安倍叩きは朝日・毎日の社是?

安倍叩きは朝日・毎日の社是?
 産経新聞17年7月15日「産経抄」
安倍叩きは朝日・毎日の社是?
 毎日新聞17年7月11日
 加計(かけ)学園問題閉会中審査 加戸(かと)前愛媛県知事の記事はほんのわずか。
安倍叩きは朝日・毎日の社是?
 朝日新聞17年7月11日
 加計学園問題閉会中審査 加戸前愛媛県知事の記事はほんのわずか。見出しが付いているだけ毎日よりはマシ。
安倍叩きは朝日・毎日の社是?
 讀賣新聞17年6月3日
 加戸さん(元文科官僚)は愛媛県知事時代、鳥インフルエンザや口蹄疫への防護策で公務員獣医師不足に悩み、政治家・役所・大学などに様々な働きかけをしてきた。「有力私大に声をかけたが12年前から応じてくれたのは加計学園だけ。大学はどこでもよかった」「結局、愛媛県にとって12年間、加計ありきできた」。
安倍叩きは朝日・毎日の社是?
 産経新聞17年6月15日
 自民党政権時代には「対応不可」とされてきたが、民主党政権時代に「速やかに検討」へと方針が転換され、「民主党政権があと2年続いていたら(加計学園・獣医学部設置は)実現していた」「獣医学部の定員は神奈川県以東が82%、岐阜県以西は18%。こんな規制が医学部にあったら暴動が起きる」と批判。「私も現役官僚時代は『大臣の意向』だとかはったりをかました。虎の威を借りないと役人は動かない」「(後輩の前川氏は)のりをこえてしまった」。
安倍叩きは朝日・毎日の社是?
 日経新聞17年7月21日
 獣医師は、ペット医師が過剰、公務員獣医師、産業獣医師が不足している。また、国際レベルにはほど遠いのが現状。以上のような問題がありながら、獣医師会、族議員、農水省、文科省などが岩盤規制を死守しようとしている。
安倍叩きは朝日・毎日の社是?
 朝日新聞17年7月20日「求められる獣医学教育」
 朝日はこのような場合、朝日の意見に沿う人2人、中立1人が普通であるが、この3人とも現在の獣医学教育は国際的にも立ち遅れ、大変問題が多いことを認めている。しかるに、文科省・農水省は50年以上も改善しようとしていない。
 右下の立川さんは、36年間徳島県庁で畜産畑を歩み、2010年には口蹄疫ウイルスを四国に侵入させないよう4県で力を合わせ消毒態勢などを整え、宮崎県にも派遣されたという。加戸前知事は、どこかで「定年の人にも定年を延長して残ってもらった」と言っていた。給与積み増し、一時金支給、奨学金など待遇改善に努めているが、採用予定人数の半分程度しか応募がないという。愚かな岩盤規制のため、現場はそれほど困っている。

 上の朝日新聞7月11日の記事によると、(売春バーに数十回通ったことのある)前川前ドスケベ次官は「文科省としては、(加戸)先輩に対して非常に情け容赦がないと言われるかもしれないが、きっぱりと断ってきたという経緯がある。政策として獣医学部の定員を増やす理由がないと判断してきたからだ」とさ。
安倍叩きは朝日・毎日の社是?
 今日購入した『散歩の花図鑑507』(新星出版社)によると、この花の名はアガパンサス





 安倍叩きは朝日・毎日の社是?


 慰安婦問題で何十年間も「確認のとれぬまま記事にするような勇み足もあった」とちょっとした間違いと言い放った朝日新聞元主筆の故若宮啓文(よしぶみ)氏は、政治評論家の故三宅久之氏に「安倍叩きは朝日の社是」と言ったとか言わなかったとか。

 別の朝日の幹部は「安倍の葬式はうちで出す」と言ったそうな。

 毎日新聞も似たようなものである。安倍首相が憲法改正を言いだしたからか。しかし、報道は正しくあってほしい。ネットでは、朝日・毎日の偏向がひどくなってきたとの説が増えている

 事実かどうか、加計学園問題で検証してみた。5紙ほどを読み比べてみた。事実であった。朝日・毎日は、この問題の主役の1人、加戸(かと)前愛媛県知事の主張をほとんど紹介していない。恐らく、反安倍の社論にとって都合が悪いからだろう。

 そう思っていたら7月15日の「産経抄」がそのへんを上手くまとめている。抜粋してご紹介します。


.......... ..........


