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敵討ち無念 病死男の墓

敵討ち無念 病死男の墓
敵討ち無念 病死男の墓


 四国新聞13年1月9日に興味深い記事が載っていた。ご紹介します。



 敵討ち無念 病死男の墓


 丸亀港から金刀比羅宮(ことひらぐう)に続く旧こんぴら街道と県道善通寺府中線との交差点近くの共同墓地に「武智万次郎云者墓というもののはか)」と刻まれた墓碑がある。

 言い伝えによると、この人の実名は武市善次郎土佐藩の藩士だったが、父が百姓との口論の末に棒で殴り殺された。藩主から父の敵討ちかたきうち)の許可を得た善次郎は、武智万次郎と名前を変え、敵を追って弟と2人で旅に出た。

 そして8年目、ついにその男が郡家村(ぐんげむら)の造り酒屋で奉公していることを突き止めたが、敵を目の前にして病死したという。

 当時、郡家村を治めていた高松藩は、土佐藩に万次郎という男を照会したが「該当者なし」という返事だった。名前を変えていたとはいえ、藩主が敵討ちを許可している以上、分からないはずはないが、武士が百姓に殺されたという事実を他藩に知られたくなかったのかもしれない。

 この兄弟に同情した高松藩主は、1832(天保3)年に立派な墓を建て「万次郎云者」と記したといわれている。


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(感想・意見など)

 産経新聞13年1月7日の記事「警察署長はつらいよ」を見て、今野 敏こんの・びん)さんの警察小説「隠蔽捜査」シリーズを思い出した。この小説の中で、主人公の竜崎(りゅうざき)署長は、1日中書類に判押しばかりしている。そのくらい書類があふれている。ただ判を押すだけではない。中身をきちんと吟味する必要がある。「自分が最後の砦」という気構えが必要である。

 私もかつてサラリーマン時代そうであったので、身につまされた。会議などで1日出張するときも、出来るだけ日帰りにしていた。1泊すると半日近く時間をロスする。翌日は、2日分の書類で、1日判押しで日が暮れる。定時が終わったころからその日にするはずだった仕事に取り掛かることになる。

 2011年10月に東北旅行をしたが、その時から、上田 秀人ひでと)さんや佐伯 泰英やすひで)さんの小説に取りつかれ、何百冊も時代小説を読むようになった。それで分かったことの一つは、江戸時代において、例えば町奉行や老中はたいへんな激務であったということである。実に細かいことまで報告が上がり、許可を求めてくる

 私は誤解していた。日本はかなり昔から「法治国家」であった。中国や韓国が今でもデタラメな「人治国家」であることを思うと、この文化は日本人が独自に育んだとしか思えない。日本人の法治意識は、西洋から入ってきたものではない

 
 武智万次郎云者というもの)の件も、郡家村からきちんと高松藩に報告があり(郡家と高松城は30㌔くらい離れている)、高松藩は土佐藩に問い合わせ、そのいきさつに同情した高松藩主が命じて、手厚く葬ったに違いない。

 昔のひとはちゃんとしていた。泣ける話である。


以上
プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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