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「口に出せなかった戦後史」から

「口に出せなかった戦後史」から

 朝日新聞 11年9月4日 新日曜版GLOBE 「Bestsellers in Munich」から抜粋

 
 
 「東西ドイツ統一を成し遂げたヘルムート・コール元首相は……親しい人々から裏切られて怒ってばかりいる」

 「今年に入って、長男ヴァルターが書いた本がベストセラーになった。……題名を無理に訳すと『自分の人生を生きるか、それとも他人の人生を生きるか』。ヴァルターは、どこでも『コールの息子』として扱われて『自分の人生を生きる』ことができなかったと嘆く」

 「次男ペーターも母親ハンネローレの映画を製作中。昔コール家に出入りし、目にかけたはずのジャーナリストも、無断で妻ハンネローレの伝記を書いた。『Die Frau an seiner Seite(彼の傍らの女性)』で、数週間前に出版された途端ベストセラー第1位に躍り出た」

 「ハンネローレ伝を読むと、ドイツにも『内助の功』があったことがわかる。彼女のお陰で夫は政治に専念できた。コールが16年間も首相を務める間、ハンネローレはいつも『彼の傍ら』にいた。……ところが、彼女は2001年に自殺してしまう」

 「彼女の父は戦前ライプチヒで軍需工場を経営し、1945年の敗戦後、ソ連軍の追及を逃れて家族と西側に移住。12歳になったばかりのハンネローレは不安に怯える毎日を過ごした」

 「敗戦前後、ドイツに侵入したソ連軍兵士は女性住民に対して大規模な集団暴行事件を起こした。最新の研究では被害者が推定190万人といわれる。ハンネローレは、伝記作者に自分もその一人だったことを認めている」

 「またソ連兵に『窓からセメント袋のように外にほうりだされた』と語ったことがある。彼女が胸椎に傷害を被ったのもその頃のことで、そのために生涯重い物をもつことができず、鎮痛剤なしでは生きることができなかった」

 「ソ連軍による婦女暴行事件は戦後ドイツでは広く知られていたが、誰も公には言及しなかった。このタブーは性的羞恥心や民族の誇りに関連する。これが変わるのは1990年代の旧ユーゴ紛争からで、そこで大規模な婦女暴行があったために、ドイツのフェミニストが自国にもあったこの事件を掘り起こし、タブーをやぶることになった」

 「彼女を診察して精神面にその原因を見ようとする医者は、遠ざけられた。彼女は少女のときに受けたトラウマを独りで抱え続けるしかなかった」


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(感想・意見など)

 何年か前に、ドイツにおけるソ連軍兵士による組織的婦女暴行の話を何かで読んだことがある。その本だか雑誌だかには、被害者は200万人、幼女から老婆にまで及んだとあった。ソ連兵は家の中まで踏み込み、やりたい放題。さからえば殺される。地獄である。

 独ソ戦で1100万人以上のソ連軍兵士が亡くなり、民間人を含めると2000万とも3000万人ともいわれる戦死者の復讐戦ともいわれ、たまたま心がけの悪い兵士による犯罪ではなく、ソ連軍として意図的・組織的に行った犯罪とのことであった。

 ドイツ人の男は約300万人がソ連の戦争捕虜として捕らえられ、うち200万人以上がシベリア送りとなり、かなりの人(一説には100万人)が帰らぬ人になったといわれる(日本人のシベリア抑留は、一説には、60万人、苛酷な労働・飢えや寒さで亡くなったのは6万人といわれている)。

 明らかに極刑に処すべき重大犯罪であるが、歴史は勝者によって作られる。「勝てば官軍」。実に後味の悪い話である。


以上

プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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