FC2ブログ

トリックスター「山本太郎」

トリックスター「山本太郎」

 私が「こいつはイカン」と思ったのは、2013年10月31日の秋の園遊会で、山本太郎参院議員が「原発事故の現状を訴えたかった」として天皇陛下に直接手紙を手渡したこと。天皇の政治利用にあたり、絶対にやってはいけないこと

「弱者」を政治利用して税金を食い物にする人々
 れいわ新選組の公約

 週刊新潮2019年8月8日号で評論家の大宅映子さんはこう言っている。

 「責任を伴わないので、消費税をやめましょうでも、社会保障は十分やります、という連立方程式としては成り立たないこともなんでも言えました。いまの若い人たちは単純だから、〝そうだ、その通りだ〟ってなるのでしょうが、そんなに世の中、単純じゃない

 「政治ってそんなに簡単な話ではありません。複雑な人間社会を理解したうえで、こちらを立てればあちらが立たないなかで考えた挙句、これは捨てなきゃいけないという苦渋の決断をし、これを選んでいこうというものをみなさんに提供するそれが政治でしょう」

トリックスター「山本太郎」
 週刊新潮2019年8月8日号
トリックスター「山本太郎」
 同上。

....................................................................................................

トリックスター「山本太郎」
 近くの神社の猫たち。車のバックミラーに映ったら立ち寄りたくなる。

トリックスター「山本太郎」
 お礼をしていると、次々と賽銭箱に乗ってくる。

トリックスター「山本太郎」
 子猫は5匹いたが、近ごろ黒2匹、灰色1匹が見当たらない。誰かに引き取られたのならいいのだが…。






 トリックスター「山本太郎」


 トリックスターとは「ペテン師」「いたずら者」の意。

 週刊新潮2019年8月8日号の特集からいくつかのトピックを抜粋してご紹介します。


.......... ............ ...........


■れいわの山本太郎代表の演説

 〈生活が苦しいのを、あなたのせいにされていませんか?努力が足りなかったからじゃないか?違いますよ。間違った自民党の経済政策のせいですよ。消費税は増税じゃない。腰が引けた野党のいう凍結でもない。減税、ゼロしかないじゃないですか〉

 〈あなたに何ができるんですか?あなたは世間の役に立ってるんですか?っていうような空気、社会に蔓延しているからです。だから、そんな社会を、政治を変えたいんです。生きててよかった。そう思える国にしたい〉



■「生きててよかった」と思える国をめざすにしては、山本代表は原発の風評被害に苦しむ福島の住民を、絶望に追いやったことはなかったか。例えば、2013年5月8日付のブログ

 〈君が学校で毎日食べる給食、安全かな?残念ながら、かなり食べ物に対して気を使わなければあなたの身体は被爆し続ける〉

 〈どうやって自分の身体を守るのか。東日本の食材を僕は食べない

 〈風評被害などではなく、完全な「実害」なんだ。食品のほんの一部をサンプリング検査して「安全だ」なんて完全にナメられてる〉


 福島県で農業を営む40代の女性は、いまなお怒りを隠さない。

 「私たちの野菜や果物からは、国の厳しい検査基準の数十分の1の汚染物質しか検出されなかったのに、山本さんは反原発運動を盛り上げるために、福島の野菜が毒物であるかのように喧伝しました。絶対忘れないし、絶対許しません」



山本代表の反原発運動を回想するのは、東工大先導原子力研究所特任教授の奈良林直氏。

 「特に印象に残っているのは、原子炉施設の安全総合評価の意見聴取会を妨害されたことです。毎回のように傍聴席に山本さんがいて、だんだんと〝許さない〟〝反省しろ〟などと怒鳴り散らすようになりました。原発反対派の委員が喋ると拍手をして、賛成派が喋ると罵倒する」

 「議論に支障をきたすようになって、7回目からは傍聴席がなくなり、経産相だった枝野幸男さんが、傍聴席からの妨害を許したことを深々と謝る事態にまでなりました。ところが、傍聴席がなくなったことに抗議して、山本さんを先頭に反対派が乱入してきたんです。完全性についての議論を妨害するなどマトモではないと思いました」

 「非常に過激なところがあるのが、山本という人物の実態。仮に政権をとったら、ヒトラーやムッソリーニのようになりかねません



■同じ年(2013年?)、本誌(週刊新潮)が女性への乱暴と隠し子の誕生を報じる際は、記者を見るなり逃げ出した。〝攻、走〟は得意でも、意外と〝守〟は苦手らしい。


.............................................................................................................................


