勉強は非常に大事

勉強は大事
 四国15年3月23日
勉強は大事
 ニューズウィーク15年3月31日号
勉強は大事
 産経15年3月19日
勉強は大事
勉強は大事
勉強は大事
 週刊文春15年1月22日





 勉強は非常に大事


 一週間くらいまえにインド東部ビハール州の進級試験風景がテレビで流され、新聞・週刊誌などで報道され、世界の度胆をぬいた。

 今回の進級試験を受験した子供(日本の高1相当)は、1217会場で140万人以上。この試験は、大学に進めるかどうかを左右する非常に重要な試験である。貧しい一家の運命が懸っている場合もある。いい大学に入って真面目に勉強すれば、インドの厳しいカーストをも乗り越えられる。

 平均して生徒1人に4,5人が不正受験の手助けをしているという。カンニングは悪いことであるが、改めて勉強が非常に大事だということを思い出させてくれた。


 榎本武揚えのもと・たけあき)ほど、幕末、新政府に抗った幕臣はいない。旗本の息子として江戸に生まれ、オランダ留学、幕府海軍副総裁に。江戸開城後、幕府艦隊の引き渡しを拒否して抗戦を続け、「蝦夷共和国」総裁となるが降伏。本来なら首をはねられても仕方がなかったし本人も覚悟していたが、敵だった薩摩の黒田清隆がその才能を惜しみ助命に奔走、明治5年に赦免された。

 その後、請われて新政府に仕官した榎本は、5度も大臣を務めるなど、明治政府の重鎮として活躍した。明治政府の要人たちは志士上がりばかりで、科学や工学の知識など持ち合わせていない。榎本の持つ知識や技術が、新国家建設に必要とされた

 明治政府の中核的な存在であった薩長両藩は、都道府県レベルでの領域の統治経験しかなく、全国を統治した経験は持ち合わせていなかった。縁の下の力持ちとして活躍したのは、経験豊かな旧幕臣たちであった。彼らなくして維新の成功はなかった。


 韓国の元大統領朴正熙パク・チョンヒ)は、日本統治下朝鮮の慶尚北道の貧農の5男2女の末っ子として生まれた。小学生のころは学校に弁当を持って行けないほど貧しかったが、優秀な生徒であったため、教師が親を説得して、上の学校へと進むことが出来た。

 もし、日本が統治していなかったら、学校へも行けず(日本はたくさん学校を作った)、長幼の序の厳しい韓国では兄たちに扱き使われる、農奴のような一生を送らねばならなかったはずである。今の韓国もなかった可能性がある。


 ロッテグループは、在日一世の重光武雄会長(本名・辛格浩)が、戦後の混乱期に進駐軍のチューインガムにアイデアを得て、1948年に株式会社ロッテを設立して誕生した。日本で成功した武雄氏は、66年当時の朴正熙政権に赤字続きだった政府系のホテルの経営を任され、母国韓国に進出した。今では総合財閥として、韓国十大財閥の中位にある。

 その武雄氏は、植民地時代に、彼の才能を見込んだ日本人教師たちが留学費用を負担して日本に送り出した。その後製菓業を軌道に乗せた武雄氏は、その恩師たちをロッテの役員に迎え、恩に報いたという。


 勉強は非常に大事である


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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