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『中国人の善と悪はなぜ逆さまか』★★★★★

『中国人の善と悪はなぜ逆さまか』★★★★★
 石平(せき・へい)さん(産経新聞出版) 1404円
『中国人の善と悪はなぜ逆さまか』★★★★★
 産経新聞2019年1月13日
『中国人の善と悪はなぜ逆さまか』★★★★★
 朝日新聞2019年5月16日

 「中国南部・毎南島で、裁判官の女性(54)が200億元(3200億円)超の資産を家族とともに保有している疑惑が浮上し、司法当局が調査開始を決めた」。32億円ではない。3200億円!!!

『中国人の善と悪はなぜ逆さまか』★★★★★
 『困った隣人韓国の急所』の帯。韓国歴代大統領はすべて不幸な結末を迎えている
 コリアンは中国よりもひどい。朴槿恵(パク・クネ)前大統領は懲役24年、罰金18億円とか。

日本は朝鮮統治で間違いを犯した

藤井 日本には天皇を中心とした「パブリック」の秩序があります。アメリカも、キリスト教的価値観を中心に「パブリック」が存在する。共和制の古代ローマにも「パブリック」はある。

古田 藤井さんのおっしゃるパブリック」は「みんなのためになんかする」ということだと思いますが、そういうものはシナやコリアには全くありません

藤井 ヨーロッパや日本は封建制度、分権自治の時代があって、近代になりました。チャイナや朝鮮は、封建制度、分権自治がないから、当然、近代的な自由もないし、法治主義もない

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『中国人の善と悪はなぜ逆さまか』★★★★★
 庭の牡丹。何の世話もしないのに今年も全く同じ日に咲いてくれた。





 『中国人の善と悪はなぜ逆さまか』★★★★★


 この本は、中国や朝鮮を理解するための必読書ではないかと思う。彼らの思考は日本人(や欧米人)とはまるで違う。顔が似ているし、同文同種だからなどと思ってつき合っていると痛い目に遭う。彼らと日本人の思考は全く逆

 産経新聞2019年1月13日に『中国人の善と悪はなぜ逆さまか』著者の石平さんに対するインタビュー記事が載っていた。ご紹介します。

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「内輪のみが大事」という伝統


 「中国共産党の要人の不正蓄財はけた違い。日本では総理の犯罪でも5億程度。中国なら村長クラスでももっと〝稼ぐ〟。しかも一族の間では『悪』ではなく『善』なのです」

 習近平国家主席が主導する腐敗撲滅キャンペーンで2015年、汚職によって無期懲役の判決が下された周永康・元共産党政治局常務委員と周辺がため込んだ不正蓄財の額は約1兆5千億円なぜその行為が「善」なのか?

 「中国社会は『宗族(そうぞく)という父系の血縁集団を昔から大事にしてきました。一族から優秀な人間を科挙(高級官吏登用試験)に合格させるために物心両面で応援し、偉くなれば今度は不正もいとわず一族の面倒を見る。宗族こそが重要なのであって国家や公(おおやけ)といった概念はありません

 物心両面で応援するための一族の財産が「義田(ぎでん)、教育機関が「義塾」、宗族間の争いは「械闘(かいとう)と呼ばれた。出世した人間が一族に利益や権益をもたらさなければリーダー失格とみなされ、「悪」となる

 小中華の韓国歴代大統領が自身や一族の犯罪に手を染めるのも同じ論理であろう。

 宗族は、共産主義になっても生き残る。毛沢東は、宗族を潰すべく、荒っぽい農村改革に乗り出すが、社会が機能しなくなり、結局「人民公社」が宗族に代わっただけだった。

 「圏子(チェンズ)」と呼ばれる利益共有集団が構成され〝一族や内輪の繁栄のみが大事〟という伝統は脈々と続く

 習主席のキャンペーンも実は宗族同士の権力争い(械闘)に他ならない。つまり、宗族の原理が共産党政権を支配したのである。

 「日本人と中国人の顔は似ているが、思考はまるで違う。外交でもビジネスでも、それを理解した上で対応しないと痛い目を見続けることになります」  (喜多由浩さん)


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(感想・意見など)

