モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ③

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ③
 産経新聞18年4月11日
モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ③
 讀賣新聞18年6月16日
 米中貿易戦争勃発!中国も受けて立つ構え。米トランプ大統領は本気である。選挙で公約したことを着々と実行している。トランプは同盟国のEUや日本にも喧嘩を売っている。ブラフ(はったり)ではない。世界経済は大変なことになりかねない。

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ③
 ニューズウィーク日本版18年6月5日号
 中国が台湾を武力統一する可能性が現実味を帯びてきた。
モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ③
 ニューズウィーク日本版18年6月5日号
 日本の尖閣諸島を中国が奪取する可能性もある。中国艦船の不法侵入が相次いでいる。

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ③
 郷東町のタチアオイ
モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ③
 香東川岸の喫茶店から撮る。





 モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ③


 モリ、カケ、セクハラ…問題ないとは言わないが、日本はもう1年半近くもこんなことばかりやっている。これだけ騒いでも、モリやカケで安倍首相や昭恵夫人の関与は何一つ証明されていない。私はカケは正しいことをしたと思っている。刑事事件で言えば、物証も証言も動機も不十分なのに、朝日新聞や野党はまともな対案も示さず、憲法9条改正を明言している安倍内閣打倒の為に、延々と騒いでいる。

 世界を見回してみるととてもそんな状況ではない。千や万、あるいは十万・百万の重さの問題を放置しておいて、十や百の重さの問題ばかりに延々とかかずらってばかりいる。狂気の沙汰というほかない。

 産経新聞18年4月11日「正論」欄にJR東海名誉会長・葛西 敬之(かさい・よしゆき)さんが現下の世界情勢をうまくまとめている。抜粋してご紹介します。


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 大局観を持ち危機を乗り切れ


 対中優位の確保に腰上げた米国

 21世紀、国際政治の主舞台はアジア、太平洋・インド洋地域となり、中国との間に勢力均衡を確立する必要があるという認識が米国でも高まってきた。

 そこでまず米国は「核態勢見直し」の中で戦略核兵器を更新し、非戦略核兵器の新規開発と再配備を進めて抑止態勢を強化するとともに、抑止が破れた場合の核使用を否定しない方針を明確にした。

 もう一方では、議会を中心に対米外国投資委員会の権能を強め、中国による米国企業の買収規制を強化する動きを進めている。加えて中国政府が米国企業に対して技術移転を強要したり、窃取したりするなどして知的財産権の侵害を行ったことに対する報復措置として、総額5兆~6兆円に及ぶ中国製品に関税を課すとした。

 米国は戦略的、産業的な対中優位の確保に本気で腰を上げた感がある。

 また安全保障上の脅威を理由に、鉄鋼、アルミニウムの輸入制限を発動したことも、その主目標が中国であることは疑いない。


 対中の最前線に立たされる日本

 その契機となったのは最近の中国の動きではないだろうか。習主席「中華民族の偉大な復興」という旗印の下に、今次の全国人民代表大会で長期独裁体制を確立し、今世紀中葉までに世界トップレベルの国力と国際的影響力を有し、世界一流の軍隊を擁した「社会主義現代強国」を築くと宣言した。彼の思考は力による支配そのものであり、日米が共有する国際主義、民主主義とは相いれない

 かくして21世紀の勢力均衡は海洋と大陸という地勢的な対峙に、民主主義と独裁主義、自由主義と共産主義、国際主義と帝国主義という価値観の対立を軸として日米と中国の間に形成されるだろうことが見えてきた。

 20世紀、米ソ二極体制の下で、日本もまた全ての自由主義国とともに米国の核抑止力の傘に国の命運を委(ゆだ)ねてきた。21世紀になって備えるべき脅威は中国にシフトした。その最前線に位置する日本は幕末明治以来、最も深刻な存亡の岐路に立たされることになった。

 日米同盟による核抑止力の傘が今日ほど切実に必要とされたことはない。米国がアジア、太平洋・インド洋で国益を守るためには日本における米軍のプレゼンスが不可欠である。核兵器を使用してでもそれを守る覚悟はあるのか?この問いを突き付けたのが北朝鮮の核兵器開発であり、それに対する米国の答えが、「抑止が破れた場合の核使用を否定しない」という「核態勢見直し」であった。

 しかしながら米国の戦力・経済力優位には往年の圧倒性はない。それ故、日本が果たすべき責任と役割は今まで以上に増大している。ドイツは、対国内総生産(GDP)比1.2%の防衛費が少なすぎると、米国の激しい批判を浴びている。日本の防衛費は対GDP比約1%にすぎない。

 核兵器を保有しないことを国是とする日本に対して、何国といえども核を使うことを許さないと保証できるのは米軍による核抑止力の傘のみである。その傘の下で武力紛争に巻き込まれないように備えるのが日米同盟であり、そのために核以外の分野で何をすべきかについて、日本は現実を直視し、主体的に腹を決めなければならない時期にある。


 強いリーダーの下で結束せよ

 その際に大切なのは、国際社会の冷徹な現実を直視したうえでの大局観である。安倍晋三首相は、早い段階からトランプ大統領との信頼関係を築き上げ、日米同盟を強化してきた。同時に志や価値観を同じくする関係諸国のリーダーとの間に幅広い「横」の連帯を構築すべく、積極的な外交を展開してきた。 「開かれたインド太平洋戦略」はは海洋国家である日本にふさわしい壮大な戦略的イニシアチブであり、「大局」敵見地から日米同盟を補強するものだ。

