天才も若い時は就活に苦労した

天才も若い時は就活に苦労した
 産経新聞17年11月17日 508億円!!
天才も若い時は就活に苦労した
 毎日新聞17年9月13日
天才も若い時は就活に苦労した
 (実業の日本社文庫) 750円
 気弱なマル暴刑事(デカ)・甘糟(あまかす)達夫が主人公の新シリーズ。今野 敏さんの作品には良質なエンターテインメントが多く、はずれが少ない。
 この種の警察ものはエンタメだけで読むのではない。警察の仕事の実態もある程度知ることができる(特に濱嘉之さん)。
 例えば、文科省幹部が、「恋活バー・ラブオンザビーチ」なる店に週に3・4回も通っていたという話を読んで、この人は真正の馬鹿ではないかと思った。女性は無料で、客の半数はプロの売春婦でセミプロ(アルバイト)も多いという。店は暴力団のフロント企業かそれに近いに違いない。当然、所轄の生活安全課か捜査4課もしくは組織犯罪対策部、あるいは公安部の監視下に置かれている。そこの常連客は当然マークされている。そんなことも知らず長年呑気に遊んでいるとはお粗末極まる。
天才も若い時は就活に苦労した
 高松中央図書館前のケヤキ。
天才も若い時は就活に苦労した
 青色が薄くなり花の大きさも半分くらいになっているが、11月も下旬になろうとしているのにまだまだ咲いている。





 天才も若い時は就活に苦労した


 最近、ちょっとしたことで数人の若い人と知り合いになった。学校を出て会社に就職したものの当初思っていたことと違って悩んでいる人が多い。3カ月足らずで辞めた人もいる。いつの時代も変わらない。あの人も悩んで悩んで天才になった。

 毎日新聞9月13日の「水説(すいせつ)」、論説委員の中村 秀明さんのコラムを抜粋してご紹介します。


.......... ..........


  「万能の天才」の素顔


 レオナルド・ダビンチは、今では「万能の天才」が代名詞だが、フッィレンツにいた30歳までは有名な工房の腕利き職人にすぎなかった。大きな作品は20歳すぎに描いた「受胎告知(じゅたいこくち)」くらいで、仕事の手が遅いこともあって完成までこぎつけた作品が少なかったようだ。

 引っ越し先のミラノで宮廷に雇ってもらうために書いた10項目の自薦の文書が残っていて興味深い。

 ・とても軽くて丈夫で移動可能な橋を造れます
 ・簡単に運搬でき散弾を飛ばす大砲を考えました
 ・攻撃されても平気な装甲付きの戦車を用意します
 
 この調子で九つは新兵器など戦争に関する分野だった。やっと10項目目に「平和な時には建築、土木、絵画も手がけます」と書いている。

 芸術家ではなく、すぐに役立つ技術者として必死に職を求める思いがにじむ。晩年の肖像画などから受ける超然とした印象はない。

 西洋美術史に詳しい池上英洋・東京造形大学教授は少年時代のレオナルドについて「私生児だったため、まともな教育を受けられなかった」と、「ダ・ヴィンチの遺言」(河出書房)で書いている。左ききを直されなかったのも、そのためと言われる。

 池上さんによると、彼が残した蔵書リストには、商人の子どもたちが習うそろばんの教科書や初級ラテン語の文法書も数冊含まれる。機械工学や解剖学など科学的知識を広げるうえでの基本が欠けているのを自覚し、大人になって必死に補おうとしていたとみている。素顔を知ると、「万能の天才」と」簡単に言ってしまうのはよくないと気づく。

 さきの10項目の自己PRの後、彼はミラノの宮廷に採用された。だが、「最後の晩餐」を手がけるのは、それから10年以上も後のことだ。そして「モナリザ」はさらに10年近くたった作品である。

