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見え始めた「現代の希望」

二つの芸術祭
二つの芸術祭
二つの芸術祭


 12年9月29日四国新聞に、新潟県・十日市町の「大地の芸術祭」と香川県の「瀬戸内国際芸術祭」の総合ディレクターを勤めているアートディレクターの北川フラムさんが、「瀬戸内物語」と題して寄稿している。ご紹介します。


 二つの芸術祭 見え始めた「現代の希望」


(本文抜粋)

 2年前の「瀬戸内国際芸術祭」も越後妻有(つまり)の「大地の芸術祭」も信じられないほどの多くの人が来られた。

 かたや人口減少の著しい島であり、かたや世界有数の豪雪地帯。ともに現代美術が中心の国際的なプロジェクト。これだけの発信力があり、多くの人が来られているということで、国内だけでなく国外からの視察も多く、実際に、台湾・中国・香港からはツアーを仕立てて団体客がたくさん来られています。

 共通しているのは美術館での彫刻や絵画の展示が中心というより、屋外や空き家、廃校、田んぼなどを使い、それぞれの場に根差した作品であること。

 その場でしか成立しない唯一の作品でありそれが地域の特色をあらわにすることによって、来る人に、作品それ自体だけでなく、場所全体の魅力を感じさせている。

 作品だけが輝くのではなく、その作品が立地している場所を輝かせ、作品の奥にひらけている空間、光景を輝かせています

 場所が作品を生んでいる。場の力が多くの人を呼び込み、それらへの人々の共感が、地域の人たちを元気づけています。ここでは「分からない」ことの代表みたいになっている「現代美術」が、地域と人々をつなげる媒介者になっている。

 例を挙げれば、直島の草間彌生さんの「南瓜かぼちゃ)」は、これがない時は普通のただの海でしかないのに対して、この作品があることによって、この前面に広がる海が、より鮮明になったことは皆さんが感じられている通りでしょう。これは多くの人々に、自分が住む場所への希望を抱かせるのです。

 この二つの芸術祭では、多くの都人(みやこびと)が来るだけではなく、支えている人も都市の人たちだという特色があります。都市の人たちが、地域、田舎を求めているという大きな底流があることを気付かせてくれました。

 彼らは都市の限界を知り始め、私たちの遺伝子の源である海や里山へと、さかのぼりだしました。五感が万象に感応する場所を求める旅をしだしたようにすら見えます。
 情報や市場の国際化があまりにも効率化を求め記号的でありすぎ、それが生身の人間を角質化させ、画一化していることに、人間の本能・生理が反乱を起こし始めたと言ってもいいと思います。


 過疎、極端に言えば、社会の中心から見捨てられたところこそが、現代の病弊に向かい合わざるを得ず、逆に希望となり始めた。その端緒が二つの芸術祭から見えてくるのではないかと思うのです。


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(感想・意見など)

 北川フラムさんの言う通り、上段の写真を見ると、何でもない海と空が、「南瓜かぼちゃ)」を置くことによって光り輝いてきます。

 また、中段下段の写真を見比べて下さい。直島の海と空と空気のもとにあることによって、「南瓜」は芸術となり、見る人たちに元気を与えます。下段のように美術館にぽつんと置いたのではその真価は発揮されません。場所が作品を生んでいる顕著な例です。美術館で「南瓜」を見てもその良さは半分も分かりません。現地で見てこそです。


 来年の春から「瀬戸内国際芸術祭」の2回目が開催されます。12年7月29日のブログ「アート瀬戸内」を見てください。



以上
プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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