林住期それぞれ

林住期それぞれ 読売15年1月10日
林住期それぞれ 毎日15年1月10日
林住期それぞれ
 イタリア・ランペトゥーザ島





 林住期それぞれ


 作家の五木寛之さんによると、古代インドでは人生を4つの期に分けていたという。①学生期(がくしょうき)、②家住期(かじゅうき)、③林住期(りんじゅうき)、④遊行期(ゆぎょうき)である。

 ①はちゃんとした人間になるために学ぶ時期、②はやりたいことを封印して家や家族やひとのために働く時期、③は②から解放されて本来のやりたいことができる時期である。

 昨年末、北海道大学の26歳の学生が、シリアに渡り、「イスラム国」に加わって「人を殺してみたかった」と言ったとかで、私戦予備・陰謀の疑いで警視庁に事情聴取されたというニュースがあった。暗澹たる気持ちになった。


 年が明け、たまたま1月10日に読売新聞毎日新聞にいろいろな人の林住期に関するコラムが載った。抜粋してご紹介します。


● 読売新聞1月10日特別編集委員 橋本 五郎さんの「五郎ワールド」から


 この世には社会的地位も名誉も、ましてお金も求めない人がいる。小島祐馬(おじま・すけま:1881~1966)もその1人だろう。

 昭和16(1941)年、60歳の定年間近の小島は、教授たちからぜひ京大総長選挙に出てほしいと懇請された。小島は即座に断った。
 「私には、土佐に、九十になる父がおり、ひとりでくらしている。いままではおおやけの仕事があって、父につかえる事ができなかった。さいわい、このたび、定年退官の時が来た。私は、土佐に帰って、父の世話をする」

 敗戦後まもなく、時の文部次官が高知県吾川郡弘岡上ノ村(現・高知市)の小島家を訪ねた。家には九十を過ぎたと思われる老翁が縁側で日なたぼっこをしていた。小島の所在を訊ねると、「祐馬なら畑へ行っちょる」。

 行ってみると、いかつい老人が畑を耕していた。次官は「次の文部大臣にぜひとも小島先生になっていただきたい」という吉田茂首相の要請を伝えた。

 鍬を止めて話を聞いた小島は、ちょっと考えて答えた。
 「わしは、麦を作らんならん。そんな事をしているひまは、無い」


 小島祐馬と深い信頼の絆で結ばれていたマルクス経済学者、河上肇は、土佐に還る小島に書いた手紙に和歌を添えた。

 ももとせをこさせたまへとおんちちを かしづきゐます わが老博士



● 毎日新聞1月10日「保坂 正康(ほさか・まさやす)の昭和史のかたち」から

 [先達による戦争研究]
 継承すべき実証性と執念


 昭和18(1943)年の明治神宮外苑での出陣学徒壮行会はよく知られた史実。ではこの時期に出陣学徒数は全国でどれだけいたのだろうか。正確な数字は現在に至るもわかっていない。それだけでなく、学徒兵たちはどのような形で戦場に散っていったのか、そういう史料は敗戦時に関係機関が一斉に焼却したために、概数さえわかっていない

 こういう現実に、我々の存在を忘れてほしくないと当の学徒兵有志7人が集まって学徒兵懇話会を結成、各大学、専門学校からの学徒兵の数、彼らはどのような部隊に配属されたのか、どういう戦闘に加わったのか、特攻隊に編入されたのはどの程度か、戦死者はどれくらいか、を調べている。

 いずれも定年退職後に、70代に近くなっての執念であらゆる関係機関を回って調査を進めた。7人の内の誰かが亡くなれば新たに会員が加わっている。この懇話会の中心メンバーだった亀田廣氏(故人・慶応大学在学中に学徒兵として出征)は病と闘いながらも、「国が何も残さない以上、私たちは亡き学友のためにも史料を残さなければ」との執念で史料集めに走り回った。

 初版刊行から7年後の平成12(2000)年12月に最終版「新編 検証・陸軍学徒兵の資料」(私家版)を著した。350頁を超える大部の書で、これを見れば学徒兵の輪郭はつかむことができる。「陸軍」とあるが、むろん海軍についても幅広く記録を収めている。


 太平洋戦争は一方で輸送船の戦いでもあった。日本軍はアメリカ軍の機動部隊に次々と輸送船が撃沈されたために民間海運会社から客船、貨物船を徴発しては軍用に用いた

 戦後になっても陸海軍はどの会社からどの船舶を徴発したのか、どの船に誰が乗っていたか、それらの船はどこで沈んだか、などの史料を焼却したので一切が不明であった。

 駒宮真七郎氏(故人、元船舶砲兵第2連隊)は暁部隊の一人として、多くの僚友を失っている。自分が生きて日本に帰ってきたのは、僥倖であり、彼らがどの船に乗っていたのか、それはどの会社の船なのか、を調べなければ、彼らの御霊(みたま)は安まらないと考えた。

 関東近県の県庁に勤めながら、海運会社を次々に回り、その実態を調べ歩いた。そして2623隻の客船、貨物船の運命とその船で何人の船員と砲兵が亡くなったかの数字を独力で明らかにしている。平成3(1991)年に「戦時船舶史」を身銭を切って刊行している。


 そのほか一人で陸海軍の将校名簿を作成した外山操氏などの例もある。

 こうした先達の執念を<歴史>に刻むのが次代の者の務めである。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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