日本と李氏朝鮮②

日本と李氏朝鮮
 (扶桑社)
日本と李氏朝鮮②
 世宗(セジョン)大王像
日本と李氏朝鮮②
 李朝末期の首都ソウル中心部。家は茅葺きの平屋、道はでこぼこ糞尿だらけ。染料は高価なのでみんな白衣。韓流時代劇のカラフルさは嘘八百。貨幣もロクに流通せず物々交換が残っていた。ほとんど古代国家。
日本と李氏朝鮮②
 (草思社) 2592円
日本と李氏朝鮮②
 産経16年2月17日
 『帝国の慰安婦』の著者朴裕河(パク・ユハ)・世宗大学教授も徹底的に虐められている。韓国・北朝鮮に言論の自由はない。在日韓国人2世で直木賞作家の故つかこうへいさんは、「うちのオヤジは『日本に連れてこられた』と言っていたけど、本当は食い詰めて自分で渡ってきたんだろう」と語っていた。あの国はこんなことばっかり。

日本と李氏朝鮮②
 メディカルビルが増えている。利用者側にとっても便利なためかよく流行っている。単独よりも集客力が違う。
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上の写真のビルの別棟。ここは2棟で7科、2薬局、1老人介護施設がある。面白いのは手前の薬局は流行っているのに、奥側はそうでないこと。場所は重要。
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 ここはほとんど平屋。6科+1薬局
日本と李氏朝鮮②
 ここも2科、1薬局+眼科開設予定であるが、駐車場はすぐにほとんど埋まった。





 日本と李氏朝鮮②


 昨日と同じく宮脇淳子さんの『韓流時代劇と朝鮮史の真実』より抜粋してご紹介します。


 ハングルはチベット文字をまねてつくられた

 第4代(朝鮮)王の世宗ハングル文字を制定した人物として知られています。ハングルは元々「訓民正音」と呼ばれ、1446年に公布されました。

 両班たちにとっては、唯一の文字である漢字に精通していることこそが権力の源泉でした。民に文字を理解させない〝愚民化政策〟があってこそ、自分たちの影響力が維持されるわけです。そのため、文官はそろって世宗に反対しました。李氏朝鮮時代の知識階級は漢字を「真字」とする一方、ハングルを「諺文(オンモン)と呼んで蔑み、ハングルを普及させようなどとは微塵も考えていなかったのです。

 そもそも文字を学べる学校がないわけだし、さらに国民の大半は日々食べていくだけでやっとですから、勉強なんかする時間もなかったのです。


 現在のハングルの意味は「偉大な文字」というもので、韓国人はハングルに大変な誇りを持っています。ハングルはチベット文字の影響を大きく受けています。

 ハングルがようやく広く使われるようになったのは、19世紀末ですが、当時の朝鮮においてハングルの普及を推進したのは、日本人である福澤諭吉とその門下の井上角五郎です。

 1886年、井上角五郎が中心となって漢字とハングルの混合文で新聞を刊行したとき、使用したハングル活字は、以前に福澤諭吉が築地活版所に作らせて保管していたものでした。そのような日本人の努力があって、1894年になってようやく「国文」の地位に格上げされて、政府の公認を受けることになったのです。

 ちなみに現代中国語の7割日本語由来の漢字熟語でできています。それは韓国語も同じです。それまでは昔ながらの「四書五経」の語彙しかなかったから、中国にしろ韓国にしろ、近代化のための語彙は日本から輸入するしかなかった


 日韓併合まで続いた李氏朝鮮の暗黒時代

 李氏朝鮮では階級が両班、中人、常民、賤民、奴婢に分けられていましたが、特に実務を担う胥吏(しょり:地位の低い役人)である中人(ちゅうじん)は、人数は少ないけれども相当な知識階級でした。