 一般的な原理から、事実関係を推理・説明することを「演繹(えんえき)」という。AはBである。BはCである。ゆえにAはCである―という「三段論法」は、演繹によって判断を求める演繹法の代表的なものだとされる。これを用いた結論が真であるためには、前提の正しさと、飛躍がないことが不可欠だろう。

 安倍晋三首相は、学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画をめぐり、野党が要求する閉会中審査への出席を決めた。

 これまでの一連のマスコミ報道を追うと、演繹法が誤用されている印象が濃い。安倍首相は悪である。加計学園理事長は安倍首相の友人である。ゆえに不正がなされたに違いない。そんな根拠のない前提のもとで、飛躍した論理が流布されてはいないか。

 『ビルマの竪琴』の作者として知られるドイツ文学者、竹山道雄は唯物史観を批判する評論の中でこう説いた。「まずある前提となる原理をたてて、そこから下へ下へと具体的現象の説明に及ぶ生き方は、あやまりである」

 「『上からの演繹』は、かならずまちがった結論へと導く。(中略)事実をこの図式に合致したものとして理解すべく、都合のいいもののみをとりあげて都合の悪いものは棄てる

 衆参両院が10日開いた閉会中審査で、加計学園誘致を進めた当事者の加戸守行・前愛媛県知事が行った証言について、翌11日付の朝日新聞と毎日新聞の朝刊は、一般記事中で一行も取り上げなかった。安倍政権の対応を批判する前川喜平・前文部科学事務次官の主張と真っ向から食い違うため、都合が悪いと棄てたのだろう


...........................................................................................................


(感想・意見など)

 森友学園にしても、詐欺師一家天然(昭恵夫人)と役人の忖度の三位一体に過ぎない(財務局は色々問題あり。なぜ、朝日、毎日、讀賣、産経、日経新聞が国有地を安く買えたのか?辻元清美国交副大臣時、森友学園隣接の豊中市・野田中央公園用地1千億円が実質2千万円になったという。なぜか?正当か?など)。

 加計学園問題についても大した問題ではない。むしろ「獣医師問題」というべき。獣医師教育は色々問題を抱えているのは間違いない。加計学園にしても、12年も前からの懸案であり、先行投資もしているだろうし、昨日今日ぽっと出の学校と一緒にはされたくないのは分かる。西日本、四国への必要性もある。この際、質の高い獣医師を過不足なく確保するためにどうすべきかを根本から考え、実行すべきである。


 それにしても、恐らくマスコミ各社に告発文書を送ったのは前川前ドスケベ次官である。彼はいったい何がしたかったのか?

 私はサラリーマン時代も自営時代も週3回のフィットネスクラブ通いに苦しんだ。心身の健康保持のため必須であったが、週3回はなかなか実行できなかった。運動する時間は実質1時間、通うための時間・着替えの時間が約1時間、計2時間強がなかなか確保できなかった。

 前川さんは、1回3時間くらいかかったのではないか。多いときは週3回売春バーに通っていたという。文科省幹部でありながら、倫理的にも、時間的にも、よくもそんなことができたものである(金持ちであることは分かっている)。

 今後、前川前ドスケベ次官を正義の味方と持ち上げたマスコミ各社はどうするのだろう?例えば、学校の先生、教頭先生、校長先生、教育委員長などが、数十回もその種の場所に通っていて、「貧困家庭の調査のため」と言い訳したらどうするのだろう?

 恐らく、彼らお得意のダブルスタンダード、トリプルスタンダードを適用するに違いない。ま、私の心配することではないが…。彼らもその程度の存在であり、信頼するに値しないことは多くの人の知るところではある。しかし、朝日、毎日しか読まない人もいるからなぁ。


 話は変わるが、蓮舫さんの二重国籍問題に対する朝日、毎日(特に朝日)の対応は噴飯ものであった。朝日の7月19日紙面は蓮舫大擁護を展開。民進党崩壊を恐れたのか?一般市民と国会議員、まかり間違えば首相(自衛隊の最高指揮監督官でもある)にもなる可能性のある人物とを一緒くたにして論じるとは!ここまで劣化しているとは思わなかった!

