江戸時代の救荒策

江戸時代の救荒策
 新潮文庫 464円
 なぜ、これだけ貴重な情報ぎっしりが詰まった本が430円(税抜き)なのか?
江戸時代の救荒策
 日経16年2月8日
江戸時代の救荒策
 朝日16年2月11日
江戸時代の救荒策
 昨年末に仏前用として買った菊が、40日以上経ってもまだ咲いている。




 江戸時代の救荒策(きゅうこうさく)


 『 学校では習わない江戸時代 』 (山本博文著)から抜粋、一部編集してご紹介します。


 江戸時代において、国民の生命を脅かすものといえば、まず飢饉であった。為政者の側でも、飢饉による農村の疲弊や耕作者の減少は深刻な打撃を受けるものであったから、飢饉に対する対策は最重要な課題であった。

 江戸時代最初の大飢饉は、寛永の大飢饉である。これは、西国における寛永15(1638)年からの牛死に端を発する連年の凶作、特に寛永18、19年の大凶作によって、引き起こされたものである。幕府は、初めて農民の経営に目を向けるようになり、農政関連の細心な法令が出されることになる。

 しかしこれ以後も、飢饉対策は、領主による個別的な対応に任されていた。領主には農民を救う義務があり、それが為政者としての責任であるという「仁政(じんせい)」の理念は、保科正之(ほしな・まさゆき)や池田光政らを代表とする大名たちの説くところであるが、程度の差はあれ諸大名に共有された理念であろう。

 17世紀後半は、いまだ幕藩領主たちにそれだけの蓄積があった時代である。飢饉が起こればお救いを施せばよいわけで、真剣な対策はとられなかったし、その必要性もあまり感じられなかったであろう。

 この時期の公共事業や社会福祉事業に相当する分野についていえば、たとえば河川修築・治水灌漑・橋梁の修築などは、各代官限りで行い、必ずしも幕府が計画的に行っていたわけではない。つまり、予算を策定して計画的に国家事業を行うという発想がなく、民が困れば救うという「仁政」であった。そして、足りなくなれば貨幣の改鋳を行い、年貢を増徴するという方式である。


 享保改革と郷蔵(ごうぐら)政策

 幕府における国家的支出が、政策的に位置づけられるのは享保期からであると考えてよい。旗本・御家人への扶持米(ふちまい)支給にも困るという財政状況から始まった吉宗の享保改革は、財政改革としての本質を持っていた。

 享保6(1721)年、勘定所を幕領支配と貢租徴収にあたる勝手方と訴訟などを扱う公事方(くじかた)に分け、勝手方の業務についても取箇(とりか:年貢徴収)と在々普請方(勧農業務)を分離した。

 翌7年には勝手掛老中(財政専管の老中)を設けて水野忠之を任命し、勝手方の仕事を総括させた。同8年には、従来上方と関東に分かれていた幕領の支配体制が、勘定奉行による統一的なものに移行する。


 度重なる飢饉の経験から、吉宗は、享保13年、全国の幕領に対して災害対策用に囲米(かこいまい)を命じ、年貢米の一部を各村の郷蔵や名主の蔵に保管するように命じた。これによって、全国各地に60万石に及ぶ米が備蓄されることになった。この4年後に享保の大飢饉が起こったことを考えれば先見的な政策であったと言えよう。

 ただこの囲米は、享保15年に農民自身の負担で行う方式に転換されることになる。近世の農村に本来備わっていた共同体的な相互扶助の慣行を、幕府の主導によって災害飢饉対策のシステムに再編したと評価できる。

 そして、これは、寛政改革(1787年~)において松平定信による囲米政策や江戸の七分積金(しちぶつみきん)といった制度に引き継がれていく。飢饉や災害の時に、領主の恩恵としてのお救いではなく、システムとして最低限の措置がとられるようになった


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(感想・意見など)

 日本では、17世紀から飢饉や大災害に対して上記のような対策が採られた。

 一方、北朝鮮では、なけなしの資金を核開発に使い、1990年代には200万人以上の餓死者を出したという。今回のミサイル発射でも、それだけの金があれば、全人民に1年分のトウモロコシを配ってお釣りが出るという。

 21世紀になっても餓死者を出し、毎月のように側近の処刑を行っている。金正恩になってから200人も処刑したとか。今日も、総参謀長が処刑か?というニュースが流れた。金正恩ファミリーだけのために存在するおぞましい国家である。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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