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「狂った牙」から

「狂った牙」から
 (河井信太郎)
 
 
 週刊ポスト12年7月6日号ジャーナリスト青木 理(おさむ)さんの短期集中連載記事「狂った牙」第9回から検察とメディアの関係について抜粋してご紹介します。



 東京・霞が関の裁判所合同庁舎。その2階部分の一角に、司法記者クラブがある。新聞・テレビなど約20社が加盟する。

 記者クラブ制度が日本のメディア界に長く巣食った問題点であることはあらためて記すまでもない。検察と司法クラブの間には、さらに不可解な因習が公然と罷り通ってきた。その代表例が「出入り禁止処分」なる慣行。

 今から20数年前のこと。時の特捜部長が検察担当記者たちに一枚の紙を配布した。このような取材・報道は許さない――そんな〝ルール〟を明文化したものであり、主に次の3項目が列挙されていた。

 ①逮捕や強制捜査などに関する「前打ち記事」、②一線の検事や事務官への接触取材、③捜査の被疑者となる人物への直当たり取材。

 この〝ルール〟に反すれば、特捜部長の判断により、当該社には「出入り禁止処分」が言い渡される。その処分レベルにも3段階ある。

 当局や当局者が特定メディアの取材を拒否することは、警察などの官公庁でも時おり行われてはいる。しかし、検察ほど「出入り禁止」を連発し、しかもそれをシステム化している官公庁は他にない。にもかかわらず、記者たちは歯向かわない。記者クラブの記者たちが当局ベッタリに堕してしまうのは検察に限った話ではないが、検察と検察担当記者の力関係があまりに圧倒的だからである。

 圧倒的な力関係の下、検察が持つ情報と強権にひれ伏してきたメディア。その悪習の根を辿っていくと、特捜を軸とする戦後検察の骨格を築いた馬場義続と、その〝牙〟として猛進した「鬼検事」こと河井信太郎が特捜を率いていた頃に作り上げられていたことが分かる。

 「あの時代の検察担当には異様なルールがありましてね。記事を出す場合には、どういう内容で何段の扱いにするかまで、事前にすべて河井さんに連絡しなくちゃならなかった。そして河井さんから『やめろ』と言われれば諦めなくてはならない。逆らったら徹底的に締めあげられる」

 「河井さんは『発表以外は何も書かせない』と常々公言していました。どこかが特ダネを書くと、直ちにネタ元の〝徹底捜査〟がはじまる。『これ以上、捜査妨害になるような記事を書けば、新聞社にガサをかける。自動車伝票を押さえれば、どこを夜周りしているかすぐ分かる』ってね」

 今に至る検察の取材統制の原型は馬場―河井時代に形作られ、クラブに詰める記者たちが検察にひざまづく基本的な構図は完成させられていた。

 ただ、特捜検察に各メディアがひれ伏していった原因を、河井や検察側の責だけに帰してしまうのは公平性に欠ける。メディアの側が自らひれ伏していった側面も強いからである。
 特捜の捜査をメディアが煽った部分すらしばしばあった。

 こうしたメデァの態度こそ、特捜検察が「正義の装置」であるかの如き偽りの神話を振りまき、チェック機能なき「最強権力」と化してしまうのに一役買ってしまった。その原点は馬場河井が率いた〝特捜の黄金時代〟に形作られた取材統制システムが横たわっており、悪弊は今にいたるもほとんど変わらぬまま続いている。


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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