 教育の機会に恵まれなかった人がこつこつ知識と技能を蓄え、機会をうかがい、年とともに開花させた。そんな遅咲きの人だったのだ。

 彼が残した類いまれな結果に驚嘆するだけにとどまらず、その過程にも目をやれば決して遠い存在ではないと思えてくる。


以上


ある医師の半生

ある医師の半生
 日経新聞17年10月22日
ある医師の半生
 四国新聞17年11月15日
 私の実感と全く同じなのでビックリしている。コンビニやマックなどで働く高齢者が増えている。先日、近所の73・4歳のおばあさんが、「辞めさせてくれと言うのに、『おってくれ、おってくれ』と言われて、辞めさせてくれんのよ」と言っていた。
ある医師の半生
 ある医療モール。ここは2棟からなっており、右側には6科+調剤薬局、左は2科+調剤薬局。ここに来るたびに商売は場所が大事だと思う。来客数は、恐らく右側の薬局の方が左より4~5倍多い。20㍍くらいしか離れていないのに微妙なものである。
ある医師の半生
 7-11新番町小学校前店。少し入り込んでいて分かりにくい。近くに小学校と高等学校がある住宅地。近くに適当な店がないためか、いつ見ても繁盛している。当初、繁盛するとは思えなかったが…。
ある医師の半生
 サークルK檀紙(だんし)店。2年足らずで閉店。当初から繁盛するとは思えなかったが、案の定。国道11号線に面している。奥、上は高速道路。商売は難しい。
ある医師の半生
 香川県立図書館・文書館。明日から12月4日までシステム変更のため休館。長すぎる!





 ある医師の半生


 恐らくほかの人もそうだと思うが、いろんな職業に興味がある。学生時代には意識的に20種類くらいのアルバイトをした。しかし、ちゃんと食っていくためには、例えば農業であれ漁業であれ、10年くらいは修行する必要がある。医者ともなれば、そんなものでは済まない。

 南木 佳士(なぎ・けいし)さんは、医師兼作家である。『ダイヤモンドダスト』で芥川賞を受賞している。日本経済新聞10月22日の文化欄に、南木さんのエッセイが載っていた。仕事に関する前半部分をご紹介します。


.......... ..........


  定年後の夕景


 夕方になると目がひどく疲れる。

 春に信州佐久の総合病院を定年退職し、非常勤医になったのだが常勤時の人間ドックの診察、肺がん検診の胸部X線写真読影に加えて、乳房X線撮影(マンモグラフィ)の画像を読む仕事が加わったからだ。

 若いころは呼吸器内科を担当しており、胸部X線写真の読みには慣れていた。肺がんの手術で摘出された肺葉の標本と術前のX線写真を詳細に見比べ、知識を確実なものにするべく務めたりもした。

 それが、芥川賞受賞の翌年、37歳でパニック症を発病し、やがてうつ病の泥沼にはまり、臨床の現場はもちろん、作家の表舞台からも降りざるをえない事態に陥った。

 末期がん患者さんの診療をおこないつつ文芸誌に小説を発表し続ける行為は、いまふり返れば、おのれの技術、体力の限界を無視して北アルプスの険悪な岩稜地帯に足を踏み入れ、根拠なき楽観にそそのかされて歩いていただけであり、滑落事故はあらかじめ予想されていた喜劇でしかなかったのだとわかる。

 病院の健康診断部門にまわしてもらい、なんとか生きのびた。山を歩いたりプールで泳いだり、それまでまったく無視してきたからだの手入れを始めてようやく元気になった。年間1万3千人以上の受診者を受け入れる人間ドック科責任者の立場で、40年勤続の定年退職を迎えられたのはまさに奇跡であった。

 しかし、その間、この身が担わねばならなかった責務を負い続けてくれた後輩、同僚の医師二人に進行の速いがんで先立たれた。心身のリハビリのつもりで細々と書いていた小説やエッセイを本にまとめてくれた女性編集者もがんで逝った。

 自裁の手段を考えない日はないほどに追いつめられ、周囲から、あいつはもうだめだ、とみなされることでかろうじて生きのびられた皮肉な存在である「わたし」を常に忘れない。

    ◎     ◎     ◎

 けれど、目は疲れる。
 
 定年を二年後に控えたある日、ふと思い立って独りで乳房X線写真読影の勉強を始めた。NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構が実施する二日間の講習会を受講し、読影試験に合格すれば認定医になれる。

