実は、難民だらけの日本

難民だらけの日本
 週刊新潮15年10月15日
難民だらけの日本
 徳島15年8月19日
難民だらけの日本
 朝日15年10月5日
難民だらけの日本
難民だらけの日本
 SAPIO15年11月号
難民だらけの日本
 10月下旬から「おてごろマック」が始まった。3種類試したが、なかなかのもの。ポテチ、ドリンクなどセットで500円。

 (最近PCの調子が悪い。3日連続でPC‐DEPOTに持っていった。その度に数時間取られる。PCが悪いのか、Windows10にしたのが悪いのか、PC‐DEPOTが悪いのか、原因不明)





 実は、難民だらけの日本


 ◆週刊新潮10月15日号高山政之さんの「変見自在」を抜粋してご紹介します。


 難民だらけ日本


 日本はその昔から難民の天国だった。朝鮮半島からはもう嫌になるほどの難民、それも自分の祖国では望めない人間らしい暮らしを求めた経済難民がぞろぞろきている。

 始まりは1910年の日韓併合だった。あのころの朝鮮はパプアと同じくらい未開で、荷車1台、染物屋1軒なかった。資源ももちろんない。

 でも日本は植民地にしないで内鮮一体、つまり今のEUと同じに国境を外し、日本人と同等に扱った。

 結果、ぞろぞろ200万が日本にやってきた。中東難民とそっくりだ。

 おまけに中東人と違って感謝の気持ちもなく、心も邪(よこしま)だったことを関東大震災の時に示した。

 あのとき地震に伴う火災は浅草、本所など下町に集中した。ところがそのあと火の気のない越中島(えっちゅうじま)が燃え、さらに内幸町や金杉橋、千住などで1日遅れの出火というか不審火が続き「暴徒が略奪と殺戮をほしいままにした」「何人かは鼻を削がれていた」(加藤康男『「朝鮮人虐殺」はなかった!』)

 日本の歴史に徒党を組んだ火事場泥棒はいなかった。「鼻を削ぐ」風習もない。何よりも暴れた朝鮮人が多く捕まってもいる。戦後の在日の行動を引用するまでもない、彼らは決して性質(たち)のいい難民ではなかった。

 それでも日本は内鮮一体をやめなかった。日本人さえ我慢すればいい。

 戦後も彼らは気ままに日本にやってきた。太陽光パネルで儲けた孫正義の父も在日特権を知って戦後にやってきた一人だ。

 (韓国大統領の)李承晩(イ・スマン、り・しょうばん)は赤い済州島を嫌って島民皆殺し(島民6万人虐殺、家の70%が焼かれた)にでると数万人が日本に逃げた。日本は黙って受け入れてやって、彼らは生き延びた。

 200万を超えた在日はマッカーサーが半分以上を追い返し、朝日新聞も「北朝鮮は地上の楽園」と書きさらに10万を送り返した。
 それでも韓国からの経済難民、不法入国者は後を絶たない。

 支那も同じ。最初はベトナムのボートピープルを装って福建から漕ぎ出し、日本に流れ着き、居座った。

 今の主流は残留孤児や帰化支那人の親族を装って潜り込む。その数は在日を上回る。日本で暮らせることを感謝もしないで犯罪に勤(いそ)しみ 刑務所収監者数では在日と常にトップをきそっている。

 日本は世界のどこもが入れなかったユダヤ難民まで受け入れた。日本本土はもちろん満州国にも、上海の日本人租界にも入れた。

 上海に入ったユダヤ人は3万人近い。のちにカーター政権の財務長官になったブルメンソールもその一人だった。

 ドイツはヨセフ・マイジンガーを派遣し、ユダヤ人を廃船に詰め、長江に沈めろと命じた。日本は彼を諫(いさ)め真人間になれと言った。

 しかしユダヤ人も朝鮮人と変わらなかった。日本に逃れたレオ・シロタの娘は日本を「女性の権利を無視した野蛮国」と言った。

 ブルメンソールは日本に円高を迫って恥じなかった。この春には思い出の上海を訪れて「私はここで支那人ともども侵略者日本の蛮行を目撃したと語った」と聯合ニュースが伝えた。

 それでも日本人は黙って今も300万近い難民を抱えている。

 日本はまた長い間、米国を除く国連安保理常任理事国の合計より多い分担金を払って難民救済をバックアップしてきた。


.......... .......... ..........


 ◆SAPIO11月号落合信彦さんの「新世界大戦の時代」から抜粋してご紹介します。


 中国崩壊で武装難民がやって来る


 移民・難民の受け入れは、副作用を必ず伴う。
 すでに日本でも、外国人が多く住む地域ではトラブルが続出している。

 外国人の生活保護受給世帯も4万世帯以上にのぼっている。近年は毎年5000世帯のペースで急増。堅実な日本人と違って、稼いだカネはすぐ使うという文化がある外国人は貯められないからだ。

 いま上海の書店では日本についてのハウツー本が売れまくっているという。それは日本に行って何もしないで生活保護をもらい楽しく暮らすことを1から10まで教えている本だという。

 
 さらに危惧すべきは、中国の崩壊だ。そんな事態になれば、数多くの戦艦や漁船などで、数百万人、数千万人単位の難民が海を渡ってやってくるだろう。

 海上自衛隊や海上保安庁に、それを止めることはできない。もし上陸を阻止しようとして中国人に死者でも出たら、世界から「非人道的だ」と猛烈な非難を浴びる。

 武装難民も大挙して訪れるだろう。

 難民受け入れは、決して美しい物語ではない。痛みを伴うシビアな問題なのだ。日本人は、これからヨーロッパで起こることに目を凝らし、そのうえで日本の針路を考えねばならない。


.............................................................................................................


(感想・意見など)

 私の亡くなった父は若い頃広島県呉市に住んでいた。周りには仕事を求めて半島から渡って来た朝鮮人が大勢いたと言っていた。呉は海軍の本拠地であり、海軍関係の仕事が沢山あり、十分考えられる。


以上


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

最新記事
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
リンク
カウンター