朝日新聞はマルクス主義結社

朝日新聞はマルクス主義結社
 WiLL2016年3月号
朝日新聞は反省していない。
 (WAC)
朝日新聞はマルクス主義結社
 鹿の井出水(しかのいですい)の桜は8分咲き





 朝日新聞はマルクス主義結社


 月刊『WiLL』誌で元朝日新聞記者の長谷川熙(ひろし)さんと永栄潔(ながえ・きよし)さんが対談している。対談によると、朝日新聞は私が思っていた以上に左寄りで、「左翼ポーズが理想的な記者像への近道で、朝日の王道であり、出世の近道でもあった」らしい。

 長谷川さんは、1933年生まれ。近著は『崩壊 朝日新聞』(ワック)。永栄さんは、1947年生まれ。近著は『ブンヤ暮らし三十六年』(草思社)。長谷川さんは経済部時代にデスクで永栄さんの上司だった。週刊誌『AERA』編集部でも1年ほど一緒に仕事をしている。

 2016年3月号の該当箇所を抜粋してご紹介します。


 朝日新聞はマルクス主義結社だ

 『プラウダ』もかくや

 長谷川 朝日のなかには2つの流れがあったと思います。マルクス主義でも、いわゆる代々木系(日本共産党系)と全共闘系(新左翼)がありますから。しかしいずれにしても、階級闘争によるマルクス主義の実現が目的ですから、その点においてブレはなかった。
 朝日社内では「どうしてあの人がその部署にいるのか」と思うような人が点在していた。ある者は、そういうさる人がまず共産党員だと確信できるような状況が生じて、「ああ、そういうことだったのか」と思ったと言っていました。

永栄 朝日の共産党との親和性というか、遠慮みたいなものは私もたしかに感じた。

長谷川 出版局がマルクス主義に占領されていた頃の朝日新聞の紙面も、ソ連と中華人民共和国に対する、少なくとも肯定的評価は当然のことという感じの、現在の目からは異様という他ない内容でした。ソ連共産党の機関紙『プラウダ』もかくや、という紙面でした。


 狙いは「敗戦革命」

永栄 私もそのことは感じます。ソ連にしても中国や北朝鮮にしても、内部からの悲痛な声を伝える書籍が次々と公刊されているのに、朝日の外報部や社会部は一顧だにしない。なぜだろうと、そうしたものを読むたびに疑問に思ってきました。

長谷川 ひところの朝日社内はソ連派と中国派がそれぞれの国家の立場を代弁し、激しく対立していました。

――どうしてそこまで、マルクス主義勢力が朝日、ひいては日本に蔓延してしまったのでしょうか。

長谷川 マルクス主義が戦前の日本の軍部や政官界、メディア界に、いかにどこまで深く入り込んだのか、その研究はまだまだ進んでいません。もちろん、日本だけでなく世界的な現象だったのでしょうが、共産主義者の暗躍がなければなぜそうなったのか分からないような事象が多すぎる。

 日本の敗戦時も、どういうわけかソ連に終戦の仲介を頼もうとする。ソ連が対日参戦を考えていたことは様々な兆候から明らかなのだから、ソ連による終戦仲介は全く不可能で、当時の駐ソ大使の佐藤尚武(なおたけ)も「ソ連への仲介要請は意味がない。ソ連は日本と戦争しようとしている」と何度となく電文を送ってきているのに一切、無視されました。

 おそらく、日本の軍部・政官界の共産主義者たちは敗戦革命を狙ったのでしょうが、このあたりは現代史のなかでもまだほとんど鍬(くわ)が入れられていない部分の一つだと思います。


 革命にしては脇が甘い

永栄 朝日はいつの頃からか、旧軍のこととなると「すべて悪」としてしまうきらいがたしかにあると思う。

 たとえば1984年10月末、朝日が〈「これが毒ガス作戦」と元将校〉という見出しで、煙がもうもうと立ちのぼる写真を一面で大きく報じた。10日ほどして朝日の誤報だとする記事が、産経新聞に朝日以上の大きさで載った。
 朝日が掲載した写真は別の作戦時のもので、ただの煙幕であり、毒ガスが煙になってもうもうと立つはずがないというわけです。産経は写真を撮った場所も割り出し、朝日は完敗でした。

 この騒動の折、朝日の関係部長が産経の編集局に乗り込み、「朝日に喧嘩を売る気か。訂正記事を載せなければ、産経など叩き潰すぞ」と怒鳴ったそうです。

 朝日の革命指向の話に戻れば、こんなに脇が甘くては、朝日主導の革命なんて無理じゃないですか。


 「日本悪しかれ」は通底

――しかし長谷川さんの言われる、朝日は「日本悪しかれ」で事実を見る目を曇らせているというのは、朝日の吉田清治証言報道にはまさに当てはまりますね。

永栄 18本の関連記事をすべて取り消したのだから、そういうことなのでしょうね。92年に現代史家の秦郁彦(はた・いくひこ)さんが済州島で吉田証言の裏付け取材をし、吉田氏の言うような事実は得られなかったと書かれるのですが、なぜあの時、朝日は現地に大勢の記者を送り込んで徹底的に調べなかったのか、私にはその辺りが分からない。

 話は逸れますが、第一次世界大戦の時、イギリスやアメリカの新聞はドイツ軍の蛮行を書きまくった。ほとんどは情報機関が戦意高揚のために流した創作だったことが、だいぶあとになって分かります。イラクがクウェートに侵入した際、アメリカの新聞が報じたイラク軍の蛮行も出鱈目でした。

 洋の東西を問わず、高級紙と言ったって所詮、新聞はその程度のものなんだと思います。検証記事が載るだけ、いわゆる西側の新聞はまだマシ。私はそう思います。


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(感想・意見など)

 朝日新聞元社長の中江利忠氏はこう語っている。

下から地道に事実を積み上げるのではなく、上から観念的、教条的に物事を決めつける。これが朝日の伝統の中に過剰にあったことは否定できない


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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