日本と李氏朝鮮①

日本と李氏朝鮮
 (扶桑社)
日本と李氏朝鮮
 平壌妓生(キーセン)学校。李氏朝鮮には庶民のための学校はほとんどなかったが、キーセン学校だけはあった。李朝では初潮前の少女も妓生にされていたが、日韓併合後法令で最低年齢を17歳とした。
日本と李氏朝鮮①
呉 善花さん(三交社) 1990年12月初版
日本と李氏朝鮮
 近くのセブンーイレブンが1年ほどで閉店。衝撃的なことにその半年後くらいに解体した。数千万円の損。少なくとも昼間見る限りは繁盛していた。店長に聞いたところオーナーの都合とのことであるが、24時間・365日営業に無理があったのではないか。アルバイトの都合がつかないときは身内で回さざるを得ず、身内が3人はいないとキツイ。




 日本と李氏朝鮮①


 お馴染み宮脇淳子さんの『韓流時代劇と朝鮮史の真実』から抜粋してご紹介します。


 「九族皆殺し」

 日本には李氏朝鮮のように、上流階級が物資を全て吸い上げて、下層が貧困に喘ぐような構造はありませんでした。日本の歴史上、李氏朝鮮のように大きな格差というのはまずない。そこが大きな違いで、日本では支配階級が自分たちだけ贅沢三昧したという話は稀です。

 精神性の違いといえば、他者に対する仕打ちの酷さにも彼我の差が見られます。日本の場合、相手の一族を皆殺しにするようなことはあまりしませんでしたが、シナや朝鮮では何の躊躇もなく皆殺しにします。〝九族皆殺し〟といって、当人から九親等までの親戚を全員殺してしまうのです。

 
 日本は外部圧力がなかったおかげで、時間をかけて日本民族として内側から統一していけましたが、朝鮮半島はせっかく統一しても、またシナや北方民族が攻めてきて水の泡になってしまう。李氏朝鮮にしても、結局、女真人と思われる李成桂が高麗王位を簒奪したわけだから、いってみれば北方民族の征服王朝です。そうすると、統治する民なんて血統も違うから親近感もないし、税金を取るだけの下々の人間、奴隷という感覚になってもおかしくはないでしょう。それが日本と朝鮮との大きな違いであり、精神の大きく異なることになった原因だと思います。


 派閥争いこそ朝鮮民族の生き方

 李氏朝鮮ではいつの時代も両班たちの派閥対立が存在して、お互いの足を引っ張ることばかりを考えていました。一方の派閥が権力を握ったら握ったで、また内部分裂が起きたりもする。こうした対立は、よく儒教解釈の相違なんて説明されていますが、本質的には単なる利害関係で、思想でも何でもありません。だから、相手を追い落とすことができれば、理由は何だって構わない

 韓流歴史ドラマのガイド本に宮廷の相関図があったので見てみると、どの時代をとっても「処刑」「王位簒奪」「殺害」「追放」、そんな文字ばかり。その目的はただひとつ、いかに自分がいい思いができるかということだけです。

 そのためには相手の一族を皆殺しにすることもいとわない。そこがシナや朝鮮のすごいところで、日本だったらそこまで徹底的に潰そうという発想はありません。一方が九族殺すから、殺された側の勢力が復活した時には、もう恨み骨髄で相手をまた九族殺す。500年間その繰り返しです。

 それが朝鮮民族の生き方なのです。いい加減そんなことはやめようとならないところが歴史の重さで、権力がある時には何でもしようとする。その代り、権力を失った時には野垂れ死ぬというわけです。そういう精神構造こそが500年の李氏朝鮮時代の負の遺産で、日本統治下で近代化してちょっとはマシになったはずなのですが、それも元の木阿弥で、今では北朝鮮でも韓国でも李朝の焼き直しを見ているようです。


 自分の先祖の霊だけが大事という宗教観

 韓国は儒教社会といわれますが、朝鮮半島で儒教の影響が強くなったのは、モンゴルに支配された時代以降です。李氏朝鮮が儒教を国教として取り入れて、それを使って1割以下の両班階級が下層の人々を500年間支配した。儒教というのは上下関係が絶対だから、支配階級にとっては都合がよかったのでしょう。

