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「加計」批判にみる日本の危うさ

「加計」批判にみる日本の危うさ
 産経新聞17年9月21日
「加計」批判にみる日本の危うさ
 讀賣新聞17年8月22日 意見広告(部分)
 私は加計(かけ)問題に関心を持っていたので、国会閉会中審査のNHKの実況中継を見た。加戸(かと)前愛媛県知事の証言は十分納得いくものであった。しかし、その後のテレビ報道では、30番組で、前川・前文科事務次官の発言153分加戸前知事は6分96:4、報道ステーション(テレビ朝日)での党首討論で42分中26分と6割も「モリ・カケ問題」に費やすなど、テレビ局の偏向が際立っていた。NHKも国会中継後のニュースでは「加戸証言」を報じていない。
「加計」批判にみる日本の危うさ
 新聞報道も朝日新聞、毎日新聞などの偏向はひどいものだった(今治は四国の問題でもあるので、私自身が新聞を愛媛新聞を含め7紙チェックした)。加戸前知事の証言はないも同然の扱いであった。
 朝日新聞、テレビ朝日、毎日新聞、TBSなどは、明らかに安倍倒閣狙い報道機関というよりも「運動体」。ある程度はあり得ると思っていたが、ここまで酷いとは思わなかった。運動体の「主張」は必要ない。「事実」を伝えてもらいたい。
「加計」批判にみる日本の危うさ
 四国新聞17年9月26日
 高村(こうむら)正彦副総裁といい、谷垣禎一(さだかず)元総裁といい、いぶし銀のような良質な保守の方が政界を引退されるのは寂しい。
「加計」批判にみる日本の危うさ
 讀賣新聞17年9月30日
 現実的でバランスがとれている。「オレがオレが」でなく、するべきことを着々と推し進めてきた。
 「若い人には、スポットライトが当たる場所を常に追いかけるような行動はしてほしくない。信念を持ち、国民のために、恥ずかしくない政治家になってほしい」
「加計」批判にみる日本の危うさ
 今日夕方のマックのドライブスルー。十数台も車が並んでいるのを見たのは初めて。日曜日で台風21号が近づいていることと関係があると思われる。このあとセブンに行ったが、消防団の青年が2人、カップ麺やパン類などを山のように買い込んでいた。主婦もパン、総菜などを買い込んでいた。川の横を通って帰ったが、このところの長雨もあり相当増水している。
「加計」批判にみる日本の危うさ
 (高橋書店) 各972円 2冊合計で100万部を突破したそう。確かに面白い。類書(「泣ける」「しくじり」「せつない」など)も出ている。進化とはかなり合理的なものだと思っていたが、必ずしもそうは言えないと思うようになった。ヘンないきものがいっぱいいる。




 加計問題でハッキリしたことがある。一部のテレビ・新聞などの偏向がひどいことである。報道機関というよりも「運動体」。私は「運動体」の主張は必要ない。印象操作も控えてもらいたい。テレビ・新聞には「事実」を伝えてもらいたい

 産経新聞9月21日「正論」欄、東洋大学教授・竹中平蔵さんの主張を抜粋してご紹介します。


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 「加計」批判にみる日本の危うさ


 深刻になった「礼節の欠如」

 アメリカのコミュニケーション会社が、面白い調査を行っている。キーワードはシビリティ(Civility)、すなわち「節度、礼節」である。

 昨年の調査結果によると、アメリカ人の95%はCivilityに問題があると認識しており、74%がここ数年でCivilityが低下したことを指摘している。

 これはトランプ政権の誕生と結びついている。トランプ流のツイッターでの一方的で煽情的な発言には、エビデンス(証拠)に基づき政策を真摯に議論する姿勢が欠如している

 また、相手の主張に耳を貸しつつ建設的な論議をするという基本的なマナー(礼節)が見られない。しかしこうした姿勢が、今の社会に不満を抱えている人々の共感を呼び、現体制に心情的に反発する社会的な流れを生み出した。

 日本にも同様の傾向が存在する。その典型が、獣医学部新設をめぐる、一部野党やメディアの偏向した議論・報道だ。政策問題を論じる際に必要な〝そもそも論〟とは、獣医学部の新設を52年間も認めてこなかったこれまでの政策は正しいのか、なぜこのような現実が生まれたのか、どう是正すべきか、という問題を正面から論じることだ。

 しかし、こうした議論はほとんどなされないまま、決定のプロセスに首相官邸の圧力があったのではないか、というポイントばかりに焦点が当てられた


 強調されるスキャンダル的視点

 政策を決定するプロセスはもちろん重要だ。しかし、政策の〝そもそも論〟がないままスキャンダル的な視点のみが強調され、成熟した市民社会の常識(Civility)を著しく欠くものとなった

 欠如の最大のものは、「証拠主義」の無視だ。ある主体を批判し責任を求める場合、きちんとした証拠に基づくことが求められる。

 しかし今回の批判の出発点となったのは、真偽のほどが明らかではない文部科学省内部のメモだった。会議に参加した双方が合意した正規の議事録には証拠性があるが、一方的な利害を持つ主体が作成したメモは当然バイアスがかかっており、証拠性に欠ける。今後は合意に基づいた議事録を作成し、それ以外は証拠性を認めないという常識的なルールを確立すべきだ。

 第2は「立証責任」の転嫁だ。責任を問う場合、その挙証責任は問う側にある。何か疑わしい責任を問われた側が、何もしていないことを自ら立証するのは不可能だ。にもかかわらず、首相や内閣府の関係者は、こうしたむちゃな答弁を強いられた。

 筆者が野党に期待するのは、元文部科学次官がこの問題に登場して政府批判を行ったとき、「あなた自身は学部新設を52年間行ってこなかったことの責任をどう感じているのか」を糺(ただ)すことだった。

 メディアに解明を期待するのは、最終的な決定に至る過程で、抵抗勢力がどのような圧力をかけたのか、という点だ。この点を無視して、一方的に内閣府などへの批判が行われた。論点がどんどんすり替わり、その都度、政府側が何かを隠蔽しているかのような印象が与えられた。


 政治社会への悪影響を認識せよ

 今回のもう一つの教訓として、告示による規制という大きな課題がある。 国会で審議される法律ではなく、告示という、一遍の通達によって実施されてきた。こうした告示による規制は、極めて多岐にわたる。そしてそれらが「岩盤規制」の重要な部分をなしている。告示という手法そのものを全面的に見直すことが必要ではないか。

 冒頭のCivility調査の参加した会社のジェンキンス氏は、次のように述べている。
 「アメリカ国民は今や、礼節欠如の高まりが私たちの政治プロセスを傷つけ政府のの機能を損ねたという、明確な認識を持っている」

 加計学園批判の最大の教訓は、Civility(礼節)の欠如が政策論議を歪(ゆが)めるという現象が、日本でも生じていることだ。それが政治や社会に悪影響を及ぼすことに強い問題意識を持たなばならない。


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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