 民進党もだが、彼らにもしっかりしてもらわねば困るのだが。


以上



まとめ役はつらいよ

まとめ役はつらいよ
 朝日新聞17年6月17日
まとめ役はつらいよ
 高松市林町 真鍋家住宅
まとめ役はつらいよ
 三角屋根の〇〇地区コミュニティセンター。
 私には矛盾のかたまりに見える。
まとめ役はつらいよ
(じ)の人には、春祭、秋祭などの神事、普段の神社の清掃などもある。
まとめ役はつらいよ
 そのほか、水利組合や消防団などあれやこれやいっぱいある。
まとめ役はつらいよ
 いろいろなところでセミの抜け殻を見る。





  まとめ役はつらいよ


 昨日のブログで江戸時代の「時の鐘」について書いた。私は4月まで1年間120数戸の自治会長をした。いろいろ考えさせられることがあった。

 朝日新聞6月17日の「千葉真由美の村人の歴史学」を抜粋してご紹介します。


.......... ..........


  名主の日記

 どんな組織でも、まとめ役になれば苦労はつきものである。江戸時代の村のまとめ役といえば村役人、その代表は名主(なぬし)庄屋などと呼ばれる。

 彼らは領主支配の末端を担う立場であると同時に、村の代表として村を守る立場でもあった。多くの業務をこなす彼らには苦労や不満が尽きなかった。武蔵国多摩郡乞田村(こったむら:現・東京都多摩市)の名主茂兵衛(もへい)が記した、明和8(1771)年の日記から、その様子をみてみよう。

     〇      〇      〇

 1月28日、村の各家の代表者が参加する「惣寄合(そうよりあい)」が行われた。乞田村は70軒ほどから成り、この日は、領主の御用の負担をどうするか、そして食料や種代の願い出についても話し合ったが、多くの村人が参加しなかった。

 2月8日の惣寄合では、奉公人の割り当てについて話し合ったが、この時も参加者は少なかった。

 惣寄合が行われたのは、この年10回ほど、日記には、このうち7回に「大分不参(だいぶふさん)」、すなわち多くの者が不参加と書かれている。茂兵衛の不満が書かれた書き方である。

 茂兵衛は、名主を補佐すべき4人の組頭(くみがしら)たちにも不満を持っていた。積極的に茂兵衛を助けようとする態度ではないと思っていたからである。

 7月9日、茂兵衛は風邪のため、組頭の誰かに夏の年貢を領主へ届けて欲しいと依頼したが、あれこれ理由をつけて誰も行こうとしない。茂兵衛は「これでは埒が明かない。途中で倒れてでも私が行くので、皆承知しておいてくれ」と言い放った。さすがにまずいと思ったのか、この時は組頭の1人が届けに行っている。

 9月1日、秋の年貢の割り付け作業などのため、組頭たちを呼び寄せた。しかし彼らの返答は「割り付け作業は茂兵衛にやってもらいたい」であった。茂兵衛は1人で作業を行った。

 9日後、「夕食の後に村役人寄合を開く」と組頭に知らせたが、なんと1人も来なかった。茂兵衛は苛立ちを隠せない。秋の年貢を領主へ届けて欲しいと言う茂兵衛に対し、(組頭たちは)誰も行けないと答え、結局、茂兵衛が届けている。帳簿を「自分1人で作成した」と日記に書いている日もある。

     〇      〇      〇

 このような名主の日記は、各地に残されており、領主とのやりとりや村運営の様子、村の事件など様々な事柄が書かれている。

 ところで乞田村の組頭たちは、村運営に全く協力していないわけではなかった。茂兵衛に頼まれて願書を作成し、領主へ提出したりすることもあった。しかし、頻繁な寄合や事務作業、出張は面倒だと思っていたのかもしれない。

 村という共同体の中では、村人それぞれの考え方や利害関係もあっただろう。そんな村人たちの代表となって村運営を行い、不満を募らせることを繰り返す……。名主はなかなか大変なのである。  (茨木大准教授)


.............................................................................................................