 それによって両班は、両班、中人、常民、賤民、奴婢という確固とした階級制度の上に君臨し続けることができた。下層に生まれたのは天が決めた運命だとして支配したわけです。私は、李氏朝鮮の支配階級は実は異民族の女真人だったのではないか、だからこそ、こんな階級制度をずっと維持できたのではないかと思います。


  日本も武家社会だった江戸時代に儒教を奨励したといわれますが、ごく一部、それこそ思想の上澄みだけ取り入れたに過ぎません。古田博司(ひろし)先生は著書『日本文明圏の覚醒』(筑摩書房)の中で、「日本人は『論語』が好きだと言いながら、実際に使っているのはその2割ぐらいだ」と書いています。論語の中にある499句のうち、日本人が使っているのは158句だけで、そのうち一般道徳に関するものは102句だけだそうです。ほかはシナ独特の習俗に基づいて書かれているので、理解できないところは無視した

 日本人はフィルタリングして儒教をそのまま入れなかったのです。同様に科挙や宦官も入りませんでした。これらもやはり日本には合わないと考えたのでしょう。

 日本も朝鮮と同じように、はるか昔から進んでシナ文化を取り入れました。けれども、自分たちの価値観と融合させて、日本文化に昇華させていったのです。日本人というのは案外珍しいもの好きで、何でもかんでも取り入れますが、主体性を持って自分たちに役立つように再構成してしまう。そうしたフレキシビリティは日本が誇るべき特質です。

 その点が、シナの模倣で良しとした朝鮮との大きな違いなのです。朝鮮半島は事大主義、小中華主義でシナのやることをそのままマネしてきたので、独自文化を主体的に築くことなど考えもしなかった。そのために創造的な活力が生まれず、社会や経済が停滞したともいえます。


 朝鮮人が忠誠を誓うのは親であり、広げてもせいぜい宗族(そうぞく)までです。しかも宗族とは男系一族のことですから、女系は無視され排除される。だからこそ、中国も韓国も結婚後も別性で、女性は実家の姓のままなのです。日本では夫婦別姓問題で中国や韓国を引き合いに出す人もいますが、勘違いもいいところです。

 女性は嫁いでいくら男の子を産んでも一生よそ者で、「一族」の仲間に入れてもらえません。特に韓国の場合、嫁に行くと実家からも切り離されるから、実家に帰ることもできない。女はまさに「三界(さんがい)に家なし」。だから、「嫁しては夫に従え、老いては子に従え」という以外に生きる道はない。韓国でキリスト教徒が多く、特に女性の信者が多いのには、こうした背景も一因です。


 日本は「双系社会」といわれています。一族を大事にする日本人なら、大体父方も母方も同程度に大事にするものです。儒教社会というのは、父方だけが何十代も大事で女系は全く無視するその点から見ても、日本には儒教が入っていないことがわかります。


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(感想・意見など)


 私が韓国に興味を持つきっかけになった本のひとつが呉 善花(お・そんふぁ)さんの『スカートの風』である。

 20数年前に読んだので記憶が怪しいが、韓国の女性の置かれた悲惨な立場にいたく同情した覚えがある。少なくともちょっと前までの韓国の女性は、宮脇淳子さんが書くように、まさに「三界に家なし」李氏朝鮮時代までは、ほとんどの女性は人間扱いされていなかった。名前もない女性が多かったという。韓国には、その風潮が残っているという。

 そういう酷い目に遭った女性たちの多くが、日本に逃れてきて、風俗店などで働いていた。彼女たちの多くが言うには、日本の男は優しく、日本社会は住みやすい、できれば永住したいというものであった。

 私は、何年か前に韓流ドラマが流行ったとき心配した。実際には、何とか辛抱して1話だけでも見切ろうと思っていたが、気持ちが悪くて5分ともたなかった。だから発言する資格はないが、実際の韓国社会はあんなものではないはずだという気がある。宮脇さんも言うように、時代考証は出鱈目で、あくまでファンタジーである。見る人はそのつもりで楽しんでほしい。現実と混同して不幸にならないでいただきたいと願うや切である。


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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