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クルマのデザイン

クルマのデザイン
クルマのデザイン
クルマのデザイン


 
 クルマが売れるか売れないかはデザインの要素がかなり大きい。日刊工業新聞13年2月19日マツダ・アテンザのケースで面白い記事があった。抜粋してご紹介します。




 走りとデザイン+反骨心
 開発者は語る(商品部主査 梶山 浩氏)


 旗艦モデルとしてマツダらしさを体現する車に仕上げた。マツダらしさとは人生を豊かにするモチベータ、人と車を一体化することによる喜び。これには開発コンセプトづくりのやり方を大きく変えた

 従来は幅広い顧客の声など定量データに基づいていたが特定のユーザーの定性データからつくった。

 先代の2代目は売れた初代をどう育てるかにフォーカスし、悪い所を直し良い所を伸ばした結果、マツダの個性が薄くなって失敗したからだ。

 日本、米国、中国、ドイツ、豪州でそれぞれ1人ずつの顧客を選定し、日常生活、価値観、考え方、趣味などを調べて彼らの重視する項目を洗い出した。極端だが世界で5人の人に買ってもらえる車がつくれればいい。それで競合と比べて際立つマツダの個性が出せると考えた。

 反骨精神が旺盛で社会的なチャレンジャ―――という共通点がある5人が求めたのは、やはり走りとデザインだ。それさえあればあとは少々何でもいいと。

 先進技術「スカイアクティブ」の性能を感性に忠実な操作系で引き出せる走りは、最初の100㍍を走る間に喜びを分かってもらう「100㍍プレミアム」にできたと思っている。デザインはコンセプト車「雄(たけり)」を熟成させており、骨格、質感、ブランド表現にこだわった。


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(感想・意見など)

 私は、小学高学年のころからクルマ好きであった。当時は国産車は全く冴えなかったため、アメリカ車西ドイツ車が興味の的であった。中学生ごろから日産ウォッチャーになった。

 日産のピークは、ブルーバード3代目のP510の頃であったと思っている(3段目の写真:これはラリー仕様車)。私もこのクルマが大好きであった。1967年から1972年まで作られた510は今でも一部で大変人気があり、40年以上経つが、程度のいい中古車は新車並みの値段が付いている。10年くらい前までは街で走っているのを時々見かけた。

 日産が衰退した原因の一つは、クルマのデザインにある。日産は官僚的な会社であり、東大卒が威張っていた。デザイナーが開発中のクルマのデザイン案を役員会に諮ると、色々な役員が口を挟み、ダメ出しをし、結局無難なデザインに落ち着く。モデルチェンジが失敗すると、ブル510の成功が忘れられず、ブルーバード以外にもローレル、サニー、オースターなどで510のデザインが度々復活していた。一貫した「日産デザイン」というものがなく、素人の私が見てもメタメタであった。当然人気がなくなった。

 日産再建のためルノーから送り込まれてきたカルロス・ゴーン社長がしたことは、リストラの他に、デザイン部門のたて直しのためいすゞ自動車からカーデザイナーの中村史郎氏をヘッドハンティングし、デザイン部門の最高責任者としたことである。他の役員には口出しさせず、中村氏1人に日産デザインの最終責任を負わせた。


 以下少し余談になるが、日産衰退のもうひとつの原因は、今年2月に86歳で逝去した塩路一郎しおじ)労組委員長にある。労組をバックに人事・経営にまで口出しし、塩路氏が首をタテに振らないと役員人事も決められず、英国工場進出でもおおもめにもめた。日産社長の仕事の7~8割が労組対策に費やされたという。お客様の方を向いて仕事をしていない。会社のていをなしていない。

 塩路氏はまさに〝労働貴族〟。自身〝労働貴族〟で何が悪いとうそぶいていた。日産の最高級車プレジデントに乗り、都内に7LDKの豪邸を構え、自家用ヨットを所有し、夜な夜な銀座で飲み歩いていた。私も、フライデーだかフォーカスだかで、塩路氏の写真を見たことがある。1枚はクルーザーにビキニ姿の女性を何人も乗せて得意そうな写真。もう1枚は愛人のアパートにこそこそ通う塩路氏の哀れな写真。これが契機となったか塩路氏は凋落し、1986年委員長を辞任した。


 ブル510のころの日産は、優秀な人も多く、技術もあり、トヨタと対等に張り合っていた。しかし、会社のベクトルが合わず次第に衰退最終的には経営者の責任であるが、1999年にルノーに買収され、リストラで多くの人が解雇され、主な資産は売却され、系列は見直され、優秀な技術は持っていかれ、利益の多くは44%以上の株式を持つルノーに配当という形で持っていかれ、「ルノーの財布」になっている(ルノーが悪いわけではない。ベスト&ブライテストを集めても、日産やJALのようにそれぞれが勝手な事をすると哀れな事になるという見本)。


 マツダ、スバルトヨタでは当然戦略は異なる。マツダ、スバルは10人のうち1人に好かれたらいい。個性あるクルマを作るべきである。没個性だとトヨタに負ける。あってもなくてもいいメーカーになる。トヨタの旗艦車種は、10人のうち5人に好かれる必要がある。これはこれで難しい。その代わり、旗艦車種以外では多少遊べる。冒険ができる。マツダ、スバルだと少ない車種のうち1~2車種でも売れないと経営に打撃となる。それぞれ立ち位置によって戦略は異なる。ひとも同じようなことが言えるかもしれない。


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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