 5月18日毎日新聞外信部長・澤田克己名で「なぜ嫌韓は高齢者に多いのだろうか」なる記事が配信された。
 めちゃくちゃひどい記事。人間の底が浅い。まともな大人が書いた記事とは思われない。

 私は団塊の世代で、30年前くらいから韓国に興味を持って、恐らく300冊以上のコリア本を読んできた。日本人、韓国人だけでなく、「朝鮮紀行」のイザベラ・バード、「朝鮮事情」のダレ、「朝鮮の悲劇」のマッケンジー、「朝鮮幽囚記」のハメル、「朝鮮の政治社会」のヘンダーソン、「THE NEW  KOREA」のアイルランドなど、欧米人が書いたものも多々読んできた。新聞、雑誌などでも興味を持って見てきた。

 そんな難しいことを言わずとも、社会人として40年以上働いてきた常識がある。第一は、約束を守る、ということである。何度も約束を破られたら、もうその人は相手にしない。国も同じである。コリアは国と国との約束を何度破ってきたか。その一点だけでも落第である。苦労して積み上げてきたものをすぐに崩されたのでは前に進めない。「助けず、教えず、関わらず」の非韓三原則で対処するしかない


 私にとって毎日新聞の外信部長といえば大森実さん。毎日新聞もひどく落ちぶれたものである。この程度の人が外信部長とは!人材払底?今どきの高校生のほうがもっとマシな記事を書くと思われる。残念ながら、新聞の将来は暗い。


以上


『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』★★★★★

 『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』★★★★★

『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』★★★★★
 『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』★★★★★ 佐伯泰英(やすひで)さん (文春文庫) 788円

 このところ寝不足なので、昨夜、早目に横になった。わたしは必ず本を読みながら寝る。『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』を選んだのは間違いなく面白いから。それとこのシリーズ13巻目の舞台が丹波篠山(たんばささやま)だから。

『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』★★★★★
 篠山城址。江戸時代初期に、大坂の豊臣氏や西国諸大名のおさえとして徳川家康がつくらせた。藤堂高虎が縄張りを、池田輝政が普請奉行を務め、17カ国21大名の手伝普請で9カ月で築城した。天守台はあるが天守閣はない。

『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』★★★★★
 朝日新聞2018年11月19日

 兵庫県篠山市では、どういう訳か「丹波篠山市」への市名変更をめぐって争いが続いていた

 しかし、県外のわれわれにとって、黒豆であれ栗であれ猪であれ杜氏の出身地であれ、「丹波篠山」である。それ以外あり得ない。「篠山市」では兵庫県かどうかも分からない。何を争う必要があるのか?

 幸い、住民投票もあって、「丹波篠山市」に落ち着いたようでよかった(平成の大合併で訳のわからない市名が増えて迷惑している)。

『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』★★★★★
 高輪大木戸跡。『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』にも最後の方でチラッと出てくる。

 前の会社の本社が高輪にあったり、研修所が三田近辺にあったり(東京さぬき倶楽部も近い)、時代小説が好きなこともあり、高輪の大木戸跡を見に行ったことがある(どういう訳か泉岳寺には行ったことがない)。ここから内側が江戸ご府内。品川は「江戸」ではなかった。

『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』★★★★★
 讀賣新聞2018年12月5日

 JR山手線の品川―田町駅の間に建設中の新駅の名前を「高輪ゲートウェイ」にすると発表して物議をかもしている。反対署名を集めている人もいるとか。騒ぐのが好きな人が多い。
 
 私も「高輪ゲートウェイ」は好きではないが、かといって適当な名前が思い浮かばない。「高輪」も「泉岳寺」もいまいち。「高輪大木戸駅」では実態を表さないし「高輪大木戸跡駅」というのもヘン。日経新聞の「春秋」では、「高輪大木戸」として「大木戸」に「ゲートウェイ」とルビを振ったらどうだろうと書いていた。そのうち慣れるだろう。
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『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』★★★★★
 ハーバリウム 2000円
 ハーバリウムをネットで注文しようとしたことがある。これはTSUTAYAで買ったが、30本くらいあった中でどうにか及第点をあげられるのはこの1本のみだった。1本1本違うので、ネット注文ではイメージと違うものが送られてくる可能性が高い。