 海に守られて平和は天与のものと感じてきた日本人は、元来内向きであるが、民族存亡の危機には脅威に対して結束する。遠くは2度にわたる蒙古襲来、あるいは西洋列強によるアジア植民地化の波を受けた幕末などがそうであった。近くは冷戦時の親ソ派の非武装中立化策動が好例で、その都度強いリーダーの下で切り抜けてきた。

 現在日本は往時に匹敵する危機に瀕(ひん)している。今後、北朝鮮や米中関係、日中関係でさまざまな紆余曲折があるだろう。その際に大切なのは大局観を持つリーダーの下での結束だと思う。


以上


モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②
 朝日新聞18年4月6日
モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②
 日経新聞18年4月7日

 日本は千兆円以上の借金がある。あと7年もすれば人口構成比の高い団塊の世代が全員後期高齢者になる。75歳以上から医療費・介護費は急激に増える。年金もある。支え手の若年人口は少ない。何とかしなければ、財政・社会保障費の破綻は避けられない。

 (以下は、世界の問題のほんの一例)
モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②
日経新聞18年5月5日
 トランプ大統領、中国に「貿易戦争」を仕掛ける

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②
 産経新聞18年6月7日
 トランプ大統領は最も赤字の大きい中国のみならず同盟国にまで喧嘩を吹っかけている。「やりたい放題」。トランプの言う通りに車の関税が上がったならば(25%?)日本は1兆円の負担増になる。自動車関連産業はすそ野が広いだけに世界中の経済がおかしくなりかねない。鉄鋼25%、アルミニウム10%の関税の件もある。

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②
 朝日新聞18年6月4日
 トランプは同盟国にまで喧嘩を吹っかけて、G6+1(アメリカ)になっている。保護貿易が広まれば世界中の経済がガタガタになる。

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②
 日経新聞18年6月12日
カナダで開かれたサミットで、トランプ大統領は首脳宣言に署名を拒否した。

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②
 トランプ大統領は、貿易問題などで、ドイツのメルケル首相など欧州首脳と対立した。

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②
 産経新聞18年4月11日
 中国は、南シナ海で各国と対立し、勝手に岩礁を埋め立ててどんどん軍事基地化している。また、各国に金を貸し付け、その見返りとして港を99年間租借したりして、軍事拠点を増やしている

モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②
 香東川





 モリ、カケ、セクハラいい加減にしようよ②


 このところ自国のやり方、利益を優先する中国や、領土拡大を進めるロシア、核やミサイルで世界を脅迫する北朝鮮などにアメリカまでもが加わって、世界はますます混沌としてきた。

 一方、日本は1年半にわたって、モリ、カケ、セクハラ…である。これらは、朝日新聞、日本共産党、立憲民主党、社会民主党などに任せておけばいい。

 私と同じような考え方をする人は多い。朝日新聞18年4月6日「異論のススメ」欄、京都大学名誉教授・佐伯啓思(さえき・けいし)さんのコラムを抜粋してご紹介します。


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 森友問題一色の国会
 重要政策論の不在 残念


 昨年の今頃、米国のトランプ大統領が空母を日本海方面へ派遣し、米朝戦争が勃発しかけていた。ところが日本の国会といえば、戦争の危機などはほとんど問題にもならず、ひたすら森友学園問題一色であった。

 それから1年、国会の予算委員会では、また森友学園で大騒ぎである。この1年、国会で論じられた最大のテーマは何かと世論調査でもすれば、たぶん、森友・加計学園問題だということになるであろう。両者は、今日の日本を揺るがすほどの大問題だったのか、と私など皮肉まじりにつぶやきたくなる。


 本紙がスクープした財務省の文書改ざん問題は、森友学園問題というよりは、まずは財務省の問題であり、官僚行政の不法行為に関わる問題である。

 私は、この問題の重要性を否定するつもりは毛頭ない。しかし、当然ながら野党は朝日のスクープを安倍政権打倒の格好の材料とみなし、その後、大新聞もテレビの報道番組も、連日のように、「真相究明」を訴え、このひと月、日本の政治は財務省、森友一色になり、安倍政権の支持率は一気に下降した。


 財務省の文書改ざん問題と、昨年来の森友学園問題(国有地払い下げにおける安倍晋三首相の関与云々(うんぬん))は今のところ別問題である。

 現時点で確かなことは、ただ財務省内部での改ざんの事実であり、官邸の関与はなかったと佐川氏が発言したことであり、森友学園問題は現在、検察が捜査中、ということだけである。官邸が関与したという事実は何もでていない。財務省内部で「忖度(そんたく)」があろうがなかろうが、首相夫人が安易なリップサービスをしようがしまいが、それは官邸の関与を示す証拠にはならない。



 連日、国会の予算委員会からテレビや新聞、週刊誌にいたる森友学園騒ぎと、安倍内閣の支持率を一気に下降させた政治的エネルギーといえば、事実も想像力も、また様々な政治的思惑も推測もごちゃまぜになったマス・センティメント(大衆的情緒)であり、この大衆的情緒をめぐる駆け引きであるといわざるをえない。だがそれこそが大衆民主政治というものなのであろう。その時その時の不安定なイメージや情緒によって政治が右に左に揺れ動くのが大衆民主政治というものだからだ。


