東芝の不適切会計は残念

東芝の不適切会計は残念
 日経15年6月13日
東芝の不適切会計は残念
 ソニー創業者・盛田昭夫さん
東芝の不適切会計は残念
 初代米国野村證券社長・寺澤芳男さん
東芝の不適切会計は残念
 朝日15年6月16日
東芝の不適切会計は残念






 東芝の不適切会計は残念


 日経新聞6月13日の記事を見て、先人の苦労を偲んだ。記事にはこうある(抜粋)。


 次の人生では上場しない

 「次の人生があるとしたら、上場はしないだろう」。中国の電子商取引最大手、アリババ集団創業者、馬雲(ジャック・マー)氏は米国での講演で語った。昨秋の新規株式公開(IPO)以降は「人生の厳しさが増した」といい、公開企業の苦労をにじませた。

 同社株の上場については「会社の透明性が向上し、より多くの資金を調達できるようにもなった」と利点を挙げた一方、投資家の厳しい視線に応えていく責任があるとの認識を示した。


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 アリババ集団は1999年にジャック・マー氏が創業した中国ネット業界の巨人である。月間利用者数は2.8億人。昨年9月ニューヨーク証券取引所に上場し、2兆7千億円の資金を手に入れた。


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 1961年に日本企業で初めて アメリカでADR(米国預託証券)を発行したのはソニーである。1960年ごろのソニーは中堅企業。創業者である井深 大まさる)さんと盛田 昭夫さんは、松下、東芝、日立など家電大手が根を張る日本より勝つチャンスが多いアメリカ、世界へと進出すべく、米国ソニーを設立、盛田さんが社長になった。またこの年、世界初のトタンジスタテレビTV8-301を発売した。

 1961年ソニーはADRを発行したが、ソニー側の責任者は盛田さん(40)、野村證券は新婚の寺澤 芳男さん(30)であった。私はこの2人の著書を2・3冊づつ読んでいるが、よほど印象深い仕事だったらしく、両者ともそのことに触れていた。そのころの日米の会計制度には天と地ほどの差があったらしく、連日連夜のハードワークに、強気で鳴る盛田さんも「寺澤さんもうやめようか」と弱音を吐くこともあったらしい。

 翌年、ソニーは、ニューヨーク5番街にショールームを開設。その翌年には盛田さんは家族と共にアメリカに本格的に駐在し、世界中に知己をつくり、世界企業への道を歩み始めた。


 一方の野村證券は、ソニーのADR発行で経験とノウハウを積み、人脈を作り、次々と日本企業の米国進出を助けた。それがまた野村を大きくした。私のおぼろげな記憶では、日本の大企業の最初は東芝だったはずである。

 それだけに、このたびの東芝の不祥事は実に残念でならない。ソニーに次ぐ二番手とはいえ、東芝は大企業。部署、子会社なども多い。東芝の先人は社内の会計システムを変えるのにもの凄く苦労したはずである。会計システムを変えると言うことは、考え方、思想を変えるということである。今の東芝は、初心を忘れている。

 現在では、ソニー、東芝、野村ともに世界的大企業になっている。売上高では、ソニー8兆2千億円、東芝6兆5~7千億円?7兆円弱?不適切会計で真実が分からないが、ソニーが抜いている筈である。

 盛田昭夫さんは、その後ソニー社長、会長を務め、1993年11月経団連の会長が内定した日の早朝、テニスをしていて倒れ、長い療養ののち1999年10月に亡くなった。享年78歳。

 寺澤芳男さんは、初代米国野村證券社長、会長、野村證券副社長、MIGA初代長官、参議院議員、経済企画庁長官、東京スター銀行会長ののち引退。オーストラリアのパース在住である。アメリカでのADR発行が大きなステップになったことは間違いない。


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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