 結局、『新酔いどれ小藤次 鼠草紙』を2~3ページ読んだ時点でコテンと3時間ほど寝てしまった。それから起きて風呂に入り、また、寝ながら本格的に読んでしまった。読み終えると空が白み始めていた。このようなことは久しぶり。本格的に働いているときは翌日の仕事に差し支えるので小説は禁じていた。一級のエンターテインメントで気持ちはスカットするが、寝不足で体には悪い。


以上


『82年生まれ、キム・ジヨン』★★★★☆

『82年生まれ、キム・ジヨン』★★★★☆
 (筑摩書房) 1620円 韓国のベストセラー書 ★★★★☆
『82年生まれ、キム・ジヨン』★★★★☆
 毎日新聞19年1月6日 書評
『82年生まれ、キム・ジヨン』★★★★☆
 週刊朝日19年2月1日号 書評
『82年生まれ、キム・ジヨン』★★★★☆
 日経新聞19年3月9日 広告
 「8万部突破」とか。20万部くらいいくか?
 映画化決定、17か国で翻訳決定とのこと。

『82年生まれ、キム・ジヨン』★★★★☆
 呉 善花(お・そんふぁ)さんの出世作 1382円 ★★★★★★(5点満点の6点) コリアを理解するための必読書。
 角川文庫にもあります。恐らく6百数十円。是非お読みください。
 
『82年生まれ、キム・ジヨン』★★★★☆
 (講談社学術文庫)1782円 ★★★★★★★(5点満点の7点) 1900年以前のコリアがよく分かる。コリアを理解するための必読書。何回も読んだし、これからも読むだろう。

『82年生まれ、キム・ジヨン』★★★★☆
 ハクモクレンが咲きだした。
 今年は1月末からの鼻かぜ+花粉症でぐしゃぐしゃ。目はチカチカするし…。





 『82年生まれ、キム・ジヨン』★★★★☆


 週刊朝日2019年2月1日号の長薗安浩さんの書評を抜粋、少し編集してご紹介します。


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 2016年秋に韓国で発売されたチョ・ナムジョの小説『82年生まれ、キム・ジヨン』は、100万部を超えるベストセラーとなった。

 主人公は、1982年に生まれたキム・ジヨン。両親、祖母、姉、弟の6人家族で育った彼女は、まじめに勉強し、大学へ進み、恋も経験しながら就職活動で苦労し、どうにか入社した会社でよく働き、結婚して妊娠後に退職。

 育児をしながら働くことを模索するうちに、自分の母親や友人が憑依するようになり、夫に連れられて精神科を受診する――小説は彼女を担当した精神科医が書いたカウンセリングの記録という体裁をとっている。

 キム・ジヨンが異常をきたした原因は、韓国に深く根づいた女性蔑視にあった。成績が良くても、進学ではなく兄弟を助けるために働くことを求められた母親世代よりはましとはいえ、彼女たちは女性というだけで、就職も担当する仕事も給与も差別されつづけた。

 それらを裏づける統計データも文中に登場し、同国の女性がいかに厳しい条件下で働いているか、よくわかる。キム・ジヨンに憑依した母親や友人の赤裸々な発言は、抑圧に耐えてきた普通の韓国女性の叫びのようだった。


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(感想・意見など)

 韓国で100万部を超えるベストセラーになった(人口比でいえば日本なら250万部ということになる)ということもあり、各新聞が書評に取り上げていた。そのほとんどが韓国の女性差別のひどさに焦点を当てている。

 確かにそれはそうなのではあるが、昔のコリアを知る者にとっては、韓国もかなり良くなってきているなぁというのが正直なところである。

 コリアの弊害の多くは、『スカートの風』で呉善花(お・そんふぁ)さんも指摘しているが、519年続いた李氏朝鮮が導入した朱子学にある(韓国は古代から1910年の日韓併合でいきなり近代に入った)。

 李氏朝鮮時代の女性蔑視は極端なものがあった。再婚したことがバレた女性は棍棒で打ち据えられたりした(貞女は二夫にまみえずか?性差別だけではなく、職業差別、地域差別等々とにかく差別が酷い)。ほとんど人間扱いされない。本当かどうか分からないが、女の子には名前さえつけないということもあったという。