(感想・意見など)

 こんなトリックスターに騙されてはならない!



以上


母は強し。

  母は強し。

母は強し。
 讀賣新聞2019年1月12日

 母になりみなぎるパワー
             安藤サクラ

 「2017年6月に長女を出産した。母親になったら、子育てに専念しなければいけないと考えていた」

 『子どもが成人するまで、毎日、夕ご飯を作る。そんなお母さんになりたいと』

 「そんな母親の一面は、絶賛された映画『万引き家族』(是枝裕和監督)の演技にも表れた。訳あり一家の母親役を演じたのは、出産から約半年後のことだった。『本能的にあふれる母性と母乳に戸惑いながらの撮影でした』と振り返る。作中で見せた母性は、演技というよりも、自然と醸し出されたものだという」

 「昨年5月から撮影している『まんぷく』では、母親になった自分が変わったことをさらに感じている

 『演じる体力も含めて、すべてにおいてパワーがみなぎるようになりました出産前とは違う感覚なので、自分でも驚いています

 「現在、大坂で1歳の長女と2人暮らし。『まんぷく』を制作する大阪放送局には娘を連れて通っている。…共演者、スタッフ、局の職員が長女の遊び相手にもなってくれる。『みんなに育ててもらっています』と笑う。〝大阪の家族〟に支えられて、ヒロイン役と育児の両立ができているようだ」

母は強し。
 AERA2019年4月22日号 (元は恐らくカラー) 水野美紀さん(女優)×バカリズム

バカリ お子さん産まれて何か変わりました?

水野 仕事より大事なことなんて想像つかなかったけれど、子どもが一番になりました人生の主役が、自分から子どもに入れ替わった感じ。産んでみて思ったんですけど、子どもができる前に想像してたことは全部ムダだったなってくらい、全てが変わっちゃうんです

バカリ 産む前の思考がなくなるってことですか?

水野 そう。記憶が更新されるんです。なんなら、産む前の記憶が全部薄れるくらい

......................................................................................................

母は強し。
 日経新聞2019年5月14日

 瀬戸内国際芸術祭には前年比1.7倍のお客様が見えている。

母は強し。
 ニューヨークタイムズに載ったこの写真は、恐らく香川県三豊市の紫雲出山(しうでやま)から瀬戸内海を見たもの。

・ニューヨークタイムズでは「2019年に行くべき52か所の第7位」に〝瀬戸内の島々〟が選ばれた。
・英・ナショナルジオグラフィック・トラベルでは第1位。
 その他にも多数あり、いま世界的にも〝Setouchi Islands〟が注目されている。

母は強し。
 今野 敏(こんの・びん)さん (講談社文庫) ★★★★★ 886円

 また、連続でやっちまったぜぃ(もう若くないんだから)。


以上


燕雀(えんじゃく)安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を…

燕雀(えんじゃく)安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を…
 産経新聞2018年12月16日
燕雀(えんじゃく)安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を…
 和歌山県田辺市神島(かしま)

.....................................................................................................

燕雀(えんじゃく)安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を…
  昨日の本津川東岸の桜。満開。今日は桜散らしの雨となった。
燕雀(えんじゃく)安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を…
 昨日の本津川中洲の亀たち。天気が良かったので沢山の亀たちが甲羅干しをしていた。
燕雀(えんじゃく)安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を…






 
 燕雀(えんじゃく)安(いず)くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を…


 かねてから南方熊楠(みなかた・くまぐす)に興味をもっている。
 落ち着いたら、伊勢神宮や熊野古道、南方熊楠記念館などに行ってみたいと思っている。南方熊楠記念館は当然田辺市にあると思っていたが、どうやら違うらしい

 現在、「地域おこし」やら「地方創生」やらで、何か有力なネタはないか地方は必死で探している。それを当時の田辺市長は愚かにも袖にした。


 熊楠は1929(昭和4)年、和歌山県神島(かしま)に昭和天皇行幸の際、神島の林中を案内、長門(ながと)の艦上で粘菌や海中生物についてご進講した。その際、キャラメルの箱に入れた粘菌の標本を献上している。

 昭和天皇は、この時のことが相当印象深かったらしく、1962(昭和37)年30数年ぶりに南紀行幸啓の際、
 「雨にけふる神島を見て、紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ」と詠まれた。


 産経新聞2018年12月16日に南方熊楠のことが載っていた。抜粋してご紹介します。


.......... ........... ..........