(感想・意見など)

 江戸時代、乞田村の名主・茂兵衛は、恐らく、戸籍や税務、水利や神事など、私がしていた仕事の5倍ほどもしていたと思われる。上記は村の例であるが、町は町で町役人がいて、奉行所の監督の下、実務を担っていた。まとめ役がつらいのはいつの時代も同じである。

 
 私が自治会長をして非常に矛盾を感じたのは、報酬の件である。例えば高松市には小学校区を基本として、40数箇所のコミュニティ協議会がある。その拠点〇〇地区コミュニティセンターは、入って左が市役所の出張所、右がコミ協の事務所である。

 左の出張所には、常時4~5人がいて、たいてい暇そうにしている。市役所の正規職員なら@年間人件費は900万円強(平均42~3歳)である。右のコミセンは(ホームページを見たところ)職員で年間180万円程度(健保、厚生年金はあるようなので@年間人件費は230万円程度か)、日直者は時給800円程度である(会議・講習会など行事があるときは、コミセンは22時まで開いている)。

 右のコミセン事務所はほとんど常時なんやかやと人がいる。センター長やその補助者、日直者、傘下25の自治会長、各種団体責任者などなど。無給の人も多い。民生委員・児童委員は自治体によって異なるが、高松市で年間6万数千円が支払われると聞いた。交通費程度である。

 コミュニティセンターというそう大きくもない建物の中に、たいして仕事もしていないのに人件費1千万円超の人(出張所長)から、忙しくみんなのために立ち働いて全く無給の人までいる。無給の人には頭が下がると同時に、非常な矛盾を感じ続けている。


以上


コンビニ激戦

コンビニ激戦
 ファミリーマート鬼無(きなし)
 つい数日前突然閉店して驚いた。3百㍍先にできたセブンの影響か?セブン鬼無店では突然売り上げが増えたという。隣のドラッグストア「ザグザグ」とも一部競合していた筈。
コンビニ激戦
 元ローソン檀紙(だんし)店。美容院に変わったが、美容院も潰れた。
コンビニ激戦
 以下3店はすべて国道11号線(3車線+3車線)沿いの国分寺町。元ローソン?駐車場は10台ほどしかない。今は学習塾に。
コンビニ激戦
 ここは半分学習塾、半分不動産屋。
コンビニ激戦
 こちらは、今は整骨院。
コンビニ激戦
 ローソン御厩(みまや)店。ここは繁盛している。同じく国道11号線沿い。この対面に同規模のファミマがある。大型車5台、普通車20台ほどの駐車場がある。広い道沿いではチマチマした店ではダメだということか。
コンビニ激戦
 元ローソン太田店。対面に114銀行太田支店があり、環境は抜群だったが、近くにセブンが数店出店し、廃業。今は子どものデイサービスと駐車場に変わった。
コンビニ激戦
 セブン青木店。丁度1年で取り壊したのには驚いた。結構繁盛していたように思えたのだが…。数千万円の損。
コンビニ激戦
 元サークルK郷東(ごうとう)店。さぬきうどんの「こだわり麺や」に変わり、繁盛している。セブンならコンビニとしてやっていけたと思われる。
コンビニ激戦
 元サークルK多肥上町(たひかみまち)店。確か3月25日にバイパスが開通(画面左側)したはず。バイパス開通狙いで先行開店したと思っていたが、開通とほぼ同時に閉店したのでビックリした。
コンビニ激戦
 バイパス沿いにできつつあるローソン多肥上町店。7月中旬開店。右奥はドラッグストア「ひまわり」
コンビニ激戦
 元ローソン三条店。まさかここが閉店するとは思わなかった。結構繁盛していたはずなのだが…。





 コンビニ激戦


 コンビニが注目される前から愛媛県ではナイトショップという名称の店があり、夜遅くまで残業していた私はよく利用していた。その後、セブンイレブンが現在のスマートなコンビニという業態を作りあげ、その初期から興味を持っていた。

 この度改めて考えてみると、コンビニという業態も転換期を迎えているように思われる。一部地域を除き、セブン、ローソン、ファミマの3社にほぼ絞られた。人手不足ゆえか70歳前後の店員も増えている。全部が全部24時間営業の必要があるのか?

