朝日新聞は変われるか?

朝日新聞は変われるか? 朝日14年11月13日1面
朝日新聞は変われるか? 朝日11月13日2面
朝日新聞は変われるか? 朝日11月13日16面とA面
 報道と人権委員会(PRC)の見解要約
朝日新聞は変われるか? 朝日11月13日BC面
朝日新聞は変われるか? 朝日11月13日D面
朝日新聞は変われるか? 朝日11月13日D面
 問題の5月20日1面と2面
朝日新聞は変われるか? 朝日14年11月15日





 朝日新聞は変われるか?


 朝日新聞は、11月13日、東電・福島第一原発の「吉田調書」に関する5月20日の報道に関する第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)の見解を報じた。それは、1面一部、2面一部、16面、A,B,C,D全面にわたる膨大なものである。

 それを受けて、14日木村社長の引責辞任、4名の取締役・執行役員の辞任・降格、新社長をはじめ後任人事を発表した。


 ◆ 以下、朝日新聞11月13日16面の「吉田調書」報道をめぐる経緯から抜粋して引用します。


3月     特別報道部長が、吉田調書を入手した記者ら、次長を含む3人のチームを立ち上げる。部長は調書の閲覧を求めず。次長は精読せず


5月12日 担当次長に原稿案が示される。「命令違反」「撤退」との記載あり。

・5月14日ごろ GE(ゼネラルエディター)が担当次長に調書の閲覧を求めたが、次長は情報源が明らかになるので避けたいと述べたため、それ以上要求せず

・5月18日 科学医療部、政治部の記者らと意見交換。調書のコピーは示されず

・5月19日 デスク会議後、当日の編集長が担当次長に調書の閲覧を要請。情報源の秘匿などを理由に断られる

        大阪本社が東京本社に「吉田氏は『命令』『撤退』という言葉は使っていない」などと記事に疑問を告げる。最終的に東京に追随。

        紙面の刷りを見た特報部員が「現場の声を入れた方がいい」と取材記者2人に指摘。受け入れられず。

        校閲センター員が「命令違反」の見出しが所員を責めているように読めると、書き換えを編集センターに提起。

5月20日 朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」と報道

        夕方、朝日新聞総合英語ニュースサイト(AJW)が「逃げた」との表現で記事を発信ニューヨークタイムズ紙など国外の主要紙、通信社が取り上げる

・5月21日 チームに社内賞が贈られる。

        東電社長が国会で命令違反との報道内容を否定。

        担当次長が取材記者たちに、現場にいた所員たちへの取材を指示。命令を聞いたという人物の取材はできず。

・5月31日 作家の門田隆将氏がブログで記事を批判。


6月上旬 週刊誌から相次いで取材申し込み。担当次長は「外形的には命令違反の行為があった」と主張。

・6月9日 週刊ポストが朝日のスクープはウソとする特集記事。翌10日には写真週刊誌FLASHも同様の記事。

・6月10日 上記週刊誌2誌に抗議書を送ったことを伝える記事を掲載。


7月中旬 共同通信が連載企画。「命令違反 撤退」否定する内容。


8月5日 朝日新聞、慰安婦問題の特集記事を掲載。翌6日も。

・8月18日 産経新聞が吉田調書を入手したとして「命令違反の撤退なし」と報道。門田氏の寄稿も掲載。朝日新聞は産経新聞と門田氏に抗議書を送る。

・8月21日 GM(ゼネラルマネジャー)補佐が初めて吉田調書を読み込む

・8月25日 GE、特報部長らが吉田調書の該当部分などを初めて読み込み、紙面計画を協議。

・8月30日 讀賣新聞が「第二原発へ避難正しい」などと報道。

・8月31日 毎日新聞が「吉田調書『全面撤退』否定」などと報道。


9月2日 池上彰氏のコラム掲載一時見合わせが報道される。

・9月5日 特報部長が「結果として650人の名誉を傷つけてしまった」「おわびするしかない」とGEらに述べる。新たな検討チームが編成され、取材記者と担当次長は外される

・9月10日 編集幹部の協議で、記事取り消しの方針を決める

・9月11日 政府が吉田調書を公開。

        木村伊量社長が記者会見し、記事を取り消し、読者と東電関係者に謝罪


............................................................................................................


 
(感想・意見など)

 朝日新聞14年5月20日の1面、2面に大きく「所長命令に違反 原発撤退」「福島第一所員の9割」「葬られた命令違反」と大きく報じられた。のちに取り消されたこの記事は、日本国内のみならず全世界に「フクシマ・フィフティーの真相」として発信された。


 私が非常に驚いたのは、吉田調書を読み込んだのは入手した2人の記者のみであったこと。1月半以上もの時間がありながら、チームリーダーの次長でさえ精読していない。ありえない

 私が1年間アルバイトした小さな地方新聞社でさえ、1つの記事は四方八方から、すくなくとも5~6人からチェックされた。天下の朝日新聞でそれがなされなかったというのは非常な驚きである。それでなくとも、朝日新聞には、本多勝一、本田雅和、本田嘉郎の3ホンダ、松井やより、植村隆など非常に偏った人が多い。情報源の秘匿が理由だと言うが、なんでそんなことが許されたのか、信じられない。

 5月20日の朝日新聞には吉田所長の「伝言ゲーム」、「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しい」という言葉は載らなかった初めに記者2人の主張があり、それに合う部分のみ掲載した可能性が高い事実を報道するという新聞人の使命を忘れた愚かな行為というほかない。ジャーナリスト失格である。

 吉田調書入手自体はスクープであることは間違いなく、切り方を間違えたことが惜しまれる。私なら、菅首相はじめ政府関係者や東電本部がそれぞれ勝手なことを言ってくるあの状況、原発の状態がほとんど不明なあのしっちゃかめっちゃかの状況の中で、私が吉田所長の立場だったらどうしたか、福一の現場リーダーだったら何が出来たかを考える。そういうことは全く考慮せず、扇情的に相手を罵倒し、全否定する内容に嫌悪感を覚えた。「それならテメーだったらやれたのか」と思う。人間的におかしい。

 その点、実現はしなかったが、「吉田氏は『命令違反』『撤退』という言葉は使っていない」と疑問を投げかけた大阪本社や、別の特報部員の「(福島の)現場の声を入れた方がいい」という指摘、校閲センター員が「命令違反」の見出しが所員を責めているように読めると書き換えを提起したことなどは救いである。それが普通の人の感覚である。

 朝日新聞の愚かな行為によって、原発事故の恐ろしさという問題の本質が見失われつつあるのが怖い。産経、讀賣、毎日などの吉田調書入手は、恐らく政府の意図的なリークである。朝日新聞の間違った報道により政府の反撃を許してしまった。


 「慰安婦問題」は、「吉田調書」問題どころではない。その何百倍もの問題である。1992年には吉田清治の本はおかしいという声があがり、95年、96年には吉田清治自身が認めだし、97年には朝日新聞自らが調査したが吉田の言うような事実は認められなかったが蓋をし、その後も何かにつけて「慰安婦問題」を持ち出してきた。少なくとも、97年に訂正・謝罪・社内処分しておれば、このような事態にはならなかった。32年間誤報し続けた朝日新聞の罪は極めて重い

 朝日新聞は報道機関として根本的に間違えた。卑怯と言ってもいい。どうする朝日新聞?


以上


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

最新記事
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
リンク
カウンター