崩壊後の世界

崩壊後の世界
 (日本文芸社) 1620円
崩壊後の世界
 ニューズウィーク日本版16年3月29日
 1991年のソ連崩壊後も同様であるが、ロシアのウクライナへの侵攻・クリミア半島併合に対する欧米の経済制裁と天然資源(原油・天然ガスなど)の価格暴落などで、今のロシアでは売春がサバイバルの手段になっているという。
崩壊後の世界
 香東川傍の高松市水道局御殿浄水場の桜。雨は降っているが風があまりなかったのでもう少し楽しめそう。





 崩壊後の世界


 私は、崩壊後の世界で実際にどういうことが起きたのかに大変興味がある。副島隆彦(そえじま)さんと佐藤優(まさる)さんの対談本『くずれゆく世界 生き延びる知恵』にその一端が載っている。その部分を抜粋してご紹介します。


 ロシア国民を団結させたプーチンの宣言

副島 世界のメディアは、ロシアを非難すること一色です。

佐藤 プーチンが2014年11月26日に重要な宣言をロシアのソチで行いました。「ロシアにとっての脅威が変わる。だから、国防ドクトリンを変える」と言ったのです。同時に、「国産品を使用するような方向に経済を変える」とはっきり言いました。
 11月の終わりに完全変動相場制に移行したのです。これは、ロシアが国際社会に対して「ルーブルを切りさげてくれ」という明確なメッセージを送ったわけです。

副島 ロシアは自力で生き延びていくという政策に切り替えたのですね。自給自足体制(「アウタルキー」)に移った。
 日本のメディアは「ロシアは制裁を受けて、経済的な苦境に立たされている」というような報道をやります。私は、プーチンは、耐えられると思っています。

佐藤 おっしゃるとおりです。

副島 「こんな攻撃ぐらいでは負けない」とかえってロシア国内が団結してしまいました。

佐藤 このような場合、「なんという経済政策をやっているんだ」と国民の不満は通常、政権に向かいます。ところが今回、ロシア国民の反発は「よくもやりやがったな」という形で、アメリカに向かっています。だからプーチンはまったく損することなく、やりたいと思っていたアウタルキー経済へ向かって転換できるのです。
 プーチンは続く12月18日の演説で、それを「2年間」と期限を切っています。

副島 長い歴史でみれば、ロシアはナポレオンのモスクワ占領を、冬将軍で撃退しました。ヒトラーのロシア戦線への進攻にしても、ソ連は生き延びました。ロシアの強さを思い出すべきです。


 1990年代にショック・ドクトリンを仕掛けられたロシア

副島 プーチンはいったい何の勢力を背景にしているのか、今でも解けません。

佐藤 結局、ロシア政府は権力党になっているのです。権力にぶら下がっている軍産複合体とエネルギー企業を、プーチンはガッチリと押さえています。

副島 そのプーチンを旧KGB系の人脈のネットワークが支えているわけですか。

佐藤 そういうことです。それとエリツィン時代の金融勢力をほぼ解体してしまい、作り直しました。ミハエル・ホドルコフスキーのような、自分に刃向かう銀行家は檻の中に入れてしまいました。あるいは、ボリス・ベレゾフスキーのように、自殺するしかないような状況に追い込んでいきました。

副島 彼らはエリツィン政権時代に台頭したオリガルヒ(寡頭資本家)ですね。
 2007年に、ナオミ・クラインというカナダの女性評論家の『ショック・ドクトリン』(2011年に岩波書店から邦訳)という本が出ました。ショック・ドクトリンとは、「戦争と自然災害の大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革」のことです。
 1991年に、ゴルバチョフが失脚して、ロシア共和国大統領として、エリツィンが出てきました。その年の8月に「ソ連8月クーデター」が起きました。