 写真に挙げたのは普段わたしの行動範囲の中で見つけたものに過ぎない。高松市のせいぜい10分の1くらいか。それでも栄枯盛衰はうかがえる。つい20年前くらいまでは、コンビニ経営は脱サラの有力候補であった。しかし、そんな甘いものではなくなったのは事実である。


以上


戦前の反省は生かされているか?(再掲)

戦前の反省は生かされているか?
 週刊ポスト15年8月21日‐28日号
戦前の反省は生かされているか?
 日経15年9月19日
戦前の反省は生かされているか?
 ノモンハンでの八九式中戦車
戦前の反省は生かされているか?
 大本営発表は嘘八百。
戦前の反省は生かされているか?
 昭和恐慌「娘身売り」 こういう時代背景があった。
戦前の反省は生かされているか?(再掲)
 栗林トンネル近くで咲いていた花。
戦前の反省は生かされているか?(再掲)
 360ページもある図鑑で調べたが載っていなかった。特徴のある花なのに。







 戦前の反省は生かされているか?(再掲)


 15年9月22日のブログを再掲します。

.......... .......... ..........


 15年9月2日のブログ「誰も責任を取らない日本」に以下のように書いた。

.......... ...........


 作家の司馬遼太郎さんは、戦争中は戦車隊に所属していた。先の大戦のことを少しでも知っている人なら日本軍の戦車がおもちゃのようなものであることを知っている。日本は第一次世界大戦にほとんど参戦していないのである程度はやむを得ないが、それでもノモンハンの経験はあった。

 ノモンハンで日本軍は、ソ連軍の戦車にこてんぱんにやられた。本来ならその経験を生かして、戦車や武器の近代化に努めるべきであった。しかし、陸軍はなんとノモンハンの情報を徹底的に隠し、なかったことにしてしまった!教訓が生かされるはずもない。

 司馬さんはノモンハン事件をライフワークとして大量の資料を集めていたが、ノモンハンのことを考えると、なぜ日本人はここまで劣化してしまったのだろうと気分が落ち込み、ついに書くことはなかった。


 十数年前か、陸軍参謀だった瀬島隆三さんに対するインタビュー記事を読んだことがある。インタビュアーが「東条英機首相がミッドウェーの惨敗(空母4隻、艦載機多数喪失など)を知ったのは海戦の2年後くらいだったそうですね。そんなことがありえるのでしょうか」と尋ねたのに対し、瀬島さんは「ありえるでしょうね」と答えていた。インタビュアーが「海軍はひどいですね」と言うと、「ま、陸軍もいろいろありますから…」と答えを濁していた。


 ムチャクチャである。国家の体をなしていない。戦争どころでない。敵は内部にあり。両者とも国賊ものである。司馬さんの気持ちが分かる。官僚制の弊害極まれりである。


........... ..........


 上記の件を裏付けるような話が日本経済新聞15年9月19日の1面コラム「春秋」にあった。冒頭部分を以下に引用します。


 政治学者の丸山真男まるやま・まさお)は晩年、自宅のある東京・吉祥寺などで、ダベリングと称し、知人らと座談を楽しんだ。終戦直後、近衛文麿このえ・ふみまろ)と会った話が「話文集」に披露されている。

 近衛いわく、首相の時、中国での戦況を陸軍大臣が教えてくれず、天皇に聞きに行ったという

 明治憲法では、軍事的な作戦の立案や遂行を担う「統帥権 (とうすいけん)」は不可侵とされ、首相でさえ蚊帳の外。結局、国民もウソの発表を信じ込まされた

 現在では、自衛隊の最高の指揮権は首相にあり、戦前のようなことは起きないが、では安保法制のもとで、国会は事態を制御でき、我々に正確な情報は届くのだろうか。


.............................................................................................................


