(再掲)隣の国の困ったちゃん
(祥伝社新書)
上記の本の帯
高知新聞15年4月20日
①草思社 ②扶桑社文庫
日韓併合前の京城(ソウル)
日韓併合後のソウル
朝鮮の工業生産伸長率は併合後世界一
朝鮮の人口推移
韓国の国花・槿(ムクゲ)。花は美しいが……。
コリアという民族の本質をついていると思うので、2015年4月21日のブログを再掲します。
.......... ..........
隣の国の困ったちゃん(再掲)
父から聞いていたコリアの実態と朝日新聞、毎日新聞、岩波書店などが伝えるコリアの情報のギャップに悩んでいた20数年前、呉 善花(お・そんふぁ)さんの『スカートの風』を読んだ。呉さんは20代後半まで韓国に住み、日本の大学に留学した。目からうろこがぼろぼろ。父が言っていたことが本当だった。それ以降呉さんの本の大半は読んできた。
井沢 元彦さんは、週刊ポスト連載の『逆説の日本史』などでお馴染。コリアについても度々発言している。
現在の韓国を考える上でかかせないことのひとつは、朝鮮戦争以降北はあらゆる破壊活動を仕掛けてきていて、特に金大中政権、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権で北に親和的になり、政界、マスコミ、法曹、教育などあらゆる分野に従北勢力が入り込んでいて、社会の破壊活動を行っているということ。世界で最も残虐で非民主的な北朝鮮が、韓国内では「民主派」「人権派」と称してあらゆる分裂・破壊活動を行っていることを忘れてはいけない。
(日本でも、しばしば「民主派」「人権派」と称する連中が従北派、容共派である。旧社会党は、非武装中立を唱えながら、北朝鮮による拉致を隠蔽しようとしてきた。また、国連に、「従軍慰安婦=性奴隷(SEX SLAVE)」を捏造し、刷り込んだのも彼らである)。
彼らの目的は分裂・破壊なので、日本人が何を言おうが何をしようが、必ず難癖をつけてくる。
以下は以前ブログで書いてきた記憶があるが、重要だと思われるので再録します。
........... ...........
『 困った隣人 韓国の急所 』 井沢 元彦さん、呉 善花さんの対談(祥伝社新書)から抜粋してご紹介します。
■ 日本統治体験をもつ70歳以上には親日派が多い―呉
現在で70歳以上の人に親日家が多いのは事実です。韓国人の人類学者崔 吉城(チェ・ギルスン)さんが、韓国巨文島の住人の「親日・反日意識調査」の調査結果を発表しています(調査期間1987年11月1日~1988年1月10日)。この調査では、お年寄りほど親日家が多く、若い人ほど反日主義の人が多いという結果がきれいに出ています。戦後60数年にもわたって、一貫して強固な反日教育が行なわれてきたこと、これが韓国の反日主義の事態を形づくっているんですね。
■ 親日を公言すれば社会的な抹殺を受ける―井沢
『親日派のための弁明』(草思社)を書いた金 完孌(キム・ワンソプ)さんは、かつて強烈な反日主義者だったそうです。それが、オーストラリアに留学して親日派に転じています。諸外国の人たちと議論していくなかで、疑問がどんどん膨らんでいって、英語の文献などを読むと、自分が習ったこととまったく違ったことを言っている。そういうことから目覚めていって、歴史の見方が180度変わったと言っています。祖国の韓国がいかにねじ曲がった歴史を教えているかを知って、帰国して『親日派のための弁明』を書いたそうです。
■ 歴史的人物を批判すれば名誉棄損に問われる―井沢
この本で金 完孌さんは、李氏朝鮮の皇后、閔妃(みんび)を批判したことでその子孫から名誉棄損の訴訟を起こされ、刑事、民事ともに有罪となっています。
また、その裁判のときに金 完孌さんが「金九(キム・グ)は閔妃の敵を討つために無実の日本人を殺害し、その後に中国に逃避した朝鮮王朝の犬だ」と批判する印刷物を傍聴者に配布したことで、金九の子孫から名誉棄損の刑事告訴を起こされて有罪となっています。