       ◎


 私がもっとも残念に思うのは、今日、国会で論じるべき重要テーマはいくらでもあるのに、そのことからわれわれの目がそらされてしまうことなのである。トランプの保護主義への対応、アベノミクスの成果(黒田東彦日銀総裁による超金融緩和の継続、財政拡張路線など)、朝鮮半島をめぐる問題、米朝首脳会談と日本の立場、TPP等々。

 私は安倍首相の政策を必ずしも支持しないが、それでもこうした問題について安倍首相は、ひとつの方向を打ち出しており、そこには論じるべき重要な論点がある。問題は野党が、まったく対策を打ち出せない点にこそある。だから結果として「安倍一強」になっているのだ。

 日本社会は(そしておそらくは世界も)今日、大きな岐路にたたされていると私は思う。財務省の文書改ざんの「真相解明」はそれでよいとしても、それ一色になって、重要な政策論が見えなくなるのは残念である。安倍首相の打ち出す方向に対する代替的なビジョンを示して政策論を戦わせるのもまた、いやその方が大新聞やメディアに課された役割であろう。


以上


 

公文書管理ルールを明確に②


 公文書管理ルールを明確に②

公文書管理ルールを明確に②
 朝日新聞18年6月9日 「正確な記録 民主主義の原点」

 先日のブログに公文書改竄に関する調査委員会を設置すべきだと書いた。そして、委員の1人を福田康夫元総理大臣にすべきだとも書いた。翌朝の朝日新聞1面と37面(香川版)に福田康夫元首相が載っていた。

 「公文書管理法の制定に向けた準備を進めていた当時、なかには都合の悪い文書は作らない人たちもでるかなとは考えた。だがまさか、改ざんするなんて想像もしなかった。改ざんはびっくりだね」

公文書管理ルールを明確に②
 朝日新聞18年6月9日 「記録さえ残っていれば」「歴史の拡大解釈起きにくく」「政治の不当圧力排除できる」

 「これを機会に、新しく公務員になる人たちには、公文書管理法の意味や目的について教育をしっかりしてほしい」「国に公文書の専門家を育てることも必要でしょう」「罰則も議論されていますが、法制化を進める段階ではあえて罰則はつくらないことにしたんです。あまり厳しくやりすぎると、最初からそうした文書を作らなくなってしまうことを心配した。まずは教育をしっかりすること、それが一番です」

 「公文書の管理で行政への不当な政治の要求や圧力も排除できるんです。公務員が『ちがうんじゃないですか』『記録に残りますよ』と言う。そうすれば政治家だってむちゃなことは言えませんよ」

 (聞き手・高橋淳さん、倉重奈苗さん)

公文書管理ルールを明確に②
 毎日新聞18年4月11日「なるほドリ」

 「2016年7月に首都ジュバで起こった武力衝突を『戦闘』と記していたことがPKO参加5原則との関係で問題になりました」

 「 なぜないはずの日報が見つかるの?」

 「 日報は上級部隊への報告後に『用済み』となり、部隊の警備体制などの機微な情報も含むため、1年以内に廃棄されることになっていました。このため、防衛省は開示請求があった時に『廃棄した』として開示しませんでした」

公文書管理ルールを明確に②
 書類保管箱

 上記の問題に関しては、意見がある。ひとつは、日本は「平和を希求」しつつも、「普通の国」に近づけるべきである。左翼の人に多いが、日本は対米依存がひどすぎるという人がいる。私もその点は異存はないが、対米依存の程度を下げるためには、もっと自主防衛力を上げるべきである。世界は、ロシアにしろ、中国にしろ、アメリカにしろ、その他の国にしろ、「自国ファースト」「帝国主義」の度合いを強めつつある。

 それとの関連で言えば、「PKO5原則」自体がおかしい。例えば、ドイツはPKO活動で100名以上が亡くなっている。日本はG8に入る一人前の国である。世界に約200カ国あるが、どこをどうとっても8番以内に入る国。それなりの責任を果たすべきである。

 また、戦場に近い場所で戦闘地区とそれ以外を明確に区分することは実際的ではない。亡父から聞いた話であるが、中国で戦闘時、中国兵は弱かったと言う。厄介なのは、城内に逃げ込んだ中国兵は戦闘服を脱ぎ捨てて(城内に散らばっている)、一般民間人の服装でゲリラ活動(便衣兵)をすることだと言っていた。女・子供でも安心できなかったという。突然、拳銃を撃ってきたり、体に巻き付けた爆弾を破裂させたりするという。


 重要書類保管の件。民間会社は会社法に規定されている。私がいた会社の規則では、永久、10年2か月、7年2か月…、となっていたと記憶している。私はその規則をかなり厳格に守ったほうである。「永久」は耐火金庫に保管するので問題はない。問題はそれ以外。

 最もズボラな責任者は書類保管箱に〇〇年〇月~××年×月会計書類と書いてなんでもかんでも放り込んである。捨てるということをしないから保管場所がなくなり、倉庫の隅とか中二階、ひどい時は社員ロッカーの上とかとんでもない所に置いていることがある。

