山田方谷のこと

山田方谷のこと 産経15年2月17日
山田方谷のこと 山茶花(さざんか)





 山田 方谷(ほうこく)のこと


 かねてから山田 方谷に興味があり、適当な本を読みたいと思っていた。産経新聞2月17日に拓殖大学客員教授の濱口 和久さんが簡潔にまとめてくれている。断片的には聞いていたが、やはり凄い人である。抜粋してご紹介します。


 備中松山・山田方谷の革命
 財政を再建、餓死者なく


  貧乏藩の救世主

 江戸時代末期、備中松山藩(岡山県高梁市:たかはしし)は参勤交代の費用を賄うことすら難しい貧乏藩だった。ところがその7代藩主の板倉勝静かつきよ)は安政4(1857)年に幕府の寺社奉行となり、文久2(1862)年には幕閣のトップである老中にまでのぼり詰める。

 この抜擢人事は、5万石の小藩をわずか8年間で20万石規模以上の収入を得るまでに大変身させた勝静の手腕を、幕府が高く評価したからだといわれている。しかし、この改革を実際に立案し実行した人物は勝静ではなく、山田方谷(1805~77年)であった。


 方谷は文化2(1805)年2月21日、備中松山藩領西方村の百姓の家に生まれた。幼少のころから学に秀でていたため、20歳で士分に取り立てられ、25歳のときに藩校「有終館」の会頭(教授)に抜擢された。天保5(1834)年には江戸に遊学し、著名な儒学者だった佐藤一斎に入門すると、一斎は方谷の見識に驚き、ただちに方谷を塾長の座に就けた。

 2年半の江戸遊学を終えて藩に戻った方谷は、「理財論」「擬対策」を著した。「理財論」は方谷の経済論であり、中国・漢の時代の董仲舒(とうちゅうじょ)の言葉である「義を明らかにして利を計らず」の考え方を説いたものである。「擬対策」は政治論で、「天下の士風が衰え、賄賂が公然と行われ、度をこえた贅沢が財政を圧迫する要因になっており、これらを改めるべきだ」と説いたものだ。


 嘉永2(1849)年、方谷は勝静の命で元締役(勘定奉行)兼吟味役に就任すると「理財論」「擬対策」を実践する大胆な藩政改革を断行する。その後、軍政改革のための郡奉行(こおりぶぎょう)や教育改革のために参政も兼務し、藩の要職を独占した。

 方谷の改革は、士農工商の身分に関係なく天地がひっくり返るぐらいの衝撃があったようで、藩内には暗殺の噂が絶えなかった。しかし、改革の結果、わずか8年で借金10万両をすべて返済し、逆に10万両の蓄えができるまでに藩の財政は回復した。


 富国強兵にも尽力

 方谷にとって藩政改革とは、単なる財政改革にとどまらなかった。藩内の教育水準を高め、富国強兵にも力を入れた。500人の常備兵に加えて農兵制を導入し、農民による洋式銃隊「農兵隊」1200人を組織した。長州藩の久坂玄瑞くさか・げんずい)は備中松山藩の西洋銃陣訓練を見学したときの様子を「長州藩は備中松山藩には遠く及ばない」と、国元に手紙を書いているほどだ。さらに大砲付き350トンの黒船を米国から購入し、藩内の商品を江戸に運ぶために使用した。

 藩政改革を学ぶために方谷に1年間弟子入りした越後長岡藩の河井継之助かわい・つぐのすけ)は、藩内に設けられた教諭所や郷校の教育水準の高さに驚き、旅日記「塵壺」に「(中国の古典の)八大家文(はちだいかぶん)を読む12歳の百姓の子がいる」と記している。


 方谷が要職に就いていた約20年の間、備中松山藩では飢饉による餓死者が一人も出なかっただけでなく、娘を女郎屋に売った農家もなく、百姓一揆も皆無だった。会津藩の諸国見聞録にも、「百姓みな山田の生祠(せいし:功徳ある人を死後をまたずして祭ったやしろ)を建つるほどに悦服す」と記されている。


 戦禍から領民救う

 その方谷が苦渋の決断を迫られたのが、戊辰戦争だった。

 慶応4(1868)年の開戦の際、藩主の勝静は老中として第15代将軍、慶喜に随行していた。このため、幕府側に付いて官軍と戦うことになった。これに対して方谷は、領内が戦禍に書き込まれることを防ぐため官軍に恭順することとし、勝静を隠居させて新しい藩主を立て、備中松山城を開城することで領民を救った。


 維新後、方谷の財政改革を高く評価していた明治新政府は再三、弟子の三島中洲らを通じて出仕を求めた。だがやむを得ない決断だったとはいいながらも主君の勝静を隠居させた方谷に、二君に仕える気持ちはなかった。晩年を教育者として在野のまま過ごし、明治10(1877)年、73歳で死去した。


以上

 

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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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