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丹下健三 伝統と創造展

丹下健三 伝統と創造展 パンフレット
丹下健三 伝統と創造展 朝日13年8月28日
丹下健三 伝統と創造展 四国13年8月29日
丹下健三 伝統と創造展 イサム・ノグチと丹下健三





 昨日、「丹下健三 伝統と創造展」に行って来た。香川県立ミュージアムで9月23日(月)まで。瀬戸内国際芸術祭の一環でもあり、入場料は一般1000円であるが、3シーズンパスポートを持っているので500円であった。

 今年は丹下健三生誕100周年である。「丹下健三展」に合わせ、丹下と交流のあった猪熊弦一郎とイサム・ノグチの作品27点の展覧会もあった。同じく9月23日まで。


 丹下健三は大阪府で生まれ、幼少期を上海、父親の出身地である今治で過ごした。東京大学に進み、32歳の時、父親が危篤になり広島に駆けつけている途中で原爆投下を知った。同日、今治空襲で母親を失った。このことは今回の回顧展で初めて知った。

 私はサラリーマン時代2年間広島にいた。会社は広島平和記念公園のすぐ向かいにあった。仕事はめちゃめちゃ忙しかったが、合い間に、ビルの6階から向かいの平和記念公園とすぐ横を流れている大田川を眺めていた。全国に支社支店は数多あれど、最高の環境であった。

 広島平和記念公園を設計したのが丹下健三だということは知っていた。大田川と元安川に架かった少し変わったデザインの橋を設計したのがイサム・ノグチだということも知っていた。

 私は今回の回顧展を見るまで、丹下にとって広島平和記念公園は単なる仕事だと思っていた。今回のことで結びついた。単なる仕事であるはずがない。丹下は原爆投下直後の広島を知っている。父母をはじめ多くの人々の鎮魂の意味があったに違いない。

 現在、広島平和記念公園周辺は最高の環境である。私は毎日大田川沿いに歩いて会社に通っていた。必ず原爆ドームの横を通る。その時、私の頭の隅にある光景がよみがえる。1945(昭和20)年8月6日、恐らく何百あるいは何千人という被爆者が、水を求めて大田川、元安川などに飛び込み、亡くなった光景が。



 話が逸れた。言いたいことは色々あるが、長くなるのでこの辺でやめる。丹下は東大教授として、多くの人を育ててきた。その人たちや孫弟子にあたる人たち、一緒に仕事をしたことのある人たち、瀬戸内の香川県はもちろん広島市、倉敷市、今治市、南あわじ市など丹下にゆかりのある、実に大勢の人たちの尽力により、一連の丹下健三生誕100周プロジェクトは間もなく有終の美を飾ろうとしている。御同慶の至りである。


 それにしても、こういう貴重な資料を散逸させるのは惜しい。かつて香川県の金子正則知事が言ったように「建築は総合芸術である」。絵や彫刻、古美術品などの美術館はイヤというほどある。、建築博物館のようなものはあるのだろうか?借金1千兆円の時代に言いにくいが、それが無理なら、ある1カ所でアーカイブ(デジタルデータ)化して残せないものかと思う。


 参照:13年8月18日ブログ 「丹下健三シンポジウム」


(追伸)13年8月31日(土)22時~テレビ東京系「美の巨人たち」は、丹下健三の最高傑作!『東京カテドラル聖マリア大聖堂』です。是非ご覧下さい。


以上

プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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