 「女三界に家なし」と言われるが、恋に破れた女(=処女でないとみなされる)や離婚した女は実家も相手にせず、仕事もなく、身の置きどころがなかった。昔は、離婚して帰って来た娘に、家の恥として、親が毒入りのお茶をすすめることもあったという。だから、殴られても蹴られても辛抱するしかなかった。

 呉善花さんは4年間の兵役を経験している。入隊テストに処女審査があったという。審査は毎年1回行われ、処女でないと判定されれば即刻軍隊から追放されたという(さすがに現在ではないと思うが…)。


 呉善花さんは書いている。
 「処女ではない未婚の女が韓国で生きていく道は、酒場のホステスか売春婦しかないと言っても、決しておおげさではない」
 「韓国の女たちに勇気をもって離婚する者が増えているのには、家から離れても女を受け容れてくれる日本の社会の存在が大きい。事実、日本で働くことをあてにして、泣き寝入りをやめて離婚したと私に話してくれた女性を何人も知っている」
 「近年、韓国の女たちの間でささやかれるようになった言葉が、『離婚したら日本へ行け』なのである」(30年前の話ではあるが…)。

 以前紹介した朴沙羅さんの『家(チベ)の歴史を書く』にも書いていたが、韓国から密入国するに際し韓国・日本にいろいろな韓国人ブローカー組織があったという。

 『スカートの風』にも、韓国に居場所をなくした女たちを日本に送り込み(ビザ、偽装結婚の斡旋など)ホステス・売春婦として仕事を斡旋するいろいろな韓国人ブローカー組織があると書いている。日本には仕事があり、やさしい男もたくさんいるのでお金を稼ぎやすく、彼女たちのほとんどは日本に永住することを望んでいるという。


 「あるとき、私は知人を介して韓国人のブローカーに会うチャンスを得た。『もう充分でしょう?そんなに儲けて。それなのになぜ、まだ飽きずに女たちを日本へ送りこもうとするんですか』」
 「男の目つきが一瞬変わった。『女たちが私を必要としているんですよ。とくに私のようなベテランは彼女たちにとってはなくてはならない存在でね、私がいなくてあの女たちはどうやって暮らしていけると思いますか?』」
 「そして彼は最後にきっぱりとこう言った。韓国ではこの女たちは暮らしていけない――と」

 (何年か前に、韓国女性家族部だったかが、韓国人売春婦が世界中に10万人いて、内日本には5万人いると発表していた)



 この『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んで初めて知ったことであるが、韓国も制度はそれなりに整ってきている

・2005年に戸主制度は違憲とされ、戸主制度廃止を主たる内容とする改正民法が公布され、2008年1月から施行された。
 もはや韓国には戸籍はなく、登録簿だけがある。

子が必ず父親の姓を継がなくてはならないわけではない。婚姻届けを出す際に夫婦が合意すれば母親の姓と本貫を継ぐこともできる。しかし、子が母親の姓を継いだケースは、毎年200件内外にすぎない。

・2013年から0~5歳児の保育が無償化された。

・「本来は、2年以上働いたら正規職に転換させないといけないんじゃないですか?」
 「あらー、そんなうぶなこと言っちゃって。労働契約書を交わしたり、四大保険に加入したりしてくれるアルバイト先なんて、ありませんよ

・小学校に入った子どもは、授業が終わると午後は学童保育で過ごし…。


 呉善花さんも『スカートの風』にこう書いている。

・韓国では親の財産は息子だけに相続権があったが、1991年からは娘にも財産相続権が認められるようになっている。

 しかし、こうも書いている。

 「しかし、これまでの例からも、法律の改革がそのまま社会改革につながる展望はきわめて薄い

 「近代国家がどこでも体験してきた民主化運動をそのまま真似ただけでは、韓国は変わることはないだろう。何かまだ、私たちには見えない、あるいは気がつかないものがあって、それを韓国人自身が発見しない限り展望は開けない。私はそれを映し出すひとつの鏡を日本が持っているように思えてならない」。