 私は期限を過ぎた書類は積極的に捨てた。保管場所から想像がつくと思うが、埃でドロドロになりながら仕分けし、営業車で市の清掃工場に捨てに行った。高松、松山の清掃工場には何度も行った。地下十数メートルはあるゴミ捨て場に汗まみれになりながら放り込む。清掃工場ではクレーンの爪でゴミをつかみ焼却炉に放り込み燃やしてしまう。秘密は保たれる。

 東京は、さすがおひざ元、ちゃんとその種の業者と契約していた。広島に転勤になったとき、期限を過ぎた書類も捨てずいろいろな場所に大量に置かれていたので、ビル管理会社の管理人に話をして、業者を探してもらってビル管理会社として契約してもらった。


 自衛隊も同じような状態だったのではないかと思う。ちゃんとした仕事だと認識されず、それぞれが思い思いに捨てたりどこかに置いていたり(これが一番楽)していたのではないか。福田元首相が言うように、国としてちゃんとした仕事だと認め、専門家を育て、公務員に公文書管理法の意味や目的についての教育をしっかりすべきだと思う。

 これをいい機会として、デジタル時代に対応した公文書管理のルールを明確に定めてもらいたい

公文書管理ルールを明確に②
 ヤモリ。悪さをしないので逃げない。
公文書管理ルールを明確に②
 朝、こうなっていた。左側に血痕が何カ所かある。ヤモリがヘビか鳥に食われたか?右下側鱗粉が散っている。ヤモリと蛾の格闘の跡。先日、ヤモリが5センチほど離れたところにいる蛾を一瞬でパクリとやったのを目撃した。生存競争の跡。
公文書管理ルールを明確に②
 喫茶店の人に聞いたら、香東川岸のこの大木はセンダンだと言う。


以上


公文書管理ルールを明確に

公文書管理ルールを明確に
 四国新聞18年4月1日
公文書管理ルールを明確に
 日経新聞18年4月4日
公文書管理ルールを明確に
 朝日新聞18年6月3日
公文書管理ルールを明確に
 四国新聞18年4月8日
 香川県・豊島(てしま)の産廃物は14年の歳月と770億円を費やして昨春処理済みのはずであったが、今なお発見されている。廃棄物処理はそれぐらい難しい。豊島の世帯数は440軒弱なので1軒当たり1.75億円以上になる。

公文書管理ルールを明確に
 香東川(郷東橋から)
公文書管理ルールを明確に
 香東川岸の大木(今度、近くの喫茶店の人に木の名前を聞いてみよう)





  公文書管理ルールを明確に


 私は、森友問題にも加計問題にも驚かなかった。

 森友問題に関しては、国有地売却でおかしなことは昔からいくらでもあった。民間企業である朝日新聞、讀賣新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞の本社ビルも国有地を安く払い下げてもらっている。経団連のビルを建てるときもそのような要請があったやに聞いている。

 また、森友の該当地は元は沼池で、家庭ゴミ、産廃ゴミの不法投棄地となっていた。香川県の豊島(てしま)問題を見ても分かるが、ゴミの問題は厄介で、本当のことはすべて掘り起こさない事には分からない。それをするとその費用だけで土地の値段を上回りかねない(豊島産廃は14年、770億円かけても未だ収まっていない)。また同じ一筆の豊中市野田中央公園は実質14億円値引きされている。

 その上、関西特有の詐欺師夫婦が多くの政治家や昭恵夫人を巻き込んでいる。廃棄物に関する事前説明不足(役所のチョンボ)や小学校開学に間に合わなかった場合の損害賠償請求などを口にして役人を脅しまくっていた。


 加計問題に関しては、安倍首相と加計学園理事長が古くからの友人であったということだけ。日本の獣医学の問題は、①公務員獣医師、大型動物獣医師が不足していること、また獣医師会の政治力が強過ぎて半世紀以上も新しい獣医学部が新設されていないため切磋琢磨がなく、②日本の獣医学が欧米から非常に遅れていること。さらに付け加えるなら、獣医学部が東8割、西2割と偏在していること。

 これらは、加戸(かと)守行・前愛媛県知事の話を聞けば、すぐに分かること。加戸知事は、2000年以降、鳥インフルエンザ、BSE、口蹄疫などの人畜共通感染症の防疫に苦労した。そのため今治市に獣医学部を誘致しようといろいろな大学に声をかけ、最終的に話に乗ってくれたのが加計学園だった。しかし、構造改革特区制度を利用して10年余で15回も申請したが、獣医師会、文科省、獣医師会から献金を受けている政治家などの岩盤規制にはねられ続けてきた。

 日本のメディア、なかでも朝日新聞、毎日新聞、テレビ朝日、TBSなどは、憲法9条改正を明言している安倍内閣打倒が目的のため、加戸(かと)守行・前愛媛県知事の証言をほぼ無視している。加戸・前知事の証言を報道すると「加計問題」は無くなって、彼らには都合が悪い。朝日、毎日、テレ朝、TBSなどは「大義のためには事実を曲げてもかまわない」と思っているマルクス主義者(左翼)が多い。用心することである。


