想像絶する過酷な現場



想像絶する過酷な現場
いわゆる芸能界といえば、チャラチャラしたイメージを持ちがちであるが、実態はそんななまやさしいものではなさそうである。有馬 稲子さんの話が愛媛新聞6月4日に載っていた。抜粋してご紹介します。
有馬 稲子「夜の鼓(つづみ)」
OK出るまでに1週間
数多くの名監督の下で、日本映画の一時代を築いた女優有馬稲子。最も印象に残っている作品として今井 正監督の「夜の鼓」(1958年)を挙げた。
これほどむちゃくちゃにしぼられた作品は他にありません。決して忘れられない映画です。
撮影は想像を絶する厳しさでした。脇差を手にした男に関係を迫られ、「待って」と男を思いとどめようとするシーン。何度「待って」と言っても、監督は納得しません。どこが悪いかは絶対に語らず、たばこを吸いながら「違うなー」と言うばかり。
翌日も、その翌日も全てNG。待って。待って。待って…。恥ずかしくて顔を上げられず、いっそ宿泊先のホテルから飛び降りようかと考えることさえありました。
OKが出たのは1週間後。その間、カメラは1ミリも回りませんでした。何が悪かったのかは今でも分かりません。
試練はそれだけでは終わりません。不倫を知った夫(三国 連太郎)から殴りつけられるシーンでは、リアリズムに徹する三国さんがテストから本気で殴ってきます。「テストだから堪忍してよ」と懇願しても、三国さんは「ごめん、ごめん」と言いながら、また本気で殴ってくる。
本番。監督の要望通り、三国さんのグローブのような大きな手がすごい勢いで飛んできました。頭がしばらく真っ白になって何も分からなくなりました。
監督は一言。「落ち着いたら、もう一回やろうか」。耳の中に血の塊ができ、腫れ上がった顔を2時間かけて氷で冷やしました。テストと本番で計30発くらい殴られたのではないでしょうか。
苦しい思いばかりでしたが、精神的に鍛えられ、少々つらいことがあっても平気になりました。できあがった映像は素晴らしかったし、自分で言うのも変ですが、スクリーンの中の私は、女の色気にあふれていて、美しかった。
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◆ 週刊新潮14年5月29日号、『村上海賊の娘』の著者和田 竜さんと女優の綾瀬 はるかさんの対談の一部を抜粋します。
和田 大河ドラマって、どんなスケジュールで撮影するんですか?
綾瀬 基本的に月曜がリハーサルで火曜から金曜が収録、土日はお休みなんです。だいたい朝7時半にスタジオ入りでメイクが始まって、9時ごろスタートで終わりはマチマチですね。
和田 終了時間はないんですか。この時間に照明が落ちるとか。
綾瀬 ないんです。だから朝の4時とかまでできちゃう。「八重の桜」の撮影が始まったときは、朝スタジオへ行くと「平清盛」の撮影をしていて、みんな「お疲れさまでした」と帰っていくんです。昼夜逆転して大変だなと思って。
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◆ 2000年のTBS日曜ドラマ「ビューテフルライフ」。美容師役の木村 拓哉さんと車椅子の図書館司書役の常盤 貴子さんで最高視聴率40%以上を取った。
その常盤 貴子さんが言っていた「連続ドラマは二度とごめんです」と。事実、その後常盤さんを見かけることはほとんどなくなった。
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◆ 最近のTBSドラマ「MOZU」で人気上昇中の西島 秀俊さんが言っていた「今までで最もハードな現場です」と。想像できる。
単なる憧れで出来る仕事ではなさそうである。昔から「親の死に目に遭えない」仕事だとも言われてきた。大変な仕事である。
以上