リーダーの作り方

リーダーの作り方
 毎日15年7月11日
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 日経15年11月10日
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 日経15年11月7日
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 四国15年9月1日
 香川県知事・浜田恵造さん
リーダーの作り方
 四国15年9月10日
リーダーの作り方
 この皇帝ダリアは4㍍はある。さすが「皇帝」。見事というほかない。





 リーダーの作り方


 私は中学生時代からカーメーカーウオッチャーでもあり家電メーカーウオッチャーでもあった。確か当時から、日立‐野武士、東芝‐紳士、三菱‐殿様、松下‐商人、ソニー‐モルモットと言われていた。そして、東芝は何かと日立と比べられていた。

 その場合常に日立より下位にある東芝ということで語られていた。それが10年ほど前から東芝が追い上げてきた。確か、そのころ西田厚聡氏が社長になった。西田氏の経歴が変わっているので話題になった記憶がある。傍系のイランの販売会社出身で、奥様もイラン人のはずである。やり手、剛腕に違いないと思った。「やるなっ!社風が変わったのか?」と思っていた。

 しかし、残念ながら、メッキが剥げてきた。本当にリーダーの育て方、見出し方は難しい

 世界的な大企業IBMHP(ヒューレット・パッカード)なども苦戦している。VWは言わずもがな。GEは、名経営者ジャック・ウエルチ氏が最後に後継者候補を3人に絞り、何年もかけて現在のジェフリー・イメルト氏を選んだ(確か、選ばれなかった残りの2人もそれなりの大企業の責任者にヘッドハンティングされた筈)。

 そのGEジェフリー・イメルト氏は、先頃「金融」部門から祖業である「ものづくり」に大きく舵を切ろうとしている。なにしろあのエジソンが創業者である。


 ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは「政治家にとって何よりも重要な資質は3つある―情熱と責任感と判断力である」と言った。政治家をリーダーと言い換えてもいい。さらに私は「無私」もしくは「公私の峻別」を挙げたい。


 その人が本当にいいリーダーであったかどうかは10年、20年、30年後でないと分からないことが多い。経営者として短期的利益をあげようと思ったら、それなりの企業であれば割と簡単である。不急のもの(利益を生まない部門、子会社、知的財産、不動産など)を売却し、投資を抑制し、下にちょっと圧力をかけ、経理を少し操作(お化粧)すればいい。目先の利益に執着すれば短期的利益は出る。

 その反対例が東レである。東レなど日本の繊維産業は50年前から開発途上国に追い上げられて苦しい立場にあった。それでも歴代の社長は歯を食いしばって炭素繊維(カーボンファイバー)など未来への投資を欠かさなかった

 それが40年経って花を開きつつある。米ボーイングなど航空機の機体に大量の炭素繊維が使われるようになってきた。先頃ファーストリテイリング(ユニクロなど)と「ヒートテック」など5年間で1兆円の取引に合意したそうである。クルマの車体に炭素繊維が使われるようになるかもしれない。
 
 これは歴代の経営者が立派であったとともに、日本がアメリカのような極端な株主資本主義でないから出来ることである。アメリカではそんな長期的投資は株主が許してくれない。日本は何だかんだ言っても「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よしの精神」が残っている


 話は変わる。

 私はかねてから日本の官僚(キャリア)の育て方に興味があった。明治以降、140年以上試行錯誤して現在の育て方があるはずである。

 四国新聞15年9月1日から「香川のリーダーたち」という連載企画が始まった。トップバッターは香川県知事・浜田 恵造さん(63)。9月12日までの10回連載。浜田さんの経歴を追ってみたい。

・1952(昭和27)年生まれ
・観音寺一高卒業
・1975年東京大学法学部卒業
・同年大蔵省(現財務省)入省
・大臣官房(会社でいえば総務部)の調査企画課(省内の理論的拠点)政府の経済見通しの調整を担当
・2年目 福岡国税局の調査査察部(企業会計と税務調査の手ほどきを受ける)
・次の年、仕事を離れて経済理論の研修を受ける(宇沢弘文さんほかより)
・理財局(国の資金貸付、出資、債務管理、通貨、国有財産等を担当)で係長。地方資金の貸付(地方債)担当。翌年、財政投融資担当。
・山梨県大月市で税務署長。
・本省に戻り銀行局金融検査部(現在の金融庁検査局)で金融検査に携わる。さらに同銀行局総務課で金融関係の税制を担当。
・主計局に異動。最初の2年間は中長期的な財政収支の見通しを担当。
・主計局で予算編成担当。1986(昭和61)年農水省の農業基盤整備(土地改良)と農業構造改善予算担当。主査。
・2年間地方財政予算担当
・山形県庁出向。総務部長。
・1991(平成3)年、本省に戻り、広報室長。
・銀行局金融会社室でノンバンクを担当
・理財局で政府保有株の売却を担当
・1994(平成6)年、総務庁(現総務省)行政管理局出向。総括担当の管理官。各省庁の定員全体と特殊法人全体、個別省庁として外務省を担当。
・理財局勤務。5年間国債課長、資金第一課長、総務課長を務める。
・2001(平成13)年大蔵省は財務省に。7月広島国税局長。
・東海財務局長。
・2003(平成15)年内閣府地方分権改革推進会議の事務局次長。
・2004(平成16)年から2年間、理財局次長。財政投融資、国債管理、国庫の資金繰り、通貨制度を担当。
(この頃財政投融資総括担当補佐が尾崎正直・現高知県知事、総務課次席補佐が小林鷹之・現衆院議員)
・2006(平成18)年国税庁税務大学校長
・2007(平成19)年東京税関長
・2008(平成20)年財務省退職。日本高速道路保有・債務返済機構(独立行政法人)理事。
・2009(平成21)年末高速道路機構退任。民間企業の経営に携わる話が決まっていたところに知事選出馬の打診あり。
・2010(平成22)年9月より香川県知事。現在2期目。


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(感想・意見など)

 浜田知事は海外勤務の経験がないようであるが、キャリアの中には1年から2年、在外公館や国際機関、米英などの大学・大学院に行く人も多いようである。それにしてもすさまじい異動である。

 私の高校時代の友人(当時16歳か17歳)で父親が四国電力に勤めていた人がいたが、その父親はそれまでに16回転勤したと言っていた。同じく電力会社に勤めていた知人はそれ以上だと言っていた。やり過ぎ。

 私の経験では、家族のことなどを除けば、2~3年での転勤は人を成長させ、いいことである。1年目は新しい仕事を覚え、こなすのに必死。人間関係も作らねばならない。2年目はある程度慣れて少し余裕が出てくる。3年目はかなり余裕。4年目ともなるとマンネリになりがち。一概には言えないが、収穫逓減(ていげん)の法則が働く。

 企業と役所では違うところがあるかもしれないが、企業も、30歳前後くらいからある程度選別して、選んだ人たちを意識的、計画的にリーダーとして育てていく必要があるのではないか。


 
 浜田知事の連載を読んでいて、私と問題意識が全く同じなのに驚いた。浜田知事はこう書いている。

 「デフレ脱却後、日銀が金融緩和を終了するとき、財政再建の道筋が明らかになっていなければ、大変な事態になります。我々にとって、南海トラフ地震以上に、その対策を講じなければいけない問題なのです」

 「県の現状は、ある程度、分かっていたつもりでしたが、立候補にあたり、あらためて、大きな課題だと思ったのは、人口減少問題です」

 ①国・地方の1100兆円にもなろうかという借金の問題と②急激な少子化問題である。


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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