 私が非常に驚いたのは、決裁文書の改竄(かいざん)である。

 私は民間で育ったが、親会社がアメリカで株式を上場しているため、親会社の一室に常時何人か当時のプライス・ウオーターハウスの公認会計士が常駐していて、私自身も監査を受けたことがあるし、税務署、国税の調査を受けたこともある。会社の規則通りに仕事をすることが最も効率的だという信念で、文書管理も厳格に行っていた。

 それだけに今回の財務省の決裁文書の改竄には心底驚いた。あり得ないこと。底が抜けてしまったように感じた。大至急、原因究明と抜本的対策を講じる必要がある。違反者の厳罰化も必要である。


 四国新聞18年4月1日に時事通信特別解説委員の田崎史郎さんのコラムが載っていた。抜粋してご紹介します。


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 決裁文書改ざん
 国会で調査委設置を


 学校法人「森友学園」への国有地売却に関する財務省の決裁文書改ざん問題は、来年4月末で終わる平成の時代で、政治、行政の在り方を考える際、最大級の不祥事と言えるだろう。

 ここは、立法府対行政府という枠組みでとらえ、国会が調査委員会を設置して調査し対策を考えるべきではないか。


 ●史上初の事故調
 
 前例は2011年にある。東日本大震災後、国会に「東京電力福島原発事故調査委員会」(以下、事故調)が設置された。この事故調の報告書は今も衆院のホームページに掲載され、委員長の元日本学術会議会長・黒川清は冒頭、誇らしげにこう記している。
 「国民の代表である国会(立法府)の下に、憲政史上初めて、政府からも事業者からも独立したこの調査委員会が、衆参両院において全会一致で議決され、誕生した」

 事故調の設置法案は当時、野党だった自民、公明両党、旧たちあがれ日本の3党が同年8月、衆院に提出した。与党だった旧民主党も受け入れざるを得ず、同法は一部修正の上9月末、成立した。

 
 設置法案提出時の自民党政調会長・石破茂は当時をこう振り返る。
 「東京電力、政府どちらに聞いても、原因が明らかにならなかった。当事者は本当のことを言わない。ここは国会が国会の仕事、権能を果たすべきじゃないかとなった。与党も野党もない、と思った」

 事故調設置法は、民間の有識者10人の委員任命の日からおおむね半年後をめどに、衆参両院議長に報告書を提出しなければならないと規定。事故調は上部機関に当たる国会議員による協議会を通じて、証人喚問を含む事実上の国政調査権を行使できる仕組みにした。事故調は同年12月に発足。翌年7月に報告書が公表された。


 ●教訓くみ取る

 戦後の歴史上、東日本大震災も決裁文書改ざんもまれにみる出来事だ。被害者は誰か、と考えると後者の場合、財務省から真実を伝えられていなかった国会議員であり、国会議員を選んだ国民である。

 今回の文書改ざんは与党、野党、そして政権も、財務省にないがしろにされていた。

 特捜部の捜査は法律違反に当たるかどうかの判断であり、財務省調査は身内の調査。

 ここは、与野党が協力し、立法府が行政府を調査し、教訓をくみ取る方法しかないと思う。


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(感想・意見など)

 調査委員会は10人程度の有識者で構成するとして、その中の1人に是非、福田康夫元総理大臣を入れてもらいたい。福田氏は、首相在任時に公文書管理法制定に非常に熱心だった記憶がある。


以上


中村時広知事は「正義の味方」ではない

中村時広知事は「正義の味方」ではない
 週刊現代18年6月9日号
 
 いかにも中村時広知事が「正義の味方」のように書かれている。一方的な主張。加戸守行前知事の主張にも同量の3ページを割いてほしい。ものごとが全く違って見えてくる。

 加戸知事は「加計ありき」で誘致したのではない。松山大学や東海大学その他の大学にも色々声をかけた。獣医学部を誘致しようとしているのを聞きつけた北村直人獣医師連盟委員長と日本大学の酒井健夫(たけお)総長が話を潰すため東京から愛媛県庁に乗り込んできた。加戸知事は「日大で作ってくれるのでしたら喜んでお受けします」と述べたら、日大総長は「喜んで」と言ったが、その後なしのつぶて。

 結局、やりましょうと言ってくれたのが岡山の加計学園だけだった。鳥インフルエンザ、BSE(牛海綿状脳症、狂牛病とも)、口蹄疫(こうていえき)などの防疫に苦しんだ愛媛県、今治市にとっては、獣医学部を作ってくれる猫が一番いい猫。

 獣医師連盟は、玉木雄一郎や福山哲郎、石破茂など議員諸氏に政治献金を100万円単位でばらまき、恐らく文科省の天下りを大勢受け入れ、ひょっとすると(国際医療福祉大学のように)大メディアからも定年前後の人を受け入れ、半世紀以上も岩盤規制を守り続けてきた。獣医学部は人気があるため、私立の獣医学部は定員の5割ほども水増し入学させウハウハ

 そのせいで、①公務員獣医師、大型動物獣医師は不足し、②鳥インフルエンザ、BSE、口蹄疫などの人畜共通感染症にまともに対応できない獣医師ばかりを増やしてきた。欧米では日本の獣医師は獣医師とみなされない。

中村時広知事は「正義の味方」ではない
 週刊プレイボーイ18年6月11日号
 池田和隆さんは故松岡利勝元農水大臣の秘書を16年間務めてきた。

 池田さんが言うには、①獣医学部の新設を認める「国家戦略特区」について指示することは首相の正当な職務。何の問題もない。②与党議員は年に数千人と面会する。首相ともなればものすごい数になる。3年前に誰とどんな会話をしたかなどすべて記憶しているほうが不自然
 
中村時広知事は「正義の味方」ではない
 週刊新潮18年6月7日号
 中村時広知事はどうでもいいことでワアワア言っている。せいぜい十か百の問題。アホかと思う。千や万の重さの問題が山積しているというのに。物事の軽重の分からぬ人。時勢の読めぬ人。目立ちたがり、スタンドプレー、個人プレー…?

