P・ドラッカー日本美術コレクション

P・ドラッカー日本美術コレクション
 NHK・Eテレ「日曜美術館」
 15年6月7日(日)8:00~、再放送6月14日(日)20:00~
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 15年6月7日(日)8:00~、再放送6月14日(日)20:00~ NHK・Eテレ「日曜美術館」「ピーター・ドラッカー 日本美術へのラブレター」を見た。

 「マネジメントの父」P・ドラッカーは1909年オーストリアのウィーンに生まれた。ユダヤ人。若い頃フロイトに会っている。ドイツ・ナチスの台頭からイギリス・ロンドンに逃れ、このころケインズの講義を聴いている。さらにアメリカ・ワシントンに移り、第二次大戦中アメリカ政府で働いた。そこでの仕事は面白くないものであったらしい。

 昼になると近くの「フリーア美術館」で日本美術を見て1時間近く過ごしたという。そこで室町時代の水墨画に魅せられた。「正気に戻る思いがした」という。雪舟、雪村(せっそん)、白隠(はくいん)、仙厓(せんがい)…など。


 1959年に初来日。各地でマネジメントの講演をし、ソニーの井深 大(いぶか・まさる)、オムロンの立石 一真(たていし・かずま)などの起業家と知り合い、日本経済の興隆を確信するに至った。

 一方、そのころから、室町期の水墨画、禅画、文人画・南画の収集を始めだした。そのコレクションは、先の禅僧、与謝蕪村、浦上玉堂、渡辺崋山、伊藤若冲、曽我蕭白、谷文晁、長沢芦雪など200余点にのぼるという。

 2005年に95歳で亡くなったが、次女の話によると、親しい人との集まりで、マネジメントの話をするかと思いきや、日本美術の話をすることが度々であったという。70歳ころから5年間、自らのコレクションを教材に、大学で日本美術のゼミを開講したこともあった。


 私にとってのドラッカーと言えば、「企業の目的は顧客の創造である」の一言に尽きる。その著書「現代の経営」「断絶の時代」以降、日本の企業人のファンは今なお100万人は下らないのではないか。ドラッカーの関心は、企業のマネジメントのみならず、社会のあり方、そこでの生き方にまで及ぶ。思索中、日本美術を見てこころの平衡をとっていたと思われる。

 
 ドラッカーがここまで日本美術に入れ込んでいたことを今回初めて知った。千葉市美術館で6月28日(日)まで「ドラッカー・コレクション展」開催中です。


以上

 

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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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