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安積疏水と銅像

安積疏水と銅像 日経13年12月17日




 安積疏水あさかそすい)は、猪苗代湖より取水し、福島県郡山市とその周辺地域に農業・工業・飲用水を供給し、水力発電にも利用されている日本三大疏水の1つである。

 元は年間降雨量が1200㍉と水利が悪い丘陵地帯で、荒涼とした原野で牛馬の牧草を採るくらいしか用途がなかった。

 明治初期、各地で士族の反乱が起こり、士族授産の国家事業として、オランダ人技師ファン・ドールンの指導のもと、1879(明治12)年より5年間で安積疏水は完成した。一帯は大穀倉地帯となり、日本有数の米どころとなった。1898(明治31)年には水力発電所が設置され、その電力を利用した製糸業が発達した。


 その安積疏水とファン・ドールンにまつわる話が日経新聞に載っていた。抜粋してご紹介します。



 銅像はつらいよ 十選
 山中に埋められた「ファン=ドールン像」  姫路市立美術館学芸員 平瀬 礼太さん


 日本における銅像全般の最大の危機は戦争である。物資・武器不足解消のための金属供出運動が銅像にまで及び、国内で夥しい数の銅像が回収された。皇族や戦意昂揚に特別に寄与する像は難を難を免れたが、屋外に設置される地方の偉人像は壊滅状態であった。

 福島県の猪苗代湖畔に架かる十六橋脇のファン=ドールン像は回収されなかった特異な例である。

 ファン=ドールンはオランダのお雇い外国人で、猪苗代湖の水を安積平野に導く疏水計画の指導者であった。1872年に来日し、各地の河川築港計画に参加、78年に安積疏水工事に関わった。

 発展の立役者としてファン=ドールンの銅像が1931年に建設される。しかし44年9月に福島県の供出命令が下った。

 ここで安積疏水の理事長であった渡辺信任はとんでもない決断をする。ファン=ドールンに尊敬の念を抱く地元民にとって供出は拒絶したいが、国家方針には背けない。であるなら盗まれたことにして、隠してしまえと。

 夜中に銅像を降ろして山中に埋め、作業員は破格の賃金で口を封じた。そうして戦後に掘り出して再建し、現在も同地に像は立つのである。  (福島県会津若松市所在)


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(感想・意見など)

 こういうことはなかなか隠し通せるものではない。地域の住民や作業員、場合によっては県庁の役人や警察官まで理事長の行動にこころの中では賛同していたと思われる。根底には恩人に対する尊敬の念がある。


以上

プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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