中村時広知事は「正義の味方」ではない
 5月が終わり、お礼のため近くの神社で拝礼をしていたら、猫たちが寄ってきた。
中村時広知事は「正義の味方」ではない
 帰ろうとしたら猫たちがついてくるので、ちょうど参拝に来た親子に任せた。
中村時広知事は「正義の味方」ではない
 本津川の「(桃太郎の)あばあさんの洗濯場」の近く。2匹のと尺大のが30匹ほど。
 香東川では見かけないが、本津川では高校生あたりが時おり釣りざおを垂らしている。




 中村時広知事は「正義の味方」ではない


 私は27年間のサラリーマン生活の半分ほどを2度の松山で過ごした。1978年~は白石春樹知事の時代の3期、4期時代だったか。まだ前任の伊予松山藩の久松松平家の流れをくむ久松定武前知事の名前も取りざたされていた。

 とにかく愛媛県というか松山市というかは、政争の激しいところであった。白石春樹知事の背中には「くりからもんもん」があると噂されていたが、来島ドック社長の坪内寿夫(つぼうち・ひさお)との争いはすさまじいものであった。坪内は「再建王」「船舶王」とも言われ、小説家の柴田錬三郎には「四国の大将」と呼ばれた。

 2度目の松山は、伊賀貞雪(さだゆき)知事の時代。たしか1995年には東京に転勤になったので、そのあとの加戸守行知事の時代は知らない。


 昨日、評論家で徳島文理大学教授の八幡 和郎(やわた・かずお)さんがブログ「因縁深い愛媛政治家列伝」を書いていた。愛媛と言えば政争の激しいところという印象しかなかった私には勉強になった。転載します(ちょっとだけ編集)。


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 因縁深い愛媛政治家列伝 〜 知事は良くも悪くも「全国最強」の権力者
 2018年06月01日 06:00 八幡 和郎



中村時広と塩崎恭久の父子二代に渡る因縁が続く

 加計問題では、愛媛県の政治家たちの個性的な振る舞いが混乱に輪をかけている。

 地元今治の村上誠一郎代議士は、朝日新聞などで反安倍代議士として大活躍である。彼が安倍首相と違う政見であることは何も悪いことではないが、いかにもえげつないやり方には、「トヨタの車の悪口をトヨタの社員がいえばニュースになるのと同じ」であって、あまり品の良いやり方でない。また、村上が岡田克也氏の義兄であるのに、マスコミがそれを彼の無視できない属性として指摘しないのもおかしい。

 一方、中村時広知事については、彼の政治的経歴と、愛媛県知事が代々、全国最強の封建領主といわれてきた歴史も頭に入れておかないと理解できないところがあると思う。

 中村氏のアンチ安倍路線は、やはり、塩崎恭久元厚生労働相とのライバル関係が根っ子にあると思う。

 中村知事の父である中村時雄は、民社党の代議士で、1949年の初出馬から旧愛媛一区(定数3)で、二度落選したが、三度目の正直で当選したあとは、一度だけ苦杯をなめたものの5勝1敗だった。ところが、1969年の総選挙では、自民党から大蔵官僚だった塩崎潤が出馬して保守系3人が当選して中村は苦杯をなめた。

 中村は、1972年の選挙でも落選したが、1975年の松山市長選挙に出て当選した。自由民主党・日本社会党・日本共産党・公明党・民社党がそれぞれ候補者をする「オリンピック選挙」を制したのである。

 しかし、4期目の途中にあった1990年総選挙で、あとで説明するように、中村時雄の息子で愛媛県議会議員の中村時広が愛媛1区から保守系無所属立候補したのだが、これに怒ったのが、代議士として8期目だった塩崎潤で、松山市助役・田中誠一に立候補させ中村を落選させた。

 それに続く、1993年の最後の中選挙区による選挙では、中村時広は日本新党から出馬して当選。塩崎潤はスキャンダルに巻き込まれたこともあって引退し、息子の塩崎恭久が継承してやはり当選した。

 1996年には小選挙区制による最初の選挙が行われ、自民党は関谷勝嗣を立て、中村は新進党から出馬したが関谷が勝利した。このとき、塩崎恭久は関谷との調整で前年から参議院議員となっていた。1999年には中村時広は松山市長選挙に出て、父親を裏切って市長になっていた田中を落選させて仇を討った。

 2000年の総選挙では、かねてよりの約束に従い、塩崎は参議院議員を辞職して関谷が補欠選挙で当選し、塩崎は総選挙にまわって当選。1999年には、専横を批判されていた伊賀貞雪知事に、塩崎恭久ら国会議員が反旗を翻し、文部官僚だった加戸守行を立てて当選させた。

