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ロシア革命100年③

ロシア革命100年③
 産経新聞17年11月10日「百年の蹉跌」
ロシア革命100年③
 毎日新聞17年11月6日社説
ロシア革命100年③
 香川県立図書館はシステム変更のため20日間近く休館していた。久しぶりに行くと、アキニレはほとんど葉を落としていた。
ロシア革命100年③
 図書館などのあるインテリジェントパークと空港通りを結ぶ東西を走るバイパス(2.5㎞くらい)が開通して真っ先にできたのがローソンとドラッグストアひまわり。
ロシア革命100年③
 そこから300mほど西にドラッグストア・ザグザグが建築中。200~300m北にある太田の旧道も、7-11が閉店したり、民営の学童保育所が閉鎖したり、ロードサイド店舗をあきらめて(旧道では商売にならないと)アパートにしたりと、色々変化がある。
ロシア革命100年③
 12月6日TBSの池上彰さんの番組で、韓国では年金制度が極めて不十分なため、70歳を超えるお年寄りが段ボール拾いをして1日数千円を稼いだり、公園などで売春をするおばあさんが増えて社会問題になっていると報じていた。私はこの種のことは小学館の雑誌『SAPIO』で読んだくらいである。モリ・カケの偏向・捏造報道といい、知らされていないことが多い(事実であっても嫌韓論と見なされることを恐れているのか。事実は事実)。
 若い娘は10万人が海外で売春し(うち5万人が日本)、国内はこのあり様。現代(ヒュンダイ)自動車はトヨタより給与はいいくらいなのに、何が不満なのかしょっちゅうストをし、時には火炎瓶まで飛ぶありさま。何が慰安婦やねん。
ロシア革命100年③
 オートバックスでタイヤ交換した。ダンロップ→ブリヂストン。何やかやで約36000円。所要時間50分。先日車検を受けた(各種オイル等も交換した)こともあり、調子がいい。





  ロシア革命100年③


 何をするにしても先立つものは金である。私は経理をしていたこともあり、「コミンテルンは各国での工作活動・運動支援のための資金はどうやって確保したのだろう」ということに関心がある。

 産経新聞11月10日の「100年の蹉跌」(モスクワ支局長 遠藤良介さん)でこの問題に触れている。抜粋してご紹介します。


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 消えた財宝 対外工作と幹部の懐に


 ロシア革命で権力を手にしたウラジーミル・レーニン政権は1919年3月、国際共産主義運動の指導センター「共産主義インターナショナル」(コミンテルン)を創設し、欧米諸国への革命の〝輸出〟を画策した

その戦略を支えたのは帝政ロシアの遺産だった。

 「初期のコミンテルン資金はレーニン率いるボリシェビキが革命後に接収した金や財宝を換金してつくられた

 帝政ロシアは世界屈指の金産出国で、第一次大戦前の金備蓄は16億9500万ルーブル(金1311トン)にのぼった。政権は革命後、旧皇室の財宝のほか、教会や銀行からも資産を接収した。

 革命後のロシアと初期のソ連から、大量の金が流出したことが分かっている。金は主にスウェーデンに向けて秘密裏に運ばれ、そこから別の目的地へと分配された。搬出の手法や目的によって、「蒸気機関車の金」や「コミンテルンの金」と呼ばれた。

 前者は、ロシアがスウェーデンに発注した蒸気機関車の代金として払われた金を指す。金を水増しして送る手口が用いられた。

 後者は、コミンテルンに加盟する各国共産党の工作や運動の支援に充てられた。コミンテルンは、ロシア共産党への絶対的服従を求める一方、加盟政党に金銭的支援を約束した。


         ◎        ◎        


 1922年1月1日から4月22日だけで70トンの金がスウェーデンを経由し、主に米国に向かった。

 「どれだけの金がどこに搬出され、誰のものになったか。その完全な情報を知るのは指導部の中の数人だっただろう」
 歴史家のワレンチン・カタソノフはこう指摘し、4人の名前を挙げている。レーニン、秘密警察「チェカー」のトップだったフェリクス・ジェルジンスキー、レフ・トロツキー、後の独裁者となるヨシフ・スターリンである。

 「スターリンは全ての機密資金の流れを把握していた」とカタソノフは見ている。

 もっとも、機密資金が全て加盟政党にきちんと渡ったとは考えられない。ボリシェビキの腐敗が深刻だったからだ。1917~23年に外交官を務めたゲオルギー・ソロモンは現実を目の当たりにし、失望した。


        ◎        ◎        


 「大使館にあった金は全く恣意的に使われていた。革命家―勝者を自任する人々(館員)は人民の資産を自分たちの戦利品だと考えていた。各人が競い合って(公金や物品を)もぎ取り、自らの生活を彩った」。ソロモンは勤務していた在ベルリンの大使館の内情をこう回想している。

 「どれだけ莫大な人民の資金が、世界革命のため、つまりコミンテルンに使われているかはよく知られている」。ソロモンはこう述べる一方、諸外国がソ連を国家承認したことこそが、「過ち」であり「ソ連という脅威」をつくったと批判した。


以上


プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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