 そうはいっても、韓国も少しづつは変わっている。私にも分からないが、「朱子学の呪縛」から逃れること「事実を事実として認める態度」が基盤になるように思われる(法の最高位に「国民情緒法」があると言われているようではダメである)。 


以上


『朝鮮属国史』★★★★★④

『朝鮮属国史』★★★★★①
 宇山 卓栄(うやま・たくえい)さん (扶桑社新書) 896円 ★★★★★
『朝鮮属国史』★★★★★④
 『捏造だらけの韓国史』 八幡和郎(やわた・かずお)さん (ワニブックス) 1500円
 次はこれを読もう。コリアンはあらゆることが嘘ばっかりだから。
 八幡さんは、東大卒業後通産省に入り、フランス国立行政学院(ENA)に留学、北西アジア課長も務めていた。視野が広く歴史にも造詣が深い。

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『朝鮮属国史』★★★★★④
 ニトリ高松田村店 (画面上の黒いのは、高速・高松道)
『朝鮮属国史』★★★★★④
 2月15日オープン。
『朝鮮属国史』★★★★★④
 国道11号線峰山口交差点。ニトリの反対側(東→西)の4車線のうちの右端の車線がよく混むようになった。峰山口交差点でUターンしてニトリに行く(西→東)車が増えた(この画面では見えないが、左角にJRAがある)。
『朝鮮属国史』★★★★★④
 週刊朝日19年3月1日号(岩合光昭さん)






 『朝鮮属国史』★★★★★④


 宇山卓栄さんの『朝鮮属国史』の「おわりに」を適宜抜粋してご紹介します。


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 豊臣秀吉の朝鮮遠征軍の中で、小西行長が首都漢城(ソウル)に一番乗りしました。小西を驚かせたのは、朝鮮王の宣祖(チョンジョ)がまともに戦おうとせず、民衆を捨てて、我先に逃げたことでした。王が逃げた後、民衆は王宮に押し入り、略奪をし、本殿の景福宮などに放火しました。

 王に愛想を尽かした朝鮮人の多くが日本に進んで投降しました。彼らは「順倭(スネ)」と呼ばれ、日本軍に協力し、道案内やスパイ活動などを行いました。

 王はその後も敵前逃亡を繰り返し、開城(ケソン)、平壌(ピョンヤン)、義州(ウイジュ)へ逃げます。

 日本軍は王を漢城で捕らえれば、朝鮮での戦争は終わると考えていました。日本の武士道からすれば、大将である王が我先に逃げることなどあり得ないことであり、想定外のことでした。小西は一旦、平壌で進軍を止めるしかありませんでした。

 一方、第2軍を率いていた加藤清正は義州にいる王の背後に回り込み、王の退路を断とうとしました。そのため、東北方面(カムギョンド)へと進軍します。

 当時、ヌルハチひきいる満洲人(女真族)が満洲や遼東で台頭し、加藤は満洲人に行く手を阻まれ、義州や遼東へ至るルートから大きく外れてしまい、軍を引き返す以外にありませんでした。

 結果的に、我が身かわいさに逃げまくった王のおかげで、朝鮮は明の援軍を得るまでの時間稼ぎに成功しました。朝鮮人は王から一兵卒に至るまで、敵前逃亡することを「伝統のお家芸」とするようになります


 朝鮮人の「伝統のお家芸」が現代史において、とんでもない悲劇を招きます1950年6月25日に北朝鮮軍が38度線を越えて侵攻を開始してから3日後、ソウル市内に突入します。当時の韓国大統領李承晩(イ・スマン)もやはり、我先に逃げました。それも、ただ逃げるだけではなく、追って来る北朝鮮軍の南下を食い止めるため、漢江(ハンガン)大橋を爆破するのです。

 ソウル市民は北朝鮮軍がソウルに入って来るのを見てはじめて、危機に気付き、避難し始めました。橋を爆破するということは彼らを見殺しにするということです。李承晩はそれをわかっていながら、橋の爆破を命じました。

