『電子の標的』『機密漏洩』★★★★☆

濱 嘉之(はま・よしゆき)さんの『電子の標的』(講談社文庫)、『機密漏洩』(文春文庫)を立て続に読んだ。寝不足である。濱さんの本は、自身の経歴、警視庁・警察庁勤務、衆議院議員政策担当秘書などに裏打ちされ、リアリティがあり、当り外れが少ない。★★★★☆ないし★★★★★である。
『電子の標的』は、最新の科学捜査の状況が良く分かる。世間では、元CIA職員スノーデン氏の内部告発で騒いでいるが、世界の諜報関係者で驚いた人はひとりもいないと思われる。私も、かなり昔から「エシェロン」の存在は知っていたし、濱さんはじめこの種の本を読んでいたので、さもありなんと思った。
盗聴がいいか悪いかと言われれば悪いには違いないが、国家というのは、必要とあれば、違法であろうがなかろうが、やる存在である。国家がその気になれば、個人などたちまち丸裸である(私は内部告発者は重要だという立場)。
『機密漏洩』も面白い。本題からはズレるが、昨日のブログで、戦前・戦中、日本国家の中枢に人格に欠陥のある人間が何人もいたというようなことを書いたが、その後この本を読んだら、それに関連する話がでてきた。ご紹介します。
主人公は、麻布警察署警備課長、前警視庁公安部係長の青山 望(のぞみ)。
上司は麻布警察署長、元公安部の渡辺 章一郎。
青山は、公安情報の収集のため警視庁本部公安第四課を訪れた。応対したのは公安第四課の藤枝 卓也係長だった。青山は、打てば響く藤枝の知識、勉強ぶりに感心し、埋もれた逸材というのはいるものだと思った。
(有能な警察官は2年前後で異動する)
あるときの青山課長と渡辺署長との会話。
署長「お前さんの後任が先決だ」
青山「公安四課の資料第三係長に藤枝という男がいるのですが……」
署長「公四の藤枝?藤枝卓也か?」
青山「はい。確か、その名前です」
署長「あれはいかん」
署長があまりに強い口調で否定したので青山は驚いた。
署長「あいつは警部の本部勤務が2回目なんだ。外事二課に係長で行った時、所轄と合同で追っかけをやっていてな、車両追尾をやった時、あいつは後部座席に乗っていたんだ。運転担当は所轄の巡査で、助手席には係長が乗っていた。……追尾は失敗。失尾してしまった。その後の藤枝がまずかった。後部座席から運転していた巡査の頭を足蹴にしたんだ」
青山「えっ」
あまりに非常識な行為を聴いて、青山は思わず絶句した。
署長「よく、タクシーの運転手や運転担当に暴言を吐いたり、時には足蹴にするような著名人がいるが、そんなことをする奴は、たとえどんな理由があるにせよ人格に欠陥がある。藤枝は即日所轄に出されたんだ。確かに奴は公安的情報収集、分析能力を持ってはいる。しかし人間としての欠陥があっては幹部にはなれない。奴はもう一度所轄に滑り落ちるだろうな」
青山「そんな男には見えませんでした……」
署長「上の者にはいいんだよ。しかし、上級幹部になったのなら、そこを見抜く力も必要だ」
青山「それがどうして新宿署からまた四課に戻ったのでしょうか?」
署長「新宿署で奴の下についた3人の警部補が鬱病になってしまった。所轄に置くことができなかったんだよ。言葉を換えれば飼い殺し、だな」
青山は安易に藤枝を推奨してしまった自分を恥じていた。
(以上)