アメリカでアブラハム・リンカーンは差別主義者だと言ったら、日本で大久保利通や伊藤博文の批判をする者がいたら、その子孫は訴えることができるわけがありません。近代国家ならできないのが当然ですが、韓国ではそれができる。これでは歴史研究なんか不可能です。こんな国とまともな歴史論争なんかできるはずがない。
■ 赤字経営下での驚異的な経済成長率―井沢
韓国は日本は朝鮮を収奪したと言っていますが、事実は正反対です。日本は朝鮮に毎年莫大な投資をしていますが、最後まで投資過剰の赤字経営でした。
(一例を農業にとると、)農地の開墾・干拓・灌漑などの土地改良が強力に推進され、米の生産高は併合当時は年1000万石程度でしたが、1940年には2200万石を超えるというように、2倍以上も伸びています。
■ スラム街から東洋有数の近代都市への変貌―呉
李氏朝鮮時代末期は本当に悲惨な状態でした。飢饉続きで農民一揆が絶えず、いまの北朝鮮の地方のような極貧状態にありました。当時の写真を見ると、中心街のソウル南大門の前にびっしり建ち並んでいる建物は、みな平屋茅葺屋根のボロボロなもので、その景観はまさしくスラム街でした(このあと、あの有名なイザベラ・バードの紀行文からの引用が続く)。
これが日本統治時代に入ると一変するんです。あっという間に東洋有数の清潔で近代的な都市へと変貌するんです。これは実に象徴的なことです。
■ 人口激増が物語ること―井沢
日本統治時代に入ると、朝鮮の人口はものすごい勢いで伸びていきますね。経済の発展で食糧事情が大幅によくなって、栄養がよくなり健康の管理が進み、乳幼児の死亡率も大幅に下がった。1906年からどんどん増えていって、最終的には2倍ほどになっています。
■ 日本統治で救われた一般庶民―呉
当時の朝鮮人は80%が農村に居住していました。生活面で決定的な変貌を遂げたのが農村でした。あれだけの貧困にあえいでいた農民たちが、どれだけ豊かになったかということです。
日本統治で本当に救われたのは人口の大半を占める農民たち、つまり大多数の一般庶民でした。
以上
上記の本の帯
高知新聞15年4月20日
①草思社 ②扶桑社文庫
日韓併合前の京城(ソウル)
日韓併合後のソウル
朝鮮の工業生産伸長率は併合後世界一
朝鮮の人口推移
韓国の国花・槿(ムクゲ)。花は美しいが……。
コリアという民族の本質をついていると思うので、2015年4月21日のブログを再掲します。
.......... ..........
隣の国の困ったちゃん(再掲)
父から聞いていたコリアの実態と朝日新聞、毎日新聞、岩波書店などが伝えるコリアの情報のギャップに悩んでいた20数年前、呉 善花(お・そんふぁ)さんの『スカートの風』を読んだ。呉さんは20代後半まで韓国に住み、日本の大学に留学した。目からうろこがぼろぼろ。父が言っていたことが本当だった。それ以降呉さんの本の大半は読んできた。
井沢 元彦さんは、週刊ポスト連載の『逆説の日本史』などでお馴染。コリアについても度々発言している。
現在の韓国を考える上でかかせないことのひとつは、朝鮮戦争以降北はあらゆる破壊活動を仕掛けてきていて、特に金大中政権、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権で北に親和的になり、政界、マスコミ、法曹、教育などあらゆる分野に従北勢力が入り込んでいて、社会の破壊活動を行っているということ。世界で最も残虐で非民主的な北朝鮮が、韓国内では「民主派」「人権派」と称してあらゆる分裂・破壊活動を行っていることを忘れてはいけない。
(日本でも、しばしば「民主派」「人権派」と称する連中が従北派、容共派である。旧社会党は、非武装中立を唱えながら、北朝鮮による拉致を隠蔽しようとしてきた。また、国連に、「従軍慰安婦=性奴隷(SEX SLAVE)」を捏造し、刷り込んだのも彼らである)。
彼らの目的は分裂・破壊なので、日本人が何を言おうが何をしようが、必ず難癖をつけてくる。
以下は以前ブログで書いてきた記憶があるが、重要だと思われるので再録します。
