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英国の遺産

英国の遺産




 週刊新潮13年4月18日号高山 正之さんの「変見自在」欄を抜粋してご紹介します。


 英国の遺産


 昭和12年夏、蒋介石は20万精鋭部隊を投入して上海の日本租界を攻めた。蒋には独、米もついて供与された21機のノースロップ軽爆撃機が空から爆弾をばらまいた。

 日本側は一握りの陸戦隊が援軍の来るまでの3か月間、支那軍を抑え込んだ。日本側の戦死者数は1万を超えた。イラク戦争での米軍戦死者の倍になる。

 それでも日本は支那戦争とは言わずに「支那事変」と言った。


 米国と言えばその半世紀前、スー族が白人の不埒に怒って暴れ出したときリンカーンはためらわず宣戦布告し、正規軍を送り込んで叩き潰した。

 同じころ、英国ビルマ国王ティボーに保護国になれと言った。断られると宣戦布告して砲艦1隻をマンダレーに遡航させ、片端からビルマ人を殺していった。国王は降伏した。英国側の被害はインド兵4人だけだった。


 英米はなんでその程度でも戦争というのかそれは戦争なら相手国の国王も挿()げ替えられ、資源や領土も合法的に奪える。憲法の書き換えだって好きにできる。

 現にリンカーンはスー族の居留地も取り上げ、主だった族長38人を戦犯として処刑した。一度に38人を吊るしたのは未だに破られない世界記録だ。

 ビルマ(現ミャンマー)でも同じ。
 英国はその権利をフルに使い、降伏したティボーと王妃をインドに流し、王女はインド兵に与え、王子らはすべて処刑した。マンダレーの王城は監獄に作り替え、王国は英国領とした。


 クラウゼッツは戦争とは高度な政治手法とか恰好つけるが、対第三世界では略奪と民族淘汰を合法化する口実でしかなかった。

 ビルマはかくて合法的に英植民地にされ、アッサムのお茶からエナンジョンの石油、モゴックのルビー鉱山も英国のものになった。ただビルマは敬虔な仏教徒ビルマ人の国だった。王家という心棒を抜いてもビルマ人の民族意識は残り抵抗は続いた。

 英国はリンカーンの族長皆殺しをまずやった。知識層や小さな村の指導者まで殺した。アウンサン(スー・チー)の祖父もこのとき殺されている。

 次に英国はビルマのインド化を図った。

 インドはドラビア人からベンガル人まで人種も言語も様々。信仰する宗教もイスラムやヒンズー、シークと多様だった。英国はそれをことごとく対立させた。宗教対立はパキスタン分離まで行き、今でも憎しみ合い殺し合っている。

 インド紙幣に今でも15の地方語が書かれているように英国はインドに統一語を持たせなかった

 日本軍のおかげで共通語を持ったインドネシア人はすぐ団結してオランダ軍と戦って追い出した。

 4億インド人が団結できなかったのはこの統一語不在のためだった。インド人は団結を忘れ、今も英国に楯突く気持ちを持たない。

 容易に支配するには多民族、多宗教国家化だというわけだ。それでビルマにイスラム系インド人60万人を入れ、華僑も呼び込んだ。周辺の山に棲むカチンやモンを山から下しキリスト教に改宗させた。パゴダしかなかった国にモスクが建ち、赤寺と教会がその隣に並んだ。

 「首都ラングーンの人口の61%がインド人と支那人で36%がビルマ人だった」と英国の歴史家ファーニバルは記録している。

 そして支那事変の年にはマンダレーで待望のイスラム教徒と仏教徒の衝突があり3000人が死んだ。英国はビルマを立派にインド化できたと喜んだ。

 かつて日本軍と英印軍が戦ったメークテーラで先日、仏教徒とイスラム教徒が衝突した。死者は50人に上ったとニューヨーク・タイムズが報じた。衝突の根は「ビルマを多民族化した英国の植民地統治の遺産」と正直に分析していた。



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(感想・意見など)


 アフリカの地図を見ると、極めて不自然な国境線が多い。普通、国境線は山や川や谷など自然が作った地形を元にしたものであるはずが、アフリカの国境線は直線が多い。植民地支配のなせる業である。

 「アフリカの国境線の大不自然」 (相模原 水野タケシさん)
 

 1994年アフリカのルワンダ大虐殺が起こったというニュースに衝撃を受けた。

 かなり昔、服部正也さんという日銀マン(のちに世界銀行副総裁)が書いた「ルワンダ中央銀行総裁日記」という中公新書を読んでいたからである。日本人がその経験を生かして、開発途上国の建設に貢献している姿に大変感銘を受けた覚えがある。その後、着々と建国がなっているものと思っていた。

 約100日間でフツ族がツチ族100万人近くを虐殺したという。

 数日前、新聞を見ながらテレビをつけていると、「フツ族、ツチ族」と聞こえてきた。耳を傾けると、「もともとフツもツチも同じ言語で宗教も同じであまり違わなかったが、植民地時代に対立するように仕向けられた」と言っていた(宗主国はベルギー)。


 植民地支配の罪業は重く深い



以上
プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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