トヨタ生産方式

トヨタ生産方式
トヨタ生産方式
 日経ビジネス16年5月2日号
トヨタ生産方式
 トヨタ生産方式を作った豊田喜一郎(左)と大野耐一(右:たいいち
トヨタ生産方式
 本津川堤に咲いていた花。
トヨタ生産方式
 久しぶりの晴天、花粉症の季節も終わった。と言うわけで、数カ月ぶりにホンダ・スーパーカブに乗った。さすがカブ、一発でエンジンがかかった。木々のミドリが日々濃くなっている。




 トヨタ生産方式


 このところ日経ビジネス誌で「豊田喜一郎と大野耐一 トヨタ生産方式を作ったふたりの男」というノンフィクションが連載されている。5月2日号は第2回目。抜粋してご紹介します。


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 豊田喜一郎と大野耐一。「トヨタ生産方式」を作ったふたりの男の軌跡をノンフィクション作家・野地秩嘉(のじ・つねよし)が追う。トヨタの強さの源泉に迫る旅は米国ケンタッキーから。


 現名誉会長、張富士夫は1988年、ケンタッキー法人の社長として赴任し、トヨタのモノ作り精神を現地に根づかせた

 「当時、業界の人、マスコミの人からはアメリカの労働者がトヨタ生産方式を受け入れるはずがないと言われた。アメリカにはフォード・システムがある。アメリカのワーカーが日本のシステムに従うはずがない…。
 しかし、私たちはトヨタ生産方式しかできない。それを根づかせるしかなかった。

 ケンタッキーに来てワーカーを募集したら3000人のところ何万人かの応募がありました。ほとんどが未経験者です。学校の先生とかハンバーガーチェーンで働いていたとか…。しかし、未経験の人たちにトヨタ生産方式を説明したら、みなさん合理的な生産方式だと納得してくれました

 ワーカーがもっとも喜んだのはカイゼンという手法でした。
 『カイゼンはみんなでやることだ。現場のワーカーがアイデアを出すことだ』
 そう言ったらみなさん、考えてくれました。自分のうちのガレージで自作したという道具を持ち込んできて、『ミスター張、この道具を使ってくれ。作業が楽になる』と言ってくる。

 考えることが喜びだというんです。しかし、こうしたすべては私自身が考えたことではありません。すべて大野さんから叩き込まれたことです」


 ポールの言葉

 「あなたが日本から来たジャーナリストですね。私はポール・ブリッジ(60)です」
 彼はケンタッキー工場が操業を始めた1988年から働いている。それまではフォルクスワーゲンの工場で現場リーダーをまかされていたと言っていいた。

 「前に勤めていた会社では現場のリーダーをやっていました。しかし、日常の作業を決めるのは現場ではありません。事務の管理職です。これはアメリカの自動車会社ならどこでも同じでしょう。現場のワーカーは言われたことをやるだけ。発言権もなかったけれど、責任もなかったので、楽といえば楽でした。

 ただし、何か不具合があってラインを止めたりしたら大変です。管理職が怒鳴りまくり、ラインを止めたワーカーはその場でクビになります。工場のラインを止めてはいけないのがアメリカのワーカーなのです」


 「トヨタのケンタッキー工場に転職して、現場のリーダーから事務の管理職になりました。よし、やるぞと思いました。日本の自動車はアメリカで売れていましたからね。

 初めての年のこと、部品に不具合があって、私が担当していたラインが止まりました。ベルトコンベアが止まり、ワーカーの仕事がなくなりました。みんな不安そうな顔をしていましたが、じっと待つしかありません。

 私はすぐに動かそうと言いましたが、日本からやってきた直属の上司は、原因がつかめるまではダメだと、およそ15時間もラインを止めたのです。 

 それほど長い時間、現場のラインが止まったのは私の人生で初めてのことでした。しかし、日本からやってきた上司は私に怒鳴ることなく、『ポールさん、原因がわかるまではやることはありません』と笑っていました。

 私はクビになるのが恐ろしかった。何度も言いました。応急処置をして、とにかくラインを動かそう…。上司は黙って首を振るばかりです。いてもたってもいられませんでした。私だけではありません。ワーカーはみんなクビになるものと覚悟しました

 
 やっとラインが動き出してから、日本人の上司に呼ばれました。
 『ポールさん、明日の朝9時にミスター張のところに行ってください。話があるそうです

 もうおしまいなんだな…。せっかく転職してサラリーも増えたのに、半年で終わりかとがっくりしました。子どもはまだ小さかった。うちに帰ってベッドに入っても明け方まで眠れませんでした。妻にも本当のことは言えなかった。

 翌朝、ミスター張のオフィスに行きました。部屋の入り口で立ちすくんでいたら、彼は『ポールさん、どうぞソファに座って下さい』と言うのです。

 ラインが止まったこと、私がした処置について、いろいろ聞かれました。
 話が終わり、いよいよ解雇を宣告されるのだなと思った時、彼は私の手を強く握って、そうして、頭を下げるのです。

 『ポールさん、うちの工場はできたばかりで大変な時期です。15時間、つらかったでしょうね。おかげさまで復旧しました。ありがとう。これからもあなたにはずっと助けてもらわなくてはなりません


 私は思わず泣いてしまいました
 トヨタでは徹底的にやるのです。それはオーノさんが決めたことなのです。不具合がある間は絶対にラインを動かしません。お客様に不良品を届けないのがトヨタ生産方式です」


 考えるワーカー

 ポール・ブリッジは「トヨタ生産方式とは考える人間を作るシステムです」と付け足した。

 「考えることを楽しいと思うワーカーには向いている。現場でカイゼンできることはアメリカのワーカーにはなかった経験だから。ただし、時間を切り売りするだけのワーカーには適応できないだろう。これまでの生産方式は人間に考えなくともいい、手や身体を動かしておけばいいというシステムでした。しかし、オーノさんは考えて仕事をしろと言ったわけです。それがこのシステムの特徴です」

 そういった後、「最後にひとつ」と言った。

 「いま、うちの工場から出ていく車はどこよりも品質がいい。ここにレクサスのラインが新設されたのも世界でいちばんいいものを作っているからです。

 ケンタッキー工場の車に不良品は1台もありません。日本の本社工場や元町工場もそうです。世界のどの工場からも不良品は出ていきません。私たちは自分たちでラインをコントロールしています。ラインのなかで不良品を直します。ミスター張はそう言っていました。

 考えるワーカーを育てることがオーノさんの夢だったのでしょう。そして、ケンタッキーでは管理職として私はそれを達成しました。アメリカで初めて考えるワーカーを育てたことを誇りにしています


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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