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「歴史」は面白い①

「歴史」は面白い①
 日経新聞17年11月19日
 確かに「世界史」「日本史」は覚えることが多く大変であるが、そのお陰で、いまになって「歴史」を学ぶことが楽しい。教えることは教えて、テストに出さなければいいだけではないか。例えば、ガリレオに触れないなど考えられない。「ガリレオ」と聞いて、「えーっ、それ誰ぇ?聞いてないよー」とならないように望む。
「歴史」は面白い①
 週刊文春17年11月2日号
「歴史」は面白い①
 同
「歴史」は面白い①
 子猫たちが撮りたくてカメラを用意して神社へ行く道を通った。子猫たちはいなくて、親猫が2匹日向ぼっこしていた。





 「歴史」は面白い①

 「歴史」は面白い。週刊文春11月2日号の出口治明(はるあき)さんと呉座(ござ)勇一さんの対談を読んであらためてそう思った。抜粋してご紹介します。


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 「中世」を学べば現代がわかる


出口 呉座先生の『応仁の乱』(中公新書)はなんと累計42万部ですが、読んでまず連想したのが、『夢遊病者たち』(クリストファー・クラーク著・みすず書房)という本でした。これは第一次世界大戦を書いた本ですが、関係諸国が誤算を重ねることによって、ズルズルと悲惨な大戦へと引き込まれていく過程を見事に描いています。指導者が確固とした見通しもなく、夢遊病者のように逡巡しているうちにあれだけの大惨事になってしまった。そこに応仁の乱と似たところがある気がしました。

呉座 実は『応仁の乱』を書いているとき、私の念頭にも同じく第一次世界大戦を描いた『八月の砲声』(バーバラ・W・タックマン著・ちくま学芸文庫)があったんです。第一次世界大戦は「まさか」の連続なんですよ。誤算の連鎖によって、結局、欧州の列強を全部巻き込んでしまったわけです。
 応仁の乱も同様に、西軍の山名宗全、東軍の細川勝元いずれも互いに全面戦争を企んだわけではなく、畠山家の家督争いに介入して短期決戦をやるつもりだったのが、読み違いが重なっていくうちに、すべての有力大名が参戦することになってしまった。

出口 そこが歴史の面白さのような気がします。先生から見て、中世の魅力というのは一言で言うとどういうものでしょうか。

呉座 中世は、軸となるものがなく、非常に多極的な世界です。例えば古代でしたら、律令国家で、朝廷中心の政治の仕組みがある。江戸時代でしたら、幕府中心の秩序がある。近代以降はもちろん政府がある。ところが中世の場合は、そういう主軸になるものがありません。朝廷、公家も影響力を残していますし、寺院や神社といった宗教勢力も武力・経済力を持っている。

出口 いわゆる「権門体制」ですね。それと、宋銭の流入によって貨幣経済が活発になり、安土桃山時代へ向かって権力の上の方だけではなく庶民たちが成長していく社会ですよね。だから実は夢があった。

呉座 そうです。民衆も力をつけてきているし、どの勢力がメインだと一概には言えない。地理的にも京都が中心とは言い切れなくて、鎌倉にも求心力がある。後世の人間からすると、武家政治になってやがて江戸幕府が成立していくのが歴史の必然であったように見えますが、当時の人たちはたぶんそこまでわかっていませんでした。どっちにも転ぶ可能性があったという躍動感が、中世の一番の魅力じゃないかと私は考えています。

出口 ダイバーシティ(多様性)があって、それぞれの主体が好き勝手なことができて、しかも先がどうなるかわからない社会というのは、すごく面白いですね。

呉座 2001年、あの9.11テロが起きました。これから世界はどうなってしまうのだろうと不安を覚えざるを得なかった。先の見えないこの時代に雰囲気が似ているのはどこだろうと考えたとき、それは中世じゃないかと思ったんです。

出口 なるほど。僕が中世は面白いと思ったのは、まずバサラ大名の存在ですね。僕は戦後のベビーブーマー世代で、日本人は個性のないおとなしい人々だという思い込みがありました。ところが、佐々木道誉(どうよ)などのバサラ大名はキンキラキンのイメージで、かつてこんな日本人がいたんだ、とびっくりしました。信長もかっこいいですよね。
 世界史を参照すると、ギリシャ・ローマの輝ける太陽のような文明と、暗黒の中世という対比があります。日本でも輝く天平文化と薄暗い中世という対照的なイメージがあります。天平文化というと輝かしいイメージですが、実は疫病で人がバタバタ死んだりして、結構暗い時代ですよね。


 背伸びをしていた奈良時代

呉座 奈良時代というのは、基本的に無理している時代なわけです。隣に唐という超大国があって、もしかしたら攻めてくるかもしれないという緊張感のなかで、中央集権国家をつくらねばと、律令という法律を導入し、例えば道路にしても真っ直ぐで軍用になる道をつくっています。当時の日本の国力からしたらかなり背伸びしているんです。

 日本的分権体制

出口 中国では律令を原則、皇帝の代替わりごとに作り直しますが、日本は本格的な律令は大宝律令の一回しかつくれなかった。でも、律令をちゃんとつくる能力がなかったからこそ、院政があんなに力を持てたとも言えますよね。

呉座 院政は、とくに戦前においては非常にネガティブに評価されてきました。律令体制から外れた、法律違反行為みたいな感じです。しかし最近は、律令で法治国家をつくろうとした奈良、それを維持しようとした平安時代にそもそも無理があり、日本の実情に合う政治体制を模索していたのが中世、その象徴が院政である、と肯定的な評価に変わってきています。


つづく


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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