(感想・意見など)

 明治憲法下の制度的な問題点として、上記の「統帥権の不可侵」「首相の権限不足」各国務大臣と同格。首相に罷免権はなかった)、「軍部大臣現役武官制」軍部が気に入らないことがあると大臣を出さないことで内閣を潰せた)などが挙げられる。現在、これらは克服できている。


 先の大戦の反省というと、ついつい半藤一利はんどう・かずとし)さんや保坂正康ほさか・まさやす)さんなどに頼りがちになりかねない。半藤さんや保坂さんに間違いはないのだろうが、経済の話がほとんど抜けている

 私は、戦前日本が道を間違えたのは、経済運営を失敗したことも大きいと思っている。

 
 近衛文麿についても勉強したい。この人の責任は非常に重い。当時、血筋(五摂家筆頭)がいいこと、格好がいいこと(姿形、言動)などから国民はじめ各層に非常に人気があったそうである。しかし、節目節目で判断を誤り、行き詰るとすぐ無責任に放り出した。

 英米に喧嘩を売ったかと思うと、「国民政府を相手とせず」と交渉を放棄。ソ連のスパイ・ゾルゲに連座して死刑になった元朝日新聞記者の尾崎秀実(おざき・ほつみ)や風見章などコミンテルン(スターリン)の息のかかった連中をブレーンにしたかと思うと、「近衛上奏文」で軍部の共産主義化を憂いている。

 矛盾に満ちている。八方美人で定見なし。思いつきばかりで決断力なし。実現力不足で無責任。鳩ポッポに似ている?なぜ、このような人物に三度も内閣を任せ道を誤ったのか?


以上


東京三題(再掲)

東京3題
 (講談社学術文庫)
東京3題
 三田の島原藩下屋敷、坂上右手が松山藩中屋敷。
東京3題
 堺屋太一氏
東京3題
東京3題
 週刊ポスト12年9月14日




 
 2013年12月19日のブログを再掲します。


.......... ..........



 東京3題(再掲)


 ■ ①『氷川清和』から抜粋

 
 さて西郷の一諾で、一まづ事(江戸城開城)は治まったが、ここに今一つの困難といふのは、これから先、江戸の人民をどう始末せうかといふ問題だ。これには向ふでも困ったと見えて、西郷も「府下の事は何もかもさんが御承知だから、宜しくお願ひ申す」といって、このむつかしい仕事をおれの肩へ投げかけておいて、自分にはそのまま奥州の方へ行ってしまった。(中略)すると大久保利通が来て、是非々々と懇(ねんごろ)に頼むものだから、それではとて、おれもいよいよ本気に肩を入れるやうになったのだ。

 この江戸の市中の事は、おれはかねて精密に調べておいたのだが、当時の人口はざっと150万ばかりであった。そのうち、徳川氏から扶持を貰って居ったものは勿論、そのほか諸大名の屋敷へ出入りする職人や商人などは、みな直接間接に幕府のお陰で食うて居たのだから、幕府の瓦解とともに、こんな人たちは忽ち暮らしが立たなくなる道理だ。

 全体江戸は大坂などとは違って、商売が盛んなのでもなく、物産が豊かなのでもなく、ただただ政治の中心といふので、人が多く集まるから繁昌して居たばかりなのだ。それゆえに、幕府が倒れると、かうなるのはもとより知れきって居る事サ。

 就いてはこの人たちに、何か新たな職業を与えなければならないのだが、なにしろ150万といふ多数の人民が食ふだけの仕事といふものは容易に得られない。そこでおれは、この事情を精しく大久保に相談したら、流石は大久保だ。それでは断然遷都の事に決せうと、かういった。すなはちこれが東京今日の繁昌のもとだ。

 先に見せた草稿の中に、江戸が無事に終わったのは、西郷の力で、東京が今日繁昌して居るのは、大久保の力と書いておいたのは、まづこんなわけサ。



 ■ ②東京一極集中の話(堺屋太一さん)


 (戦争遂行のため)「昭和16年9月には「帝国国策遂行要領」が決定し,国家の頭脳機能は東京一局に集める,という政策が実行されます。国家の頭脳機能とは経済の中枢管理機能,情報発信機能,文化創造機能の三つです。この三つは東京以外ではやってはならない,と明確に決めました。

 では,その三つを東京に集めるためにはどうすればいいか。

 まず第一に,経済の中枢管理機能を集めるために,あらゆる分野に,全国統一の業界団体や職能団体を作らせる。日本鉄鋼連盟,電気事業連合会,自動車工業会,弁護士会,医師会,等々ですね。そしてその全国本部事務局を東京に集中させた。業界団体の会長は本部会議や官庁の懇談会など週に4回ぐらい呼び出されるから,東京以外には住めません。そうすると全国団体の会長になるような大企業の社長は東京に集まり,やがてその企業の本社機能も東京に移ってくる,というわけです。
 