 南方熊楠 死後、記念館と顕彰館に分散
 「知の巨人」 奇行や偉業の評価色濃く


 世界的な博物学者で、生物学や民俗学でも重要な役割を果たした和歌山県出身の「知の巨人」、南方熊楠(みながた・くまぐす)(1867~1941年)が残した膨大な資料の保管先は死後、同じ県内の「南方熊楠記念館」(白浜町)「南方熊楠顕彰館」(田辺市)に分かれた。

 地元住民の間でも、今なお「田辺の一級品の資料が白浜に奪われた」などの誤解が根強いが、分散した経緯には、熊楠らしい〝奇行〟や先駆的研究に対する評価が色濃く反映している。  (井上亨さん)


 生態学の先駆者

 生物学者としては粘菌の研究で知られ、現在では生態学(エコロジー)の先駆者として注目される熊楠は、子供の頃から人並外れた記憶力を発揮。英語やフランス語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語、スペイン語などを使いこなしたとされ、分野にとらわれない研究成果を膨大な論文やノート、日記の形で残した。

 そんな知の巨人が昭和16(1941)年に死去すると、妻の松枝と長女の文枝、文枝の夫の岡本清造(日大経済学部教授)は、書庫に残された書籍や資料、標本の整理を始めた。

 膨大な数に驚いた岡本は「この人はすごい。もっと世間に知ってほしい」と思い、当時の田辺市長に資料館の建設を陳情した。

 しかし熊楠の業績は当時広く知られておらず、数々の〝奇行〟ばかりが目立っていたため、市長も「何でこんな変人を顕彰しなければならないのか」と建設を拒んだとされる。

 結局、岡本は自分たちで資料館の建設決め、寄付運動を始めた。この呼び掛けに白浜の住民らが賛同。土地を提供するなどして現在の南方熊楠記念館が昭和40(1965)年に開館した。

 今も館内に保管される数多くの資料や標本、愛用品などは、文枝と岡本が寄贈したものだ。


 業績を再評価

 熊楠は死後、時間の経過とともに、国内外の知識人から「知の巨人」として見直され熊楠邸が残る田辺市でも業績を再評価する機運が高まりをみせた。

 邸宅保存を目的に昭和62(1987)年、田辺市で南方熊楠顕彰会の前身組織が発足、平成元(1989)年に熊楠を顕彰する基金が設立された。平成12(2000)年に文枝が亡くなると、熊楠邸にあった蔵書、遺品、標本などは市に寄贈された。

その保管先として資料館の建設計画が一気に進展。市は、すでに購入していた熊楠邸の隣地を利用して平成18(2006)年、「南方熊楠顕彰館」を開館する。


 両館ですみ分け

 それでも田辺市に建設されたことで、結果的にみれば、熊楠に関連する施設は白浜町と分散される形になった。

 ただ、両館では一応の〝すみ分け〟もできている

 白浜町側は主として実物の資料を展示田辺市側は熊楠の資料を活用した研究に重点を置いている。

 そのため田辺市側は、研究目的で事前に申し込みがあれば資料を閲覧できるが、実物の一般公開はしていない。谷脇幹雄館長は「熊楠に関する入口の部分は記念館で、それ以上を知りたい人は顕彰館に」と紹介する。

 さらに、熊楠の一級の資料を白浜に「奪われた」とする地元にも今なお根強い〝誤解〟の解消に向けて、「(両館)建設の経緯を知っていただきたい」と話し、来館を呼びかけている。


.........................................................................................................................


(感想・意見など)

 当時の田辺市長が愚かであったとしか言えない。現在の田辺市の人口は7万人余。白浜町は2万人。田辺市民が白浜に「奪われた」と考えるのは勘違いもはなはだしい。逆恨み。田辺市にチャンスは十分にあった。白浜町民が賢明であっただけ(私も熊楠の貴重な資料・遺品などが散逸しなかったことに感謝する)。

 南方熊楠が(異端ではあるが)世界的な学者であることは50年前の私ですら知っていた。当時の田辺市長が知らなかったのであれば、和歌山大学ほかの教授など5・6人にでも問い合わせれば、その偉大さは分かったはずである。