 19世紀末、朝鮮の近代化を目指して活動した〝開化派〟金玉均(キム・オッキュン)などは中人階級でした。彼らは知識階級だし自負心はあるけれども、社会的にはそれに応じた待遇を得られていなかったので、旧い体制を壊す必要がありました。彼らにとっては明治維新が羨ましかったのです。

 彼らに限らず、両班ではない下層の人間は、日本のようになりたかったと思います。そうすれば、誰でもが平等に教育を受けられるし、人権も認めてもらえるようになる。実際、日本の統治下でそれは実現したのです。

 1884年、金玉均らは清からの独立と立憲君主国の建国を策して、〝甲申(こうしん)政変〟というクーデターを起こしますが、失敗に終わります。物心両面で彼らを支援していた福澤諭吉「脱亜論」で、清や朝鮮のような国が隣にあるのは日本の不幸であり、私は両国を心において謝絶すると宣言しました。金玉均たちが、甲申政変の後に五体をバラバラにして各地に晒すという残忍な方法で処刑されたことに憤激し、朝鮮という蛮族に失望したのです。


 同じ東アジアの人間として、欧米列強の脅威に立ち向かおう、そのために近代化へ手を貸そうと意を尽くして道理を説いても、清や朝鮮は耳を貸しませんでした。それだけでなく、清は朝鮮に対する宗主権を失いたくないがために、日本の協力による朝鮮の近代化を妨害したのです。甲申政変の失敗も、清軍の介入によるものでした。

 もちろん日本だって、ボランティアで朝鮮の近代化を進めようとしたわけではありません。第一義的には日本の安全保障問題でした。未開な李氏朝鮮をそのままにしておけば、南下政策を続けるロシアが、朝鮮半島を勢力下に置くことは火を見るよりも明らかでした。そのためには朝鮮を近代化させて、せめてロシアから独立を保てる国になってもらわないと困るわけです。

 しかし、「人もよかれ、我もよかれ」というのが日本人の基本的な精神です。朝鮮の悲惨な状況に同情して、福澤のように親身になって考えていた人たちが数多くいたことは事実です。

 ところが、いくら日本が協力しようとしても、李朝政権下では王族、貴族が既得権益を失いたくないばかりに、真面目に近代化に取り組もうとしません。前述したように、ハングルの普及にも反対する。その一方で、相も変わらず勢力争いに明け暮れるばかりで、一向に近代化が進みませんでした。

 さすがに日本も「こりゃダメだ」と思って保護国にして強制的に近代化させることにして、さらには併合へと至ったわけです。そして日本になったからには、それに相応しい姿にしてあげようと、お金をつぎ込んでせっせと朝鮮半島を開発します。社会インフラを整備して、産業を育成し、教育も施しました

 朝鮮の学校では、日本が自分たちを植民地にして物資を収奪したというウソを教えていますが、実際には収奪するものなんてロクになかったのです。

 もし彼らの言うように本当に日本の植民地だったら、日本は朝鮮人が飢え死にするのなど放っておいて、お金になる朝鮮人参なりお茶なりを集中して作っていたことでしょう。ところが実際は、日本統治時代に朝鮮は年平均3.7%の経済成長を遂げています。その事実をソウル大学の李栄薫(イ・ヨンフン)という教授が明らかにしました。

 経済については、それ以外でもハーヴァード大学のエッカート教授が著した『日本帝国の申し子』という本があります。彼は、韓国の経済発展は日本支配時代の焼き直しであり、日韓併合があったからこそ、朝鮮半島の近代化が成し遂げられたとしています。当然、この本は韓国では発売禁止になっています。

 韓国では少しでも日本支配に意味があったなんて言ったら袋叩きに遭います李栄薫教授は、従軍慰安婦の強制連行についても懐疑的な意見を述べているのですが、講演会で暴漢に襲われたり、メディアに誹謗中傷されたりと散々な目にあっています。韓国では学問の自由、というか本当の事を言うことが許されないのです。


以上


 

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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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