胡さん、習さん、李さんの「健さん」

胡さん、習さん、李さんの「健さん」 毎日14年11月27日
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 胡さん、習さん、李さんの「健さん」


 俳優の高倉 健さんが先日亡くなった。文化勲章受章者ということもあってか、新聞・週刊誌・TVなどはいささか異例の扱いである。菅原文太さんも、反戦・反原発ということもあってか、思ったより大きく扱っている。

 それはそれとして、中国の各メディアが高倉健さんの訃報を大きく扱っていたのが不思議であった。毎日新聞11月27日「木語」欄、中国通の客員編集委員・金子 秀敏さんのコラムを読んで納得がいった。「健さん」は現在の中国の幹部クラス人たちの青春時代のスターであった。抜粋してご紹介します。


 
 春風のような健さん


 健さんは、中国人にも「1つの時代」の記憶を残した「世界的スター」なのだ。

 「北京晩報」紙は1面トップに健さんと映画監督、張芸謀(チャン・イーモウ)氏が並んだ大きな写真をのせた。「杜丘(ときゅう)去る」の短い見出し。杜丘――40歳以上の中国人なら誰でも知っている日本人の名前

 無実の罪で追われる元検事、杜丘(もりおか)冬人。映画「君よ憤怒(ふんど)の河を渉(わた)れ」(中国では「追捕」)の主人公だ。

 1978年冬、鄧小平が権力を握り改革開放の号令をかけた。暗い文革の時代が終わった。その翌年、公開された外国映画が「追捕」。中年以上の中国人は高倉健と聞くと「不器用ですから」ではなく、春風が吹いてきたような明るい記憶がよみがえる。

 そのころ、中国でいちばん知られた日本人は高倉健さんと女優の中野良子さんで、次が東条英機元首相だといわれた。中野さんは「追捕」で健さんの相手役だった。

 「追捕」公開の2年後、歌手の芹洋子さんが日中文化交流音楽大使として北京で日本人初の音楽公演をした。そこで歌った「四季の歌」(中国では「四季之歌」)が中国全土で大流行した。

 芹さんの公演に感動したのが当時、一介の文芸兵でいま習近平国家主席夫人となった彭麗媛ほうれいえん)さん。翌年、「希望の田野」のヒットで人気歌手になり、84年の芹さんの北京公演では芹さんといっしょに「四季之歌」を歌った。

 芹さんは幼い娘をつれていた。芹さんがホテルに戻るまで1時間、ロビーで待ち続け、女の子用の綿入れ服をプレゼントした芹ファンが当時、中華青年連合会主席の胡錦濤前国家主席だった。

 次の年、胡氏は青年交流代表団を率いて来日するが、団員に彭(麗媛)さんがいた。今の李克強首相もいた。健さんで幕開けした鄧小平時代、日中関係は明るかった


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(感想・意見など)

 上記金子さんのコラムに「1978年冬、鄧小平が権力を握り改革開放の号令をかけた。暗い文革の時代が終わった」とあるが、この少し前の10月に鄧小平は日本を訪れている

 新日鉄や日産、松下電器の工場を視察し新幹線に乗った鄧小平は、戦後焼け野原からわずかの間に世界第2の経済大国になった日本に驚嘆し、改革開放路線に自信を深めた。日本もよくその路線を支えた。隔世の感がある。

 
以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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