 誰でも暗い分野はある。それを率直に認めて、その分野に詳しいひと何人かに(1人は危険)聞けばいい。枝葉(この場合は熊楠の風変わりな行動や風評)にこだわらず、太い幹の部分(本質)をみることである。


以上

 

岩波書店・安江良介元社長

ヘル(地獄)コリア
 北朝鮮の金日成(右)と安江良介(左)。

 安江良介岩波書店「世界」編集長美濃部東京都知事の特別秘書として朝鮮学校を各種学校として認可。のち岩波書店社長金日成を崇拝し5回訪朝T・K生(池明観氏)に、「世界」誌に15年間にわたり「韓国からの通信」として嘘を書かせ続けた

ヘル(地獄)コリア
 「韓国からの通信」 岩波新書
ヘル(地獄)コリア
 朝日新聞15年8月11日「ひと」欄

 TK生こと池明観(チョン・ドゥフアン)さん 「あれ(「韓国からの通信」)は闘いの書事実を誇張し、民主化勢力を美化し過すぎた。後輩が研究し批判するなら、喜んで受け入れる」
 
 池明観(TK生)さんは、別の場面で、安江編集長からこのように書いてくださいと指示されたと言っている。15年間の最後のほうでは池さんは安江から逃げていたらしい。

岩波書店・安江良介元社長
 産経新聞18年11月17日
岩波書店・安江良介元社長
 産経新聞18年11月6日

 朝鮮学校は北系の朝鮮総連に支配されている。北朝鮮の独裁者を礼賛する教育内容や、卒業生や朝鮮総連がいろいろな犯罪に関わっている恐れが強いことなどから、朝鮮学校への補助金を見直す自治体が相次いでいる






  岩波書店・安江良介元社長


 産経新聞2018年11月17日の「海峡を越えて」第45回で、岩波書店・安江良介元社長に関する記事が出ていた。抜粋してご紹介します。


.......... .......... ..........


 「発行者」は朝大認可の仕掛人
 朝鮮人強制連行載せた「広辞苑」


■朴慶植も吉田証言引用

 朝鮮人強制連行という言葉を拡散させた朝鮮人強制連行の記録(昭和40年)の著者、朴慶植(パク・キョンシク:1922~98年)は、「作り話」と知ってか知らずか、講演などで吉田清治の話をたびたび引用している。
 《暴力的な連行の例をあげます…吉田清治という人が…『朝鮮人慰安婦と日本人』という本を出した。……》

 朴慶植の追悼号として出された「在日朝鮮人史研究」10年10月号に掲載された『戦時下の日本人が報じた朝鮮人強制連行の視察記』を見てみたい。昭和19(1944)年に京城帝大教授が書いた「近畿の工場に敢闘する半島産業戦士達を訪ねて」という文をそこに引用しているのだが、原文の内容は『強制連行』のタイトルとは程遠い。

 原文の要旨は①労務動員計画(昭和14年~)によって集団で朝鮮から渡ってきた若者は総じて熱心で評判がいい②月給は最高180円、送金は同800円と好成績③移動率が高いのはブローカーらに欺(あざむ)かれて自由労務市場に誘惑される者が多いため④反面、自由契約の労務者は食うに困って渡ってきた、いわゆる失業移民で評判もよくない―。

 むしろ、純朴で故郷の家族に多額の送金を行い、職場からも重宝されている若者たちの姿は、日本の高度成長期の「集団就職者」に似ている。


 ■政治問題化に便乗

 日本叩き〟のツールとして利用された「朝鮮人強制連行」や「従軍慰安婦」などの言葉は、政治・外交問題化が顕著になった1980年代から90年代にかけて教科書や辞典にも順次、掲載されてゆく

 日本を代表する辞典広辞苑(こうじえん)』(岩波書店)に「朝鮮人強制連行」の項目が登場したのは、平成3(1991)年発行の第4版から
 《日中戦争・太平洋戦争期に百万人を超える朝鮮人を内地・樺太(サハリン)・沖縄などに強制的に連行し、労務者や軍夫として強制就労させたこと。女性の一部は従軍慰安婦とされた》とある

 この内容は、朴らの主張に近い従軍慰安婦」と関連づけているのは、朝日新聞報道などによって政治・外交問題化したことに〝乗ったのだろう。

 4版の発行者として、「植民地支配の精算」を求め、日本政府の姿勢を厳しく非難してきた、安江良介(やすえ・りょうすけ:1935~98年)の名前があるのは偶然だろうか。