 一年半かけ、三回目の試験で合格した。だれの助けも借りずに認定医になろうと意地を張っていたのだが、二回の不合格で実際の乳がん症例写真を多く読まねばだめだ、と気づき、はるか年下の乳腺外科部長に頭を下げ、乳がん患者さんの術前画像を読ませてもらう許可を得てようやく合格したのだった。みずから恃(たの)むところすこぶる厚く、失敗からしか学べぬ性格はどこまでも付きまとうらしい。

 定年直後の春から乳がん検診の一次読影に参加した。最終判定を下す二次読影は経験豊富な現役女性医師が担当する。

 様々なモニタが並ぶ読影室の片隅に厚いカーテンで照明をさえぎった区画がある。手元の字がようやく読める暗い環境で高輝度、高精細のマンモグラフィ専用モニタ画像を相手にマウスで拡大や画質調整の操作を施し、乳がんの微妙な変化を見逃さぬよう気を配る。

 目の疲労がつのってくると視野がぼやけてしまう。そうなる直前に切りあげ、ザックをしょって病院の裏口から帰る。齢を重ねるにつれ、疲れた状態での頑張り仕事はよい結果を生まないことがよく分かってきた。

 非常勤医になって給与が少なくなったぶん、自由時間は増えた。

 (後半は略)

........................................................................................................


(感想・意見など)

 ここのところIOT、AI時代になるとどうなるかを考えることが多い。X線写真読影などは、まさにAIの得意分野ではないかと思う。患者さんの術前画像とクラウドに蓄えられた何十万もの過去の症例(ビッグデータ)と瞬時に見比べることは、AIにとっては朝飯前のはず。しかも、学習してその精度はどんどん上がっていく。

 あと10年から15年もするとそうなるのではないか。私の母は92歳。近所に90代はごろごろいる。まさに「人生100年時代」。これからは80歳くらいまでは働くつもりで、変化に対応すべく、勉強し続けるしかない。


以上


ある起業家の半生

ある起業家の半生
 日経新聞17年7月12日「人間発見」
ある起業家の半生
 日経新聞17年7月13日
ある起業家の半生
 日経新聞17年7月14日
ある起業家の半生
 ローソン三条店。まさかここが閉店するとは思わなかった。
ある起業家の半生
 1と月もしないうちにとんから亭(とんかつ&からあげ屋)になっていたのにはビックリ。
ある起業家の半生
 白い百日紅。サルスベリは赤にかぎる。
ある起業家の半生
 鬼無町の赤いムクゲ?緑一色のなか、遠くから目立っていた。





 ある起業家の半生


 先日のブログ「ロボアドバイザー投資」のウェルスナビ社長・柴山 和久さんのの半生が興味深い。抜粋してご紹介します。


.......... ..........


 普通の人を楽にリッチに

 学園祭の模擬店 利益2倍に
 東大に入学 人生の空白期


 柴山さんは、幼少期を北海道(帯広)の大自然の中でのびのび育つが、首都圏(川崎市)に引っ越してからは一転、引きこもり、読書にあけくれた。

 小4で中国の古典「史記」に出会い、本紀(ほんぎ)、世家(せいか)、列伝と読破。

 中学は筑波大学付属駒場中学校(東京・世田谷)。自由な校風が水に合い、生徒会長も。高校の学園祭の模擬店では食券を共通化して行列を解消。利益がそれまでの2倍の150万円に。その金はプールされ、今でも同窓会費用の原資に。非効率なものが放置されていると気になって仕方がない性格。

 筑駒では同期160人のうち110人が東大に。東大時代は空白期のような日々。教授に「大蔵省に行くか、大学に残るかしなさい」と言われ、3週間ほど過去問に取り組み2000年に大蔵省入省。


 大蔵省入省 ハーバード留学
 茶道部で出会った米国人妻


 2000年に大蔵省(現財務省)に入り、銀行局、札幌国税局などを経て、米ハーバード大学に留学

 若手官僚はコピーや廊下トンビ。官僚の仕事は年次を重ねるごとに責任が大きくなり、面白くなる。ハーバード大学に留学するも授業にはついていけなかった。

 米国人の妻とはハーバードの茶道部で出会った。留学から財務省に戻ったが、彼女から年賀状が届いた。「就職前の空白期間を利用して、九州で英語講師をしている」。遠距離恋愛が始まった。

