敗戦・占領とは?

占領とは?
 毎日15年10月5日
敗戦・占領とは?
 京城日報1944年の慰安婦募集広告
敗戦・占領とは?
 朝日15年9月30日
 1977年5月2日朴正熙大統領(父親)が韓国の「基地村浄化対策」文書に直筆サインした文書が残っている。世界中に〝告げ口〟する前に、自分の頭の上のハエを払うべき。
敗戦・占領とは?
 韓国人売春婦のデモ 「自由に売春させろ!」
占領とは?
占領とは?
 通常の本津川(堰を上げている)。
占領とは?
 今日の本津川。堰を倒している。稲刈りが始まったことと関係があるのか?
 鵜が1羽だけで、寂しそう。
占領とは?
 堰を倒したため(恐らく電動)、水深が下がり1尺余りの鯉がよく見える。
 こういうさまざまな変化があるから川沿いの道は楽しい。




 敗戦・占領とは?


 日本の安全保障論議が上滑りなのは、1945年の米軍占領が例外的に平穏だったからだと思われる。海に囲まれた島国で、大陸の過酷な歴史が想像しにくいこともある。大陸はまさに「進撃の巨人」の世界である。米軍占領は比較的平穏ではあったが、それでも隠されたことは多い

 毎日新聞15年10月5日の「毎日新聞1945」という伊藤 絵理子さんの記事を抜粋してご紹介します。



 進駐軍上陸と「性」
 将兵による暴行 検閲


 1945年9月2日、日本政府代表は東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリ上で降伏文書に調印した。その様子を伝えた翌3日朝刊1面に「急告 特別女子従業員募集」と小さな告知が載った。「衣食住及び高給支給 前借にも応ず。地方よりの応募者には旅費を支給す」。待遇の説明だけで仕事内容には触れていない。

 告知主は「特殊慰安施設協会」。進駐軍による強姦を恐れた政府が性的慰安施設設置を決めたことを受けて設立され、従業員集めを急いでいた。「従業員に『芸妓、公私娼婦、女給、酌婦、常習密売淫犯者等』を優先的に充て『良家の子女』を守るための『性の防波堤』とする」計画。全国に配置された慰安施設は、性病のまん延や米本国での批判の高まりを受け7カ月で閉鎖された。

 8月15日、突然敗戦を迎えた国民の間には「男は肉体労働に使われる。女は犯される」との風評が広がった。進駐軍上陸が迫る神奈川県では、県が率先して女性職員に退職金を配り疎開させた。女性社員を自宅待機とした会社も多かった。16日以降、上野駅や新宿駅は大混雑する。運輸省は疎開する女性たちに無賃乗車の便宜を図り、混乱を助長したとしてのちに問題になった。

 毎日新聞も連日、進駐軍に対する女性の心構えを説く。見出しを拾うと、締めよ心の武装 モンペを離すな(8月17日)▷女性よ試練にうち克て 純潔こそ婦道の礎(8月19日)▷こんな態度は禁物 無意味な笑顔は禍の基(8月29日)――。


 連合国による日本占領はおおむね平穏に行われたというのが通説だが、慰安施設や「心構え」では進駐軍による性犯罪を防ぎきれなかった。 9月9日朝刊に「婦女の拉致増加」の記事が載っている。「数名の米兵が自動車の中に強制的に同乗せしめて連れ去る」手口を紹介し、「恥を忍んで」交番や警察署に届け出るよう訴えている。

しかし、連合国軍総司令部(GHQ)は進駐軍による事件の詳細を公にすることを許さなかった。進駐軍の暴行を記事にするのは厳しく制限された。表現についても「『大男』は通ったが、『背が高く色が……』とするとだめだった」(毎日新聞社史)。

 占領期を通じ、進駐軍の将兵と日本女性の間に多くの子供が誕生した。強姦だけでなく、生活のため将兵相手に売春をする「パンパン」、基地で働く女性に目立った「自由恋愛」などによって。その数は1万人とも言われるが、将兵のモラルの低さを示す証拠とも言える存在を認めたくないGHQの意向で、占領期間中の報道はほとんど見られない


