官僚が東京一極集中を推進した。

官僚が東京一極集中を推進した
 (PHP研究所) 1728円
 香川県立図書館のレファレンスで、10年以上前に読んだ堺屋太一さんの本で、内容はこうこうだと説明すると、この本を書庫から出してきてくれた(堺屋さんの著作は百冊以上ある)。正解!家にもあるはずなのだが…。
官僚が東京一極集中を推進した
 (講談社) 1944円
官僚が東京一極集中を推進した
 (宝島社) 1404円
官僚が東京一極集中を推進した
 隣家の梅。風が吹くと花びらを散らしながらもまだ咲いている。桜と違って長い間楽しめる。それにしてもどういう訳か、今年はメジロをあまり見ていない。





 官僚が東京一極集中を推進した。


 16世紀までの武蔵野は雑木林と湿地帯が多くを占めていた。2016年2月11日のブログ「江戸期の幕府機能分散」で、江戸時代は文化機能は京都商業機能は大坂に分散していたが、中期以降徐々に江戸に集中するようになってきたと書いた。

 明治以降、皇室機能が東京に移り、さらに東京一極集中が進み、堺屋さんの言う戦争遂行のための「昭和16年体制」ということで更なる東京集中が図られ、それがほぼ完成したのは戦後だという。

 現在、首都直下地震や富士山爆発などの恐れ、地方創生の一環として、中央省庁の一部移転が図られているが、官僚の強力な抵抗などで「笛吹けど踊らぬ」状態に陥っている。

 
 堺屋太一さんと経済学者・浜田宏一さんの共著『進むべき道』から一部を抜粋・編集してご紹介します。ご存知でしょうが、堺屋さんは元通産官僚です。


 一極集中の日本と多極分散のアメリカ 堺屋太一

 官僚が東京一極集中を推進した

 アメリカとの違いの一つに地域構造があります。日本は何といっても東京一極集中。人口三千万以上の先進国では、これほど一極集中の進んだところはないでしょう。アメリカに限らず、一定規模以上の国はたいてい多極分散です。

 日本はどうしてこうも東京一極集中なのか。これは自然に起こったのではなく、官僚が東京一極集中させるために大変なコストをかけて、寄り集めた結果だと思います。


 「敵はアメリカにあらず、大阪なり」

 私は「昭和十六年体制」ということをいいましたが、昭和16年にかなり多くの基本政策が決定しています。4月に「国民学校」が発足、8月には重要産業団体令が公布、9月には「帝国国策遂行要領」が決定します。国家の頭脳機能とは経済の中枢管理機能、情報発信機能、文化創造活動の3つです。この3つは東京以外でやってはならない、と明確に決めました

 
 まず第一に、経済の中枢管理機能を集めるために、あらゆる分野に、全国統一の業界団体や職能集団を作らせる。日本鉄鋼連盟、電気事業連合会、自動車工業会、弁護士会、医師会、等々。そしてその全国本部事務局を東京に集中させた。業界団体の会長は本部会議や官庁の懇談会などで週に4回ぐらい呼び出されるから、東京以外には住めませんやがてその企業の本社機能も東京に移ってくる

 産業別の全国団体は、昭和の初めから次々と作られていたのですが、東京に本部を置かないところもありました。その典型が繊維産業で、日本紡績協会をはじめ、ほとんどが大阪にありました。

 ところが、1968年に日米貿易摩擦が生じ、繊維交渉が始まった。喜び勇んだのが通産省の繊維局です。当時、繊維局長だったⅯさんは、局長室に「敵はアメリカにあらず、大阪なり」と書いたほどで、「日米交渉の前に繊維業界の全国本部が大阪から東京に移るのが先決だ」と主張しました。

 しかし、10以上もある団体の本部を東京へ移すとなると、職員の住宅問題だけでも大ごとです。結局、宮崎輝さん(旭化成社長=会長)が日本繊維産業連合会という屋上屋の団体を作って、その本部を東京へ置き、自分が会長になって東京に住むという妥協案をお出しになり、日米繊維交渉もよく69年には妥結しました。

 繊維だけではなく、他の業界団体も同じです。

 
 もう一つ、この業界別業種別全国団体の本部事務局の東京集中には、そこの専務理事などに所掌官庁のOBを天下りさせ、官僚主導・業界協調の実を上げようという狙いもありました。


 第二は、情報発信機能です。まず出版物については、書籍元売り(取次会社)を、日販(日本出版販売)、東販(現トーハン)など4社に統合、その全てを東京に集めました。だから、全ての書籍や雑誌類は、県境をまたいで販売するときには、一回は東京の取次の倉庫へ持ち込まなければならないのです。

 出版社というのは雑誌をやらないと大きくならないから、東京以外では大出版社が絶対に育たない仕掛けが今も守られているわけです。


 電波の方は、さらに徹底しています。昭和16年当時、日本放送協会(NHK)のラジオ放送しかありませんが、これは協会の内部規定で、東京中央放送局しか全国放送をしないということになりました。

 戦後になって民間放送が生まれたときには、これがさらに強化されます。テレビ放送の免許を与えるときには世界に類例のない「キー局システム」を作るのです。これは全国ネットのキー局を指定し、全国のテレビ局はその系列にする、という仕組みです。そしてそのキー局は東京にしか認めていませんキー局の重要なところは、全国放送の番組編成権を握っていることです。

 キー局にしか全国放送の番組編成権がありませんから、大阪で番組を作って全国に放送しようとすると、必ず東京のキー局に「こういう番組を作るから、全国放送の枠を一時間分けてくれますか」と頼み込む。そこでキー局の地方担当ディレクターから、いろいろと注文が出る。挙句の果てに(出演)俳優から台詞まで全部、手を入れられます。

 こうしたことが今の書籍再販問題と関係して頑固に守られていて、情報発信の東京一極集中は進むばかりです。


 規格大量生産のための思想統一

 第三は、文化創造活動を東京へ集中させたことです。その方法として、特定目的の文化施設は東京に集中、他所には造らせない、と決めたのです。例えば歌舞伎専門劇場などは東京以外に造らせない。

 では、東京以外はどうするかというと、多目的ホールを造らせたそれしか補助金を出さないというわけです。これは、ナチスが考えたトータル・テアトール(全体劇場)の思想です。全国どこでも同じ形の劇場を造ることで、統一文化を普及しようとしたわけです。それを日本も昭和16年に受け入れ、戦後もずっと守ってきたわけです。

 音楽でも同じことをしました。美術館体育館でも同様です。


 群れを離れることへの恐怖感が集中に繋がる

 なぜ、これほどまでして東京一極集中をしたのか。それも規格大量生産のためです。全国の商品規格を統一するためには情報と文化の統一が必要です。

 私が通産省に入った1960年頃は、これを徹底して教育されました。展示会もファッション・ショーも東京以外にやらせちゃいけない、東京以外にやらせたら商品規格が守れなくなり、国を亡ぼすよ、と盛んにいわれたものです。

 
 結局、人間を没個性化し、商品の規格を標準化し、思想や情報を統一する。それが日本が規格大量生産型の近代工業社会に成功した所以ですが、多様な知恵の時代になった今も、個性と独創性が出てこない原因になっています。日本の将来を展望するとき、これは非常に重大な問題です。


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(感想・意見など)

 日本人は、思っている以上に官僚に操られている。官僚が効率よくコントロールできる体制が作られている。1970年・80年代頃まではそれで良かった部分も大きかったかもしれない。しかし、堺屋さんも言うように、今は多様な知恵の時代である。克服・昇華すべき課題である。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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