 やがて柴山さんは英国財務省に出向し、米国に戻った彼女との遠距離恋愛の舞台は、ロンドンとシカゴに。

 2004年の冬に結婚を決め、シカゴの彼女の実家へ。義父の行動に度肝を抜かれる。

 氷点下の裏庭で、義父から手渡されたのは、ずっしりした拳銃。「男は常に家族を守らなければならない」と。
 翌年の夏はライフル射撃の教室に通わされ、冬には狩猟デビュー。日の出前の午前6時から獲物の鹿を待ち続け、仕留めたのが午後2時すぎ。雪の中、8時間耐えた。

 英国財務省では主計局で保健省をみたり、主税局で国際法人税を担当。仕事は楽しかった。

 2008年に妻も一緒に帰国、財務省主税局に復帰


 日本の働き方 妻に通用せず
 官僚辞め仏の経営大学院に


 帰国し財務省主計局の課長補佐に。働き盛りで帰宅は連日深夜。当たり前と思っていたが、米国人の妻にはそんな日本の官僚の生活がまったく理解できなかった。

 英国財務省に出向していた時も、日本の財務省に戻ってからも、仕事は同じ予算作り。英国時代、勤務時間は10時から16時まで。それが帰国後は日付が変わっても帰ってこないし、泊まり勤務も珍しくない。妻は「あなたが大うそつきか、日本の財務省が狂っているか、どちらかだ」。

 例えば日英に共通した官僚の仕事に、国会での野党議員の質問対応がある。日英ともに議員は72時間前に質問内容を通告することになっている。英国では時間通りに通告があり、48時間前には官僚の手で答弁資料が作成され、24時間前には大臣に渡される。十分に吟味し、準備する時間があるから、議論は中身の濃い、見応えのあるものになる。

 日本では72時間前に質問内容を通告する野党議員は、まずいない。多くは前日の夜遅く。それから答弁資料を作成し、大臣に説明し、慌ただしく討議に入る。準備不足の大臣を立ち往生させ、失言を引き出すのが狙い。柴山さん自身も、非効率きわまりない仕事に、どこかむなしさを感じ始めていた。


 退職し、フランスの経営大学院インシアードに留学する。ここは授業の討論が厳しいことで有名。ハーバード時代、討論で悔しい思いをしたので、そのリベンジの気持も。

 授業は初めから激しい議論の場。頑張って、卒業する時、成績上位10%の優等表彰を受けた。卒業直前、同窓生たちは世界の一流企業にどんどん就職を決めた。柴山さんも帰国し、就職活動を始めたが、まさかの悲惨な日々。


 再就職で悟った自分の役割
 老後不安のない資産形成を


 財務省を退職してフランスの名門大学院を卒業、日本で再就職先を探すが、20社ほど立て続けに落ちた

 自分はこの世に必要とされない人間なのかと、頭を抱える日々。財務省退職時に1千万円あった貯金は、10万円を切るほど切迫。東大、財務省、仏インシアードという経歴がむしろ、敬遠された。

 面接は週に1、2度で、それ以外やることがない。朝、妻とスターバックスに行って、1杯のコーヒーを分け合って飲む。人生のどん底だった。


 3カ月後、米国のコンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーから声がかかり再就職できた。

 マッキンゼーでは、ニューヨークで機関投資家のリスク管理などを担当。そこで米国人の妻の両親から「機関投資家の運用をみているなら、私たちの資産もみてよ」と言われ、柴山さんの両親との資産の違いに驚く

 日本でも、妻の両親のような普通の人が、老後の不安を感じないような資産作りができないか。そう考えて2016年にウェルスナビを起業した。

 マッキンゼーを辞める時、ずいぶん慰留された。しかし、柴山さんがやろうとしているビジネスを説明すると、上司たちは「それはいい。ぜひやるべきだ」と快く送り出してくれた。

