戦後日本70年の総括

戦後日本70年の総括 日経15年1月24日
戦後日本70年の総括 ミイロタテハ





 日経新聞1月24日「大機小機」欄を読んで驚いた。国家というのは、戦争をするのが普通であるらしい。第二次世界大戦後70年間で、国連加盟193カ国のうち戦争をしなかったのは8カ国だけだという。この70年間で185カ国が何らかの戦争をしたことになる。

 私の亡くなった父は、先の大戦中3回赤紙(召集令状)がきた。父の所属していた部隊はほぼ全滅したが、目を負傷した父は、他の26名の病人と共に治療のため内地に帰っていたので助かった。昭和20年8月6日には岩国にいた。広島に新型爆弾が落とされ全滅したというので、翌7日母親の住んでいる広島の街を歩き回ったそうである。そのせいか40歳中頃から内臓が次々侵され、本人も苦しんだが家族も苦労した。よく夜中に大声を上げて、自分の声に驚いて起きていた。夜間、敵からの機関銃弾が飛び交う中、銃剣突撃した時の恐怖が染みついていた。今で言うPTSD(心的外傷後ストレス傷害)である。

 それでも生きて帰ってきて結婚もし子供も残せたのは、父の世代では幸運だったかもしれない。その息子である私は、戦争に行かなくてもすみそうである。幸運以外の何ものでもない。平和ができるだけ長く続くことを祈りながら、日経新聞の上記記事を抜粋してご紹介します。



 戦後日本70年の総括


 戦後70年にあたって発表予定の首相談話が注目されている。日本は戦後の荒廃から目覚ましい勢いで立ち直り、最も成長した平和国家である。その発展の教訓を伝えて世界に貢献する稀有な機会である。

 戦後70年間戦争をしなかったのは国連加盟193カ国のうち8カ国しかなく、アジアで日本以外はブータンだけである。世界に誇るべき歴史である。戦後生まれが総人口の8割にもなり、戦争を望んでいる日本人はいないだろう。何よりも、戦争は引き合わない

 戦後70年の歴史の本質は何か。日本が開戦した契機は領土拡大による石油資源の確保であった。だが、戦後日本が高度成長できた原因は自国内に資源を持たなかった点にこそある

 国内に資源を持たないため、世界中で最も高品質で最も低価格の資源を選んで輸入し、加工することで高い付加価値を生み、さらなる輸入資源の購入原資を得ることができた。加工貿易を糧として生き、付加価値を生む技術や世界に売れる新製品の開発に突き進んだ。資源があれば、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉のときの農産物と同じで、国内産業保護のため輸入は制約される。

 成長の源泉は領土ではなく、絶えざる技術進歩であり、それを生む人材教育である。日本の教育は、江戸時代に寺子屋が普及し、識字率が当時としては世界最高水準だった。明治以降の急速な近代化もその基礎の上にある。戦後の民主化は社会の自由度を高め、西欧以外では初の先進国となった歴史は途上国の目標でもある。

 一方、70年間の後半はバブル期に始まる政策失敗の歴史であり、政策の失敗がどれほど国の成長を妨げるかという教訓である。米国は日本を他山の石として、大胆な金融政策でデフレ突入を防ぎ早期に成長を回復した。そのモデルは世界標準となり、日本も停滞を生んだデフレから脱して、成長回復への動きが始まりつつある。

 アジアは世界の成長をけん引し、人材や技術、資金を持つ日本の貢献が一層期待される環境にある。それは日本の成長にもつながる。この機会に、戦後史を総括し未来志向の教訓を世界に発信すべきである。  (桃李さん)


以上


 

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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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