓国併合への道 完全版』が出版された。それも買って読んだ。2冊を読み比べたことはないが、後者は、前者を出版後様々な声、反響、指摘を踏まえているはずである。呉さんとしてもそれだけ力作、自信作ということになる。


 2012年9月15日のブログを再録します。


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 韓国併合への道 完全版(再)

「韓国併合への道」

 『韓国併合への道 完全版 呉 善花オ・ソンファ)さん (文春新書) 830円を読み直してみた。

『韓国併合への道』
 朝鮮の人口推移。

テレ朝「そもそも総研」がひど過ぎる
 私の本棚の一部。

テレ朝「そもそも総研」がひど過ぎる
 イザベラ・バードの『英国夫人の見た李朝末期 朝鮮紀行』と呉 善花さんの『韓国併合への道 完全版』の2冊は必読書





 (『韓国併合への道 完全版』の一部を抜粋してご紹介します


 李朝は次のような政治的伝統を持っていた。

①世界に類例を見ない硬直した文治官僚国家体制
②中華主義に基づく華夷秩序の世界観
③大国に頼ろうとする事大主義
④儒教国家を保守する衛生斥邪の思想


 
 アメリカの朝鮮史家グレゴリー・ヘンダーソンは、1860年前後の李朝の政治と社会に触れて、次のように述べている。
 
 「李朝はもはや経済的破産と崩壊の寸前であった。軍事力はほとんどなく、政権の分裂と内紛で行政は麻痺状態となり、慢性的百姓一揆の機運に脅かされていた」(『朝鮮の政治社会』)

 
 「政治的活気とか進歩、革命といわれるものは、朝鮮には存在しない。人民は無視され、彼らのいかなる意見も許されない。貴族たちは、いくつかの派閥に分かれ、互いに執拗な憎悪をぶつけ合っている。朝鮮における最近三世紀の期間は、ただ貴族層の血なまぐさい不毛の争いの単調な歴史にしかすぎなかった」(シャルル・ダレ『朝鮮事情』


 「深刻化して行く朝鮮の無力化に乗じて繰り広げられた、1884年から1904年に至る外国勢力によるシーソーゲームのなかで、改革を志す朝鮮人は、清朝中国はもっとも反動的であり、帝政ロシアの反動ぶりも似たりよったりで、米国は朝鮮に無関心で、韓国政府は無能であると感じていた。ひとり日本のみが、積極的に明治の改革を推進しており、彼らにおおいに訴えるところがあった。この時代の大部分の改革者は日本をあてにしたのであり、日本もまた全般的に彼らを支援したのであった」(ヘンダーソン『朝鮮の政治社会』


 近年では、(韓国の)教科書など国家公認の歴史認識は間違っていると批判し、実際の史料に即した研究成果を示す専門家が少数ながら出てくるようになっている。ソウル大学経済学科教授・李榮薫イ・ヨンフン)氏は、総督府の土地調査について次のように語っている。

 「1990年に、日帝の土地調査事業の共同研究に取り掛かった。全国を回って土地台帳など現資料を収集した。資料を見て、(韓国の)教科書とはあまりに違う内容にびっくりし驚いた。農民たちの未申告地をでたらめに奪ったという教科書の記述と違い、[総督府は]未申告地が発生しないように綿密な行政指導をしたし、土地詐欺を防止するための啓導・啓蒙を繰り返した農民たちも、自分の土地が測量されて地籍に上がるのを見て、喜んで積極的に協調した。あの時、私たちが持っていた植民地朝鮮のイメージが架空の創作物なのを悟った」

 「日帝の殖民統治資料を詳らかにのぞき見れば、朝鮮の永久併合が植民地統治の目的だったことが分かる。収奪・掠奪ではなく、日本本土と等しい制度と社会基盤を取り揃えた国に作って、永久編入しようとする野心的な支配計画を持っていた。近代的土地・財産制度などは、このための過程だった」(『韓国日報』2004年4月22日)



 朝鮮統治では、最後まで投資過剰の赤字経営が続けられた。朝鮮の財政赤字は総額17億6657万円(1911~41年)で、赤字分は本国(日本)からの交付金(年間約1200万円)・借入金・公債でまかなわれた。

 北部には大規模な工業地帯が築かれ、南部では資本主義的な商業が大きく発達し、米産は飛躍的な伸長を遂げた。開墾・干拓・灌漑などの大規模な土地改良、鉄道・道路・架橋・航路・港湾等の交通設備や電信・電話等の通信設備の敷設、近代工場や大規模水力発電所の建設などが全土に渡って展開された。

 植林が毎年行われ、1922年までに植林された苗木は総計約10億本にのぼった。併合当時に米の生産高は年1000万石だったが、40年には2200万石超と大幅に増産された。

 工業生産額は1927~1933年に3億円台、40年に18億円台超。工業成長率は1914年から27年に年平均5.3%、28~40年には年平均12.4%と急速な成長を続けた39年には重化学工業が軽工業を逆転している。

 一人当り生活物資の消費量も増大し、1920~30年代のGDPは年間平均4%ほど上昇した(当時の世界の諸国では高くて2%程度)。

 特筆すべきは人口が増えたこと併合時の朝鮮半島の人口は1312万名(1910年)だったが、1944年には2512万名と2倍近くにまで増加している。それほど経済力が成長したのである。


 総督府は、本土と同じ普通学校制を施行し、国立大学の設置(京城帝国大学、現在のソウル大学)、文学・芸術活動の活性化などの文化政策を推進した。

 併合時に100校ほどしかなかった四年制の普通学校(小学校に相当)は増加の一途をたどった。1943年に国民学校(六年制)は総計5960校を数えた。学校ではハングル・漢字・日本語教育を推し進めたので、朝鮮の識字率は1910年に6%程度だったのが1943年には22%へと上昇している。


 (日本の植民地経営は、欧米の植民地経営法とは全く異なるものであった。引用が長くなるので欧米の植民地経営については目次のみ並べる。「英仏蘭が行った一方的な領土宣言」「原料収奪をもっぱらとした西洋諸国」「植民地で行われた弾圧と虐殺」「教育を普及させなかった西洋列強」など)


 日本の敗戦によって、日本および日本人の私有財産・投資資金・工場設備やインフラなど、いっさいの在朝鮮財産は米軍が没収して韓国に委譲した。北朝鮮地域については、金日成らの勢力によって一方的に占有された。1899年制定のハーグ条約では、占領軍が占領地の私有財産を没収することはできないとされているが、日本はこの主張を1957年に取り下げている。例えば、イギリスはインドから引き揚げるに際して、在インド財産に対する対価をインド政府に支払わせている(これがグローバルスタンダード)。

 日本と韓国は戦争をしたわけではないので、日本に戦後賠償責任は生じない。しかし日韓は、日本による「補償」の観点から交渉を進め、1965年に日韓経済協力協定を締結して国交正常化をなしとげた

 歴代韓国政府は反日主義政策をとってきたために、一貫して日本からの経済援助の実態を国民に告知してこなかった韓国の経済成長に果たした日本の貢献度は、他国とは比較にならないほど高いものだったにもかかわらず、大多数の国民がそのことを知らされてこなかった


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(感想・意見など)

 引用しているときりがない。是非この本を読んで下さい。830円のお金と4時間の時間を投資して下さい。



以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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