 三菱財閥創始者の孫、沢田美喜氏は著書「混血児の母」で記す。47年2月、すし詰めの夜行列車で、風呂敷にくるまれ網棚に置かれた肌の黒いえい児の遺体に出会う。沢田氏にかけられた捨て子の疑いは晴れたものの、その後も東京・歌舞伎座裏の共同便所、神奈川・鵠沼の川、駅の待合室と立て続けに金髪や黒い肌の孤児の姿を目撃する。

 沢田氏は48年、実家・岩崎家の神奈川・大磯の別荘に養護施設「エリザベス・サンダース・ホーム」を開設。こうした子供たち約2000人を引き取って育てた


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(感想・意見など)


 1945年の敗戦後すぐに、日本政府は「特殊慰安施設」を作って『性の防波堤』にしようとした。しかし、それでも、はっきりした記録はないが、沖縄で1万件、神奈川で3500件の米兵による強姦事件があったと、読んだことがある。


 1944年、連合軍はフランスのノルマンディー上陸作戦でドイツに対する反撃を開始した。これまでハリウッド映画などでは米軍兵士(GI )たちはフランスをナチスドイツから解放した勇敢な英雄として描いてきた。しかし実際は、フランスを解放したGIたちは同じ連合国のフランス人女性を強姦しまくったことが明らかになっている。

 1945年5月、ベルリンに攻め込んだソ連兵を将校は「ゲルマン女は諸君のものだ!」と鼓舞して突撃、実際に手当たり次第に強姦しまくった。その数190万人とも400万人とも(400万は解放?した東欧を含めての数字か?)書かれている。ドイツ人の男性は300万人がシベリアに抑留され、100万人が帰らぬ人となったと言われている。

 1945年8月8日、ソ連は日ソ中立条約を突然破棄して、敗色濃厚な満洲に攻め込んできたいたるところで虐殺と強姦が繰り返された。ソ連人のみならず中国人、朝鮮人も加害者となった。男性は約60万人がシベリアほかに抑留、奴隷労働に従事させられた。厳しい労働と飢えと寒さと暴力で、約6万人が帰らぬ人となった


 敗戦後の「男は肉体労働に使われる。女は犯される」との風評は、根拠のないことではなかった歴史上、敗戦・占領とはそのようなものであったし、直近のドイツ、東欧、満洲、朝鮮ではまさにそのようなことが行われていた。政府にはドイツや満州、沖縄の様子がある程度伝わっていたであろうし、「特殊慰安施設」を作って『性の防波堤』にしようとしたことはうなずける。、実際、ある程度の効果もあったと思われる

 それが事実である。いいことではないが、現地を平穏に統治する(一般人にできるだけ被害を及ばさない)ために必要悪として「慰安婦制度」があったのはうなずける秦 郁彦(はた・いくひこ)さんの『慰安婦と戦場の性』(新潮選書)によると、ソ連軍の元将軍が、「日本軍のように兵士の面倒見をよくしていたら、対独戦は1年早く終わっていたろう」とコメントしたとか。繰り返すが、ソ連軍は虐殺・強姦・強制労働が基本。12・13世紀ごろのモンゴル軍そのもの。

 日韓併合時の慰安婦(日本人もいた)の待遇はそれほど悪くなく、報酬も中将並みに良かったという。「男は殺されるか奴隷労働させられ、女は犯される」ことに比べて、何故その部分だけ取り上げて、あれだけ騒ぐのかが分からない。もっと悪いことはいくらでもある。

 韓国人自身が、朝鮮戦争時第5補給品と称して売春婦をドラム缶に入れて戦場近くまで軍用車で運んだというし、ベトナム戦争ではずっと酷いこと(虐殺・強姦)をやりまくった。韓国人兵士‐ベトナム人女性の混血児ライダイハンは2万人とも3万人とも。現在でも、自由に売春をさせろと3千人の売春婦がデモをするし、韓国人売春婦は世界中に出かけていって鼻つまみものになっている。話の寸法が全く合っていない


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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