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吉宗の足高(たしだか)の制

吉宗の足高(たしだか)の制



 
 江戸幕府第8代将軍徳川吉宗(1984-1751)は、享保の改革で実にさまざまな改革を行なった。その一つに「足高たしだかの制」がある。

 上田 秀人うえだ・ひでと)さんは、「御広敷用人おひろしきようにん)」シリーズ(光文社文庫)で、吉宗の口を借りて、現代の政治・社会をも批判しているように思われる。抜粋してご紹介します。


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【登場人物】

・江戸幕府第8代将軍 徳川吉宗
・御広敷用人 水城みずき聡四郎

 
 「幕府は腐っている。長き泰平に慣れ、武家はその本来の気概を失い、庶民は慎ましさを忘れた。人々は質素倹約を忌避し、浪費と贅沢を美徳としている。そのお蔭で人々の生活は裕福になった。だが、このまま繁栄は続くのか」

 「続かぬ。理由は簡単だ。贅沢と浪費を支えるには、それ以上の生産がなければならぬ。いつか生産が頭打ちになることは明白。消費が生産を上回ればどうなる」

 「飢えまする」

 「そうだ。喰えぬ者が増える。さて、米ではなく、これを金に換えてみよ。躬()の言う状況になっておるのではないか。すでに。禄(ろく)をはるかにこえる借財をほとんどの旗本が負っている。禄が増えるあてなどないにもかかわらずだ」

 「入る金はかわらないのに、贅沢をすることで支出が増え、足りなくなった分を借りる。金を借りれば利子が付く。百両借りれば百十両返すことになる。十両、己の財産が減る。病や火事などやむを得ぬ借財はよい。それを返せば終わるからな。だが贅沢をするための借金は終わりがない。己の目が覚めるまで永遠に続く。一代だけで終わらぬ。生まれたときから白米を食べた者は、玄米を嫌がる。生まれ性にして贅沢が染みついていては、辛抱などできまい。旗本たちが数代にわたる借財を抱えているのが当たり前になっている。これは正しいのか」

 「いいえ」

 「武家の禄という形もよくないのかも知れぬ。本人にはなんの手柄がなくとも、先祖代々の禄は与えられる。どれほど借財しても、収入はとぎれぬからな」

 「このままにはしておけぬ。先祖は能ある者であったかも知れぬが、子孫までそうとはかぎらぬ。能力のない者に禄を与え、役を与える気はない。もちろん、代々の禄を取り上げなどせぬぞ。受け継がせぬなどと言ったならば、その日のうちに、躬は殺される」

 「躬は、役目に禄をつけようと思う」

 「今、役目は格で選ばれている。目付(めつけ)ならば千石内外の旗本が任じられる。これを変える。目付にふさわしい者ならば五百石、三百石でもよい。役目に就け、その代わり千石に足りぬ分を、在任中だけ支給してやる。こうすることで、家柄だけで役目にありつく無能を排し、能力があっても格が足らなかった者を登用できるであろう。そのうえ、役目に応じた加増ではなく、そのときだけの足高たしだか)ならば、役を降りれば出さずともすむ。幕府の負担も少ない」

 「たしかにさようではございますが……」
 聡四郎には、吉宗の案への反発が予想できた。

 「言わずともよい。文句を言うものは出よう」

 「出の身分で侮(あなど)る馬鹿は、いつの世にもおる。己がなにをしたわけでもなく、ただ名門の家に生まれたというだけで、偉いと思いこんでいる愚か者は多い」
 鼻先で吉宗は笑った。


(以上)

プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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