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『氷川清話』から②

『氷川清話』から②
氷川清話から②




 またまた『氷川清話』ひかわせいわ)から。
 
 渋田利右衛門(しぶた・りうえもん)のこと、を抜粋してご紹介します。



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 若い時分におれは非常に貧乏で、書物を買う金がなかったから、日本橋と江戸橋との間で、嘉七かひち)という男が小さい書物商を開いていたので、たびたび行って、並べてあるいろいろな書物を読むことにしておった。すると向うでもおれが貧乏で書物が買えないのだということを察して、いろいろ親切にいってくれた。

 北海道の商人で渋田利右衛門しぶた・りうえもん)という男もたびたびこの店へ来ており、嘉七からおれの話を聞いて、「それは感心なお方だ。自分も書物をたいへん好きだが、ともかくも一度会ってみよう」というので、つい嘉七の店で出合った。渋田のいうには、「同じ好みの道だから、この後ご交際を願いたい。私もお屋敷へうかがいますから、あなたも私の旅宿へおいでください」といって、無理に引っぱって行った。

 この男は、元来函館の商人の子で子どもの時から本が非常に好きで、しじゅう本ばかり読んでいるので、親がひどくこれを嫌って、書見をいっさい禁じていた。なお隠れ隠れに読んでいたところが、ある時親から見つけられて、むごい目に叱られた上、懲らしめのために両手を縛って二階へ押し込められ、一日中飯も食わないでおらせられた。

 しかし、懲りるどころか、縛られながらもその辺に落ち散ってあった草双紙を、足で開いて読んでおるので、親もとうとう我を折って、「これからは家業さえ怠らねば、書見は許す」ということになった。渋田は非常に喜んで、家業の余暇にはいろいろな書物を買って読み、江戸へ出た時などには、たいそうな金をかけてたくさんの珍本や有益な機械などを求めて帰って、郷里の人に説き聞かせるのを、一番の楽しみにしておるということであった。

 二、三日すると渋田は自分でおれの家へやってきた。そのころのおれの貧乏といったら非常なもので、畳といえば破れたのが三枚ばかりしかないし、天井といえばみんな薪(たきぎ)にたいてしまって、板一枚も残っていなかったのだけれども、渋田はべつだん気にもかけずに落ち着いて話をして、昼になったから、おれがそばをおごったら、それも快く食って、いよいよ帰りがけになって、懐から二百両(現在の二千万円くらいか?)の金を出して、「これはわずかだが書物でも買ってくれ」といった。

 あまりのことに、おれは返事もしないで見ていたら、渋田は「いや、そんなにご遠慮なさるな。こればかりの金はあなたに差し上げなくとも、じきに訳もなく使ってしまうのだから。それよりは、これであなたが珍しい書物を買ってお読みになり、そのあとを私に送ってくだされば何より結構だ」といって、強いて置いて帰ってしまった。

 このけい紙もそのときに渋田がくれたので、「おもしろい蘭書があったら翻訳して、この紙へ書かせてくだされ」と頼んだのだけれど、実際はおれが貧乏で紙にも乏しかろうと思って、それでくれたのだ。そののちもたびたびけい紙を送ってくれた。

 それからというものは双方絶えず音信(たより)を通じていたが、おれがいよいよ長崎へ修行にいくことになると、渋田は非常に喜んで、「これでこそ私の平生の望みも達したというものだ。私も、一度は外国の土地までいってみたいと思うけれど、親の遺言もあるから自由なことはできない。が、今日あなたにかようなご命令のくだったのは、私にくだったのと同じように私は心得ているから、どうぞ十分にご勉強なさい」といって、おれを励ましてくれた。

 おれもこの男の知遇にはほとほと感激して、いつかはこれに報ゆるだけのことはしようと思っていたのに、惜しいことには、渋田はおれが長崎にいる間に死んでしまった。こんな残念なことは生まれてからまだなかったよ。



(以上)

プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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