 同社の総合雑誌『世界』の編集長を16年にわたって務めた安江は、北朝鮮の金日成(キム・イルソン:首相、国家主席)や韓国の金大中(キム・デジュン:後に大統領)らと近く、進歩的文化人とよばれた「左派人士」を代表するジャーナリスト・編集者この前年(平成2年)には、岩波書店社長に就任している。


 ■まるで北の代弁者

 安江の主張や行動は、相当「北」に偏っていたと言わざるを得ない。

 昭和42年、美濃部亮吉(みのべ・りょうきち:1904~84年、東京都知事通算3期)による初の革新都政が誕生した際、安江は、ブレーンとして知事特別秘書に就任

 美濃部が就任早々に手がけた朝鮮大学校(東京都小平市)の各種学校認可問題」も、安江の〝耳打ち〟がきっかけだったことを美濃部自身が書き残している。

 《朝鮮大学校を各種学校として認可するかどうかの問題が、(前任の)東(あずま)知事の時からタナざらしになったままであることを、特別秘書の安江良介君から知らされた。……》

 美濃部は、政府・自民党の反対を押し切って翌昭和43年、朝大の認可に踏み切る。朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)幹部や朝鮮学校教員などを養成する朝大は、これによって固定資産税の免除などの恩恵にあずかることができた。

 昭和46年に、都知事として初めて訪朝した美濃部は、金日成(当時・北朝鮮首相)と2度も面会。資本主義に対する「社会主義の勝利」をブチ上げるとともに、朝大認可に対して、金日成から、ねぎらいの言葉をかけられている。

 安江自身も度々訪朝。昭和60年、4度目に訪れたときは、金日成(当時・国家主席)との「解放四十年を迎えて」と題した会見記録を『世界』(同年8月号)に掲載安江による「まえがき」にこうあった。

 《…日本政府は、四十年経ながらなお植民地支配の清算をせず、そのことを具体的課題として掲げていない。それのみか、韓国の軍事政権との一体化を進め、北朝鮮に対する敵対的関係を強めているのが現状である》。まるで、北朝鮮の代弁者のようではないか。


 『広辞苑』は2018年1月、10年ぶりの改訂、第7版が発行された。

 朝鮮人強制連行」の記述はわずかに、人数が「労務者だけで約70万人」にそれ以前は「百万人を超える」)、「従軍慰安婦」の項目は7版でも残されたままだ。

 韓国・北朝鮮などに政治利用されかねない記述は、そろそろ削除されたらどうか。

 =敬称略

 (文化部編集委員 喜多由浩さん)


...................................................................................................................


 (感想・意見など)

 それにしても、朝日新聞の動き≒岩波書店の動きにはいつも感心させられる。
 誰だったか、朝日の元記者が書いていたが、朝日の社内に「共産党の細胞の会」のようなものがあったらしい。
 岩波書店も同様かもしれない。どちらも指令は日本共産党から出ている?

 学生時代に1年半大学の寮(民青員が多かった)に入っていたこともあるが、時代ということもあるのか、周りにこの種(左系)の人(教授・学生など)が多かった。

 ほとんど毎日、大学生協の書店(および学食)に顔を出していたが、4年間ずっと書棚の一定の場所(ゴールデンゾーン:目の高さ)に朴慶植さんの『朝鮮人強制連行の記録』があったと記憶している。大学生協の書店には、一般書店にはあまり置いていない岩波書店、新日本出版社、大月書店、汐文社(ちょうぶんしゃ)などの左翼系出版物が多かった


 『広辞苑』第7版の「朝鮮人強制連行」約70万人は大嘘である。

 私の亡くなった父は広島の呉時代が長かった。呉には海軍工廠があったのでいろいろな仕事があり、周りには仕事を求めて半島からやって来た朝鮮人が多かったと言っていた。

 前にも書いたが、劇作家のつかこうへいは韓国籍であったが、「父は連行されて日本に来たようなことを言っていたが、どうせ半島で食い詰めてやって来たに違いない」と書いていた。自分から仕事を求めて来たのに「連行されて来た」という言うコリアンは多かったらしい。本当に強制連行されてきたコリアンは数百人程度である。


以上


カルロス・ゴーンは下司(げす)である

カルロス・ゴーンは下司(げす)である
 カルロス・ゴーン氏
カルロス・ゴーンは下司(げす)である
 朝日新聞18年12月22日
 「特別背任容疑」が本命でしょう。半世紀以上の「日産ウオッチャー」である私から言わせると、これまでも書いてきたように、ゴーン氏はカリスマでも何でもない。それでも初期5年間の功績は認める。あとは、私利私欲のかたまり下司(*)!!

