それ自分で確かめたんか?

それ自分で確かめたんか? 産経15年1月10日
それ自分で確かめたんか?
 イタリア・ランペトゥーザ島





 それ自分で確かめたんか?


 産経新聞1月10日の記事を読んでいて「それ自分で確かめたんか?」というタイトルが目に飛び込んできた。論説委員 鹿間 孝一さんの「一筆多論」というコラムである。ひょっとしてと思って本文に目を通すと、果たして梅棹忠夫さんについて書かれたものであった。

 学生時代から「文明の生態史観」や「知的生産の技術」などを読んできた。吹田の国立民族学博物館に行ったこともある。以下に抜粋してご紹介します。


 いつも反芻してきた。
 「キミ、それ自分で確かめたんか?」

 5年前に亡くなった梅棹忠夫さんが国立民族学博物館(大阪府吹田市)の館長をしていたころ、月に1度、記者懇談会があった。博物館の行事予定や刊行物が紹介され、海外から戻った研究者の報告があった後、館長室に場を移して「梅棹ゼミ」が開講された。

 もっぱら梅棹さんの放談である。午後5時を過ぎると、「もうええやろ」と酒が出ることもあった。「知の探検家」の謦咳に接することができるのだから、贅沢にして幸福な時間だった。


 民博の小山修三名誉教授を聞き手にした「梅棹忠夫 語る」(日経プレミアムシリーズ)のこんなくだりがある。

 小山 (梅棹さんたちは)いつも何でも端(はな)から信じてしまうのではなく、「それ、ほんまやろか」と思っている

 梅棹 たしかにそうやね。自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分の頭で考える、これが大事や。他人の書いたものを信用していない。

 朝日新聞の慰安婦や吉田調書の誤報の原因もこれではないか。「ほんまやろか」と疑い、「自分の足で歩いて、自分の目で見て」いたら。いや次の指摘の方が当たっているかもしれない。

 「日本では、ジャーナリズムの論調は、すべてが自己批判的である。その傾向は、しばしば『進歩的』であるほどつよい。自虐的でさえある

 「文明の生態史観」(中公文庫)の一節である。
 梅棹さんは昭和30(1955)年に半年余り、インド、パキスタン、アフガニスタンを旅した。インドの新聞を「いちじるしく自己礼賛的」と感じたのに対比しての分析である。

 日本文明を独創的な視点で世界史の中に位置づけたこの名著は42年に刊行された。読み返す度に新しい発見がある。

 例えば、東洋と西洋の間に「中洋」と呼ぶしかない地域がある、とする。インド、イスラムの世界である。

 「現地にゆけば、おどろくべき習慣、戸まどいする奇妙な風習が、いっぱいでてくる。そのおおくは、宗教的なものである。(略)それはみんな、ながい歴史の産物である。現在においては、あるいは未来に対しては、むしろ重荷になっている。しかし、ながい歴史のあるものを、一朝一夕に『合理的に』あらためることなどは、できはしないのである」
 
 「(歴史の過剰による)この苦悩からぬけだすことはまさに、現代の人類全体の課題なのである」という指摘は極めて今日的だ。

 だが、梅棹さんは決して悲観的にならなかった。次の言葉も忘れられない。
  「問題は解決するためにある」


以上

 
 

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Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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