 午前2時30分、市民が橋の上を徒歩で渡っている最中、橋は爆破されました。橋の上にいた市民約500~800名がこの爆破で死にました

 漢江北岸には多くの市民が取り残されました。この時、市民は自分たちが政府に見捨てられたのだと実感しました。

 しかし、政府が見捨てたのは市民だけではありません韓国軍の数千人に及ぶ部隊が未だ、取り残されていました。彼ら軍人は1000両にも及ぶ車両やおびただしい武器を持っていましたが、北朝鮮軍にそれらを接収された上、殺されました

 市民は警官、役人、地主などから順番に、北朝鮮軍に殺されていきました。北朝鮮軍が軍事侵攻をしてからわずか3日、ソウルは地獄と変わり果ててしまいます

 李承晩は大田(テジョン)に逃げ、そこまで北朝鮮軍が迫ると大邱(テグ)に逃げます。大邱にも北朝鮮軍が迫ると、釜山(プサン)に逃げました

 韓国南端の釜山まで逃げた李承晩はもうこれ以上、逃げられる所はありませんでしたが、命惜しさに、日本の山口県に亡命を受け入れてもらうよう、日本と交渉を始めています。李承晩は大の日本嫌いであったにもかかわらず、恥も外聞もありません。

 しかし、ようやくアメリカ軍が釜山近郊で、北朝鮮軍を押し返しはじめ、李承晩はギリギリのところで日本に亡命せずに済みます


 2014年、韓国のセウォル号が沈没した際、避難誘導の任にあたるべき船長が真っ先に逃げました船長は「船室で待機するように」との船内放送を流しており、修学旅行生ら293人の若い命が失われました

 1950年の朝鮮戦争の際、李承晩はラジオで「国軍が北朝鮮軍をよく防いでいる。落ち着いて行動するように」という放送を流します。大砲の音が間地かに聞こえた時、ようやくソウル市民は「これはタダ事ではない」と気付きはじめたのです。この時、李承晩は既に、ソウルから脱出していました


 朝鮮には、自分だけが助かろうとして逃げる「伝統のお家芸」があります彼らは社会や公共、更には国というものの意識を持たず、国のために戦おうという発想ももちろんなく、外敵が攻めて来ても、ただ逃げ惑うばかりでした

 朝鮮は歴史的に中国の属国にされてきました。本書で、その「歴史的隷属」がどのように朝鮮人の心を蝕(むしば)み、「精神の卑屈」を生んできたのか、また、それが長い歴史の中で、今日まで受け継がれているのかを読み解いてきました。国民が自分たちの歴史を誇ることができないこのことが歪んだ政治(北朝鮮の核問題、韓国の反日など)を生む根元的な原因となっています。


 戦後、日本は韓国に様々な支援をしてきました。その代表的な例として、1965年、日韓基本条約を締結し、日本は韓国に総額8億ドルの支援をしました

 歴代総理や外務大臣は「韓国は様々な試練・苦境を経て、今がある。少々のことならば寛大に……」ということで、韓国の要求を受け入れてきました。

 直近では、2015年の日韓外相会談によって、日韓合意が結ばれました。これは慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を示したものですが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は2017年の12月、「政府間の公の約束であっても、大統領として、この合意で慰安婦問題が解決できないことを改めて明確にする」と表明しました。

 文政権は日本と対立する一方で、北朝鮮には媚びへつらい、友好関係を築こうと必死です。

 「少々のことならば寛大に……」という我慢には、限界があります。それでも、我々は韓国や北朝鮮が特殊な歴史を経た特殊な国であることをよく認識し、この厄介な隣国隣人と関わっていかざるをえません。これは日本の宿命です。


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(感想・意見など)

 今日、3月1日は、100年前に韓国で「3・1運動」が起きた日である。
 ウンザリすることに、韓国の文在寅大統領は、「2019年は大韓民国建国と臨時政府樹立100年を迎える年だ」と歴史の捏造に必死である。

 韓国には誇るべきことがほとんどないので気持は分かるが、捏造はイカンでしょう。何かおかしなことが起こらねばいいが…。


以上


『韓国属国史』★★★★★③

『朝鮮属国史』★★★★★①
 宇山 卓栄(うやま・たくえい)さん (扶桑社新書) 896円 ★★★★★
『朝鮮属国史』★★★★★②
 中華思想の概念図

 コリアの「反日」の理由の半分はこの図で説明できる

 「中華」の周りには「夷狄(いてき:野蛮人)」がいる。「禽獣(きんじゅう)」は鳥と獣(けもの)。コリアも日本も「中華」からすれば東の夷狄=「東夷(とうい)」に過ぎないが、コリアンは勝手に「小中華」と称し、同じ「東夷」の日本や「北狄(ほくてき)」、「南蛮(なんばん)」「西戎(せいじゅう)」を見下している。

