国際政治の一面…米英中の暗闘

国際政治の一面…米英中の暗闘
 WⅰLL15年6月号(WAC)
国際政治の一面…米英中の暗闘
 遠藤誉さんの著作の例(朝日新聞出版)1836円
国際政治の一面…米英中の暗闘
 朝日15年5月9日
 英は工業はメタメタ、EU離脱問題、スコットランド独立問題など内憂外患。
国際政治の一面…米英中の暗闘
 日刊工業15年5月19日
国際政治の一面…米英中の暗闘
国際政治の一面…米英中の暗闘
 本津川堤でこの黄色い花が一斉に咲いた。





 国際政治の一面…米英中の暗闘


 国際政治は苛烈である。勿論その終局は戦争である。それをうかがわせる論文がWⅰLL6月号に載っていた。著者は、東京福祉大学国際交流センター長で筑波大学名誉教授の遠藤 誉ほまれ)先生。

 遠藤先生は中国長春生まれ。1952年まで中国に滞在し、幼少期に日本の敗戦、中国国民党軍(蒋介石)と中共軍(毛沢東)の内戦など、動乱の時を経験している。中国に詳しい。

 
 遠藤先生の論文
 AIIB――
 米英中の暗闘と
 「紅い皇帝」の狙い
 から、一部を抜粋してご紹介します。


.......... ...........


 中国がAIIB(アジアインフラ投資銀行)創始国メンバーとなるための申請期限を3月末と区切ると、まずイギリスが参加を表明。それを受けてドイツ、フランス、イタリアなどがあとを追い、中国はG7切り崩しに成功した。


 なぜイギリスが真っ先に?

 では、なぜイギリスは西側諸国で真っ先に手を挙げたのだろうか?
 その理由を、順を追って説明する。

 イギリスのチャールズ皇太子はチベット仏教のダライ・ラマ14世を「法王」と位置づけて尊重し、2008年3月に起きたチベット騒乱を受けて、同年8月に開催された北京オリンピックには出席しない旨、「フリー・チベット運動」に書簡を送付している。

 フリー・チベット運動は、中国のチベット自治区における人権弾圧などに抗議して中国政府を非難している団体だが、チャールズ皇太子はこの団体の支援者。

 2012年5月から6月にかけてダライ・ラマ14世がイギリスを訪問し、キャメロン首相やチャールズ皇太子と会談するとの話が持ち上がると、中国政府は「会談が実現すれば中英関係は深刻な危機に陥る」と猛反対。それに対して、イギリスは人権問題を重視する姿勢を強く示してダライ・ラマ14世の訪英を断行し、キャメロン首相がロンドンで会談、チャールズ皇太子もダライ・ラマを自宅に招待して歓待した。

 これにより、同年秋に予定されていたキャメロン首相の訪中が延期されるなど英中関係は最悪の事態となった。

 胡錦濤政権だった中国政府は、内政干渉だと激しくイギリスを非難して抗議。キャメロン首相は人権問題と経済の間で苦しんだ。中国からの投資は急減していった。

 2013年12月2日、キャメロン首相はついに折れて中国訪問に漕ぎ着けた。訪中に先立って、キャメロン首相は次のように中国を礼賛している。
 「イギリスは西側世界における最強の中国支持国になるだろう」
 「イギリスは中国の主権と領土保全を尊重し、チベットが中国の一部であることを承認しており、これまでどおり、チベット独立は認めない」
 そして、「ダライ・ラマ14世とは二度と会わない」とまで誓いを立てた。

 ところがそれでもなお、習近平はイギリスを追い込む戦略の手を緩めなかった。


 欧州歴訪からイギリス外す

 2014年3月、オランダのハーグで開かれた核セキュリティ・サミット(NSS)閉幕後、習近平はフランスやドイツ、ベルギーなどヨーロッパ諸国を歴訪した。

 3月29日にドイツのデュースブルグに習近平が着いた瞬間に合わせて、貨物を満載した重慶市発の列車が終点であるデュースブルグに到着。この時、習近平は重慶市とドイツのデュースブルグを直結する「渝新欧(ゆしんおう)」(渝は重慶の意味)路線を象徴と位置付けて、「中国と欧州連合(EU)を繋ぐ巨大な新シルクロード構想」に関して演説をした。

 この欧州歴訪の時、習近平はイギリスを訪問していない。欧州訪問先としてはあえて「イギリスを外した」のである。


 その後も、中国の「上から目線」の対英外交はさらに勢いを増していった。
 李克強首相がヨーロッパ訪問に際して、エリザベス女王との面会を申し出た。それも「もし応じないのなら訪英を取りやめる」と、まるで恫喝まがいの要求までしていた。

 李克強首相の姿がウインザー城に現れ、エリザベス女王と握手したのは、習主席のヨーロッパ歴訪の旅から3ヵ月後の2014年6月18日のことである。

 こうして英中経済交流に関する数々の協定が結ばれた。中国は金で権威を買い、イギリスは金のために中国にひれ伏したのか、と世界から顰蹙を買うことになる。

 ちなみにこのとき、李克強首相は「人民元の国際化」という言葉を使いながら、イギリスで「人民元決済銀行」を設立することを宣言している。「中国銀行」と「中国農業銀行」がロンドン証券取引所に参入し、「人民元のクロスボーダー業務の戦略的拠点」を担うことになり、「ドル取引を後退させ、人民元決済によりEU市場へと食い込んでいく」戦略に着手した。

 このとき、すでにイギリスはロンドンの金融街シティを「人民元決済を仲介として」、アメリカに代わる国際金融の中心地として成長させようという魂胆を逆に持ったであろうことを、見逃してはならない。

 イギリスは、かつては大英帝国として世界の頂点に立っていた。その座をアメリカに奪われて久しい。人民元を逆利用し、再びの栄華を狙う米英の暗闘がここにはある。


 ウィリアム王子訪中の含意

 そして極めつきは、今年3月1日のウィリアム王子の訪中だ。
 その背後には、このたびのイギリスのAIIB参加を取り付ける英中の権謀術数があった。

 案の定、ウィリアム王子訪中から11日後の3月12日、イギリスはAIIBへの参加を正式に表明した。ここまで中国に「忠誠」を表明すれば、いくらなんでも中国はイギリスを信じてくれるだろうという屈辱的な駆け引きと、「中国の成果をイギリスがいただく」という大英帝国からのしたたかな戦略があった。

 イギリスは中国の経済成長という特急列車に乗り遅れることを恐れたし、中国としては1840年、ヴィクトリア女王時代に起きたアヘン戦争以来の英中関係の逆転を徹底して見せつけたかった。

 イギリスさえ陥落させれば、各国が雪崩を打つであろうことを紅い皇帝は見越していた。
 なぜなら、紅い皇帝はEUが決して一枚岩でないことを熟知していたし、またアヘン戦争以降、欧米列強が先を争って中国を植民地化していこうとした歴史を実感している。

 だからこそ、「ダライ・ラマ14世」というイギリスの弱点を握って離さず、それを切り札として最後まで使い尽したのである。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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