 第二は,情報発信機能です。まず,出版物については,書籍元売り(取次会社)を,日販(日本出版販売),東販(現トーハン)など4社に統合,その全てを東京に集めました。 
 
電波の方は,さらに徹底しています。 
 戦後になって民間放送が生まれたときには,これがさらに強化されます。日本最初の民間放送は大阪の毎日放送(ラジオ)なので,ラジオは一極集中にはならなかった。ところが,テレビ放送の免許を与えるときには世界に類例のない「キー局システム」を作るのです。これは全国ネットのキー局を指定し,全国のテレビ局はその系列にする,という仕組みです。そしてそのキー局は東京しか認めていません。キー局の重要なところは,全国放送の番組編成権を握っていることです。
 
 第三は,文化創造活動を東京へ集中させたことです。その方法として,特定目的の文化施設は東京に集中,他所には造らせない,と決めたのです。例えば歌舞伎専門劇場などは東京以外に造らせない。東京には歌舞伎座,明治座に加えて,国立劇場を造ったのに,大阪では戦前(昭和初期)にできた千日前の歌舞伎座も潰させました(物販店に改築)。やっと最近,大阪の松竹座と京都の南座が歌舞伎専門劇場らしく改築されましたが,その間に関西(上方)歌舞伎は絶滅してしまいました。

 では,東京以外はどうするかというと,多目的ホールを造らせた。それしか補助金を出さないというわけです。これは,ナチスが考えたトータル・テアトール(全体劇場)の思想です。全国どこでも同じ形の劇場を造ることで,統一文化を普及しようとしたわけです。それを日本も昭和16年に受け入れ,戦後ずっと守ってきたわけです。」


 
 ■ ③日米繊維交渉にまつわる話(週刊ポスト12年9月14日号、東京新聞・中日新聞論説副主幹 長谷川幸洋ゆきひろさんの話:通産省OBの堺屋太一さんに聞いた話として)

 
 米国が繊維で日本に迫ってきた時、大阪の業界団体が、当時の通産省の繊維局長室にきて、我々の権益が守れるように米国と交渉して下さいとお願いした。繊維局長は「交渉しないという。業界団体は大阪じゃなくて東京に移せ。東京に来ないなら交渉はしないと。

 当時、大阪には繊維関係の業界団体が13あって、その13団体だけが霞が関のいうことを聞かず東京に拠点を置かなかった。繊維局長室に看板が掛けられていて、そこには敵は米国にあらず大阪にありとあった。

 結局、最後は業界団体の側が負けて、13団体の繊維工業連合会として東京に事務所を出した繊維局長もそれでよしとしてやっと米国と交渉をはじめた

 外交交渉は農水省や経産省の省益拡大のネタになってきたから、TPPでもどうやって天下り先を増やそうか、ということを必死に考えているはずです。


.........................................................................................................


(感想・意見など)

 ①の勝海舟、西郷隆盛、大久保利通の東京遷都の話は、(これだけが理由ではないのだろうが)よく分かる。人口150万人の江戸が失業者で溢れたら、新政府はたちまち立ち行かなくなる。

 ②の戦争遂行のための東京一極集中もある程度分かる。江戸時代は、次第に江戸に集中しだしたとはいえ、政治は江戸、経済は大阪、文化は京都と機能を分担していた。しかし、戦争遂行のため、経済の中枢管理機能、情報発信機能までは分かるとしても、文化創造機能までも東京一極集中というのは明らかにやり過ぎである。

 ③は、皆さんもう忘れかけているようであるが、官僚がいかに傲慢で省益第一であるかを表している話。驕りの極み。繊維局長室に「敵は米国にあらず大阪にあり」と看板を掛けていたという(今ならこの局長は即座にクビ)。堺屋太一さんは元通産官僚。嘘であるはずがない。官僚は、現役時代に天下りポストを増やした人が出世するという。彼らは、省益あって国益なし常に監視を怠るべからず



以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

最新記事
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
リンク
カウンター