おくにのこと

おくにのこと (907円)
おくにのこと
愛媛新聞15年2月3日




 
 おくにのこと


 北原 進さんの『 百万都市 江戸生活 』 (角川ソフィア文庫)の中で、心に残る一文がある。抜粋してご紹介します。


  飯盛り女の逃避行

 
 甲州道中府中宿(現東京都府中市)に近いある村で、中山道浦和宿の飯盛女(めしもりおんな)に関する一通の出入り済口(すみくち)証文をみたことがある。

 事件は、浦和宿の旅籠屋(はたごや)友次郎の抱える飯盛女のおくにを、隣宿の大宮万吉が連れだして返さないというもので、「飯売女誘引出(かどわか)し相返さざる出入(でいり)」と標題が付いていた。


 それによれば――、

 万吉はおくにを連れだして転々とし、最後におくにを親類の家に預けて再び逐電してしまう。万吉の家ではおくにを浦和宿に戻そうとするが、おくには断固戻らない。いずれ戻ってくる万吉と一緒になると頑張り通す。すでに出入りは代官所のひと通り吟味まで進んでいたが、

  くに儀、一旦主人方に無沙汰(通知せず)に家出仕り候ほどの事に付、この上飯売り奉公相勤め候儀は、難儀の由申すに付き

 という心情に、万吉の親のほうも動かされたか、大宮宿の名主ともう一人の有力者を介して内済(ないさい:談合和解)とし、おくにを引き取るのである。万吉の周辺の人物たちに、おくには恵まれたといえるであろう。だが腕ずくでも、もとの旅籠屋に戻されようとするのに、頑張り通せた彼女の強さはどこから生まれたものだろう。

 
 おくにが、浦和宿の旅籠屋に預けられたのは、数えで六歳のときだった。母はりよといって、やはり飯盛女か、貧農の出であったと思われる。父親は不明。

 母は幼い娘を預けるに際し、養育の頼み証文を旅籠屋に入れ、いくばくかの金を貰った。事実上の年季売りである。預かった旅籠屋のほうでも、子守りぐらいには使えるし、やがて成長して上玉にでもなればボロい儲けとなる。はたしておくには、寛政2(1790)年に飯盛女にされた。

 母親は先の証文を奉公人請状に切り替え、また何がしかの金を受け取り、すでに3回目の更新をしていた。

 万吉との道行き当時、おくには二十歳を過ぎたころだろうか。だが彼女は、飯売奉公がいやでならなかったに違いない。万吉の心を信じて、旅籠屋を飛びだし、あちこち人目を避けて渡り歩いた期間、子供のころから苦労の染みついた彼女には、つらさはあまり感じられなかったのではないか。むしろちょっと頼りないが自分を想ってくれる男との逃避行は、人間らしい、張りつめた楽しさをはじめて味わう機会であったはずである。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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