 オリガルヒは殺し合いでのし上がった

副島 私は「民営化」というコトバが大嫌いです。privatizationというコトバは、はっきりと「私有化」と訳すべきです。「官から民へ」などと変なことを言ってはいけません。「民」と言いながら、実際は官僚たちが支配している。国有会社を株式会社の形に変えただけのことだ。
 JRとかNTT、郵貯やかんぽも、今も官僚所有です。中国の株式会社化した国有企業とちっとも変わらない。日本の官僚たちも、もしかしたらオリガルヒかもしれない。

 エリツィンは、一気に国有企業群を解体するという路線を打ち出して、国有企業の所有形態を株式に換えて、株券を従業員たちに配りました。この株券を買い集めたのが、のちにオリガルヒとなった共産党の中堅幹部たちです。従業員(労働者)なんて貧乏ですから、安いカネで株券を中堅幹部たちに売ってしまいました。

佐藤 しかしオリガルヒに成り上がれたのは一握りの人たちだけでした。彼らは文字通り「椅子取りゲーム」で殺されていきました。命が惜しくなった人たちは、やはり途中でゲームから降りていきました。
 だから最後まで生き残って、今も生き残っているオリガルヒというのは、度胸千両の人たちなのです。

 だいたい3億円ぐらいの利権で、人殺しが起きました。300ドルぐらいで殺し屋を雇えました。高くても1万ドルぐらいでした。日本円でいえば、3万円から100万円ぐらいのコストで、3億円を手に入れることができたのです。


 今はプーチンには逆らえないオリガルヒたち

副島 資本の奪い合いをめぐる激しい争いが、ロシアのすべての産業部門の私有化(プライヴェタイゼイション)のときに起きたわけですね。そうやって新興財閥に成り上がったオリガルヒには大きく2種類がいる。今のプーチン権力に従順に従うオリガルヒ(ガスプロムのアレクセイ・ミレル、ロスネフチのイゴーリ・セーチン)と、プーチンに逆らっているオリガルヒがいる。


 ショック・ドクトリンで敗北主義が生まれる

副島 中国における1989年6月4日の「六四事件」(世界では「天安門事件」)も、「ショック・ドクトリン」だったとオナミ・クラインは指摘しています。
 天安門で学生たちの民主化運動を政府が鎮圧しました。そのあと、中国民衆がショック状態にあるときに、鄧小平が一気にprivatizationをやりました。彼は毛沢東主義者たちから、「走資派、資本主義の走狗」と言われながらも、必死に外資を導入していきました。

 あのときに「中国版オリガルヒ」たちが出現しています。巨大な赤字を抱えた国有企業がどんどん解体されて、「私有化」されました。

佐藤 そのあと党や軍と結びついていきました。

副島 そういうことですね。ですから、いろんな国でショック・ドクトリンが近年、起きているのです。
 茫然自失のときに、ショック・ドクトリン(上からの急激な社会改革)を仕掛けられると、民衆の側に敗北主義が生まれます。あとは卑屈なカネ取り運動に堕落してゆきます。民衆の側の抵抗線がボロボロに打ち破られる。これが非常によくないのです。

佐藤 ロシアへの「ショック・ドクトリン」で具体的にどういうことが起きたか。それは1993年のハイパーインフレです。政府統計の発表では、2500%もありました。

副島 佐藤さんはまさしく、その頃モスクワにおられたわけでしょう。大変だったのではないですか?

佐藤 いや、それが、中にいると、「こんなものだ」という感じになってしまうのです。そうすると、運が悪かったみたいに、みんなあきらめてしまう。みんな、稼いだ金をねずみ講に入れてしまうとか、そういう感じにだんだんなっていきました。

副島 戦後すぐの、どさくさのときの日本と一緒でしょうね。日本は、1946(昭和21)年に1000%のハイパーインフレを起こしています。物価が翌年には10倍になりました。そして「預金封鎖」が起きました。銀行預金の引き出し制限と、新札への切り替えが断行された。


(以下略)


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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