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『 困った隣人 韓国の急所 』 井沢 元彦さん、呉 善花さんの対談(祥伝社新書)から抜粋してご紹介します。
■ 日本統治体験をもつ70歳以上には親日派が多い―呉
現在で70歳以上の人に親日家が多いのは事実です。韓国人の人類学者崔 吉城(チェ・ギルスン)さんが、韓国巨文島の住人の「親日・反日意識調査」の調査結果を発表しています(調査期間1987年11月1日~1988年1月10日)。この調査では、お年寄りほど親日家が多く、若い人ほど反日主義の人が多いという結果がきれいに出ています。戦後60数年にもわたって、一貫して強固な反日教育が行なわれてきたこと、これが韓国の反日主義の事態を形づくっているんですね。
■ 親日を公言すれば社会的な抹殺を受ける―井沢
『親日派のための弁明』(草思社)を書いた金 完孌(キム・ワンソプ)さんは、かつて強烈な反日主義者だったそうです。それが、オーストラリアに留学して親日派に転じています。諸外国の人たちと議論していくなかで、疑問がどんどん膨らんでいって、英語の文献などを読むと、自分が習ったこととまったく違ったことを言っている。そういうことから目覚めていって、歴史の見方が180度変わったと言っています。祖国の韓国がいかにねじ曲がった歴史を教えているかを知って、帰国して『親日派のための弁明』を書いたそうです。
■ 歴史的人物を批判すれば名誉棄損に問われる―井沢
この本で金 完孌さんは、李氏朝鮮の皇后、閔妃(みんび)を批判したことでその子孫から名誉棄損の訴訟を起こされ、刑事、民事ともに有罪となっています。
また、その裁判のときに金 完孌さんが「金九(キム・グ)は閔妃の敵を討つために無実の日本人を殺害し、その後に中国に逃避した朝鮮王朝の犬だ」と批判する印刷物を傍聴者に配布したことで、金九の子孫から名誉棄損の刑事告訴を起こされて有罪となっています。
アメリカでアブラハム・リンカーンは差別主義者だと言ったら、日本で大久保利通や伊藤博文の批判をする者がいたら、その子孫は訴えることができるわけがありません。近代国家ならできないのが当然ですが、韓国ではそれができる。これでは歴史研究なんか不可能です。こんな国とまともな歴史論争なんかできるはずがない。
■ 赤字経営下での驚異的な経済成長率―井沢
韓国は日本は朝鮮を収奪したと言っていますが、事実は正反対です。日本は朝鮮に毎年莫大な投資をしていますが、最後まで投資過剰の赤字経営でした。
(一例を農業にとると、)農地の開墾・干拓・灌漑などの土地改良が強力に推進され、米の生産高は併合当時は年1000万石程度でしたが、1940年には2200万石を超えるというように、2倍以上も伸びています。
■ スラム街から東洋有数の近代都市への変貌―呉
李氏朝鮮時代末期は本当に悲惨な状態でした。飢饉続きで農民一揆が絶えず、いまの北朝鮮の地方のような極貧状態にありました。当時の写真を見ると、中心街のソウル南大門の前にびっしり建ち並んでいる建物は、みな平屋茅葺屋根のボロボロなもので、その景観はまさしくスラム街でした(このあと、あの有名なイザベラ・バードの紀行文からの引用が続く)。
これが日本統治時代に入ると一変するんです。あっという間に東洋有数の清潔で近代的な都市へと変貌するんです。これは実に象徴的なことです。
■ 人口激増が物語ること―井沢
日本統治時代に入ると、朝鮮の人口はものすごい勢いで伸びていきますね。経済の発展で食糧事情が大幅によくなって、栄養がよくなり健康の管理が進み、乳幼児の死亡率も大幅に下がった。1906年からどんどん増えていって、最終的には2倍ほどになっています。
■ 日本統治で救われた一般庶民―呉
当時の朝鮮人は80%が農村に居住していました。生活面で決定的な変貌を遂げたのが農村でした。あれだけの貧困にあえいでいた農民たちが、どれだけ豊かになったかということです。
日本統治で本当に救われたのは人口の大半を占める農民たち、つまり大多数の一般庶民でした。
以上