カルロス・ゴーンは下司(げす)である
 毎日新聞18年12月20日

 資金操作 「もう耐えられない」

 「もう耐えられない」
 マレー系英国人で英国人弁護士資格を持つ専務執行役員は今年5月、日本人幹部にそう打ち明けた。幹部が「全部話してくれ」と問い返すと、「……会長の資金操作があまりにもひどい」

 一旦重い口を開くと、そこからは日産自動車の前会長、カルロス・ゴーン容疑者(64)の巨額な報酬隠しや私的流用、自らの関与を告白し始めた。この告白が、半年後、ゴーン前会長の逮捕につながることになった。

カルロス・ゴーンは下司(げす)である
 毎日新聞18年12月20日

 グレッグ・ケリー前代表取締役にしても、日本にはほとんど不在で、日産の役員でも彼がどこで何をしているのか知らなかったという。その部下のマレー系英国人の専務執行役員は、「社内から『こんなに出世するとは思いもしなかった』と陰口をたたかれるほど重用されたのも、前代表取締役のグレッグ・ケリー容疑者(62)とともに不正に関与してきたからだとみられる」。

 これは私の推測であるが、ゴーングレッグ・ケリー容疑者は頭のてっぺんから足の爪先までの悪党である。その部下の専務執行役員秘書室幹部は巻き込まれたものと思われる。良心的な人でも、徐々に徐々に巻き込まれて気づくと足抜けできなくなっているから注意が必要。このような悪党の部下になった人は気の毒である。上司は選べない。

 降格あるいは退職を強要される覚悟で今の仕事を外れるか、このマレー系英国人専務のように告発するか、アメリカのマティス国防長官のように辞表を叩きつけるしかない(現にゴーン氏に異を唱えた人たちは飛ばされたらしい)。それでも、北朝鮮のように高射機関砲で射殺され、死体を火炎放射器で焼かれるようなことはない。

 ケリー容疑者、マレー系英国人専務、秘書室幹部、その他ゴーン氏の私利私欲のために働いてきた人たちの人件費も日産持ちである。幹部なので年間数億円は超える。完全に会社を食い物にしている。ゴーン氏の罪は深い

カルロス・ゴーンは下司(げす)である
 週刊朝日18年12月28日号は「猫特集」。
 表紙が「猫」とか「ジャニーズ」とかだと雑誌がよく売れるらしい。この「ベーコン」は可愛いが、中身で勝負してほしい。

 編集部の要望にもかかわらず、田原総一朗さんが蹴飛ばしたのは痛快!みんながみんなひれ伏す姿はゾツとする。




 カルロス・ゴーンは下司(げす)である


 私がブログを始めた動機のひとつは、日本の司法制度や公務員制度に対する怒りがあった。

 初期のブログを見てもらえばそれが分かる。例えば、2011年3月3日のブログは「裁判がおかしい!!」、同3月4日は「司法がおかしい!!」。2010年10月30日は「高知白バイ事件」である。最近では2018年12月1日の「弁護士を信用するな!」がある(公務員制度については2011年2月11日「鹿児島県阿久根市(あくねし)問題から」が嚆矢(こうし))。

 法学は学生時代に少しかじった程度だが、普通の人と比べて、日本の司法に対して厳しい見方をしているといえると思う。

 それでも、元検事で、弁護士の郷原信郎(ごうはら・のぶお)さんのような見方には与(くみ)しない。

 元讀賣新聞経済部記者、元中央公論新社社長、元讀賣大阪本社社長の中村 仁(ひとし)さんの見方が素直に一番しっくりくる。

 私は今でも日本の司法には批判的であるが、それはそれとして、巨悪は眠らせるべきではない。パリ、オランダ、ブラジル、レバノン、アメリカ、サウジアラビアなど多国籍に渡る今回のようなケースは、グローバル時代の試金石である。大変ではあろうが、検察には頑張ってもらいたい。


 中村仁さんのブログをそのまま転載いたします。


.......... ..........


 問うべきはゴーンの経営モラルの全体像
  2018年12月22日 06:00 中村 仁
.