 その東夷たる日本が繁栄し、「小中華」たるコリアを併合までしたのだから、その嫉(ねた)みたるや…、その怒りたるや…。もともと虚栄心の強い邦(くに)だから…。

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『韓国属国史』★★★★★③
 四国新聞18年7月16日
 
 香川の船戸結愛(ゆあ)ちゃんの担当医師は、心配なため品川の児相に直接電話して情報を伝えたが……。
 このとき、品川の児相がすぐに動いていたなら幼い命は救えたはず。

『韓国属国史』★★★★★③
 四国新聞19年2月23日
 左側の女性が香川県での船戸結愛ちゃんの主治医だった「四国こどもとおとなの医療センター」(善通寺市)の育児支援対策室に勤務する木下あゆみ医師
『韓国属国史』★★★★★③
 船戸結愛ちゃん

 木下医師は、毎週1~2回、時には2時間ほどかけて結愛ちゃんと母親の話を聞き、虐待の兆候があった場合には児童相談所に情報提供していたという。香川の児相はあまり真剣に取り上げず、転居後は母親の携帯電話がつながらなくなったので品川の児相にも電話で心配を告げたという。結局、この医師だけがまともで、両児相がいい加減な対応をしたため悲劇を招いてしまった。





 『韓国属国史』★★★★★③


 宇山卓栄さんの『韓国属国史』から適宜引用します。


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 高麗(こうらい)末期の親明派官僚たちは中国に媚びへつらい、売国的な行動によって、自らの利権を肥え太らせていました。この親明派に便乗したのが野心家の(武官)李成桂(り・せいけい) でした。

 李成桂は遼東遠征を命じられた際、「小をもって大に事(つか) ふるは保国の道」と言いました。大国の中国に事(つか)えることが肝要とする考え方で、「事大主義」とも呼ばれます。。クーデターによって、実権を握った李成桂は高麗王家一族を都から追放し、1392年に自ら王位に就き、李氏朝鮮を築きます(日本は、室町時代、足利義満治世の末期)。


 李氏朝鮮は成立時から、中国の明王朝に服属しました。明の元号を使用し、明の官服や制度を導入しました。

 李成桂は明に使者を送り、高麗に代わる新たな国号を決めて欲しいと依頼しました。世界史において、他国に自国の国号を決めてもらった国は李氏朝鮮だけです。

 その際、「朝鮮」と「和寧」の2つの案を明に提案しています。「和寧」は李成桂の生地です。明の朱元璋(しゅ・げんしょう)は「朝鮮」を使うよう、指示しました。


 では、「朝鮮」は国号なのでしょうか?中国側はそれを国号として与えたのではなく、地方名として与えました。国号というのは主権を持った独立国家に冠せられるものです。中国が朝鮮を独立国家と認めていないことは明白であり、朝鮮側も明の宗主権(国が他国の内治・外交を管理する権力)を認めているのですから尚更のことです。

 明は李成桂に「権知朝鮮国事」という称号を与えます。「権(ごん)知国事」というのは「知事」くらいの意味です。「権」は「副」「仮」という意味があることから、「権知国事」は「知事」ですらなく「副知事」や「仮知事」という意味になります。

 中国には、郡国制のような伝統もあり、「国」や「王」が多用されることがありますが、それは近代で使われる主権国家や国王とは意味が異なります。李氏朝鮮3代目の太宗(たいそう)が明によって正式に「朝鮮国王」に冊封(さくほう)されますが、これも「郡国」的な意味における諸侯王という扱いに過ぎません。

 李成桂に与えられた「権知朝鮮国事」という称号に「国」という表記があったとしても、「(くに)」くらいの意味で、それ自体にあまり意味はなく、朝鮮が一個の独立した国として、中国から認められたと解釈することはできません


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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