150年前、50年前のアメリカ

150年前、50年前のアメリカ
 週刊新潮16年3月10日号
150年前、50年前のアメリカ
 アメリカのKKK(クークラックスクラン)。アメリカ南部ではつい50年程前まで、黒人男性が白人女性と付き合ったら、私刑で木に吊るされたり、火あぶりにされたりした。
150年前、50年前のアメリカ
 アメリカ南部では50年程前まで、バス、レストラン、水飲み場などあらゆる場所で「WHITE」と「COLORED」とに分けられていた。豪州、南アなども同じようなものであった。日本人は経済力ゆえに「名誉白人」扱いされることもあったが、基本的には「COLORED」。先の大戦の何割かは人種差別が原因であった。
150年前、50年前のアメリカ
 ベトナム戦争。アメリカは最盛期には50万人以上の兵士をつぎ込んだが敗れた。韓国軍も参戦したが、残虐性で最も恐れられた。
150年前、50年前のアメリカ
 風薫る5月。素晴らしい音色でウグイスが鳴いていた。よく見ると隣家のアンテナでモズが喉をふるわせていた。百舌鳥(もず)とはよく言ったもの。ものまねが抜群にうまい!





 150年前、50年前のアメリカ


 私が小さいころ、アメリカ・ハリウッド映画では西部劇が盛んで、インディアン(アメリカ先住民)が必ず悪者であった。1950年代から60年代にかけてアメリカで黒人差別反対バスボイコット事件ワシントン大行進が起きた。それらの運動の結果、1964年に公民権法が制定された。それはベトナム戦争(1960年~1975年)とかなり連動していた。

 私が大学に入った1970年ころにはベトナム反戦運動が盛んで、ハリウッド映画は大嘘で、入植してきた白人がインディアンを大虐殺したということを書いた本が何冊か出版された。嘘っぱちのハリウッド製西部劇は急速に下火になった。

 現在トランプ旋風が吹き荒れているが、アメリカ社会の底流には常にこういうマグマがうごめいていることを忘れてはならない。


 週刊新潮16年3月10日号高山 正之さんの「変見自在」を抜粋してご紹介します。


 耳の首輪あげよう


 インディアンの女子供たちが惨たらしく殺されたサンドクリークの虐殺
 その指揮官ジョン・チビントン大佐が事件後に軍法会議にかけられた。

 大佐は神の愛を説くメソジスト教会の宣教師でもあったが、証言に立った白人とインディアン混血のロバート・ベントは宣教師の別の素顔を克明に語った。

 ベントは1864年11月28日(日本では江戸時代最末期)、チビントンに脅されてシャイアン族の居留地へ道案内に立たされた。

 襲撃部隊は大方がそこらの民間人で、大佐以下の少数の騎兵隊と合わせて「900人はいた」という。

 部隊は夜明け前にサンドクリークの居留地に着いた。白人たちは蹄の音を響かせて集落を包囲した。

 ただならぬ気配にシャイアン族の長老ブラックケトルが広場に出て星条旗と白旗を立てた。
 「若い戦士たちは狩りに出ていて女と子供と老人600人が残っていた」

 チビントンが馬上から言い放った。「さあ、やってしまえ。彼らを殺すことが正義だ」「彼らは虱(しらみ)だ。大きいのも小さいのもみな殺して頭皮を剥げ

 「インディアンの男たちが前に立って女と子供は助けてくれと懇願した。彼らは即座に撃ち殺された」
 「抜き身のサーベルを持った白人がまだ息のある女を見つけた。兵士はその腕を切り落とした。兵士は苦痛に悶える女に止めを刺さなかった」
 「40人ほどの女が窪みにかたまっていた。6歳くらいの女の子に白旗を持たせて窪みから出したが、女の子は3歩も歩かないうちに撃ち殺された。女たちも撃たれ、まだ息がある者も含めて頭皮が剥ぎ取られた」
 「女の腹が裂かれ、そばに胎児が転がっていた」

 チビントンの部隊が頭皮を剥いだのはそれに懸賞金が掛けられていたからだ。耳つきの頭皮には金鉱師たちが25ドルも支払った。

 民兵は頭皮のほかに指輪を取るために指を切断した。ベントは「多くの民兵が女性器を抉り取ってそれを馬の鞍頭に嵌めたり帽子に貼り付けたりして」凱旋したと証言した。

 ベントはまだ息のある女子供を切り刻む白人への怒りを語ったが、軍法会議の結論にそれは反映されなかった。大佐は一応非難されたが、退役を理由に実刑は免れた

 もともとこの虐殺は居留地の一角パイクス・ピークで金が見つかったことが発端だった。ゴールドラッシュが起きる。インディアンが邪魔になる。ここは誰も見ていないロッキーの山の中だ。それで手っ取り早くやったのが真相だった。

 白人の思い通りになって、ではなぜ軍法会議だったのか。それは後で先住民虐殺が問題になったときに備え、米国人はきちんと悪を糺したという言い訳のためだった。


 それから100年ベトナム戦争で忙しい沖縄の米軍基地を朝日新聞記者、井川一久が訪ねた話が先日の夕刊コラムに載っていた。

 井川は基地のレストハウスでほろ酔いの米兵と会った。
 米兵は「見たことないだろうとポケットから妙なものを取り出した。ベトナムで殺した人たちから切り取ったいくつもの耳に紐を通してつないだものだった」

 井川は「目つきはおかしく、人格が崩壊しているように見えた。社会復帰できるのだろうか……」と綴っている。

 大丈夫。その米国人は決しておかしくない。
 100年前にベントが見た米市民と少しも変わっていないのだから。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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