 米国では普通の人たちの資産作りは、上場投資信託(ETF)を使う。どのETFで運用するか。ウェルスナビでは、それをコンピューターが自動的に決める。人間の感情や思い込みなどを除くことでうまくいく。

 10年ほど前、日本とドイツは、個人金融資産の50%超を預金が占めていた。今、ドイツでは39%まで低下。日本もドイツ並みになれば、1800兆円の11%、200兆円の資金移動が見込める。


以上


韓国の田吾作

韓国の田吾作
 産経新聞17年7月1日
韓国の田吾作
 讀賣新聞17年8月21日
 朝日、毎日、NHK、テレ朝、TBSなど左巻きのメディアは相も変わらずオスプレイ叩きをやっている。確かに少し事故率は高い。しかし、朝鮮半島で一旦事が起これば、これぐらい役に立つ飛行機はない。2千㍍や3千㍍もの滑走路がなくても、校庭や高速道路でも離着陸できる。普通のヘリよりも速度は速く、空中給油もでき航続距離が長い。多くの人・物も積める。邦人保護などにも役立つことは間違いない。
韓国の田吾作
韓国の田吾作
 本津川の堰(せき)
韓国の田吾作
 庭の野生の白ユリは数日前にすべて枯れたが、ここ(耕作放棄地)ではまだまだ咲いている。高さ2㍍ほどもある。





 韓国の田吾作


 日本の国会は二院制であるが、韓国は一院制らしい。日本では衆・参議院の議長ともなると、議員歴は20年以上、周りの人たちも認める、それなりの良識を備えた人がなっている。

 日本でも、市町村議会の議長あたりで、まれに田吾作、与太郎、ハっあん、熊さんのような人を見かけることがある。ところが、韓国では、唯一の国会議長であっても、そのような人でもなれるらしい。コリアン気質丸出し。

 産経新聞7月1日の記事を抜粋してご紹介します。


.......... ..........


 韓国議長「迷言」連発
 「平昌五輪に日本人観光客少なければ、東京五輪に韓国人行かせない」


 韓国国会の丁世均(チョン・セギュン)議長が6月7日に来日し、8日に大島理森(ただもり)衆院議長らと会談した際に、2018年平昌(ピョンチャン)冬季五輪への日本人観光客訪問を求め「もし少なかったら2020年東京五輪には一人の韓国人も行かせない」と述べるなど、不規則発言を繰り返して現場を混乱させていたことが分かった。

 それによると、韓国与党「共に民主党」幹部でもある丁氏は会談冒頭から「昨年は今回のような招待がなかった」と日本側の対応に不満を漏らした。その上で韓国の経済状態がよくないことを指摘。
 「日本は景気がいいのだから、査証(ビザ)を簡素化して、韓国の若者を日本企業で引き受けてほしい」と要求した。

 また、北朝鮮情勢が影響し、訪韓する日本人観光客が減っていることを「よくない」と指摘。「平昌五輪に日本人観光客がたくさん来るよう努力してほしい。もし少なかったら、東京五輪には一人の韓国人も行かせない」と述べたという。

 さらに、歴史問題にも言及し、先の大戦で旧日本軍の兵士・軍属として終戦を迎え、いわゆる「BC級戦犯」とされた韓国人への戦後補償についても「ちゃんとやってほしい」と取り組みを求めた。

 韓国の文喜相(ムン・ヒサン)大統領特使が5月18日に安倍首相を表敬訪問した際には、首相が座った椅子が文氏の椅子より少し大きくデザインが異なっていた。これを気にした丁氏サイドが「首相と韓国議長の椅子を同じものにしてほしい」と要請してきたため、丁氏の表敬時には同型の椅子を用意した。

 安倍首相と丁氏が「同格」であると演出する狙いがあったとみられるが、外務省関係者は「韓国大使館から杉山晋輔事務次官にまで『椅子をなんとかしてほしい』との電話がかかってきた。理解不能な反応だった」と話している。