 虚偽記載から特別背任罪

 日産自動車の前会長のゴーン被告が「保釈へ」の寸前、一転して特別背任の疑いで再逮捕という急展開を見せました。メディアに登場して、「虚偽記載という形式犯では、有罪に持ち込むのは無理」、「東京地裁の拘留延長の却下もその流れか」と強調していた論者たちは、どんな心境でしょうか。

 事件の核心は、一貫してゴーンの経営モラルの欠如のはずなのに、「虚偽記載の違法性は低い」とみた論者が多かったのか、地検特捜部の捜査手法が批判されたり、西川社長がゴーンに抵抗しなかった責任を問う声や、ルノー対日産の企業対決のほうがクローズアップされたりしてきました。


 事件に核心に迫れる特別背任

 虚偽記載の違法性の有無よりも、ビッグビジネスのトップとしての経営モラルのなさこそ問題にされるべきだと、私は思ってきました。私的な損失を日産につけかえて損害を与えた「会社法違反(特別背任)の疑いで再逮捕」のほうが罪は重く、ゴーン事件の核心に迫れるはずです。他にも簿外の子会社を使った高級住宅の購入会社経費の私的流用も問われ、全体像が明らかにされていくでしょう。

 不思議なことに、「日産の利益全体からみると、虚偽記載された報酬額、不正流用された資金や経費は大した金額ではなく、違法性を問うのは難しい」と、ゴーンを擁護するようなコメントが弁護士や検察OBから次々に流されました。「日産を救った恩人であるのに、微罪で逮捕するのか」と、ピント外れの指摘も聞かされてきました。

 西川広史社長に対し、「ゴーンにきちんと意見を申さず、言いなりになってきたことには重大な責任がある」との批判も聞かれます。会社を私物化し、独裁的な人事権を持ち、社外から英雄視されているカリスマ的な経営者に直言したどうなるか。左遷され、もっと服従する人物が起用されるばかりか、独裁的会長は証拠隠滅に手を染めたことでしょう。


 第三者委員会では限界

 会社に第三者委員会を作って真相解明に乗り出そうとしても、握りつぶされていたに違いない。司法取引で検察を中に引き込まなければ、事件の解明は無理だったでしょう。あくまでも事件の主役はゴーンであり、西川社長らはわき役もいいところでしょう。

 特別背任容疑は、08年のリーマンショック(国際金融危機、株価暴落)で受けた18億円の個人的な損失を日産に移し替えようとして、日産に損害を与えたこととされます。ゴーンによる不透明な会計操作(虚偽記載)の発端は、ひょっとしてリーマンショックであるかもしれません。後払いで受け取るはずの91億円の報酬も、取締役会の正式な手順を踏まず隠したことで、もらい損ねる可能性が高い。

 リーマンショック時の損失補填も問題でも、不思議な言説が飛び交いました。「時効(7年)になっているから事件化できまい」、「08年の円高(1㌦=87円)はその後の円安(最近は110円程度)で逆に為替差益が出て、損失は消えているはず」などです。事実関係は今後の捜査で解明されるでしょう。

 私が最も重視するのは、ゴーンの経営モラルのなさです。これまで伝えられた情報の多くが事実とすれば、日仏連合の世界的な自動車メーカーのトップにまで登りつめた成功者が法の精神を無視した振る舞いを続けた。前代未聞です。

 「社外取締役が機能しなかったゴーンに異を唱える人物もいなかった。ただし、会社全体で不正に走った東芝と違い、個人が私利私欲で暴走したケースだ」とみる小林喜光・経済同友会代表幹事の指摘は正しいと思います。

........................................................................................................

(*)
 現在言われているのが、私的な投資で生じた損失を日産に付け替えて損害を与えた、日産との間で退任後に役員報酬を受け取るという文書を交わしていた(役員報酬の虚偽記載…金商法違反容疑)、会社の金で世界各地に高級住宅を購入させた、業務実態のない姉に年約10万ドルの支出をしていた、会社の金で娘が通う海外の大学へ寄付した、ベルサイユ宮殿での結婚式(再婚)などの費用を会社に出させた、などなどやりたい放題。

 また、それらを覆い隠すために、ケリー前代表取締役、その部下のマレー系英国人の専務執行役員、秘書室幹部などを昇進させ、私利私欲目的の為に利用した、などが挙げられる。


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

最新記事
カレンダー
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
リンク
カウンター