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利得ゲームとしての戦争

利得ゲームとしての戦争


 
 私のライフワークのひとつは、「日本は何故あの馬鹿げた戦争をしたのか?」その「失敗の本質」を明らかにすることである。その答えのひとつと思しきものを週刊東洋経済の「コンパス」欄で見つけた。現在、早稲田大学教授の原田 泰ゆたか)さん(当時は大和総研の顧問であったと思う)が書いたものである。原田さんは、通説にとらわれることなく、自分の頭で考えるひとである。こういう見方は、実に新鮮である。

 
 論文は、新潮選書「なぜ日本経済はうまくいかないのか」(1260円)に収められている。抜粋してご紹介します。


 利得ゲームとしての戦争

 戦後の忘却

 戦前の日本人は、戦争とは利得をもたらすものと思っていた。日清戦争は利益をもたらした。日本は、賠償金2万両(約3.4億円、1895年当時の日本のGDPは15.5億円、…3.4億円は現在価値で100兆円?)を得た。日露戦争は利益をもたらさなかった。第1次世界大戦は利益をもたらした。ヨーロッパの戦争需要に乗じて、日本の製造業と海運業は莫大な利益を得た。1931年の満州事変も利益をもたらしたと民衆には認識された。

 戦争に参加しないで利益を得ることもできた。第1次大戦はその実例だ。ヨーロッパの戦乱で漁夫の利を占め、第2次大戦に参加しないという選択肢もあった。現に、首相に指名される可能性もあった陸軍の重鎮、宇垣一成は、「日本の勢といふものは産業も着々と興り、貿易では世界を圧倒する。……この調子をもう五年か八年続けて行ったならば日本は名実ともに世界第一等国になれる。……だから今下手に戦など始めてはいかぬ」(『宇垣一成日記』)と後に述懐している。なぜ、戦争をしないで利益を得るという選択がなされなかったのか。


 第1次大戦は軍にとって最悪の結果

 第1次大戦は、日本軍にとっては最悪の結果だった。産業は利益を得たが、軍人には得るものはなかった。ビジネスが富と権威を得、軍の権威は相対的に低下した。それまで、将校さんと言えば、娘を嫁にやりたいエリートだったが、その値打ちは低下した。大戦で飛躍的に発展した西欧列強の武器に比べ、日本軍の武器は旧式となった。日本軍としては、第2次世界大戦には参戦し、勝利し、自らの権威を高め、強大な武器を持つべきだった。日本軍に戦争をしないという選択肢はなかった。

 戦争は国民全体に利益をもたらさなくても、一部の国民には利益を与える。日清、日露の戦争において、中将以上の将官はすべて華族に列せられた。その数、日清戦争において32名、日露戦争において73名である。ほとんど戦わなかった第1次大戦では9名しか華族になれなかった。

 華族の体面を保つための一時金が天皇から下賜された。その金額は、男爵1万円、子爵2万円、伯爵3万5千円である。現在の価値を、1人当たりの名目GDPで考えると、男爵7億、子爵14億、伯爵24億5千万円ということになる。男爵からすでに世襲である。現在の役人ができるのはせいぜい自己一身の天下りだが、当時は子々孫々の天下りである。

 軍人の給料は安かったが、10年に一度は戦争があって、そのたびに華族様が生まれるというわけだ。職業軍人とは、制度が博打である公務員と考えた方が良い。

 軍功と関係なく、そのときのポストで華族になれるか否かが決まる。そのばからしさは、軍人も自覚していた。少将で従軍すれば途中で中将になり、ほとんどが華族になれた。戦場から妻に、「生きて帰れば男爵夫人、死ねば浮気な後家となれ」と書き送った少将もいたという。粋な軍人もいたものだが、無事、男爵になった。太平洋戦争が日本の敗北でなく終わっていたら、当然に軍功華族が大量に生まれただろう。


 軍隊という組織の難しさ

 軍隊という組織は、極めて運営の難しいものである。死ぬ気で戦わなければ戦争では勝てない。しかし、死ななかった軍人が出世して栄達を得る。中国軍は、この仕組みが分かっているから、誰も本気で戦わなかった。

 一方の日本の軍隊は、死ぬ気で戦うという部下の我儘を認めざるを得ない組織になっていく。満州事変以来の日本の歴史は、派遣部隊が本国の許可を得ず戦線を拡大するということを繰り返す。派遣部隊にしてみれば、そこに利権があり、戦争が栄達への道ならば戦線を拡大しようとするのが当然である。

 本国の許可を得ず満州事変を引き起こした関東軍司令官本庄繁大将は、満州国建国の功をもって男爵となる。戦線を拡大することが、日本の精神であったのだ。

 しかし、本当に、戦場に日本全体の利権があったのだろうか。満州には、日本が必要とする石油もなく、米もほとんど取れなかった。満州事変の立役者、石原莞爾も、「満蒙はわが人口問題解決地に適せず、資源また大日本のためには十分ならざる」と認めている(石原莞爾「満蒙問題私見」)。


 戦争ゲームの性質

 さらに、戦争に民衆を動員したことが問題になる。妥協しても良いことで民衆に死ぬ気で戦わせることはできない。したがって、戦場で勝ち取ったものは正義であり、これは絶対に渡すことはできないという理屈になる。

 戦争のプロフェッシオナルである戦国武将は、むしろ戦争のゲームの感覚を理解していた。妥協や和睦や裏切りは武士の習いと認識していた。しかし、民衆を巻き込んだ大規模な戦いでは、それができない。欧米がアジアから取ったものを日本が取って何が悪いというのは戦国武将の感覚である。取れる限りは取って、取るのにコストがかかりすぎれば止めることができる。しかし、東亜を解放すると言い出せば止めようがない。

 合理的な利得ゲームから始まった戦争は、際限のないものになっていく。


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(感想・意見など)

 戦争によりもたらされる軍人の利益があまりにも多過ぎた

 本国の許可を得ずに満州事変を引き起こした本庄繁大将、石原莞爾参謀、板垣征四郎参謀などは、本来は軍法会議にかけられて死刑になっても仕方がないはずであった。「信賞必罰」は鉄則。しかるに、その行動を追認し、あろうことか昇進までさせている。これで歯止めがかからなくなった
 
 結果オーライ。成功すれば、子々孫々まで栄耀栄華が約束される。後輩の軍人(武藤章参謀ほか)は、それを見て己の利益のために暴走した。軍人が暴走すれば、武器を持っているだけに、誰も止めようがない。まさに、原田さんが言うように、「職業軍人とは、制度が博打の公務員」である。

 戦争には敗れたが、軍人の遺族には戦後累計50兆円もの遺族手当が支払われた。外地で暴漢に襲われたり、自決したり、空襲などで虫けらの如く亡くなった民間人には、一銭の賠償金も支払われていない。犬死にである。

 ここでも官尊民卑である。


以上
プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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