以上


自分の脚で立っている人

自分の脚で立っている人
 毎日新聞17年8月15日「人生相談」
自分の脚で立っている人
 庭の別の場所にも野生の白ユリが咲いた。
自分の脚で立っている人
 近所の道に鮮やかな青色の花が落ちていた。辺りを見回しても青色の花は見当たらない。頭上を見上げると青いアサガオが咲いていた。
自分の脚で立っている人
 マックのチラシ。実に美味しそう。
自分の脚で立っている人
 マック・東京ローストビーフバーガー。写真と大違い。これはまだマシ。最初の東京~は、バンズがぺちゃんこだったので「なんじゃこりゃ!」という感じだった。味はまずまず。単品440円。
自分の脚で立っている人
 マック大阪ビーフカツバーガー。大阪~はまだマシ。味はまずまず。単品390円。色々目先を変えないと飽きられるので戦略は分かる。





 自分の脚で立っている人


 先日のブログで漫画家の西原(さいばら)理恵子さん、東村(ひがしむら)アキコさんのものの見方を信用していると書いた。

 私は「人生相談」欄が好きである。自分の人生で経験できることはしれている。世の中には様々な人がいる。いろいろな事柄が起きる。「事実は小説より奇なり」。「人生相談」欄はほんの3分でさまざまなことを教えてくれる。

 回答者では、作家の出久根(でくね)達郎さん、ライターの最相(さいしょう)葉月さん(以上讀賣)、タレントの光浦靖子さん(毎日)、などが好きである。

 考えてみれば、皆さん自営業者である。自分の脚で立っている人、立たざるを得ない人である。私は会社や役所勤めを否定しない。自分自身を顧みても会社に勤めて良かったと思っている。歯車のひとつである。チームで動くことを経験するのは悪いことではない。組織に属していればそれなりに専門家がいて、聞けば教えてくれる。しかし、それに慣れ切ってしまえば、かたわになりかねない。自営業者はなんでもかんでも自分でせざるをえない。自分で考えざるを得ない。そうして生き残ってきた人たちである。割り切りがあり、味がある。

 (日経新聞の「私の履歴書」などもよく読むが、何人もの大企業の社長経験者が、ナンバー1(社長)とナンバー2以下(副社長や専務、常務など)では大違いだと書いている。ナンバー1は最終決裁者(ラストマン)であり、その責任の重さと重圧はナンバー2以下と比べ物にならないとのこと。小なりといえども自営業者も似た面がある)


 毎日新聞8月15日「人生相談」欄(回答者:光浦靖子さん)を抜粋してご紹介します。


.......... .......... ..........


 結婚で友人が減ってしまった


【質問】 私は未婚です。周りの友人はほとんど結婚してしまいました。それを機にどんどん友人が減っていってしまっています。結婚をきっかけに、友人が減るのは仕方がないことなのでしょうか?なんとも言えない孤独感が襲ってきます。こういうことは当たり前なのでしょうか?  (32歳・女性)

.......... ..........


【回答】 疎遠になるのは当たり前ですよ。だって独身と同じサイクルで動けないんですもん。結婚するって、自分1人のために時間を使えなくなることですからね。子供ができたら子ども中心の時間になるのは仕方ないです。それが嫌なら、あなたがそちらに合わせたら?子供と一緒に公園に行くとか、子供と一緒に入れる店にランチに行くとか。

 友人が減るって、それは違うんじゃないでしょうか。いつも会っていないと友人でないという考えは捨てたほうがいいですよ。 確かに時間が作る関係性もあります。時間が作った関係性は色々なものを共有して家族みたいになっているから、ちょっとやそっとじゃ壊れませんよ。会えないから孤独って、んなわけないでしょ!私は10年に1回しか会わないけど胸を張って友人と言える人大勢いますよ。

 独身なんだから、時間はあるんだから、どこにでも出かけられるじゃないですか。 新しい友人を作る機会は自分次第じゃないですか。人に任せ過ぎです。起きたい時に起きて、食べたいものを食べ、行きたいところに行く、そんな自由、今だけですよ。自由は自分で選べることです。選んだ以上責任はあります。おもしろいじゃないですか。


............................................................................................................


(感想・意見など)

 いよっ!男前!!


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

最新記事
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
リンク
カウンター