 加戸は2010年に引退し、中村松山市長を後継として当選させた。しかし、塩崎と中村の関係は円滑とはいえず、塩崎が実質的に支援して、松山市長選挙に中村後継の現職に対抗させて経済産業省の官僚を立候補させたりもした。また、塩崎は総選挙で8連勝しているが、盤石というほどではなく、たとえば、中村が国政に転出すれば微妙とも言われる。


 愛媛県歴代知事列伝

 最初の公選知事は、官選知事だった青木重臣(1947~51)である。有能な内務官僚だったが、独善的で、とくに県議会で勉強不足の県議たちに対して馬鹿にしたような答弁を繰り返し、反発が強まった。

 そこで、保守党派内では、銀行などを経営して貴族院議員だった佐々木長治の名が出たが、当時の自由党党首だった吉田茂は現職の青木知事を優先し混乱した。それを見た社会党は、緑風会の参議院議員だった旧松山藩主の直系、久松定武(1951~71)を擁立した。久松は全県をくまなく巡回し、絶大な人気を獲得した。これをみて、自由党も佐々木に乗り換えて応戦したが時遅く、3000票足らずの僅差ながらも予想外の殿様知事の誕生となったのである。

 このように、社会党の支持で当選した久松だが、保守派内でものちに知事となる白石春樹など与党グループが形成され、とりあえず、順調な船出となった。だが、徐々に保革の対立が先鋭化し、とくに、社会党寄りだった副知事・羽藤栄一に対する反発は強かった。ここで、白石は奇想天外な策に出る。つまり、副知事廃止条例を制定したのである。

 当然のことながら、羽藤や社会党の反発は強く、法廷でも政治の場でも闘争が繰り広げられた。だが、最後は、大王製紙の井川伊勢吉らの財界人グループが仲裁に入り、知事室での緊迫したやりとりの末に副知事廃止に同意する念書に久松は署名したのである。そして、久松の再選をめぐっては、羽藤が社会党の後押しで挑戦したが、保守陣営に転じた久松に歯が立たなかった。この選挙では、久松陣営が機先を制するために、知事早期辞任の奇策を行い、正月選挙という珍しい伝統が生まれた。

 3選目の選挙では、再び久松が社会党が推す三橋八次郎をよせつけず勝利した。だが、4選目の選挙では、保守会派が派閥争いを起こして分裂した結果、保革連合で県政刷新県民の会が結成され、愛媛新聞社長の平田陽一郎が立候補し、まれにみる接戦となった。これに対して、自民党は選挙違反覚悟で徹底抗戦し激戦を制したが、選挙違反が続出し総括責任者だった白石春樹(1971~87)も逮捕された。現在のように百日で判決という時代ではないので、高裁の判決が出て最高裁に上告中に5選目の選挙になり、社会党のエース湯山勇代議士が革新知事らの応援を得て立候補したのを押し返した。

 そして、明治百年の恩赦があるというので、白石は上告を取り下げて刑を確定させたうえで恩赦を受けた。このために、久松の4期目は当選無効となったが、任期はすでに終わっていたので実質的意味はなかったのである。そして、1971年の選挙で、「罪を一人で被った」白石はより強固な基盤を手に入れて、湯山の再挑戦を大接戦の末に退けて当選した。その後も、野党は白石が張り巡らせた芸術品とまでいわれたマシーンに歯が立たなかった。とくに、3選目、4選目の選挙では、白石は立ち会い演説会に参加しないという横暴ぶりだった。

 この間、久松県政においても、白石が実力者として君臨していたので、久松の5期と白石の4期はほとんど連続している。愛媛では、県教組の力が強かったが、白石はこれを猛然と切り崩した。とくに、久松時代の「勤評闘争」や全国学力テストをめぐる騒動は、全国的にも注目され、全県をゆるがす大事件となった。政治的にも抜群の力を誇った教祖への反発が強かったのに理由がないわけではなかったが、組合員に対する南予の山間地から瀬戸内の離島へ毎年、移すといった過酷な転勤命令、学力テストで全国一位を獲得するために試験の範囲ばかりを教えるとか、成績が悪い生徒への欠席勧告、カンニングや問題漏洩などが続出し子供たちの心にも深い傷跡を残した。

 その一方、経済面では、蜜柑や真珠の特産品としての成長、東予新産業都市の建設、南予の観光開発、伊方原発の立地、強力な政治力の成果としての本四架橋「しまなみ海道」の建設などが展開された。

 また、来島ドック社長の坪内寿夫と愛媛県の剛腕知事としてその名を轟かせた白石春樹が対立し、坪内が傘下に置いた「日刊新愛媛」を通じて県政批判を展開し、県がそれへの取材拒否に踏み切るという「喧嘩」は、まったくローカルな出来事にもかかわらず全国的な話題となった。この白石の時代から後継者の伊賀貞雪にかけて伊予の知事は全国最強の封建領主といわれたのである。

 その白石も高齢のために引退することとなり、副知事の伊賀貞雪(1987~99)が公明や民社の推薦も得て立候補し、事実上の無風選挙を制した。再選時も共産党候補のみが対立候補だったが、3選目には社民党などが前愛媛大学学長の福西亮を擁立して緊迫したが寄せ付けなかった。

