日本中世・近世の宗教勢力

日本中世・近世の宗教勢力
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日本中世・近世の宗教勢力
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日本中世・近世の宗教勢力
日本中世・近世の宗教勢力
 讀賣15年5月30日
日本中世・近世の宗教勢力





 日本中世・近世の宗教勢力


 学校で日本史の時間に、桓武天皇が794年に平安京遷都したのは奈良の仏教勢力を排除したかったからだと習った。

 1120年ごろか、白河法皇「天下の三不如意」ふにょい)として挙げたのが「①賀茂川の水、②双六の賽(すごろくのさい)、③山法師」である。①は天災、②は運、結局言いたかったのは③の比叡山の僧兵の横暴のことである。日本の統治者は長年宗教勢力に悩まされてきたらしい。しかし、実感が湧かなかった。

 昔から、週刊ポスト連載の井沢元彦さんの『逆説の日本史』は読んでいる。また、その文庫本もそのうち読もうと思って10冊近く持っている筈である。しかし如何せん、読みたい本が多過ぎるため果たせていない。

 昨日だったかいつもの宮脇書店で『井沢元彦の教科書では教えてくれない日本史』を見つけた。MOOK(MAGAZINEとBOOKの中間)なので、三捨六入されてはいるが、井沢史観のエッセンスが詰まっていそうである。早速購入してパラパラと読んでみた。分かり易い。該当部分(織田信長の時代)をかなり端折ってご紹介します。


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 農民の専門兵士化

 武田信玄の軍隊が1万人いるとして、専門職の軍人は千人もいない。残りの9割は農民兵。普段百姓をしている人たちを足軽という兵士にして軍団を組織していた。そのため、昔は農業が暇な農閑期にしか戦争はできなかった

 「出稼ぎ戦争」の典型的な例が、(武田信玄と上杉謙信の)信州・川中島の合戦。5回にわたって行われたが、いずれも刈り入れの後に行われている。刈り入れが終わってから初雪が降るまでの極めて限定的な期間しか戦えず、最後まで決着がつかなかった。


 ところが織田信長という人は、専門兵士の育成を見事にやってのけた。信長は農業以外の産業、たとえば商業や国内交易を盛んにすることで銭を稼ぎ、その銭で兵士を雇った徴兵制から傭兵制へシステムの変換を行った。

 傭兵の利点は、兼業兵士ではないので一年中いつでも戦えること。農業をやっていないので、いつでも移転できるという長所がある。


 武装する宗教勢力

 警察機構がない社会では、人は自分の身を守るために武器を持ち武装する。戦国時代もそう。この時代は、武士だけではなく、農民や商人、さらには寺社などの宗教勢力も武器を持っていた

 そこで起こる問題の一つに「物価高」があった。わかりやすい商品として「油」がある。室町時代には、照明用の油が中国から入ってきた。

 そこでもたらされた大きな変化は、「夜の消費社会」の出現。最初にできたのは、恐らく遊郭。油の普及によって「夜の遊び場」が賑わう。

 遊郭が賑わえば、そこに食事を届けたり、さまざまなサービスを提供したりする人々が集まるようになり、自然とそこに消費社会が生まれる。


 寺社は先端技術の集積場

 当時の油は、荏胡麻(えごま)という植物から作られていた。油を作るにはライセンス(許可状)が必要だった。ライセンスを所有していたのは、日本の場合、ほとんどが「寺社」だった。油を作る技術を伝えたのは、中国大陸に留学した「僧侶」寺社には最先端の技術が集積した。

 目端の利く商人が、生産と販売の部分を自分で行う許可を願い出た。寺社は認可する代わりにライセンス料や上納金を要求する。商人は利益を出すために、その分を商品価格に上乗せし、商品価格はさらに上がっていく


 関所は作り放題、「関銭」は巻き上げ放題

 次の問題は、それをどうやって市場まで運ぶかということ。室町時代には政府は機能していない。そのため、街道にも、海や川にも、通行料を取るための関所が勝手に作られていた。大阪の淀川には最盛期に300もの関所があったそう。こうした陸海の関所を最も多く持っているのも、実は寺社


 さらに寺社は、酒屋や土倉(質屋)などを経営し、「金貸し」のようなこともやっていた

 寺社は市場も握り、商売する人には、今で言うテナント料のようなものを要求した。そのため、その分のコストが値段に上乗せされ、商品の値段がさらに高くなる


 寺社の特権を剥奪した信長の「楽市・楽座」

 この状態がどんどん進んでいくと、物価はますます上がり、一部の特権商人と寺社だけが栄えるではどうしたら寺社の権限を剥奪できるか

 まず一つには、許認可権を無視し、寺社に使用料を一銭も払わないこと。特権商人同士のカルテルも無視。ただし、これをやるためには武力の裏づけが必要

 2つ目の輸送の問題では、関所をなくす

 3つ目に、市場は、誰でもテナント料なしで商売できるようにする。フリーマーケットにする。

 これらのことを一言で言うと、「楽市・楽座」と「関所の撤廃」。まさに織田信長の領土で行われた政策であり、そのために物価が下がった。それまで寺社によって取られていた中間搾取分がなくなるのだから、庶民は拍手喝采

 さらに、寺社の権限を剥奪した信長は、かなり厳しい対抗策もとっている。
 比叡山を焼き討ちし、一向一揆の大弾圧も行い、多くの人を殺している。

 信長が目指していたのは「寺社勢力の武装解除」。武器を捨てろと言う以上、何かあったときには俺たちの力で守ってやる、ということも彼は言っている。信長の保護下に入れということ。彼の言う「天下布武」てんかふぶ)とは本来そういう意味。


 信長の行った経済改革や、寺社勢力に対する姿勢などは、信長の後に天下人となった豊臣秀吉や徳川家康によって引き継がれていく

 最終的にそれを完成させたのが家康であり、この3人の連続性があって初めて、江戸幕府という260年におよぶ平和国家が構築できたということは間違いない。


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(感想・意見など)

 日本の歴史や中国の歴史、現代のアフリカ、アラブ、中東などを見ていても、圧倒的な武力を背景に、それぞれの不平不満を抑え込み、あらかじめ定められた法の下に利害を正しく調整する権力がなければ、世の中は治まらないようである。


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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