面白いが疲れるコリア

面白いが疲れるコリア
 産経15年4月15日
面白いが疲れるコリア
 朝鮮半島(西側はスカスカ、侵略し放題)
面白いが疲れるコリア
 高知15年4月5日
 またまた前政権の腐敗が暴かれる。抜きがたい伝統。
面白いが疲れるコリア
 四国15年4月17日
 悪いのはみな他人と思っているうちは解決しない。
面白いが疲れるコリア




 面白いっちゃ面白いが疲れるコリア


 私は20数年前からコリアに興味をもって以後何十冊もの本を読んできた。何がきっかけとなったかは忘れたが、20数年前に亡くなった父から聞いていたコリアの話と、朝日新聞や毎日新聞、岩波書店などが伝えるコリアの話に大きなギャップがあったことも一つの要因であったと思う。

 朝日、毎日、岩波などが伝えてきたコリアは、例えるなら蒸留水。悪いのはすべて日本。ところが現実のコリアは、強烈な悪臭を放つドロドロのわけの分からない液体(最近の嫌韓本などはその現実を書いている)。

 無理もないと言えば無理もない。隣には偉大?なチャイナがある。すぐ北のマンジュ地方には獰猛な女真(じょしん)族や、もう少し西にはモンゴルなどの騎馬民族がいる。コリアでは千回侵略されたと言い伝えられている。漢民族、女真族、モンゴル族、契丹族、満洲族…。

 朝鮮半島の西側は山岳地帯など遮るものがない。漢・女真・モンゴル族などが、食料が欲しい、女が欲しい、農奴が欲しいと思えば、少し遠征すれば、さしたる抵抗もなく手に入れられる。下手に抵抗すれば、家族・一族もろとも虐殺される。時には、海を渡って倭人が侵略してくることもある。踏んだり蹴ったの歴史である。火病にもなろうというものである。

 同情はするけれども、事実を事実として頑として認めない人や国というものは、めっちゃ疲れる。


 私が尊敬する先学の一人が筑波大学大学院教授の古田 博司(ひろし)さん。産経新聞4月15日に古田さんのコラムが載っていた。私の理解の及ばぬ部分もあるが、抜粋してご紹介します。



 「侵略」といえなかった朝鮮統治


 古代に固定されていた李氏朝鮮

 明治時代の経済学者・福田徳三は李氏朝鮮を目の当たりにして、まるで平安の藤原時代のようだと言った。土地の所有権ナシ、商店ナシ、行商人のみアリ。今の北朝鮮のような世界である。

 戦後のマルクス学者たちは、世界各国はみんな発展していなければならないし、それは一定の段階を踏んで進んでいくのだと信じていたので、福田に朝鮮差別のレッテルを張りつけて退けた。だが今では、福田の方が正しかったことを研究が明らかにしている。

 シナ地域と朝鮮半島は全く対等ではなかった。今で言えば、先進技術国の隣に極貧国があるようなものである。朝鮮には一次産品以外売るものがなかった。シナの針や染色衣料などの高度な技術品を得ようとすれば、米・布が流れ出し、飢餓輸出になってしまう。12世紀からは銀が流出し、2世紀あまりで朝鮮半島の銀山は掘りつくされてしまうのである。

 だから、李朝になると朝鮮半島の経済はずっとシナ地域に対して防衛的になった。特権商人が対馬との交易でシナの白糸と日本銀を交換する。その日本銀で朝貢使節に下人や馬夫身分で200人、300人単位でついてゆき、支配階級のために北京で高度な技術品や芸術品を買い付ける。人数分ご褒美もくれるのでこれも売り物になった。

 女真族がシナ地域の征服者になり清朝を開くと、大きな貢物を要求されたので、この供給も彼らの仕事になった。

 こんなことをしていたので、李氏朝鮮は18世紀まで古代に固定されていた。これがガラガラと崩れてゆく。17世紀以来の商人ギルドは、支配階級自らが他の商人たちと個別に結託したので穴あきになり、他方民間では自前の染料がないので民衆は白衣姿、結局針一本作れない技術水準のまま、近代日本に併呑された。


 格差ゆえに施した近代化政策

 日本がやってきたとき李朝の金庫は空だった。王は「そちたち好きに計らえ」と、5人の大臣に国を丸投げした。この資料は実録、王室日記をはじめ3カ所から出ている。日本が統治したのは当時、西洋列強が角突き合わせる時代だったので、その安全保障ゆえだった。近代化政策を施したのは、あまりに格差がありすぎたからであり、放置したのではかえってコストがかかりすぎるためだった。

 だから朝鮮半島に関しては「侵略」などというのは無理である。明・清代にはシナ地域との圧倒的な格差のため、朝鮮の経済をシナ経済の末端にしないように意識して経済の発展を抑制していたが、19世紀末に近代日本が来ると貿易の自由化が始まり、あっという間に日本に呑み込まれた。

 もし過去の歴史をさして、「侵略」以外の何かしらの言葉をもって置きかえるならば、「不運」というのが妥当と思われる。これからの未来だが、朝鮮半島の経済は中国経済の末端に連なることになるだろう。

 ここで、もう一つ気がついたことがある。日本を除く東アジア地域、西洋に比しての「東洋」だが、この地域に世界的に孤立した特徴がある。それは、ここのみが無神論地域だということだ。

 彼らの伝統では、自己の血族でない霊魂は祭ってはならない。自分の祖先の霊魂だけが神さまであり、他家のは全部ゴーストなのである。これがまさに、彼らに靖国神社が理解できない理由となっている。


 国史を凌駕する宗族の歴史

 日本には古来神さまがいる。日本人は元旦には神社に初詣に行き、家に神棚のある人は手をあわせるだろう。だが、なぜ宗教としての自覚が希薄なのか。それは恐らく隣国が特異な無神論地域なため、宗教的な確執や葛藤を経験していないからではあるまいか。

 隣国では、社会の基本単位が男系血族による宗族である。だから共同の意識が地縁にまで及ばない。物理的に一族のために蓄財し、精神的に宗族の歴史が一番大事なので歴史認識にこだわるのであろう。国は不運の歴史ではあっても、自家の歴史は立派だと思いたい。後者の意識が前者を凌駕し、ついに国史まで偽造するに至った。

 これを国家的規模で行ったのが、北朝鮮の金家の「革命伝統」であり、韓国では金泳三大統領時代に始まる「歴史の立て直し」政策であった。

 韓国では1990年代以降、テレビの時代劇では奴婢まで色物を着るようになり、外出禁止だった李朝・京城の夜を提灯(ちょうちん)を持って出歩くようになった。不運だった「隠者の国」はケバケバしく彩られ「自尊者の国」へと変貌した。

 以後、韓国人の現実像と歴史像は乖離し、言うこととやることがちぐはぐになっていくのである。


以上


 

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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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