 だが、4選を狙った1999年の選挙では、若手県議や一部国会議員からの反発で、文部省OBの加戸守行(1999~2010)が擁立され、自民党本部も積極的に応援した。県教組も文部官僚時代の実績を肯定的に評価し戦列に加わり、国会議員の一部や各種団体の一部の支援を受けた現職や、読売新聞出身の県議である藤原敏隆などを圧して勝利した。

 伊賀定雪は、松山商業出身の県職員で白石が後継者として指名しただけあって、素晴らしい切れ者の能吏であった。国際化の流れに応じていちはやくFAZ(輸出入促進地域)の指定を獲得したり、松山空港への国際線の就航に取り組むなど積極的な経済開発を展開したし、財政の健全性維持にもすぐれた手腕を発揮したことは間違いない。


 政治姿勢も就任早々は「県民を納得させる親切行政」というなど対話を強調し、白石時代とは違った謙虚なものと映った。ところが、徐々に側近政治に傾き、また、プロパー、出向者を問わず職員に対する極端に峻厳な態度、民間人でも少しでも県政改革について意見を言う者に対する露骨な嫌悪を見せた。また、白石時代から国会議員に対する県庁優位は極端だったし、諸行事の際には、すべての出席者が揃ってからおもむろに知事登場とか、知事が他県へ行くときは皇族並みといわれる慎重な準備を県職員がして驚かれたりもした。

 あるいは、白石とは一期目途中から関係が悪化し、葬儀にも出席しなかった。こうした極端な姿勢が反乱につながったのである。

 加戸は、私のインタビューでも、「これまでの知事は強い権力をもっており、知事が言えばすべて決まるという具合でした。県政をがっちりまとめていけるという良い面もあり、『しまなみ海道』の整備のような大きな事業は、政治力がなければできていなかったでしょう。ただ、人々の多様な感性を県政に生かすことができなかったという面もあります。自由にものが言えて、言ったことが愛媛の社会に生かしていけるようになればよいと思い、知事就任以来、唱え続けているのは職員の意識改革です。役人の悪い面が職員に表われてこないようにし、県民との意見交換が率直に行われるようになってもらいたい」といっていたが、このような背景があるのである。

 いずれにせよ、やや極端に個性的な知事たちの時代のあと、加戸知事の下で普通の県政に転換しているということであるが、戦後の愛媛県政が強い自己主張で独自性を求めたことのプラス面も無視できないのはいうまでもないし、加戸もハワイ沖の「えひめ丸」事件の際に示したような強い主張と行動力、教科書問題などで示す自らの信念に基づく主張などに個性を発揮しつつ21世紀の愛媛づくりに取り組んでいる。

 その結果として、2期目の選挙では、圧倒的な支持を集めて無風選挙を制した。

 松山と言えば「坊ちゃん」だが、同じ明治でも「坂の上の雲」を売り出したのが松山市長時代の中村時広(2010年)。慶応で中学から大学まで学び、三菱商事に就職したが父が市長時代に県会議員に。1993年の総選挙では日本新党公認で当選し、さらに、松山市長。加戸知事との関係も良好で、順当に後継知事となった。

 その後、加戸中村の関係がどうなっているかは、あえて書かないが、いまやかつての殿様知事たちに劣らぬ豪腕ぶりといわれる中村と、禅譲したはずの加戸のあいだは微妙なものなのかもしれない。

(文中敬称略)

『地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図』 (文春新書) 八幡 和郎


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(感想・意見など)

 週刊新潮18年6月7日号の最後にも書いている。

 「ある県職員によれば、

 『今や、愛媛県は内々(うちうち)の話が出来ない県だとレッテルを貼られ、職員が中央官庁に陳情に行っても誰も会ってくれません』

 無鉄砲に正義の味方を演じるのだ。」


 柳瀬唯夫(やなせ・ただお)・元秘書官は、愛媛県職員が嘘を言っているとは言っていない。自分が覚えていないと言っているだけ。それを大げさに「ウチの職員が嘘を言っているというのか!」と煽っているのは中村知事。スタンドプレー。

 私が柳瀬秘書官の立場なら、10年以上15回も申請して撥ねつけられたことに同情し、獣医師会側、天下りで配慮された文科省側、政治献金された政治家側などのウラ(癒着)も見えているし、自分の使命として岩盤規制の打破ということもある(またそうすることが国益にかなう)ので、役人としてのノリを越えない範囲で、松竹梅の松の対応をする

 すなわち、「構造改革特区」と「国家戦略特区」との違い、どういうルートを動かしたらいいよとか、こういう書き方をしたら通りやすいよとか、助言すると思う。中村知事はその好意を無にしたどころか、泥まみれにして踏みつけた


 中村時広知事のつまらぬスタンドプレーのお陰で、愛媛県は今後十年以上松竹梅の梅の対応をされるのは間違いない。慇懃無礼に木で鼻をくくった最低限の塩対応をするだけ。そうするのは違法ではない。愛媛県は全官僚を敵に回した

 チャイルデッシュで人の情けの分からない中村知事は鼻高々かもしれないが、割を食うのは愛媛県の役人および愛媛県人である。

 
以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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